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イギリスの神話伝説
概要
| イングランドにおける伝説 |
| 『ベオウルフ物語』(Beowulf) |
- 英文学史上最も有名
- アングロ・サクソン族が英国移住以前から所有した伝説を一篇の叙事詩として歌ったもの
- 全編3183行、アングロ・サクソン語の最古の詩編。
- 制作年代は種々の説がある(五世紀ごろ、九世紀から十四世紀の後、
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| 『アーサー王物語』 |
- ケルト民族の間で古くから国民的英雄としてアーサー王の名が伝えられていた。
- アーサー王の伝説が初めて文献に現れたのは十二世紀中ごろ「モンマウスのゼオフレー(Geoffrep oi Monmouth)」の「ブリテン諸王紀(The History of the Kings of Britain)」(ラテン語の記録)
- もともとその頃からケルト民族に伝わった種々の伝説が集まって一つの説話圏となっていた。シャルルマーニュと対置して中世の二大説話圏となった。
- 最初は吟唱詩人によって詩につくられ、諸国に伝播していた。
- 十五世紀末、「サー・トマス・マローリ(Sir Thomas Mallory)」が「アーサー王の死(Morte d'Arthur)」と題する一篇の物語とした。
- 1485年にカクストン(Caxton)の印刷所で初めて印刷された。
- 全21巻
- もとは「韻文ロマンス(Metrical Romance)」が散文の形式をとるようになった。
- 口碑の内ではスコット(Sir Walter Scott)サウジー(Sauthey)の時代から一部の好事家の間に認められた。
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『マビノギオン』 The Mabinogeon |
- ウェールズ地方の古くからある説話集
- 十四世紀頃の写本
- シャロット・ゲスト女史によってはじめて完全な翻訳がなされた。
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目次
- Ⅰベオウルフ物語
- 食人鬼グレンデル
- 勇士ベオウルフ
- 海の勇者
- ベオウルフとグレンデルとの格闘
- グレンデルの母
- 水魔とベオウルフ
- ベオウルフの帰国
- ゴッス王ベオウルフ
- 火龍
- 最後の戦闘
- 永遠の眠り
- Ⅱアーサー王物語
- マーリン
- アーサー王
- 王妃ギニバー
- アーサー王の武勲
- サー・ガエーン
- 萎び腕のカラドック
- 湖のランスロット
- 野遊びの珍事
- シャロットの処女
- 妃の危難
- トリストラムとイソウド
- トリストラムの漂白
- サー・トリストラムとサー・ランスロットの試合
- 円卓の騎士
- サー・パラメデス
- サー・トリストラムの最後
- パーシバル
- 聖杯
- サー・アグリベーンの密告
- アーサー王の死
- Ⅲアーサー王伝説の源泉
- ブリテン人
- 泉の女
- エルビンの子ゲレーント
リスト
神名・人物名リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| ベオウルフ(Beowulf) | 2 | ゴッス人の勇士 |
| グレンデル(Grendel) | 1 | デンマークの牡鹿の館を襲った怪物 |
| フロトガル(Hrothgar) | 1 | デンマーク王 |
| ハイゲラック(Hygelac) | 2 | ゴッス王、ベオウルフの従弟。 |
| ブレカ(Breca) | 3 | ベオウルフと水泳の競争をした。 |
| フンフェルト(Hunferth) | 3 | ベオウルフに難癖をつけた勇士。デンマーク人。 |
| ウェルトウ(Wealtheow) | 3 | フロトガル王の妃 |
| ヒグド(Hygd) | 7 | ハイゲラック王の王妃。ウェルトウからベオウルフが貰った首輪を貰った。 |
| ハルドレッド(Hardred) | 8 | ゴッス国の王子で、ハイゲラックとヒグドの息子。ハイゲラックの死後王となるが、エドムンドに殺された。 |
| オーテル(Ohtere) | 8 | スウェーデン国の王 |
| エドムンド | 8 | オーテルの息子、父に叛きゴッス国に亡命する。ハルドレッドを殺した。エドガルの兄弟 |
| エドガル | 8 | オーテルの息子、父に叛きゴッス国に亡命する。エドムンドの事件の後国に帰り、父王の後を継ぎ、ゴッスへ攻め入り殺される。 |
国・地名・建物リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| 牡鹿の館(Hart Hall) | 1 | デンマークのフロトガルが立てた饗宴の館。 |
| ゴッス国 | 2 | ベオウルフの故郷 |
| フリースランド(Friesland) | 8 | |
道具・生物等リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| フルンチング(Hrunting) | 5 | フンフェルトの家の秘蔵の宝剣。毒が塗ってあり、血で鍛えている。 |
| 黄金の柄 | 6 | ベオウルフがグレンデルの母と戦った湖の底で見つけた大剣の柄。グレンデルの血の毒で大剣は溶けて柄だけ残った。 |
ベオウルフ物語
食人鬼グレンデル
フロトガルは長い間デンマークを支配し人望に満ち、財産を増やした。そして考えた結果、その金で館を建てることに決めた。館が立つと王は「牡鹿の館(Hart Hall)」と名を銘じた。王は家臣をねぎらって館で饗宴を催し、宝を分け、黄金の腕輪を授けた。毎夜館の中では喜びがあり、館の外には怒りと憎しみがみなぎっていた。野のかなたにグレンデルという兇悪な食人鬼が棲んでいた。グレンデルはこの世の喜びと光とを嫌い、この館に対しても非常な屈辱を感ぜずにはいられなかった。ある夜、グレンデルは闇を踏んで、館の方へ忍び込んで饗宴の後で32人の武士が寝静まるとその武士たちを片っ端から掴み殺して帰って行った。夜が明けるとデンマークの国中に悲しみの声が満ちた。怪物はまだ満足せずに夜毎に牡鹿の館へ忍び込んで勇士の中の花と言われる幾人かの勇士を捉えて自分の棲家に運んで行った。それでもこの人間以上の敵に対して戦うだけの勇気のある者は一人もなく、人々は牡鹿の館では眠るまいと互いに誓い合った。このようなわけでグレンデルは牡鹿の館を占領してしまった。十二年の長い間、館はがら空きになっていた。昼の中こそ、人の姿も見えるが、日が暮れると誰一人足を入れる者もなかった。夜になるとグレンデルがこの広い館の主人であった。しかし、フロトガルの玉座だけはさすがの怪物も近寄らなかった。そこには何か浄い神々しい物があって、凶暴な食人鬼もそればかりは犯せなかった。こうして、十二年の間、グレンデルはフロトガル王やデンマーク人と戦った。彼は霧の深い野を彷徨い、暗い木陰に待ち伏せして、数知れない人を殺した。人間の敵に対しては恐れることを知らない勇士たちも、この怪物に対しては施す術を知らなかった。その間に楽人たちは様々の哀歌を作って、グレンデルとフロトガル王の武士との戦いを歌った。そしてこれらの楽人は諸国を巡って、気高い王と非道な食人鬼との間に打ち続く戦いと怒りとの物語を広く遠方まで伝えて行った。
解釈
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勇士ベオウルフ
グレンデルの物語は、海を越えてゴッス人の国まで伝わり、その国の勇士ベオウルフの耳にも入った。ベオウルフはグレンデルの仕業を聞くとフロトガル王を助けに行こうと思った。ベオウルフは年こそ若いがこの国の貴族の中で及ぶものは一人もいないと言われた、国王ハイゲラックの従弟であり、王のお覚えもめでたかった。ベオウルフがデンマークへ行くという噂は都の内に拡がった。人々は彼を引き留めようとしたが、ベオウルフの武勇に敬服している多くの友人は、その成功を心に信じてこの壮挙を奨励した。ベオウルフは王の許しを経て、十五人の勇士とともに船に乗り、デンマークを指して出発した。二日の後、彼らはデンマークの岸について、険しい山の裾に錨を下ろした。ゴッスの勇士らは身軽に岸へ降りて、航路が思ったよりも早くかつ無事であったことを海神に感謝した。その時、絶壁にはデンマーク国の番兵が立っていた。勇士らが岸へ上がった時、その物の具の光が眼に映って怪しんで勇士らの許に進んで行った。そしてベオウルフへ名を名乗るように言った。ベオウルフは名乗り、怪物退治に来たと伝えた。番兵はベオウルフたちを館へ案内した。すると館の中から、一人の武士が現れて、ベオウルフの勇敢な姿を見て、どこから来たのか尋ねた。ベオウルフはフロトガル王に取次を求め、武士はその旨を伝えに王の所へと向かった。武士は王にゴッス王ハイゲラックの従弟ベオウルフが来たことを伝えると、フロトガル王は、ベオウルフが少年の時に会ったことを思い出し、案内するように言った。武士はベオウルフに王がその身分も名誉も知っていると告げ、王の前に出るように進め、盾と槍だけは扉の外へ残しておくように言った。ベオウルフと数人の武士は王の前へ進んだが、そのほかは外に残って武器の番をしていた。一行はフロトガル王の前に出て、ベオウルフは「フロトガル王万歳」と口を開いた。そして、グレンデルと戦う決心をしたこと、ベオウルフ一人で勝負を挑むつもりであること、武器が効かないと聞いたため、素手で悪魔と戦って力比べをしようと思うこと、もし自分が死んだら、鎧をハイゲラック王の許へ送ってほしいという願いを述べた。ベオウルフが口を結ぶと年老いたフロトガル王はグレンデルの仕業への悔やみを述べた。ゴッス人たちはデンマークの人々と、一緒に饗宴の卓へつき、酒杯が一巡して、人々の頬が熱くなった頃、楽人は竪琴を執って恋と戦いの歌を歌った。館の中には、喜びと笑いとが咲き満ちた。
解釈
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海の勇者
牡鹿の館の饗宴に連なった人々の中に、一人浮かぬ顔をしている者がいた。それはフンフェルトという武士だった。フンフェルトはフロトガル王の玉座の下で、腹立たしさを抑えて、楽しい陽気な人々の間に、ものも言わずに坐っていた。ベオウルフを賛美する人々の言葉が、一つ一つ彼の癪に触った。フンフェルトの心の中には、この世界に自分よりも偉い武士がいるということが堪えられなかった。この妬ましさが包み切れなくなって、「君はこの前ブレカと海へ出て水泳の競争をしたベオウルフですか?」と馬鹿にしたように語りだした。ベオウルフがブレカと泳ぎ比べをして負けたことを引き合いにして、グレンデルに勝ち目がないと言ったのだった。ベオウルフは答えて、ブレカとは子供の時に自分が一番強いと言って二人が成人したら海の上で命を懸けようと誓った約束を果たし、その時に海獣に襲われて9つの海獣を倒した、だからグレンデルに戦いを挑まずにいられないと、答えた。ベオウルフが語り終えるとすべての武士と貴族の口から喝采の声が上がった。しかし、フンフェルトはただ顔を赤くして黙ってうつむいていた。その時、フロトガル王の妃ウェルトウは自分の部屋を出て、館へやって来て、黄金の帯、黄金の冠、首には宝玉をかけ、宝玉を鏤めた黄金の杯を捧げて、フロトガル王の前へ進んだ。黄金の杯を王の前において妃はまず王の万歳を祝した。フロトガルは明日の楽しさを心の中に味わいながら、楽し気に杯を執り上げた。妃は広間の中を一巡して、一人一人に丁寧な言葉をかけながら、勇士らの前に黄金の杯を運んで行った。最後に妃はベオウルフの前に来た。そして笑顔で、「全能の神に感謝いたします、私どもに慰めを与え、私どもの不幸をお救い下さるために、あなたを御遣わしになったことを」と言った。ベオウルフは低く頭を下げて、黄金の杯を受け取った。その時、彼の胸の中には、今宵の戦の喜びが沸き上がった。彼は声をはずまして単身でこの事業を成し遂げよう、でなくば怪物の手にかかって死のうと言った。妃はこの言葉を聞いて、心の底から満足した。妃の気高い美しい姿h、再び王座の傍へ戻って、王と並んで椅子についた。そして夕暮れの蔭が館を包むまで饗宴が続いた。やがて、一同は立ち上がって館を出た。フロトガル王はベオウルフに君が悪魔を倒した暁にはいかなる望みでもかなえよう、と誓って重々しく別れを告げた。ベオウルフは戦の支度にかかった。鎧を脱ぎ、冑を脱ぎ、刀や槍やそのほかの一切の武具を従者の手に渡した。こうしてすべての武装を解いて、絹の上衣になった時に、ベオウルフは雄々しく、武芸にかけてはグレンデルに劣らないつもりだ、武器の使い道を知らない相手と戦うのに武器は使いたくない、神様はお気に召した方に勝を与えるだろうと、言った。そして、ベオウルフは枕に着いた。すべての武士はベオウルフを取り囲んで横になった。再び故郷の空を見ようとは、誰一人思わなかった。みんなこの牡鹿の館から多くのデンマーク人を運んで行ったあの恐ろしい運命の物語を聞いていた。自分たちもおそらくその運命から逃れることはできないだろう。しかし、死ぬのをなんとも思わない彼らは横になるとそのままぐっすりと眠ってしまった。この宏大な牡鹿の館を守るために居残った人々は、みんな眠ったが、ただ一人ベオウルフは眠らなかった。ベオウルフは戦いを待ち焦がれて、ただ一人気を配って、敵の来るのを待っていた。
解釈
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ベオウルフとグレンデルとの格闘
ベオウルフ以外が眠ってから悪魔は牡鹿の館に近寄って来た。悪魔の手が扉に触れると、鋼鉄の閂は微塵に砕けて、グレンデルの姿は影のように館の中へ入って来た。闇の中で、グレンデルの眼は、火のように燃えた。死んだように眠っている十五人の勇士を見まわした時、悪魔は笑った。ベオウルフの胸には怒りが火のように燃え上がった。けれども彼はその怒りをじっと抑えて、闇の中を見つめていた。敵がどういう風に攻撃してくるか、まずそれを見届けなければならなかった。それは長く待つには及ばなかった。グレンデルは素早く爪を伸ばして、一人の武士を掴んだ。この不幸な武士は目を覚ます間もなく悪魔の手の中で引き裂かれた。グレンデルはその血を吸い、その骨を砕いて、見る間にこのご馳走を平らげた。悪魔はまたも手を伸ばして、新しい餌食にかかろうとした時、ベオウルフは起き上がって、怪物の腕を掴んだ。悪魔は烈しい怒りと苦しみとを感じた。彼は今まで手を掴まれたことはなかった。身をもがいて逃れようと争ったが無益だった。彼の怒りは烈しくなり、彼の恐れは深くなった。彼はただこの手から逃れて自分の棲家へ帰りたかった。しかし彼がいかに強い力を持っていても、ついにベオウルフの手を振り離すことはできなかった。その時ベオウルフは胸の中にこの無情な怪物を退治しようと誓った言葉を繰り返して、真直に立ち上がって、一層強く食人鬼と掴み合った。闇の中で恐ろしい格闘が始まった。食人鬼はどうしてもベオウルフの握りしめた指を振り解くわけにはいかなかった。争いの声は雷のように鳴り渡った。ゴッスの勇士たちは、目を覚まして剣を抜き怪物の周りに集まった。みんなベオウルフのために勇ましく戦った。しかし彼らが力を込めて打ち込む剣もこの怪物の体には何の影響も与えなかった。グレンデルの皮膚はいかなる名剣も透らないようなものであった。彼の体は魔術で固められていた。戦いはいよいよ猛烈になった。その時にとうとう戦いの済むときが来た。グレンデルの肩の筋が破れ、骨は肩の接目から折れた。食人鬼は両方の腕をベオウルフの手に残したまま、館から逃げて行った。恐ろしい呻声を曳きながら、グレンデルは野の霧に紛れて、水魔の湖を指して逃げて行った。とうとう湖の岸まで来て、水の中へ飛び込んだ時、真っ黒な波は再び湖の面を鎖して、悪魔を水底の棲家へ沈めてしまった。牡鹿の館には喜びの声が溢れた。人々はベオウルフのために凱歌を挙げた。彼は食人鬼の手からこの館を取り戻した。デンマーク人の人々は今宵から安心してこの館の中で眠ることができるのであった。ベオウルフはその勝利の標号(しるし)として、館の入口へグレンデルの腕を打ちつけた。朝になってこの報知がデンマーク中に伝わった時、デンマークの人々は一斉に喜びの声を挙げた。遠くからも、近くからも、沢山の武士が、馬へ飛び乗って、館へ集まって来た。人々はまたグレンデルの血に染まった足跡をつけて水魔の湖まで行った。人々が岸に立って水の面を眺めた時に、湖の水はふつふつと沸き返って、食人鬼の毒血で真っ黒に染まっていた。そこまで見届けて、人々は口々にこの勇士の武勲を賛美しながら、楽しい心で引き返して来た。北の果てから南の果てまでこれほどの勇士はあるまい、と人々は互いに話しながら、馬の手綱を弛めて、華やかな日光の中を、駈けさせた。その途々も楽人は即興の歌を作って、古の英雄にも劣らぬ、ゴッスの武士の功名を歌った。歌と歓喜の声はデンマークの国中に拡がって行った。その時、老王は目も醒めるばかりに着飾って、宮殿の中から出た。その後には多くの武士が列を作ってついて行った。王と並んで歩く妃の紫と金の華美やかな上衣にも美しい宮女の一隊が続いた。行列は花を植えた牧場を通って、牡鹿の館の前まで来た。フロトガル王は入口の階段へ足をかけて、日光の中に金色に輝く館の屋根を見上げた。そして扉の上につけられたグレンデルの腕が眼に入った時、王の歓喜は何に譬えようもなかった。王は後に続く人々を振り返って、この喜びを語り、さらにベオウルフに向かいその手を握りながら、自分を親と思ってもらいたい、自分の力に及ぶことならどんな望みも叶うものと思ってもらいたい、と言い、また、今までは小さな武勇に対して過大な財宝と命よを与えていたことを考えるとこの労はどんな褒美でも償うことができないが、武名だけは、永久に消えることはないだろう、と言った。ベオウルフは恭しく、自分がこういうことが好きだと言い、あの食人鬼をこの館の宝物に残したいと思ったこと、残念ながら取り逃がしたこと、そして、もう死んだであろうからこの国を荒らすような心配はない、と言った。ベオウルフがこういった時に、勇士らは一斉に歓喜の声を挙げた。ただフンフェルト一人は下を向いて黙って唇を噛んだ。しかし彼ももうこの勇士を貶して、自分の手並みを誇ろうとは思わなかった。ただ心に恥じて無言で俯いていた。その日は終日館の前に見ものの山を作った。恐ろしい食人鬼の手を見た人々は、誰とてその怪異に驚かない者はなかった。その爪は鋼鉄のように堅く、指は短剣のように鋭く、その外皮はどんな名刀でも透らぬほどに強かった。まことにこの世界の大なる怪異であった。
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グレンデルの母
人々が牡鹿の館の前へ立って、ベオウルフの武勇を讃美している間に、館の中ではあまたの男女が駈回って、大饗宴の支度にかかっていた。昨夜の争いのため内部の彫刻や装飾が壊されて、無事に残ったものはほとんど屋根ばかりだった。しかし、壁には金銀の意図でかがって美しい帷帳(とばり)をかけ、椅子や腰掛けは、縫い模様のある絹でつつんたので、館の中は見違えるように美しくなった。やがて王は多くの武士と貴族とを従えて、館へ入った。この日の饗宴はこの館の始まって以来の盛大な饗宴であった。食事が済んだ後で、フロトガル王はベオウルフに数々の引出物を授けた。その中には、金で縫いをした立派な旗や、甲冑、黄金で柄をかがった剣などがあった。八頭の駿馬と黄金で作られた馬具、その中の一頭は白銀つくりの華美な飾りのある鞍が置かれた。これはフロトガル王がいつも戦場へ乗って行ったものだった。これらをすべてベオウルフに授け、なおそのうえに、多くの金銀をも添えた。ベオウルフの仲間にもそれぞれ剣や黄金を与え、グレンデルに殺された武士の分として沢山の黄金を加えた。この恩賞が一同の手に渡った時、楽人は竪琴を執って恋と戦いの歌を歌い、英雄の物語を叙べた。給仕の者が人々の間を廻って、杯に酒を注いだ。その時、王妃ウェルトウは黄金の杯を捧げて、王子およびベオウルフと並んだ王の方へ進み、王の前に杯を置いて、国の平和と、館が浄まったことを述べた。次にベオウルフの前へその杯を運んだ。そしてその足の側へ黄金の首輪と腕飾りのついた美しい衣服を置いて、お礼に首輪と上衣をしるしとすると言った。そして妃は立ち戻って、王のそばへ坐った。再び歌と笑いの声が起こって、火の傾くまで館の中に鳴り渡った。夕方になって、王とベオウルフは座を起って、自分の宿所へ立ち返った。しかしデンマークの貴族たちはずっと以前にした通りに、寝床を館に敷きならべた。グレンデルが死んだから、もう安心だと誰もが思った。それで、めいめいに枕元へ楯を置き、腰掛の上へ冑と剣と鎧を脱ぎ捨てて、安心して眠りについた。もう怪物は殺されてしまった、今夜から、枕を高くして眠られる、とみんなが思った。だが、広い野原の向こうには、水魔の湖の底で、眠らないでないているものがあった。それはグレンセルの母であった。この妖婆は子の死骸の前に坐って、どうかして仇を討ちたいと考えていた。この妖婆もやはり恐ろしい姿をして、その性質もグレンデルに負けないぐらい獰猛であった。その夜、妖婆は湖の底から出て、闇に包まれた荒れ野を踏んで、牡鹿の館へ忍び込んだ。妖魔は勇士たちの中へ躍り込んだ。人々の驚きと混雑は非常だった。人々は一度に跳ね起きて、めいめいに刀と楯とを執って敵に向かった。恐ろしい叫喚の声が館の中に鳴り渡った。妖魔は敵に覚えられたと思うや否や急いでこの館から出ようとした。人々の刀や槍に手向かおうという気はなかった。しかし、行きかけに一人の武士を掴んて、野の方へ攫って行った。魔女は帰りを急ぎながらも、扉の上に懸けられたグレンデルの手を持っていくことだけは忘れなかった。その後で、館の中からは悲嘆の声が洩れた。妖魔が攫って行った武士は、フロトガル王の臣下の中でも、王が一番大切にしている人で、仲間の中でも大事にされていた武士であった。この悲惨な出来事は、すぐに老王の所へ通知された。王は牡鹿の館からこの珍事を知らされて来た使いを見て、怒りと悲しみに胸をふさがれた。グレンデルが死んだと聞いた歓喜もほんの束の間で、今また大切な臣下を奪われた悲しみのために打ち消されてしまった。ベオウルフが居たらこんなことにならなかったろうに、と王は胸を打って嘆息した。人々の心はベオウルフに向かった。急いでベオウルフのところへ使いを出した。ベオウルフは思いがけない使いに起こされて、驚いて同僚と一緒に王の前に駆け付けた。まだ日は昇らなかった。ベオウルフとその武士とは薄暗い館の中を武器や甲冑を鳴らしながら王の前へ出た。ベオウルフは王を見て夜中に何が起きたのか尋ねると、王は頭を手で支えながら、ため息を吐いた。王は大事な家来を失ったこと、グレンデルの母親が復讐に来たことを話した。また、ここから一哩(いちまいる)ばかりの所にその妖魔の棲家になっている物凄い湖があり、その湖の底に水魔がいるので、退治してくれないかと言った。ベオウルフは王の言葉を聞いて、快く答えた。王は玉座から、跳び上がって、神に感謝をして、左右の者に命じて馬を引き出させベオウルフと馬を並べて牡鹿の館を出た。その後に多くの武士が従った。一同は水魔の足跡を調べながら、野を横切って進んで行った。じめじめした野の上には、血の滴りを長く曳いた敵の足跡が続いていた。人々はその足跡について岩の狭間や寂しい沼の縁(へり)を通って行った。最後に薄暗い茂みが、赤く沸き立った水の面を包むところへ来た。その岸には、フロトガル王の親友であった武士の首が転がっていた。それを見てデンマークの武士はまたも悲しみに胸をふさがれた。暗い水面には、奇妙な海蛇や、様々な形の蛇が泳いでいたが、デンマーク人が岸へ近づいて、角笛を吹き鳴らすのを見て、慌てて水の底へ沈んでしまった。しかしベオウルフは手早く弓を執ってその最後の一つを射止めたので、武士たちは手早く槍の尖にかけて、丘へ引き上げた。人々が怪物の死骸を驚き眺めている間に、ベオウルフはもう一度戦争の用意にかかった。彼はその秘蔵の鎧を着て、頭にはいかなる名刀も透らない冑を被った。そこへフンフェルトは手に一振りの剣を提げて進み寄った。フンフェルトの家にはフルンチング(Hrunting)と名付ける秘蔵の宝剣があった。この剣の刃は毒を塗って、血で鍛えたもので、この剣を持って戦場に出た者は、いかなる難をも免れるという言い伝えがあった。これまで多くの勇士の手で、様々の功名を立てた剣である。今フンフェルトは、前にベオウルフに難癖をつけたことを、心の中で深く後悔していた。彼は今、この深さの知れぬ水の底へ沈んで、功名を立てることは自分にはできないが、せめて自分の家に伝わったこの宝剣を贈って、この勇士に力を添えたいと思ったのであった。ベオウルフはもうフンフェルトの言ったことなどは忘れていたので、喜んでその好意を受けた。その時ベオウルフは王の方を向いて、支度が出来たこと、自分が死んだら代わりに同僚のものをいたわってほしいということ、自分に賜った宝物はハイゲラック王の手許まで届けてほしいということ、フンフェルトには自分に賜った名剣を取らせてほしいということ、を告げた。ベオウルフは王の答えを待たず暗い湖の中へ躍り込んだ。
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水魔とベオウルフ
ベオウルフは暗い湖の底へ潜って行った。ベオウルフが水へ飛び込んだ瞬間から水の妖魔は人間が沈んでくることを、水の動き方で知っていた。水魔はここまで来たら一掴みにしようと待ち構えていた。水の底に近づいたと思う頃、ベオウルフの体は、長い骨ばった指で一掴みに締め付けられた。水魔はベオウルフの体を引きちぎろうとしたが、鎧のために爪が透らなかった。水魔は思ったほど容易く爪が透らないのを見て、そのまま餌食を棲家へ引いて行った。ベオウルフはどうにかして刀を抜こうと思ったが、どうしても手が自由にならないほど、握りしめられていた。水魔の後からは、不思議な海獣が、ぞろぞろとついてきた。これらの獣は恐ろしい牙と光る鱗と鰭(ひれ)を持っていた。そういう武器で鎧が壊れるかと思うくらいに烈しく攻撃したが、ベオウルフの体は幸いになんの傷も受けなかった。最後に、水魔は大きな岩屋へ来た。そこには水が無くて、不思議な火の光が、青白い焔を上げて、薄暗い穴を照らしていた。その時、ベオウルフは、この光で洞窟の中に自分を掴んでいる妖婆のほかに誰もいないことを確かめた。彼はいよいよ戦うときが来たと思った。ベオウルフは慢心の力を揮って妖婆を目掛けて幾度も突いた。しかしベオウルフの力も、フルンチングの宝剣も、この妖魔には効かなかった。敵の体に突きかけても敵の体には何の傷もつかなかった。ベオウルフは怒って、剣を地面に投げつけた。もう武器に頼らずに素手で戦おうと決心した。ベオウルフは敵に飛びかかって、肩を掴んで、曳き倒そうとした。激しい掴み合いが始まった。人気のない洞穴の中で長い間戦った。二人は互いに掴み合いながら、動き回った。そのうちに、妖魔の力が勝ち、ベオウルフは組み敷かれて地面に倒れた。妖魔はベオウルフの胸の上に膝を乗せて自分の剣を抜いた。今こそ死んだグレンデルの仇が討てると思った。短剣は幾たびかベオウルフの胸を打った。この時ベオウルフの鎧が稀代の名器でなかったら彼はもう生きて帰ることはなかった。幸いにもその鎧の鋼鉄の板には、鋭い短剣の刃も透らなかった。妖魔の怪力を籠めた激しい突きも効果がなかった。隙を見てベオウルフは再び起き上がった。起きながらふと洞窟の壁を見ると、沢山の武器が懸っていた。ベオウルフはその沢山の武器の中に、一つの大きな剣を見つけた。それは人間の手に合ったものではなく、その刃の先は鋭く光って、目もくらむ黄金の柄がついていた。ベオウルフは素早くこの剣を掴んで、有りったけの力を出して、盛んにそれを振り回し、烈しく敵に切り付けた。最後に妖魔は床の上に伐り倒された。その時血に染まった刃の中から、焔が立って、薄暗い洞穴を照らした。ベオウルフが驚いてあたりを見廻した時、魔女はすぐ足の下に、死んで転がっていた。その近くにある寝台の上にはグレンデルの死骸が横たえていた。ベオウルフは何かいい記念物を持って帰ろうと思ったので、もう一度剣を揮って、グレンデルの頭を斬り落とした。その時、湖の上では、フロトガル王とその臣下とベオウルフの同僚が、湖の面を見守りながら、心配そうに坐っていた。丁度ベオウルフがグレンデルの首を斬り落とした時、上の人々は、湖の水がさっと血の色に染まるのを見た。年寄った人々は、互いに首をかしげて、話し合った。いずれも、ただ一人で、魔の湖の底へ沈んで行った勇士の身の上を心配し合った。湖の面が血の色に染まったのを見ると、ベオウルフはもう再び上がって来ないのではないかと思った。湖が真っ赤になって膨れ上がったのは、水の底で妖魔がベオウルフを殺して、引き裂いた証拠だと考えたからである。それから暫く経ってもベオウルフはように上がってこなかった。フロトガル王は悄然と席を起って、多くの勇士を従えて、王宮へ帰って行った。みんなベオウルフが再び帰らないものと諦めを付けた。しかしベオウルフの友達は誰も帰る気に馴れなかった。悲しそうに湖の縁へ坐って、じっと水面を眺めていた。この人々にしても、心の中ではあまり望みを置いていなかったが、それでももしかしたらまだ帰って来るのではないかと思って待っていた。その間に、水の底では、また一つの不思議が起こった。ベオウルフがグレンデルの頭を斬り離したときに、その手に持った大きな剣がだんだんと溶けかかってきた。火にあたって氷が解けるよりも早く溶けて行って、見る間に黄金の柄だけがベオウルフの手へ残った。これは食人鬼の血の毒のためであった。ベオウルフは驚いてこの不思議を眺めたが、急いで帰り支度に取り掛かった。彼の周囲には山のような宝があった。黄金や宝玉が青白い炎の中で光っていた。しかしベオウルフは魔女を殺した剣の柄の他は、何一つ取らなかった。フンフェルトの宝剣フルンチングを拾って腰へ差し、グレンデルの恐ろしい頭を手に持ちながら、ベオウルフは波を分けて上がって行った。その間に、湖の水はまた元の済んだ清浄な水になった。それは恐ろしい食人鬼の魔力がすっかり消えたからであった。ベオウルフはとうとう水面へ出て、湖の岸へ跳りあがった。その時、仲間の勇士たちは鬨の声を挙げてベオウルフの身辺へ寄って来た。人々は急いでベオウルフの冑や鎧を解いたが、その体には擦り傷一つついていなかった。そこで人々は、一目見てぞっとするようなグレンデルの頭を担い合って、喜び勇んで牡鹿の館へ帰って行った。食人鬼の頭は四人の勇士がやっと担ぐくらい大きな重い物だった。
解釈
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ベオウルフの帰国
ゴッス人はベオウルフを先に立てて牡鹿の館へ引き上げて行った。館へ着き、恐ろしいグレンデルの頭を抱えたまま中へ入ってフロトガル王の前へ進んだ。王や貴族らはベオウルフの姿を見て驚いた。皆二度とこの世でベオウルフに逢うとは思わなかった。王を初め人々の喜びようはたとえようもなかった。みんな夢中でベオウルフを歓迎した。王の側にいた妃は恐ろしいグレンデルの頭を見て、思わず顔をそむけてしまった。人々の歓迎の騒ぎが少し静まった時に、ベオウルフは王に向かって、「私は勝利の標にこれを持ってまいりました。水の底の戦から、やっとのことで生きて帰りました。神のお助けがなければもう日の光を見ることができなかったでしょう。フルンチングがいかに名誉の宝剣でも、この度の戦には、何の役にも立ちませんでした。私は剣を捨てて、素手で戦いました。しかし、魔女の方が強く、私は殺されそうになりましたが、その時くらい岩屋の壁に古びた大きな剣が眼に入りました。私は素早くその剣を取りやっとのことで敵を殺しました。その後でグレンデルの死骸がそこにあったのに気が付き、首を斬り落として、この通りもって帰りました。ですが、私がこの首を斬り落としたときに、一つの不思議が起こりました。みるみる剣の刃が溶けてゆきました。食人鬼の血にはそれほどの毒があったのです。それで私はとうとうその剣の柄だけ持って帰りました。しかし、これでもう安心です。この後は陛下も陛下の勇士たちも、安心して、この館で眠られます。もはや悪魔の一族が荒らしにくるようなことは決してありません。」言い終わってベオウルフは黄金の柄を王の前へ出した。王はそれを手に取って、驚いてみていた。それは大変に昔のもので、人間の手でできたものとは思われなかった。世にも珍しい宝だった。その黄金の上には妙な文字で、このグルぎを作らせた者の名前が書いてあった。その文字などから見ても、この剣のできたのは、ずっと古い時代で、巨人の一族がまだこの地球上を威張って歩き回っていた頃だということが分かる。フロトガル王がこの戦利品を眺めている間、人々は息をのんで王の手許を見ていた。やがて静まり返った館の中で王は静かに口を開いた。「ベオウルフよ、あなたの名誉は、世界の隅々までも広まって行くでしょう。あなたの武功はいつの世までもゴッス人の誇りになるでしょう。あなたはこれだけの手柄を少しも誇ろうとはしない、それが本当の勇士というものだ。私は前に約束したことを重ねてここで誓います。私はもう五十年の間、このデンマークの民を治めた、そして天下にかなう者は一人もなかった。国内には、平和と喜びが満ちておりました。その喜びの後から悲しみが来た、グレンデルが私の敵として、侵入者として現れました。だが神々に感謝します、私が死ぬ前にこの恐ろしい血だらけの首を見ることができたのは全く神々のお力です。何よりも先に饗宴の席にお着きください。恩賞は夜が明けてからのことにしよう」この言葉を聞いて、ベオウルフは喜んで、定めの席へ着いた。そこでデンマーク人とゴッス人はまたも楽し気な饗宴を開いた。とうとうその日も暮れて、夜の闇が地を包んだ。その時人々は一斉に立ち上がった。白髪の老王は寝室へ入って行った。ベオウルフも今日一日の長い戦いに疲れ果てて、何よりも寝るのが楽しかった。王の従者は恭しくベオウルフを案内して、用意してあった、寝室へ連れて行った。夜は更けて行ったが、悪魔はもうゴッス人やデンマーク人の眠りを乱さなかった。アサヒがまた昇って、ゴッス人の眼を覚ました時、ゴッスの人々は、もう故郷のことばかり考えていた。ベオウルフは一人の勇士を呼んでフルンチングの宝剣をフンフェルトへ返すように言いつけた。ベオウルフは厚く剣のお礼を言わせた、その名剣を辱めるようなことは一言も言わなかった。ゴッス人は出発の時が待ち遠しくて、急いで出発の支度をした。一同が訣別のために王の前へ立った時、ベオウルフはまず王に向かってこう言った。「海から来た私どもは、今日お暇を戴いて、我々の国ハイゲラックの許へ帰りたいと存じます。いろいろと懇ろなお心尽くしを受けました。厚いもてなしにも預かりました。もしこの上、陛下のために私の力がいるようなことがありますなら、私はすぐにこれから出かけましょう。またもし海のあちらに居ましても、敵が再び攻め寄せたという噂でも聞きましたら、私は必ず数千の武士を率いて御加勢にまいります。ゴッス人の王ハイゲラックは、まだ年若ではありますが、そういう時には、きっと私を助け、あなたのために戦わせてくれます。」老王は厚くベオウルフの労を謝して、黄金や宝玉や甲冑などの賜物を一堂に分かち、ベオウルフの願いに従って、その帰国を許した。が、ぜひもう一度来るようにと言った。フロトガル王は別れの言葉を言い終わると、ベオウルフの頸を抱いて、接吻をした。やがて、緑の野を踏んで、遠ざかって行く勇士らの後ろ姿を見送った時、王の眼には涙があふれていた。まるで最愛の子に別れを告げる様に。ゴッスの勇士らは威勢よく海岸の方へ進んで行った。海岸へ出ると、そこには、上陸の際に初めて逢った番兵が同じように見張っていた。番兵はゴッス人の戻って来たのを見ると、馬を走らせて出迎えに来た。ベオウルフの武勇の話は、もうこの番兵の耳にも入っていた。ゴッス人はとうとう岸につないだ船まで帰って来た。フロトガル王が勇士らに贈った沢山の財宝は、みんな船の中に積み込まれた。馬も甲板の上へ引き込まれ、光る楯は舷(ふなばた)へ並べ懸けられた。やがて、帆が拡げられた。その時、ベオウルフはその財宝の山の中から一振りの剣を取って、船の番をしていた勇士に贈った。勇士は非常に喜んで、帰って行ったが、のちにこの勇士はベオウルフから名誉の贈り物を得たというので、長くその家門の誉れとなった。最後の一人が甲板へ乗り移ると、船は出向した。ゴッス人は風と波の歌を聴きながら、海の上を静かに辷って、ついに懐かしい故郷の岸へ着いた。船が岸に着くや否や、勇士たちはすぐに陸へ跳び上がって、そこに出迎えていた友達と互いに手を執って、再開の喜びを語り合った。ベオウルフは従者らに財宝の荷を運ぶように言いつけておいて、人々と一緒に砂の上をハイゲラック王の御殿の方へ歩いて行った。ベオウルフより一足先に、王の所へは使が立って、ベオウルフをはじめ、ゴッスの勇士が無事に、怪物を征服してデンマークから帰って来た、一同は今、船から上って王宮の方へ進んでくるところだという喜ばしい知らせを持って行った。王は嬉しそうに勇士らを迎えて、一別以来の物語に興じていた。王がベオウルフと椅子を並べて、語っている間に、美しい王妃ヒグドは広間中を歩き回って、祝いの盃を人々の前に持って歩いた。ハイゲラック王はベオウルフが遭遇した様々の冒険について、いろいろと尋ねかけた。「早くその話を聴かせてくれ、君が勝負を争うために遠くへ行く決心をしてこの国を出発してから、今日までに、どんなことが起こったのだ。私は絶えず君のことを曳かれていた。もしや君の身の上に悪いことでも起こりはしまいかと、どんなに心配したと思うのだ。だから今日無事で、達者な君の顔が見られたのを、心の底から全能の神に感謝するのだ」王の言葉を聞いて、ベオウルフは徐にこう答えた。「王よ、私が、あの食人鬼と戦って遂にその怪物を退治した物語を残らずここで申し上げましょう。グレンデルの一族が、たとえこの地の上に生き残っておりましても、もはや闇の力を誇ることはできないでしょうから」こう話し出してベオウルフは冒険の始終を残らず話した。彼は王の側へ坐りながら、一同がゴッス国を出発して以来の出来事を細かく物語った。フロトガル王の親切なもてなし、グレンデルやその母の魔女と戦った物語、デンマーク王の手厚い賜物と感謝の言葉などを残らず話した。この物語を聞きながら、ハイゲラック王は最愛の友の大きな手柄を自分のことのように喜んだ。ベオウルフは物語を終えると、従者に言いつけて持ってきた財宝を王の前へ運ばせた。そして再び王の方を振り向いて行った。「陛下よ、どうぞこの財宝をお受けください。私の生涯の喜びはみんな陛下の賜物です。陛下の他には、私の身内というものもありませんから。」こう言って、甲冑と剣と立派な馬具を着せた四頭の駿馬を、数々の財宝と共に王に贈り、また王妃ヒグドには、デンマークの王妃から贈られた美しい首輪を贈り、また三頭の馬に黄金と銀で美しい細工をした鞍を置いて、妃の乗料に献じた。この返礼として、王は一振りの名剣と一つの王宮と数々の領地を、ベオウルフに与えて、この勇士の手柄に酬いた。
解釈
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ゴッス王ベオウルフ
その後、ゴッス国には、平和と繁栄が続いていたが、ある都市フリースランドの海賊が、その領内に侵入して、防備のない海岸の農場や農家を焼いて、荒らし回った。王はすぐに兵を出して敵に向かわせたが、機敏な海賊の群は、王の軍勢の到着したときには、獲物を船に積んで逃げてしまった。王はすぐに軍を率いて、フリースランドに侵入し、この仇を返そうと決心した。その時、ベオウルフは王の前に出て、敵の侮り難いことを説き、敵に攻め入るには、十分の軍を整えて、不慮の災害に備えなければならないことを申し上げたが、王は烏合の賊を見くびっていたので、ベオウルフの意見を用いなかった。ベオウルフは余儀なく王に従って敵地に入り、行くところの村落に火を放って深く内地まで進んで、その復讐の目的を果たしたが、軍をまとめて、帰路に就いたとき、地利に暗いゴッス軍は、はからず敵の計略にかかって、散々に敗北し、王は乱軍の内に、果敢なく命を落とした。ベオウルフは僅かの勇士とともに、戦場に踏みとどまり、力の限り敵の大群を斬り靡け、辛うじてハイゲラック王の死骸を収容して、海岸まで引き上げて来た。ベオウルフは王の遺骸を奉じ、敗残の兵を引いて、ゴッス国へ帰って来た。王の葬儀は型のごとく行われた。王妃ヒグドは夫を喪った悲しみに、胸を閉じられて、しばらくは、国の政治をも考える遑(いとま)もなかったが、そのうちに国内の貴族らが、王の亡いのをいいことにして、互いに勢力を争うようになった。王妃は弱い心を振り起して、ゴッス国のために、早く王を定めることを決心した。そこで貴族らを集めて、評議を開き、その城跡でまず口を開いて、ベオウルフを王に立てることを提案した。「王子のハルドレッドはまだ幼い。国内の貴族の上に立つには力が足りません。まして外国と戦争でも起こった場合には、この名誉あるゴッス国を守ることができないでしょう。これはどうしても、ベオウルフ殿に願って、王になっていただくよりほかはない」こういう王妃の言葉を聞いて、貴族らは異口同音に賛成した。その時ベオウルフは進み出て、一座を見渡しながら、「ゴッス国の貴族たちよ、あなた方は本心から、この私を、叔父でもあり、親友でもある故王の孤児を押しのけて、その正統の位を盗むようなものとお考えになりますか?悪を憎みたもう神々は、おそらく私に、このような大罪を、犯させるようなことは、なさるまい!」と声を励まして行ったが、王妃の前に進んで、妃の手から幼い王子を抱きとり、縦の上へ載せて差し上げながら、「さあ、ここに我々の王があります。私は命を懸けても、この王子を守護する覚悟です。王子が成人して、この国の政治をご自分で見られるようになるまでは、誓って私が守護して、いかなる強敵にも、またゴッス国に向かって、指をもささせないつもりです。」ときっぱりと言い切った。一座は声を呑んで、暫く静まり返っていた。たとえ胸に異心を包んだ者でも、この正義の言葉に、意義をさしはさむこともできず、「私もベオウルフ殿に同意いたします」「私も一命を捧げて王子のために尽くしましょう」と互いに誓約を堅めて、王冠は無事に幼い王子の頭上に落ちた。
それから幾年か経った。その間、ベオウルフはその誓った言葉を守って、王妃を助けて幼い王子を守り立てながら、内外の敵に対しては、武威を示し、国内の民に対しては、善政を施して、平和にゴッス国を治めていった。やがてハルドレッド王は、成人して、国内の政治を執るようになった。王はよくベオウルフの教えを受けて、敵に対しては寛大に、味方に対しては仁慈な性であったから、国民は拳って王に懐いた。ある年、スウェーデン国の王、オーテルの王子にエドムンド、エドガルというものがあって、父に叛いて、その国を追われ、ゴッス国へ来て、ハルドレッド王に身を寄せた。寛大な王は、この亡命者に保護を与えて、宮中に逗留させながら、折を見ては、その不心得を諭して、父に詫びて国へ帰れと勧めた。ある日、王はこの二人を召して、熱心に説諭を加えて、国へ帰そうとした。すると気の荒いエドムンドは、かっとなって、王の言葉尻を捉え、二言三言争ううちに、やにわに剣を抜いて、王の胸を刺した。王の倒れたのを見て、王の近侍の臣が躍りかかって、この亡命者の首を刎ねた。しかしエドガルは、命を全うして国へ帰り、まもなく父の王位を嗣いだ。そこでゴッス国の貴族は、再び会議を開いて、王を選ぶことになった。一同の希望はまたもやベオウルフに集まり、全会一致で彼を王にすることを決議した。ベオウルフも国内の事情を慮って、余儀なく貴族の希望に従い、ゴッス国の王冠を受けた。この時、ハルドレッド王の訃報(ふほう)が、諸方に伝わったので、近隣の国々からは、この機に乗じてゴッス国の領土へ攻め込んで来た。しかしベオウルフはすぐに兵を率いて、敵に向かい、侵入者に対してゴッス国の威武を示したので、間もなく辺境の騒ぎも鎮まった。すると今度は、北国の海賊が、しきりに入寇(にゅうこう)して、海岸地方を荒らし回った。中にも、スウェーデン王エドガルは、大軍を率いて、その兄エドムンドの復讐にやって来た。ベオウルフはゴッスの軍を引いて、これに向かった。やがて両軍は互いに入り交じって、戦ったが、ベオウルフは真っ先に馬を立てて、必死の勇を奮って、戦ったので、その頃諸国を震駭(しんがい)させた北国の海賊も、散々に敗れて、多数の死者を残して、船へ引き上げて行った。この時の戦いで、スウェーデン王エドガルも、また死骸となって、戦場に横たわったので、それからあとは、さすがの海賊も暫くゴッス国に入寇しなかった。この後、外国の侵入は、はたと絶えて、ゴッス国はベオウルフ王の仁政の下に、永い平和を続けて行った。
解釈
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火龍
ベオウルフがゴッス国の王位に就いて、四十年は夢のように過ぎ去った。さすがの英雄も寄る年波には勝つことができず、ベオウルフも、もう頭には、雪を置き、剣を握る力も、年ごとに弱くなった。しかし王の威名はなお国の内外に轟いているので、にわかに攻め寄せる敵もなく、主君の命を用いない一人の貴族もなかった。このままで行けば、老いたとはいえ、王の存命中には、ゴッス国は永く奏平無事を続けることが出来そうに見えたが、この平和の夢は、図らずも思いがけない敵のために、かき乱されることになった。新たに現れた敵は、これまでの敵とは違って、人間の力ではどうすることのできないものであった。それは火焔を吐いて、ゴッスの国中を焼き滅ぼそうとする恐ろしい毒龍であった。事の起こりを尋ねると、この国の山中に、一つの深い洞穴があって、いつの頃からか、無数の宝がその奥に隠されていた。宝玉を鏤めた数々の宝剣や、黄金の光に目のくらむばかりの甲冑や、黄金の杯や、銀の皿や、その他価値の知れない腕輪や首輪の類が、山と積まれているが、一匹の毒龍が、洞穴の口を守っているので、誰も恐れて、この洞穴へ近寄る者はなかった。伝説によると、昔この国に、一人の王があったが、ある年の戦いに、敵のために破られて、この山中に逃げ込んで来た。僅かに生き残った部下も、傷のために死んで、後には従う者もなくなった。王は深くその身の不運を悲しんで、この時までも傍を離さず持っていた宝の櫃を、この洞穴の中に運び、誰に語るともなく、「地よ、この宝を取れ!かつては地上の人々が、汝の神から取ったこの宝を!私の人民はことごとく殺伐な死の手に奪われて、もはやこの剣を取る者もなければ、この杯を受ける者もない。戦場においても、館においても、何の喜びもない。黄金の兜も、このままに朽ちよ。黒鉄の鎧も、ここで、滅びよ。白銀の杯も虚ろに横たわれ」と叫んだ。王は心の悲しみを訴えると、宝の側にじっと座って、夜も昼も、涙に暮れていたが、やがて人々の後を追って、この世を去った。それから幾年か経った。ある時、一匹の龍がこの洞穴へ近づいて、その奥に埋もれている宝のあることを知った。宝を好むのは龍の習慣であった。その時から龍は、自分の発見した宝を、他人に盗まれないように、この洞穴を棲家として、絶えずその口を守っていた。それから三百年たった。ふとしたことから、この埋もれた宝が人間の眼に触れた。ある時、ゴッス人の家に使われている一人の奴隷が、悪事を働いて、主人の家を逃げ出した。奴隷は主人の眼に触れない先に、この国を逃げ出そうと思って、道もない山奥へ踏み込んでいくと、はからず、この洞穴の前へ出た。奴隷は個々で夜を明かそうと思って、洞穴の中へ入って行ったが、すぐに龍の姿を見て、震え上がった。その時、龍は眠っていた。奴隷はこわごわ洞穴の中を見廻しているうちに、洞穴の奥できらきらと光るものが目についたので、よく見ると、そこには数知れぬ宝が、半ば土に埋もれて積み重なっていた。奴隷はこれまで、これほどの宝を見たことがなかった。暫くはその光に目が眩むような気がして、怖いのも忘れて、そこに立ち止まっていた。「ああ、あの杯が一つあったら、主人の所へ持って帰って、詫びを入れることもできるだろうに!」と思っているうちに、奴隷はだんだん大胆になって、龍の体をよけて、宝の山の方へ這い寄って行った。そしてそっと手を伸ばして金の杯を掴むより早く、洞穴の外へ這いだして、主人の家へ帰って行った。奴隷の思った通り、主人はその美しい杯を見て、すぐに奴隷の罪を許した。しかしこれが恐ろしい災いの元になろうとは、誰も思わなかった。龍は目が覚めると、すぐに宝の減っていることに気が付いた。龍は盗賊の所在を探そうと、あちこちを嗅ぎまわしていたが、洞穴の中には誰もいないとわかると、今度は洞穴の外へ這い出して、後ろの小山をぐるぐると巻いて、あちらこちらと嗅ぎ回した。しかし盗賊は、もうその辺にいないと分かった時、龍はもう一度、洞穴へ帰って、日の暮れるのを待っていた。やがて日が沈むと、龍はその棲家を離れて、遥か眼下の平野を見下ろした。夕闇の底に包まれた平野を目掛けて、龍はまず、その巨大な翼を張り、口からは焔を吐いて、風のように空を翔って行った。人里に近づくと、吐く息はいよいよ烈しく、焔は闇を裂いて、野の上に渦巻くだった。火龍は夜一夜、西に東に駆け巡ったが、その過ぎた跡には、村々は焔に焼かれ、人も家も、見る間に灰になった。火龍はゴッスの国中を焼き尽くさねば止まないという勢いで、毎夜その棲家を出て、下の平野を荒らし回った。ゴッスの国民は、日の沈むのを見ると、じっと家に籠って、ひたすら恐れ戦いていた。火龍の吐く声は、山や谷に響いて、まず人の魂を奪った。遠雷のようなその響きが、次第に近づくと、空はたちまち明るくなって、火龍の吐き出す息は焔となって、家や森を包むのであった。これが毎夜のように続いた。三、五日と経つうちに、ゴッスの国中は、荒らされて、多くの人々は、ただ死を待つばかりになった。もちろん王宮も、その災いを免れることはできなかった。その宝蔵が炎に包まれて、あまたの財宝が灰になるのを、目前に眺めた時、王の胸は、悲しみと怒りに震えた。ベオウルフはもはや寄る年波に、昔の英気も衰えてきたことを自分でもよく知っていた。けれども民の悩みを目の当たりに見て、空しく日を送ることは、王の気象として耐え難い苦しみであった。王は花々しくこの敵と戦おうと決心した。多くの臣下が、王の身を気遣って、口々にこの冒険を諫止したときに、王は人々に向かって、こう答えた。「止めてくれるな。人民の悲しみは私の悲しみである。あらゆる敵から人民を保護するのが、王の役目だ。私は私の役目を尽くすほかはない。生きるも死ぬも神の御心にまかせよう」そこで老王は、加治工に命じて、火龍の吐く炎から、その身を保護することができるような、大きな鉄の楯を造らせた。楯ができ上ると、臣下のうちから十一人の勇士を選んで、ともどもに火龍の洞穴を指して出発した。王は今度の災いの元は、あの奴隷が、龍の守る宝の内から、一つの杯を盗んだことから起こった、と知ったので、出発に先立って、その奴隷を呼びだして、この度の案内役を命じた。奴隷はこの命令を聞いて、思わず顔色を変えて震え上がったが、自分より他には、案内できる者がいないと聞いて、いやいやながら案内に立った。王を初め十一人の勇士らは、奴隷の後に続いて、山の奥に踏み込んで行った。とうとう龍の住む洞穴の見えるところまで着いた。洞穴は海に臨んだ断崖の上にあって、北海の荒波は、岩に砕けて恐ろしい響きを立てていた。王は岩に腰を掛け、人々に向かって、静かに口を開いた。「若い時分には、様々な敵と戦った。今ではもう年を取ったが、それでも人民のためには、新しい敵と戦わなければならない。今にもこの国を荒らした敵が、あの棲家から現れてきたら、私はもう一度花々しく戦ってみたいと思う。私はあの翼のある怪物と、太刀打ちを使用とは思わない。昔、あのグレンデルと戦った時のように、どこまでも、素手で使い合いをするつもりだ。ただ的には恐ろしい、烈しい炎の武器があるから、私も鎧に身を包み、鉄の楯を持って向かうほかはない。私はあの宝の番人から、一足でも後へ引くつもりはない。ただここに踏みとどまって、運命の定めに従うばかりだ。私はもうこの上何も言うことはない。私は今あの翼のある怪物に向かって行く。お前たちは、その鎧に身を固めて、この山の上で待っていてくれ。二人の内どちらかが無事に、この悪戦から立ち上がるまで、お前たちはここで見ていてくれ。この戦いは、お前たちにもまたどんな人間にも、できることではない。私が単身で向かって、私の力を見せるほかはないのだ。この戦いに勝って、あの宝を手に入れるか、あるいは悪戦苦闘して、私の命を棄てるか、二つに一つだ。」こう言って、ベオウルフは立ち上がった。老王は今、その稀代の鎧に身を包み、黄金を飾った兜を戴き、手に楯を取って、岩を踏みしめて、洞穴の口へ進んで行った。
解釈
ベオウルフの話では、まずグレンデルが本来人間となる前の姿で、彼を殺したことが、別の形つまり奴隷という形で災いしているように思う。龍が守りたかったのはその伝説での王の気持ちであり、王が地の神と言ったごとくに龍がその宝を得たと考えられる。しかし、奴隷はその大切な、すなわち伝説に出て来る王の墓を荒らした罪びととして、龍の怒りを買っている。しかし、フロトガルはこのことをベオウルフに予期させるためにグレンデルの一事件が起きたことを示しているようにも思う。しかし、これはあくまで自然な物語の成り行きとして暗示されているので、そこに外部から分析を入れる余地はないと思う。
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最後の戦闘
ベオウルフは勇士らに別れを告げてただ一人火龍の洞穴に歩み寄った。内部の様子をうかがうと、入口の石門の奥には小川が流れているが、龍の吐く息で熱湯のように煮え返っていた。王は暫くこの湯の川に立って居たが、洞穴に向かって憤怒の叫びをあげた。王の心はこの飛竜に対する憤りに満ちて、その声はときのこえ(鯨波[げいは])のように、洞穴の中へ響き渡った。この声を聞くと龍は人間に対する憎しみに燃えて、たちまち首を上げた。龍はまず炎の息を吐いて、一声高く嘯(うそぶ)いた。洞穴の入口に現れた龍の姿を見ると、全身は鋼鉄の板を並べたような鱗で蔽われ、鱗は日に投じて様々な光を放った。王は巨大な楯を高く上げて、敵に向かって進みながら、片手に剣を抜いて、じりじりと寄って行った。王の手にした剣は、家に伝わる宝刀で、これまで幾たびの洗浄に、数知れぬ敵の血を塗って、刃先の鋭さを誇ったものであった。暫くは互いに機を狙って、じっと睨み合っていた。王は楯のうしろから、敵の虚ろをねらい、龍は低く身を屈めて、躍りかかる機会を待っていた。龍はたちまち首を立てて、咄嗟に王に襲い掛かった。王も身を進めて、縦の後ろから剣を閃かした。氷のような宝刀の刃先は、龍の鱗に触れて鳴った。その時、剣は刃が捲れて跳ね返った。この龍の鱗には名剣も施す術がなかった。敵はこの一撃にさらに怒って、焔を噴いて、たちまち王の身を包んだ。頭上から渦巻くだる炎の嵐に遭い、黒鉄の楯も王の身を防ぐことはできなかった。王は胸の内に
、この戦いのもはや勝つ見込みのないことを知った。けれども王は初めからこの戦いに命を懸けて覚悟を決めているので、一寸も後ろへ引かなかった。戦いは幾たびかやみ、幾たびか続けられた。やがて敵は勇気を取り返して、猛烈に火を噴いて向かってきた。凄まじい炎は再びベオウルフの身を包んだ。さすがの英雄も息も詰まるばかりになって、思わず後へ退いた。しかし王が危ういと見ても、誰一人進んで助けようとするものもなかった。十一人の勇士は、岩の上に立って、この必死の戦いを眺めているうちに、焔は風にあおられて、人々の上にも襲い掛かった。一同はそれに気を呑まれて、じりじりと後へさがって、ついには近い森の中へ逃げ込んだ。その中で、ただ一人、踏み止まって、目を離さずに、王の様子を見守っている勇士がいた。名をウィグラフと言って、王の身内であった。ウィグラフは今王の実が危ないとみると、自分の楯へ手をかけながら、後ろを振り向いて、一同に声をかけた。「君方には王の危急が見えないのか?我々が剣と武具とを受けて、王の前に誓ったあの厳粛な誓いを、君方はもう忘れたのか?ましてこの度の遠征に、多くの臣下の中から、我々十一人を選んで、これまでお連れ下さったのは、いざという場合に、何かの助けをさせようと思召したからではないのか?今こそその時だ!王の実をあの火の中から救い出さなくてはならない」言うや否や、ウィグラフは身を躍らして、焔の中へ飛び込んで行った。「我が君主、もう一度昔の手並みをお見せください。あなたの力はまだ残っている。どうぞ花々しく戦ってください。及ばずながら、私が加勢いたします。」龍は加勢者が現れたとみると、いよいよ怒って、噴き出す焔の勢いは、ますます凄まじくなった。ウィグラフの持った楯は、見る間にその炎に焼かれて、黒鉄の掴みだけが手に残った。彼は王の持った楯の後ろに身を隠して、じっと炎の下に立っていた。その時王は、若き日の戦いを胸に浮かべて、二度、三度、敵に向かって突きかかって行った。鋭い刃先は、敵の鱗に触れて、幾たびか音を立てた。最後に満身の力を籠めて、打ち込んだ時、音に聞こえたネグリングの宝剣も鍔際(つばぎわ)からぽっきり折れて、二つになって飛び散った。龍はこの打撃にいよいよ怒りを加えて、もう一度、王の頭上に襲い掛かった。王の手にした楯は、たちまち炎の風に吹きまくられて、龍の口が王の首に触れると見る間に血が迸り、王の白銀の鎧を染めた。王の身がいよいよ危ないと見て、ウィグラフは、恐ろしい炎を浴びながら、突き進んで、下から龍の喉を刺した。剣の先が深く怪物の肉に通った時、焔の息が、さっと溢れて、剣を握った手を焼いたが、龍の食いしめた刃は自然と緩んで、王の首を離したので、王は差し添えの短剣を抜いて、再び敵に躍りかかった。この時から龍の吐く炎は次第に衰えて、龍の力はだんだんと弱まってきた。王は、最後の勇気を振り起して、短剣を奮って龍の腹を抉ったので、さすがの龍も恐ろしい唸り声を立てて、地に倒れた。二人はその上にのしかかって、とうとうとどめを刺した。二人は岩に座して、暫く息を休めていた。王の心は暫くこの勝利によって、何事も忘れていたが、じきに体内に燃えるような痛みを覚えてきた。王はすぐに、龍の毒が全身に回っていることを知った。王は重い瞼を開いて、うっとりと洞穴の中を見廻した。洞穴の中には、太い石の柱がすくすくと立って、その上には大きな石の天井が、弓形になって覆いかかった。ウィグラフは王を介抱して、鎧を解き、その傷口を綺麗に水で洗った。その時、王は、心の内にもはやその最後が近いことを知って、じっとウィグラフの顔を眺めながら、しずかに口を開いた。「私には子供というものがない。五十年の間、私はこの人民を支配していたが、その間、私の歯に立つような敵は一人もいなかった。私はこの世の喜びも、悲しみも味わったが、人を欺いたり、誓いを破ったりしたことは一度もなかった。私は今、最後の際に臨んでも、こればかりは少しも思い残すところはない。神々の前へ行っても、不義非道の咎めを受けることはあるまい。しかしウィグラフよ、私が眼を眠らぬさきに、この洞穴へ入って、あの灰色の岩の下に隠してある宝を、ここへ運び出してもらいたい。龍はもう死んだ。あの宝を棄てて、永久に眠ってしまった。さあ、大急ぎで、私の手に落ちたあの宝を、残らずここへ持って来てくれ。私はせめて息のあるうちに、あの宝を一目見て死にたいと思う。」ウィグラフはすぐに王の言葉に従って、暗黒な洞穴の奥へ入って行った。時期に彼の眼の前には、宝の山が積み上げられているのを発見した。美しい黄金や、色様々の宝石で飾った武器や、、杯や、そのほかいろいろな道具と共に、古い兜や、鎧が一面に散らばっていた。壁には黄金を飾った旗がかかっていた。しかし洞穴の中は、死んだように鎮まりかえっていた。ウィグラフは急いで手に持てるだけの宝をかき集めた。黄金の皿や、杯と一緒に、旗と宝剣を持って、大急ぎで王の傍へかえってきた。その時、王は、傷の痛みに気を失って、岩の上に打ち臥していたが、ウィグラフが冷たい水で王の創を洗ったり、顔を拭ったりするうちに、ようよう我に返って、じっと宝物を見ながら苦しい息の下から、こう言った。「私はこの宝を与えてくださった神々に感謝しなければならない。私が棄てる命は、無駄にはならなかった。この宝は、何かの場合にきっと人民の役に立つだろう。これでもう、私は死んでも心残りはない。私が死んだら、海へ突き出した岩の上に、一つの塚を積み上げて葬ってくれ。荒海を漕ぎ渡る人々が、遥かに望んで、『あれがベオウルフの墓だ』といつまでも語り合うように!」言い終わって、王は、その首から黄金の首輪を外してウィグラフの手に渡した。それから黄金を飾った兜と、身に着けていた鎧をウィグラフに与えて、こう言った。「おまえは私の家にただ一人残った人間だ。神は私の身内の者を残らずお召しになった。あとに残ったのは、お前と私ばかりだったが、今、私もみんなの後を追って行く。あとのことは、お前にしっかり頼んだぞ!」これが老王の最後の言葉だった。
解釈
ベオウルフはこの宝のために龍と戦ったのだと思う。そして、この宝はおそらくただの物ではなく、本当に力の宿る宝だったと考えられる。そして、聖杯やエクスカリバーを思わせるものや、旗(これはカーワの旗だろうか・・・)がそこに含まれている。そして、ベオウルフの身に着けていた首輪、冑、鎧は神が彼を龍に勝たせるためのものだったに違いない。
備考:はちまき、ぜっけん、旗はどれも布である。これは客体、すなわち人間の非常に素晴らしい魂がポアすることでその力を得てして、濡れ衣である。すなわちその魂は若干の罪を持ってそれをなしているのである。
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永遠の眠り
老王ベオウルフが静かに横たわったのを見て、ウィグラフの胸は再び悲しみに閉ざされた。王の命を奪った恐ろしい火龍も横たわっていた。ベオウルフはその敵を斃したが、それは死をもって償った貴い勝利であった。ウィグラフは主君の傍へ膝を突いて、冷たい水でその顔を拭いながら、その名を呼んでみたが、王はもう眼を開かなかった。いかに心を尽くしても、彼はもう再び王をこの世に呼び返すことはできなかった。彼は神を呼んで祈っても見たが神もその祈りを聞かなかった。今や恐ろしい戦いは終わった。凄まじい龍の焔に気を奪われて、林の奥へ逃げ込んだ臆病な人たちも、戦いの叫びが鎮まったのをみて、林の中から現れてきた。王を裏切った十人の臆病な勇士は、今、跪いて、王の顔を見つめているウィグラフの周りへ集まった。彼らは武具に身を固め、手にはめいめいに楯を持っているが、その武具も今では何の用もなさなかった。ウィグラフは怒りの眼を見張って、じろりと同僚の顔を眺めなたが、さげすむようにこう叫んだ。「君たちの北その武具は何のためだ?その兜と鎧を、君がたに与えた時、王は誰よりも頼みがいのあるものと思召したに違いない。しかし君方はこの大事の場合に、まんまと王の望みを裏切ったではないか?とはいえ、全能の神は、何人の助けもからずに、その仇を平らげる勇気を、王にお与えになった。私はこの戦いには、何のお役にも立たなかったが、それでも心ばかりの働きはした。私の弱い腕でも、剣を突っ込んだ時には、龍の焔もいくらか弱くなった。あの時、もっと手があったらと、私は残念でならない。君たちはもはや宝の分前にも預かることはできないだろう。その上君たちの卑怯なふるまいは、じきに遠い他国にまで伝わって、天の下に、身を置くところもないであろう。本当の勇士ならば、恥辱に生きるより、死んだほうがましであろう」ウィグラフは卑怯な同僚に顔をそむけて、立ち上がった。崖のかなたには、一隊の勇士が王の帰りを待っていた。ウィグラフはこれらの勇士に伝令使を贈って、戦いの模様を報告させ た。伝令は崖に登って、武士たちに向かって、声高らかに叫びたてた。「我々ゴッス人の王は御逝去になりました。龍のために敢ないご最期を遂げさせられました。王の傍らには、剣の創を受けた強敵の死骸が横たわっています。王のおそばには、ウィグラフどのが侍って、悲しみの内にも、王の玉体を守護しています。今デンマーク人は開戦の日を待ちかねております。フランク人も、フリシヤ人も、王の御逝去を聴けば、直ちに開戦の準備に取り掛かるでしょう。今日まで敵に対してこの国を守り、その知と勇とをもって、我々の財宝と国土とを保護してきたのは、みんな王の力でした。何事をおいても、我々は王の遺骸を、火葬場に運ばなくてはなりません。王と共に葬られる財宝は、僅かばかりのものであってはならない。ここに王の命を懸けて手に入れた宝の庫が横たわっている。これらの黄金と宝石も王と共に炎の中に焼かれなくてはならない。今や勇士はその腕輪と首飾りを外し、貴女は黄金の光を取り去って、ひたすら王の追懐にふけるべき時である。」伝令によって高らかに報告された王の凶報を聞いて、多くの武士は一斉に起立した。人々は涙にぬれて、静かに崖路を下って行った。洞穴の口で、彼らはひとたび忠誠を誓った君主の冷たく横たわる姿を見た。王の日はもう終わっていた。しかしそれは落日のような華やかなまた悲壮な最期であった。王の知覚には恐ろしい龍の体があった。五十呎(フィート)もあると思われる怪物は、おのが炎に身を焼かれて、黒くなって横たわっていた。夜な夜な空を飛んで国中を荒らし回ったが、もうこの上空を飛ぶこともできず、この洞穴を見張っていることもできなくなった。その傍らには、杯や皿や宝剣が並んでいたが、それらは錆び朽ちて、千年も地の中に埋もれていたもののように見えた。その時、ウィグラフは声を張り上げて、こういった。「勇士は時として、人のために悲しみをしのばなくてはならない。我々は王を諫めて、この戦いを止めていただくことができなかった。この宝は非常に高いものになった。私は中へ入って、この洞穴の宝をすっかり見た。そしてせめて王の息のあるうちにと思って、運べるだけ運び出して来た。その時は王は、様々なことを仰せられた。王にはあなた方に話してもらいたいという仰せであった。何はともあれ、もう一度、中へ入って、この洞穴の宝を見ることにしよう。私が案内して、あなた方がこれまで見たこともない、黄金の山を見せてあげよう。我々が帰るまでに、担架を造らせておいてもらいたい。我々の王を乗せて、永い休息の場所まで運ばなくてはならない」ウィグラフは、さらに土地や、家や、奴隷を持った人たちには、めいめい王の火葬堆を積み上げる木を持ってくるようにと指図した。そこでウィグラフは、七人の貴族を呼んで、その人々と一緒に、真っ暗な洞穴の奥へ入って行った。その時、一人の勇士は、火のついた松明を手にして、人々の先に立った。やがて洞穴の奥へ着いて、一面に散らばった黄金や、宝石を見た時に、一同は思わずあっと言って、驚嘆した。じきに人々はその宝を取り集めて、洞穴の外へ運び出した。そして黄金の棒を初め、そのほか様々の宝を一台の車に積んで、王の火葬堆の所まで運んで行った。また洞穴の入口に、長くなって死んでいる龍の体は、大勢で運び出して、崖から下へ投げおろした。怪物は恐ろしい響きを立てて、海に落ちると、大波に運ばれて、海の底へ沈んで行った。そこで人々は、老王の遺骸を担架に乗せて担ぎあげながら、首を垂れて、しずしずと海を見晴らす崖の上へ運んで行った。そこにはもう火葬堆があり、兜や、楯や、光まばゆい鎧が掛けてあった。やがて人々の慟哭の声に送られ、王はその真ん中へ担ぎ上げられた。そこで火葬堆には、火がつけられた。凄まじい炎が燃え立って、黒い煙は、雲のように空の上まで巻き上った。炎の唸り声はゴッス人の慟哭の声に交じって、後ろの山に響き渡った。その時、一段の老女の間から、悲しい歌の声が起こった。歌の内には、繰り返し王の功績を讃え、王を失ったゴッス人の悲しい不安な気持ちを訴えた。老女らの挽歌に連れて、火は盛んに燃え続いていたが、やがて、火勢は衰えて、堆木の燃え尽きると共に、火葬堆は灰となって、崩れ落ちた。偉大なる王の遺骸も、その灰の中に消えて行った。そこでゴッス国の人民は、王のために、丘の上に高い塚を築いた。それは海を渡る人々が、幾マイルの海上から望み見られるほどの、広大なものであった。十日の間、国の人は力をあわせて、威名を天下に馳せたその王のために、記念の塚を築きあげた。その周囲には、意匠を凝らした壁を巡らし、墓の中にはl、龍の洞穴から運んで来た黄金の輪や、美しい宝石や、その他無数の宝を納めた。墓の工事が終わった時、十二人の勇将は、馬を並べてしずしずとその周囲を乗り回した。その間に十二人の勇将は、互いに偉大なる王の思い出を語り合った。ある物は、王の武勇を讃え、ある物は、王の美徳を語った。そして互いに涙を流して、偉大なる王の死を惜しんだのである。
解釈
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アーサー王物語
リスト
神名・人物名リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| マーリン(Merlin) | 1 | 悪魔と処女の子で魔術師。 |
| ヴォルチガーン(Vortigern) | 1 | マーリンの幼い時のブリテンの王。 また、モイネスが王の頃、老臣として奸計を起こす。 |
| モイニス(Moines) | 1 | ヴォルチガーンの前の王で、ヴォルチガーンが弑してブリテンを奪った。 |
| ユーサー(Uther) | 1 | モイニスの弟。ペンドラゴンの死後王となる。また、アンブロシウス(Ambrosius)とも呼ばれるとある。 |
| ペンドラゴン(Pendragon) | 1 | モイニスの弟。ヴォルチガーンを斃して王となる。 |
| ビビアン(Viviane) | 1 | マーリンの妻。「湖の夫人(the Lady of the Lake)」と呼ばれる。 |
| アーサー(Arthur) | 1 | ユーサーの息子。ユーサーの死後王となる。 |
| サー・ガエーン(Sir Gawain) | 1 | アーサーの甥にあたる。ロト王の子。 |
| コンスタンス(Constans) | 2 | モイネス、ユーサー(アンブロシウス)、ペンドラゴンの父で、ブリテンの王 |
| ゴーロワ(Goriois) | 2 | コーンウォール(チンタジエル)の公爵 |
| イガーン(Igerne) | 2 | ゴーロワの妻。 |
| ヘクトル(Hector) | 2 | アーサーを育てた騎士。 |
| ブライス(Bishop Brice) | 2 | 国民の帰依深い主教。神に徴を見せてもらうよう、クリスマスに貴族たちに祈るように言った。 |
| ケイ(Kay) | 2 | ヘクトルの息子。アーサーの義兄。 |
| バン(Ban) | 2,7 | ブリタニー(Brittany)の勇士、王 |
| ボホール(Bohort) | 2 | ブリタニー(Brittany)の勇士、王 |
| ホエル(Hoel) | 2 | アーモリカの王。 |
| レオデガン(Laodegan) | 3 | カーマライドの王、ギバニーの父 |
| ギニバー(Guenever) | 3 | カーマライドの王の王女。 |
| ライエンス(Ryence) | 3 | アイルランドの王 |
| クレオデリス(Cleodalis) | 3 | 将軍 |
| コーラング(Caulang) | 3 | 身の丈が一丈五尺もある大男。アーサーと戦って敗れた。 |
| ロト王(King Lot) | 3 | |
| ナンタース王(King Nanters) | 3 | |
| ガラシンの一団 | 3 | ナンタース王の子でアーサーの甥の一団。 |
| ピクト(Pict) | 4 | アーサーが戦った民族 |
| スコット(Scot) | 4 | アーサーが戦った民族 |
| 護民官フロロ(Flollo) | 4 | ローマ帝国下のゴールの知事。 |
| 大善職ベドバー(Bedver) | 4 | |
| オーグセル(Augusel) | 4 | アルバニヤの王 |
| カドワロー(Cadwallo) | 4 | ヴェネドシヤの王 |
| セーター(Sater) | 4 | デメシヤの王 |
| ダブリシュース(Dabricius) | 4 | ロンドン、ヨークの大監督、カーリオンの監督 |
| ギラマリュース(Guillamurius) | 4 | アイルランドの王 |
| ガンファシュース(Gunfasius) | 4 | オークニーの王 |
| マルバシュース(Malvasius) | 4 | アイスランドの王 |
| 皇帝レオ(Leo) | 4 | ローマ皇帝 |
| ルキウス・チベリウス(Lucius Tiberius) | 4 | ローマ皇帝レオの太守アーサー王に貢物を要求した。 |
| カラドック(Caradoc) | 6 | 萎び腕のカラドック(Caradoc Briefbras;Caradoc of the Shrunken Arm) |
| イーセンヌ(Isenne) | 6 | アーサーの姪。カラドックの母 |
| エリオーリス(Elioures) | 6 | 妖術者でカラドックの父を名乗る。 |
| ケードル(Cador) | 6 | カラドックの親友、ギーミエルの兄。コーンウォール |
| ギーミエル(Guinier) | 6 | カラドックの許嫁でケードルの妹。コーンウォールの王女 |
| クローダス(Claudas) | 7 | |
| ランスロット(Launcelot) | 7 | ベンイック(Benwick)のバン王の息子。ビビアンに拾われて育てられた。ゆえに「湖のランスロット(Launcelot du Lac;Launcelot of the Lake)」と呼ばれる。 |
| ヘレン(Helen) | 7 | バン王の妃 |
| ボホルト(Bohort) | 7 | バン王の弟 |
| ライオネル(Lionel) | 7 | ボホルトの息子 |
| ボホルト(Bohort) | 7 | ボホルトの息子 |
| モルガン・ル・ファイ(Morgane le Fay) | 7 | アーサー王の姉に当たる。 |
| バグデマグス(Bagdemagus) | 7,18 | ランスロットが牢屋であった少女の父。ノースウェールスの王と試合で負けそうになっているところをランスロットに助けられる。 |
| ガヘリス(Gaheris) | 7 | 円卓の騎士の一人ガエーンの弟。 |
| サー・ターキン(Sir Turquine) | 7 | 兄を殺された仇でランスロットを憎んでいる。円卓の騎士やアーサー王のことを仇のように思って、騎士を牢屋へ幽閉していた。 |
| サー・カラドス(Sir Carados) | 7 | サー・ターキンの兄。 |
| サー・ブランデリス(Sir Brandeles) | 7 | |
| サー・ガリンド(Sir Galynde) | 7 | |
| サー・ブライアン(Sir Bryan) | 7 | |
| サー・アリジューク(Sir Alyduke) | 7 | |
| サー・ヘクトル・ド・マリス(Sir Hector de Marys) | 7 | |
| サー・サグラモーア・ル・デサイラス(Sir Sagramour le Desirus) | 7 | |
| サー・ユーエーン(Sir Uwaine) | 7,18 | |
| サー・フェロット(Sir Phelot) | 7 | 妻を使ってランスロットの鎧を脱がせて襲ってきた騎士。 |
| サー・アグラベーン(Sir Agravaine) | 8 | |
| サー・ブランジリス(Sir Brandiles) | 8 | サー・ブランデリスと同じ? |
| サー・ドジナス・ル・ソーベージ(Sir Dodynas le Sauvege) | 8 | |
| サー・オザンナ(Sir Ozanna) | 8 | |
| サー・ラジナス(Sir Ladynas) | 8 | |
| サー・パーサント・オブ・インジー(Sir Persant of Inde) | 8 | |
| サー・アイロンサイド(Sir Ironside) | 8 | |
| サー・ペリアス(Sir Pelleas) | 8 | |
| メリヤガンス(Meleagans) | 8 | |
| サー・ガレホート(Sir Galehant) | 9 | |
| サー・メードル(Sir Mador) | 10 | 妃ギニバーが過って毒林檎を食べさせてしまったスコットランドの騎士の弟。ランスロットと決闘し、最後に兄弟の契りを結んだ。 |
| メリアダス(Melliadus) | 11 | |
| マーク(Mark) | 11 | コーンウォール王 |
| イサベラ(Isabella) | 11 | マーク王の看 |
トリストラム(Tristram) トリスタン(Tristan) | 11 | メリアダスとイサベラの子。アイルランドで素性を隠すためトラムトリス(Tramtris)と名乗る。 |
| グーヴァネール(Gouvernail) | 11 | イサベラがトリストラムを預けた家来 |
| ベリンダ(Belinda) | 11 | フランス王宮の王女。トリストラムに振られて王宮からトリストラムを追い出す |
| モローント(Moraunt) | 11 | アイルランド王の弟、マーク王がアイルランドに負けた際の和議で貢を課せられてその貢の催促に遣わされた。 |
| イソウド(Isoude) | 11 | アイルランド王の王女。 |
| パラメデス(Paramedes) | 11 | サラセンの王。イソウドに惚れてイソウドに言い寄る。 |
| アーギアス(Argius) | 11 | アイルランド王 |
| ブラーノル(Blaanor) | 11 | アイルランド王と決闘をすることになっていた、円卓の騎士の一人。 |
| ブレングエーン(Brengwain) | 11 | イソウド姫の侍女 |
| フーデーン(Houdain) | 11 | フランスの王女ベリンダが死ぬ際にトリストラムへ送った愛犬 |
| アンドレット(Andret) | 11 | トリストラムとイソウドの密会を王に報告した。 |
| フェレジン(Pheredin) | 12 | ブリタニー王の子。トリストラムからイソウドの美しさを聞いて自分も思いを焦がした。 |
| パッスブリュール(Passebreul) | 12 | トリストラムの愛馬。 |
| ダゲネット(Daguenet) | 14 | アーサー王の道化役 |
| サー・ガレロン(Sir Galleron) | 15 | パラメデスが傷を負わせた騎士、トリストラムがパラメデスと戦うために武具を借りた。 |
| ゲスネ(Gesnes) | 16 | 海に馴れた老臣。イソウドを呼びにコーンウォールへ向かう。 |
| イソウド | 16 | ブリタニーの王女。アイルランドのイソウドと呼び分けて「白い手のイソウド」と呼ばれる。 |
| パーシバル | 17 | ペレノールの子。 |
| ペレノール(Pelenore) | 17 | パーシバルの父 |
| サー・オーエン | 17 | |
| サー・ガラハッド | 18 | エイレンとサー・ランスロットの子。「災いの席」へ着く。白い楯の持ち主 |
| エイレン(Dame Elaine) | 18 | 外国の王ペレスの娘、ランスロットとの間にサー・ガラハッドをもうける。 |
| ペレス(Pelles) | 18 | 外国の王、エイレンの父 |
| サー・ガヘリス | 19 | |
| サー・ガレス | 19 | |
| サー・モードレッド | 19 | |
| サー・サファイヤ | 19 | |
| サー・ラエーン | 19 | |
| サー・ブラモア | 19 | |
| サー・リュカン(Lucan) | 19 | アーサー王の膳部係り。 |
| サー・ベジビール(Sir Bedivere) | 20 | |
| モルガン(Morgane le Fay) | 20 | アーサー王の妹。フェイの妃。 |
| ノース・ガリス(North Galis)の女王 | 20 | アーサー王を迎えた船に乗っていた三人の女王の一人 |
国・地名・建物リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| カメロット(Camelot) | 1 | マーリンが作った館。 |
| コーンウォール(Cornwall) | 2 | |
| カージュエル(Carduel) | 1 | マーリンが最後にサー・ガエーンに王と会うことになると予言した地。 |
| ベードン(Badon)の戦勝 | 2 | アーサー王がサクソン人に勝利を得た十二回の戦いでもっとも重要な勝利 |
| カムラン(Camlan)の戦い | 2 | コーンウォールでの戦い。 |
| 海路グラストンベリ(Glastonbury) | 2 | 王が死んだところ。この地の僧院に埋葬された。 |
| シリューリーズ(Silures) | 2 | 南ウェールズにある |
| サリスベリー(Salisbury) | 2 | ストーンヘンジのある平野がある |
| アバロニア(Avalonia) | 2 | 1150年にヘンリー二世によって、アーサー王の墓所を移し替えたところ。 |
| ロッキンガム(Rockingham)の森 | 2 | アーサーの即位の時に反軍が陣を張った森 |
| ブリタニー(Brittany) | 2 | |
| ポーツマスの港(Portsmouth) | 2 | ブリタニーのバンとボホールが援軍として上陸した。 |
| アーモリカ(Armorica) | 2 | |
| アバロンの島(the Isle of Avalon) | 2,20 | |
| ローモンド湖(Lake Lomond) | 4 | ピクトとスコットの両民族をアーサーが降伏させた戦いがあったところ。 |
| ヨーク(York) | 4 | アーサーがキリスト教の会堂を再興した。 |
| アイルランド(Ireland) | 4 | |
| アイスランド(Iceland) | 4 | |
| ゴートランド(Gothland) | 4 | |
| オークニー(Orkneys) | 4 | |
| ノルウェー(Norway) | 4 | |
| ゴール(Gaul) | 4 | |
| パリ(Paris) | | |
| アクイテーン(Aquitaine) | 4 | |
| ノルマンデー(Normandy) | 4 | |
| アンデガビヤ(Andegavia) | 4 | 執事ケイの領地 |
| カーリオン(Caerleon) | 4 | ウスクの河上にある。ペンテコスト(聖霊降臨節)の儀式の地と定められた。 |
| ウスク(Usk) | 4 | |
| アルバニア(Albania) | 4 | 今のスコットランド |
| ヴェネドシヤ(Venedotia) | 4 | 今の北ウェールス |
| デメシヤ(Demetia) | 4 | 今の南ウェールス |
| ハモの港(Hamo's Port) | 4 | アーサーがローマへ戦へ行くときに船出をした港 |
| バルバ河(Barba) | 4 | アーサーがローマ戦の際に上陸したところ |
| アウグストズヌグ(Augustodunum) | 4 | |
| アルバ河(Alba) | 4 | アーサーが陣を張ったところ |
| ナント(Nantes) | 6 | カラドックの居城がある。 |
| ウェストミンスター(Westminster) | 8 | |
| ランベス | 8 | |
| ウィンチェスター(Winchester) | 8 | |
| シャロット(Shalott) | 9 | ランスロットが寝泊まりした城がある。 |
レオノイス(Leonois) ライオネス(Lionesse) | 11 | アーサー王の伝説中に有名な国。アーサー王の生まれた地だと言われている。もとはコーンウォールの王国に隣接した国だったが、後に海底に沈降して、今では、地図の上から消滅したと伝えられている。 |
| チンタデル(Tintadel) | 11 | マーク王のすんでいる城がある |
| アルナンチス(Arnantes) | 12 | アルナンチスの森。湖の女ビビアンの住居という。ビビアンはアーサー王を魔術の力で引き寄せ、王の記憶の力を奪い去って、この森の中へ閉じ込めようとした。 |
| ロエグリヤ(Loegria) | 14 | アーサー王の住む国 |
| カージフ(Cardiff) | 19 | ランスロットがベンイックへ行くために船に乗ったところ |
| ベンイックの港(Benwick)バヨンヌ(Bayonne) | 19 | ランスロットがこの周辺の街の人々に歓待を受け、ここにランスロット側に着いた騎士の城や、領地を築く |
| ロシェスター(Rochester) | 19 | ローマ法王がアーサー王とランスロットを和睦させるために、送った高僧が主教をしていたという所。 |
| ドーバーの港(Dover) | 20 | アーサーがモードレッドの叛逆を知り降り立った港 |
| バレンダウン(Barrendoun) | 20 | モードレッドがアーサー王を討つため陣を張ったところ |
| カンターベリ(Canterbury) | 20 | モードレッドがアーサー王に破れ退却した場所。 |
| アームスベリー(Almesbury) | 20 | ギニバーの籠った聖院。 |
| グランストンベリ(Glastonbury) | 20 | ランスロットが弟子入りした隠者の会堂がある場所。 |
| ジョユース・ガルド(Joyeuse Garde) | 19 | アルンイック(Alnwick)、またはバンモロー(Bamborough)にあるとされる。ランスロットが立てこもった城。 |
道具・生物等リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| ストーンヘンジ(Stonehenge) | 2 | サリスベリーにあるマーリンが運んだとされる石 |
| 円卓(RoundTable) | 2 | カーライルにある国内の貴族を招集するための円卓。 |
| エスカリバー(Escalibore/Excalibur) | 2 | 教会の扉の前の巨石に刺さってあった剣。 |
| プリエン(Priwen) | 2 | 表に聖母の像を描いた楯 |
| カリバーン(Caliburn) | 2 | アバロンの島で造られた宝剣 |
| ロン(Ron) | 2 | 長槍 |
マーリン
昔ブリテンの島に稀代の魔術師があった。名をマーリンと言って、母は人間の女であったが、父は人間界のものではなかった。夢の内にこの世の無垢の処女を惑わす、眼に見えぬ悪魔の一人が、ある少女に魅入って、産ませたのが、マーリン(Merlin)であった。少女が日頃尊信する、ある高僧の許を尋ねて、身の不幸を訴えた時、高僧はすぐに悪魔の仕業と見抜いて、その日から少女を高い塔にかくまい、その子の産まれるのを待って、すぐに洗礼を加えてしまった。こうして生まれた子は、この世の人間を超越したいろいろの性質を備えながら、悪魔の仲間に落ちることを免れた。マーリンには早くから人間の未来を洞察する予言の力が備わっていた。ある日、町で遊んでいると、一人の男が靴屋の店から出掛けて来た。それを見ると、幼児は声を立てて笑ったので、側にいたものが、なんで笑うのかと聞くと、マーリンはその男を指さして「あの人はもうすぐに靴なんぞいらなくなる」と言ったが、果たしてその男は、それから二時間ばかりたって、突然死んでしまった。その頃、ブリテンの王は、名をヴォルチガーンと言って、近頃前モイニスを弑してこの国を奪ったのであった。前には、ユーサー、ペンドラゴンという二人の弟があったが、兄の殺された時、二人は国を逃れて復讐の機会をうかがっていた。ヴォルチガーンは、いつ何時、敵が押し寄せて来るかもしれないと、絶えず心に不安を感じていたので、館の前方に堅固な砦を築いて、敵を防ぐ用意をした。王は国中の工匠を集めて、高い城を築かせたが、何の故とも知らないが、城は積んでも崩れ落ちて三度も失敗を重ねた。そこで王は、一人の占星家を呼んで、この不思議を占わせると、「人間の父を持たぬ子供の血を持って、土台の石を洗わなくては城は建たぬ」と出た。王は八方に使いを出して、この占いにかなうような幼児を探させると、偶然マーリンの話が耳に入ったので、これこそ占星者のいう子供に相違ない、と言って、王の館へ連れ帰った。
マーリンは王の前へ召されて、占星者の言った言葉を告げられると、幼い口を開いて、笑った。途方もないことをいう男だ。そんなことぐらいで、この城が建てなおるものではありません」王はそれを聞いて、「では、この城の崩れるのは何のためだ?」と尋ねると、子供はじっと王の顔を見上げて、「塔の下には、二つの籠が棲んで、絶えず戦っております。城が崩れるのはそのためです。」と答えた。そこで王は、多くの人夫に命じて、城の下を掘らしてみると、果たしてそこには、大きな洞穴があって、二匹の大蛇が蜷を巻いて、睨み合っていた。一方は全身乳のように白く、一方は日のように赤かったが、人々が魂を消して、眺めているうちに、二匹の蛇は静かに穴から這い出して、互いに烈しい戦いを始めた。人々はその勢いに怖れて、残らずその場を逃げ去ったが、マーリンだけは後に残って、小さな手を叩きながら、嬉しそうにその勝負を眺めていた。やがて赤い龍は、力が尽きて倒れてしまったが、白い龍は、岩の裂け目を伝って、姿を隠した。その時には、何人もこの不思議の謎を解くものもなかったが、のちにマーリンは、その言いを説明して、「赤い龍は王だ。そして白い龍は王の敵だ。」と言った予言に違わず、間もなく、ユーサー、ペンドラゴンの二将は、大軍を率いて、この国の岸に上陸し、烈しい戦いの後、ヴォルチガーン王の軍を破って、王はせっかく築き上げた城とともに、焼け失せてしまった。ヴォルチガーンの死後、ペンドラゴンがまず王位にのぼった。マーリンはこの王に仕えて、しばしばその魔術によって、王を助けた。マーリンはいろいろの不思議の力を持っていたが、そのうちでも、好んで使ったのは変化の術であった。ある時は、小人の姿になり、ある時は、美しい婦人となり、可愛らしい小姓となり、また時には、猟犬にも、牡鹿にもなって、王の御用をも務めれば、王や、官臣の心を慰めることもあった。間もなくペンドラゴン王が、薨る(みまかる)と、ユーサーがその王位を嗣いだが、マーリンはこの王にも深く寵愛(ちょうあい)されて、その政治を助け、王の死後は、その子アーサー(Arthur)王を助けて、さまざまの功を立てた。王のために、いかなる剣も刃の立たない、稀代の甲冑を造ったのも彼であった。それに顔を向ければ、思うがままのものの姿を見られる、不思議の鏡を造ったのも彼であった。またアーサー王と、その円卓の騎士のために、神秘の力を籠めて、あの壮麗なカメロットの館を造ったのも、彼であった。けれどもマーリンは、ある日忽然としてその姿をこの地上から搔き消してしまった。それは彼の妻なるビビアンの詐謀(さぼう)からであった。「湖の夫人(the Lady of the Lake)」と呼ばれた美しいビビアンを妻として以来、マーリンは深くその妻の色香に溺れて、自分は遂にこの女のために身を滅ぼすとは知りながらも、避けがたい運命の力に引かれて、女の言うことは何一つ拒絶することができなかった。こうしてマーリンは妻の請うがままに自分の妖術の秘密を残らずその妻に打ち明けた。しかし女は夫がほとんどすべての者を捧げて自分を愛しているにも満足せず、心も魂も吸い尽くさずにはいられなかった。ビビアンは夫を永久に自分一人のものにしなくては満足が出来なかった。ある日、ビビアンは夫の膝にもたれて、溶けるような媚びを呈しながら、何気なくこういった。「あなた、わたくしはいつもこんなことを思っております。あなたの魔術の力で、誰にも来られないような、美しい、別な世界をこしらえて、二人きりでそこに住んでいたら、どんなに楽しいでしょうと」マーリンは「なに、そのくらいなことなら造作ない」と言って、妻の顔に柔和な目を注ぐ。女はじっと夫の目を見つめながら、こう言った。「いいえ、あなたにこしらえていただいたのでは、いけないの。あなたにその魔術を教えていただいて、私が自分でこしらえるんでなくっちゃあだめなの。それならば本当に自分のもののように思えるでしょう」マーリンは人の心の奥底まで見抜くような眼で、妻の顔をじっと見ていたが、「よしよし教えてあげよう」と言って、静かにその法を語りだした。妻は夫の言葉をいちいち書き留めていたが、すっかり伝授を受けてしまうと、女はさも嬉しそうに、男の心を溶かすような愛の言葉で、夫を陶酔させた。その後、二人は旅に出た。ある日、深い森の中へ踏み込んで行った。二人は蜜のような言葉を囁きながら、我を忘れて歩いているうちに、山査子(山樝:さんざし)の花の咲き乱れた藪の側まで来た。二人は山査子の蔭に寄って、草の褥に腰を下ろした時、マーリンは妻の膝を枕にして、うとうとと快い眠りに入った。ビビアンは夫の寝顔をのぞき込んで、そっと立ち上がった。細い手に、頭を包んだ頭巾を取って、山査子の藪と眠った夫の周りに輪を描いて、夫から教わった呪文を唱えた。女は九回輪を描いて、九回呪文を繰り返すと、また元の座へ戻って、もう一度夫の頭を膝へ載せた。マーリンは、深い眠りから覚めて、ふとあたりを見廻した時、自分の身は堅固な城の中に閉じ込められて、美しい寝床に横たわっているのを見て、傍らの妻に向かって、言った。「お前は私をだましたな、さもなくば、いつまでも私の側にいておくれ。この城をなくすものは、お前より他にはないのだから」ビビアンは夫に向かって、「はい、私は始終ここへまいって、あなたと二人きりで楽しい日を送りましょう」と約束した。それからあとは、マーリンの姿はもはやこの地上には現れなかった。彼は妻のビビアンが作った魔術の城に幽閉されて、一歩も外へ出ることは許されなかったが、ビビアンは日毎に夫を訪れて来て、浮世をよそに楽しい時を過ごしていた。マーリンがその踪跡を消してから、この預言者と言葉を交えたものは、妻のビビアンのほかに、ただ一人の勇士があった。アーサー王はマーリンの行方が知れなくなると、深く悲しんで、勇士を八方へ出して、その踪跡を尋ねさせた。これらの勇士の中で、サー・ガエーンは、マーリンを尋ねて諸国を彷徨ううちに、一つの不幸に遭遇した。サー・ガエーンは、ある日、途で一人の少女に遭ったが、うっかりして、挨拶もせずに通り過ぎた。その少女は魔法使いだったので、この勇士の無礼を憤って、即座に醜い矮人の姿に変えた。矮人の姿になったガエーンは、その身の不運を嘆きながら、諸方を彷徨っているうちに、ふとマーリンの幽閉されている、森の中へ迷い込んだ。そしてあの山査子の藪の側までくると、不意に右手の方に当たって、誰か唸るような声が聞こえて来た。ガエーンは不審に思って、声のする方へ眼を向けたが、そこにはただ濛々と煙のようなものが立ち上っているほかには、何一つも見えなかった。その時、煙の奥から、マーリンの声が聞こえ、ガエーンの名を呼んで、自分がここに幽閉されて、再び浮世にでることのならないようになった不運の次第を物語ったあと、こういった。「ああ、ガエーンよ、君の眼には私の姿は見えないだろう。私はそれが悲しくてならぬが、私の力でもどうすることもできない。私はもうこの上、君と語ることはあるまい。いや、私の妻より他には、誰とも語ることはないであろう。しかし君は急いで、アーサー王の前へ行って、もはや猶予なく、聖杯の捜索に取り掛からなくてはならない、と私が言ったと伝えてもらいたい。この捜索を成就すべく定められた岸は、もうこの世に生まれて、王の手から騎士の資格を授けられている」こう言った後で、マーリンはガエーンを慰めて、じきに魔術が解けて、元の姿になるだろう。そして国へ帰ると、ウェールスのカージュエルで王に会うだろう。その時には一緒に捜索に出掛けたほかの騎士たちも、みんな同じ日に、そこへ集まるだろう、と予言した。その後、マーリンの言ったことは、残らずその通りになった。しかしこの時以後、マーリンの消息は再び世に伝わらなかった。
解釈
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アーサー王
歴史、学問的視座
アーサー王が実在の人物か、あるいは全然架空の人物かという点について、古来学者の間に種々の議論が行われた。それらの考証は伝説の主人公としての、王の生涯を語る上には、深く拘泥するほどの問題ではないが、王を歴史上の人物と見る側のいう所を挙げると、大体次のとおりである。
アーサーは古代ブリテン(Britons)の一部族で、南ウェールスに住んだシリューリーズ(Silures)の王であった。父をユーサーといって、「ペンドラゴン(Pendragon)の称号を持っていた。この称号は、古代ブリテンにおいて、諸王の上に位する優越な君主の上に加えられるものであった。アーサー王が初めてその武威を示したのは、紀元五百年頃であったが、その後十年ばかり経って、ペンドラゴンの位にあげられた。王はサクソン人(Saxons)に対して、十二回の勝利を得たと伝えられている。なかにも最も重要なものはベードン(Badon)の戦勝であった。この戦争はサクソン人に対する最後の戦いで、敵はこの一戦によって、まったくその侵入を阻止された。
この戦争後、王はまたサクソン人の入寇に苦しめられることなく平和にその国民を支配していたが、二十年の後、その甥モードレッド(Modred)が王に背き、542年、コーンウォール(Cornwall)におけるカムラン(Camlan)の戦いで、王はモードレッドと一騎打ちの勝負を試み、遂にモードレッドを倒したが王も深手を負って、海路グランストンベリ(Glanstonbury)に運ばれ、その地において瞑目した。王の遺骸は、この地の僧院に埋葬されたが、後年(1150年頃)ヘンリー二世の命によって、アーサー王の墓所と伝えられるものを発掘した時、王の骨と剣とが、現れ、その墓石には、船で十字架の形が入れられた下に、古拙なローマ字で、次のごとく記されていた。「ここに有名なアーサー王は葬られて、アバロニヤ(Avalonia)の島に横たわる」しかし一方では、この説の根拠に疑いを挟んで、王の実在を拒否する学者も少なくはなかった。が、近時ウェールスの詩歌伝説の多く世に紹介されるようになってから、それらの詩人の作中に、王の名のしばしば用いられるのを見て、批評家の間には、今では王の実在を信ずるものが多くなった。
物語
ブリテンの王コンスタンスには、三人の王子があった。第一の王子をモイネス(Moines)といい、第二をアンブロシウス(Ambrosius)といい、またユーサーとも呼ばれ、第三をペンドラゴンと言った。モイネスは王の位を嗣ぐと、間もなく、老臣ヴォルチガーンの奸計によって、サクソン人との戦いに大敗し、人望を失った末、その臣下に弑せられ、ヴォルチガーンが代わって王位にのぼった。しかし点はこの反逆者に与せず、間もなくユーサー、ペンドラゴンのために破られて、ペンドラゴンが、ブリテンの王位に就いた。ペンドラゴンは、深くマーリンの知謀に信頼して、何事もマーリンに相談していた。おりからブリテン人とサクソン人との間に、烈しい戦争が始まったので、マーリンはまず王とユーサーとの間に、和親の誓いを固めさせた。しかし最初の合戦で、この兄弟のうち、一人は戦死すべき運命になっていることを予言した。烈しい戦いの後、サクソン人は敗北したが、その際、マーリンの予言が的中して、ペンドラゴン王は、戦場の露と消えたので、ユーサーが代わって王に上り、弟の名を合わせてユーサー・ペンドラゴンと称した。ユーサーの世となっても、マーリンは重く用いられて、万事につけて王を補佐していた。マーリンはまず王の命を受けて、アイルランドから巨大な石を運んで、先王ペンドラゴンの墓を建てた。今もサリスベリー(Salisbury)の平野にあって、ストーンヘンジ(Stonehenge)と呼ばれている巨大な石の記念物は、この時マーリンが、その魔術の力で運んだものだと伝えられている。
マーリンは次にカーライル(Carlisle)へ行って、国内の貴族を招集するために、有名な円卓(Round Table)の設計に取り掛かった。この名誉ある円卓の椅子に座るものは、みな一様に堅い誓いを立てねばならない。それは一命にかけても互いに助け合わねばならないこと、いかに危うい冒険をも進んで敢行すること、必要な場合には淋しい僧院の生活にも悦んではいること、一言の命令で武器を取って戦場に赴き、敵を破るまでは断じて戦場を退かぬこと、などであった。円卓の規則が出来上がると、王はカーライルの地に大饗宴を開いて、国中の貴族を招待した。この饗宴はその後、王家の佳例として、毎年カーライルの地で開かれることになり、この日招待を受けた全国の騎士は、おのおのその妻を伴って、その責に列することを許された。ある年の饗宴に、コーンウォールなるチンタジエル(Tintadiel)の公爵ゴーロワは、美人の聞こえの高い妻イガーンを連れて、王の招きに応じた。この時、王は、イガーンの美しさに深く心を惹かれて、人知れずその思いを夫人の耳に通じさせたが、女は、それを受け入れなかったばかりか、その仔細を夫に告げた。それを聞いたゴーロワは、かっと怒って、王に暇も告げず妻を伴って、コーンウォールへ立ち返った。王は臣下を集めて、公爵の無礼を語ると、諸臣は王に向かって、「すぐに公爵を御召し寄せになったらよろしゅうございましょう。もし仰せに背いた場合には、反逆者として兵を長氏向けになったらよろしゅうございましょう」と答えたので、王は直ちに召喚の命を発したが、公爵はもちろんそれに応じなかった。そしてにわかに兵を集めて、王の館に攻め寄せた。王はこれを見て驚いてマーリンに相談すると、マーリンは密かに一つの計略を献じて、その魔術の力で、王をゴーロワの姿に変え、二三の従者とともに、コーンウォールに赴いて、イガーンの館を訪わせた。イガーンはその姿を見て、夫が帰ったのだと思い、館の中に留めて、様々の物語に長き夜を語りあかした。間もなく、ゴーロワは乱軍の内に命を落としたが、王はなお暫くの間は、ゴーロワのつもりで、イガーンの館にとどまっていた。この間にイガーンは、王の胤を宿して、やがて美しい男の子を産んだ。生まれた子はじきにマーリンの手に渡され、名をアーサーと呼ばれて、ヘクトル(Hector)という騎士の家で育てられた。幾年かたってユーサー王はふとした病が元となって、ついにあの世の人となった。けれども王は、死ぬまで王子アーサーのあることを誰にも語らなかったので、国内の貴族は、王の逝去を聞くと、思い思いに、自分が王位にのぼろうという野心を起こした。マーリンはこれを見て、一つの計略を立て、国民の帰依深き主教ブライス(Bishop Brice)に勧めて、その年のクリスマスの前夜、国内の貴族をロンドンの会堂に集めて、こう言わせた。「この厳粛なる祭りの日に当たって、諸君は次の王について、神の御心を尋ね、なにかしらの徴を見せていただくように、お祈りをしたらよろしいでしょう」一同はただちにこれに賛成して、神の前に熱心な祈禱を捧げた。神はその祈禱を聴いて、一つの奇蹟を表した。協会の扉の前に、一つの巨石が置かれて、その石には一振りの剣が、切っ先深く刺さっていた。人々はこの奇蹟を聴いて、意志の周囲に集まった時、主教は一同に向かって、この徴について、神に感謝の祈りを捧げることを説き進めた。そしてその祈りを終わった時、主教は一同と共に石に近づいて、その剣を調べると、柄の面に二行の文字が細かく刻まれていた。「われはエスカリバー(Escalibore)なり、われは王の宝なり」一同は瞳を凝らして、この文字を呼んだ。その時主教は、一同に向かって、この奇蹟の意味を解いて、こう言った。「何人にもあれ、この剣を石から引き抜いた者は、ブリテンの王と呼ばれるであろう」主教の言葉は、一同の歓呼の内に、意義鳴く承認された。そこで人々は、代わる代わる石の前に進み、双の腕に力を籠めて、剣の柄を引いたが、不思議の剣は少しも揺るがなかった。この時から不思議の剣は、石に突き刺さったまま、会堂の扉の前にいつまでも残っていた。やがて聖燭節もすぎ、復活祭もすぎて、聖霊降臨の祭りが来た。この祭りの日には、全国の武士を集めて、花やかな試合を催すのが毎年の例であった。多くの武士が都を指して集まってくる中に、ヘクトルもその子のケイを伴って、この試合に加わった。この時、アーサーは十五の春を迎えて、義兄なるケイの盾持ちとなって、都まで従ってきた。いよいよ試合の場に臨んで、ケイは華々しい働きを見せたが、過って剣を折ったので、すぐにアーサーを走らせて、代わりの剣を取りにやった。アーサーは馬を飛ばして、家へ引き返してみると、門は堅く閉ざして、母の姿はどこにも見えなかった。しかし一刻も猶予ならぬ場合なので、アーサーは馬を飛ばして元来た道を引き返した。その途中で街道の側を駆け抜ける時、ふと、扉の前に石に刺さった一振りの剣が目についたので、馬から下りて、その剣を引き抜くより早く、兄の所へ戻って来た。ケイはアーサーから与えられた剣で、勇ましい働きをしたが、人々はやがてその剣の出所を聴いて、互いに顔を見合わせて驚いた。しかしアーサーの力で、あの誰にも抜くことができない、あの不思議な剣が、そうやすやすと抜き取れようとは、誰一人信ずるものもなかった。一同は剣を持って、会堂へ来た。そして剣を基のように石に突きさして、代わる代わる抜こうとしたが、剣は石から生えたように、誰の手にも抜けなかった。最後にアーサーが進んで、剣に柄に手をかけると、剣はやすやすと意志を離れて、アーサーの手に残った。こうして十五歳のアーサーは、一同の歓呼の内に、神の定めた王として、この国の王に選ばれ、やがて神の前で、厳粛な戴冠式(たいかんしき)が行われた。しかしアーサーの即位に対しては、心のうちに不平をいだく国内の貴族も少なくなかった。戴冠式が終わると間もなく、十一人の王と、一人の公爵が反旗を翻して、都近く責め上り、ロッキンガム(Rockingham)の森に陣を張った。この時王は、マーリンの勧めに従い、ブリタニー(Brittany)に使者を送って、バン(Ban)およびボホール(Bohort)という二人の騎士に、加勢を頼んだ。この二人は、ブリタニーの王として、天下に名の響いた勇士であったが、快くアーサーの頼みを引き受けて、即座に大軍を率いて海を渡り、ポーツマス(Portsmouth)の港に上陸した。アーサーは喜んで、この援軍を迎え、ただちに敵に向かって行った。この時、反軍はなお、王の軍よりも多数であったが、マーリンはその得意の魔術で、一度に敵の天幕を倒し、敵の慌て騒ぐ隙に乗じて攻めかかって、とうとうこの強敵を打ち破った。王は国内の叛乱を尽く平らげると、今度は一層強いサクソン人に向かって戦いを開いた。今度はアーモリカ(Armorica)へ使いをやって、その王ホエルの助力を乞い、援軍の来るのを待って、敵に向かって進んで行った。この時アーサーは、美しい白銀の鎧に身を堅め、頭には、龍の姿を彫った黄金の兜を戴き、プリエン(Priwen)と呼ばれて表に聖母の像を描いた楯を肩にかけ、腰には、アバロン(Avalon)の島で作られたカリバーン(Caliburn)の宝剣を帯び、手には、ロン(Ron)と呼ばれる長槍を取って、真っ先に立って敵に向かった。やがて酣になった頃を見計らって、アーサーは口の内に、聖母の名を唱えながら、敵の真ん中に踊り入り、カリバーンの宝剣を揮って、敵はその勢いに気を呑まれて、たちまち八方へ散乱し、戦いは王軍の大勝に帰した。この戦いは、のちにベードン山(Mount Badon)の勝利と呼ばれ、アーサー一代の功業中最も著しいものの一つに数えられている。
解釈
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王妃ギニバー
マーリンはアーサー王のために、一人の王妃を選んだ、。カーマライドの王レオデガンにギニバーというという美しい王女があった。マーリンがアーサーの王妃に見立てたのは、この王女であった。王はマーリンの勧めに従って、マーリンと三十九人の騎士を従って、レオデガン王の館を訪れた。その時、館の中では、レオデガン王を初め、多くの貴族が会議の席について、アイルランドの王ライエンスの大軍を防ぐ手段を講じていた。アイルランドの軍勢は、もう都の間近に迫っていた。ライエンス王の下には十五人の王があって、その軍勢が攻めて来たのであった。評議はいつまでも続いたが、誰一人この大軍に向かって、この都をお守りおおせようと思うものもなかった。その時、マーリンは、王の前に進んで、アイルランドの敵に対して、加勢をしようと申し出た。「我々は旅の者ですが、王のお困りの様子を聴いて、御加勢にまいりました。しかし仔細あって、今ここで我々の名と身分とを申し上げるわけにはゆきません。やがてあからさまに申し上げるときが来るでしょう。それまでは名も問うまい、身分も訊ねまいということでしたら、喜んで王のために身命を捧げましょう」こういった申し出を聞いて、レオデガン王は不思議に思ったが、危急の場合であったため、快くその願いを許した。そこで四十一人の武士は、型のごとく王の前に誓いを立てて、ひとまずマーリンの定めた宿所に退いた。一日と過ぎ、二日と過ぎるうちに、敵はレオデガン王と約束した休戦の日数の過ぎるのを待たずに、不意に陣を払って、城へ攻めて来た。王はこの知らせを聞いて、、将軍クレオデリス(Cleodalis)に命じて、火急に軍勢を集めて、防戦の準備をさせた。アーサーの一隊もすぐに武器をとって起こった。この時マーリンは、龍の姿を画いた大旗を、さっと先頭に翻して、城門を指して進んで行った。程なく城門へ着くと、門番に向かって、門を開けと命じたが、門番は王の命令のくだらぬうちは、ここを通すことはできないと言って聞かなかった。するとマーリンは、門へ手をかけるや否や、錠も閂もそのままに、ひょいと持ち上げて、一同を通し、一同の通った跡から、元の通りに門を置いた。そこでマーリンは、馬に拍車を付けて、味方の騎士の先頭に起ち、二千人の敵を目掛けて突進した。しかし味方はあまりに小勢なので、マーリンは得意の魔術で、敵の眼をくらまし、味方の数のわからないようにした。それでも敵は、四方から引き包んで討ちかかったので、ブリテンの騎士は次第に敵に圧迫されるようになった。この時市の人々は、城壁の上からこの様子を見て、旅の騎士の勇敢なる振舞いに、感心するとともに、この小勢を見殺しにするのは名折れだと思ったので、たちまち門を開いて、助けの兵を繰り出した。両軍の勢力はこれでほとんど同じくらいになった。それを見ると、マーリンは、すぐにその魔術を解いて、尋常の勝負をさせるようにした。そこでアーサーは、バン、ボホールらとともに奮戦して、敵を破ったが、戦場の一方では、レオデガン王の率いた一隊が、優勢な敵に取り囲まれて、王はとうとう敵の捕虜となった。この時、城壁の上から、軍の様子を眺めていた王女ギニバーは、父の王が敵に連れられて行くのを見て、悲しみの余り、その場に倒れて気絶してしまった。しかしマーリンの眼には、戦場の様子が、隅から隅まで見えているので、王の危急を知ると、すぐに味方の騎士を集めて、自ら先頭に立って、馬を飛ばして救いに行った。マーリンの一隊は、たちまち王を護送していく敵の前面に現れて、見る間に、護衛の兵を蹴散らして、無事に王を取り返した。この戦いで、アーサーは、身の丈一丈五尺もある、コーラングという大男と渡り合って、火の出るような戦いをした。ギニバーは侍女どもに介抱されて、ようよう息を吹き返したが、今また頼みに思う若い旅の騎士が、恐ろしい敵と戦っているのを見て、心の底ではらはらしていた。しかしアーサーが降り下した剣の下に、相手の巨人は肩先深く切り込まれて、首は半ば離れて肩の上にぐったりと垂れかかった。馬は主人を乗せたまま逸走して戦場を駆け回ったので、敵の同勢はこの有様を見て、気を奪われて我先に逃げて行った。ギニバーはこの様子を見ると、胸のつかえのくだったように、ほっと息をついたが、この若武者に対する胸の思いを包むことはできなかった。その間に、王を初め味方の騎士は、逃げる敵を追って、最後に敵の陣を切り崩し、勝鬨を上げて引き上げた。一同が館へ帰ると、人々は厚く旅の武士をねぎらい、多くの侍女は、アーサーをはじめ四十一人の騎士を取り囲んで、それぞれに武具を解いたり、沐浴をさせたりした。ギニバーも侍女の中に立ち交じって、かいがいしくアーサーの世話をした。沐浴が済むと、一同は盛大な饗宴の席に導かれてそこでも侍女らの優しい心遣いを受けた。レオデガン王はアーサーらの勇ましい振舞いを見て、その武勇を汁につけても、心のうちでは、その名と身分とを知りたいという心でいっぱいになっていた。そしてアーサーの方へ視線を注いで、ギニバーのもてなしをどんな心待ちで受けているかと、絶えず気を配っていた。その間にアーサーは、だんだんギニバーと親しみを重ねるうちに、いい機会をとらえて、それとなく心の秘密を語りだした。ギニバーはもちろん喜んでその申し出を受け入れたのである。こうしている間に、ロンドンでは、思いがけない事件が起こっていた。アーサーが四十人の騎士と共に、都を立った後で、一隊の勇士らが、王の手から騎士の資格を得る目的で、アーサーの館を指して出掛けて来た。それはロト王の子で、アーサーには甥にあたるガエーン以下四名の兄弟と、ナンタース王の子でやはりアーサーの甥になるガラシンの一団であった。ロト王は、先にアーサーのために破られた反逆者の一人であったが、今では王との和睦を望む一心から、四人の子をロンドンへと差し向けたのであった。さて五人の王子らは、花やかな武具に身を堅め、逞しい馬に跨り、若い貴族の一隊に従われて、都を指して出立した。供廻りの騎士はいずれも王に仕える貴族の息子たちで、めいめいに美しい武具をまとい、手に手に馬の手綱をかい繰って、ゆるゆると進んで行った。総勢九百余騎、そのうちで騎士の資格を持ったものは九人だけで、その余は何かの戦場の功名を立てて、騎士の列に入りたいと望んでいる者ばかりであった。この一帯の首領ともいうべきガエーンは、大力無双の騎士であったが、奇妙なことには、その力が一日の内、時を定めて増減した。朝の九時から正午までと、午後の三時から夕刻までの間には、いつもその力が二倍になる。そのほかの時刻には、ずっと弱くなるとはいうものの、それでさえ普通の人に比べては、幾倍というほどの強さであった。この一帯は、三日の旅を重ねて、ロンドンの近くまで来た。すると思いがけもなく、山のような兵糧や財価を車に積んで運んでいく敵の一隊に出会った。敵は今、この近傍の村々を荒らして、山のような分捕品を車に積んで帰って行くところであった。車の前後には、三千人ばかりの兵士が、護衛していった。それを見ると、ガエーンは命令を伝えて、七百騎の騎士を指揮し、敵を蹴散らして、涼奪品を取り戻して、すぐロンドンまで送り届けた。しかしその間に、七千の新手の兵を繰り出して、五人の王子と、その部下の騎士を八方から取り巻いた。ガエーンは先頭に立って、チョアスと名乗る敵の頭と渡り合って、頭のてっぺんから胸板まで、真二に斬り下ろしたのを手始めに、両軍は、火の出るような戦いを交えた。その間に、ガラシンはサナグランと呼ばれる敵の王と出会って、見事にその首を上げ、アグリベーンとガーリエットも、それぞれに敵の勇士を打ちとって、大軍を食い止めていたが、潮のような敵の勢いに圧せられて、次第に苦戦に陥った時、市の方から一隊の援兵が、駆け付けて来た。それはロンドンの市長がこの叩きの報告を聞いて、味方の騎士を救うために、送った兵であった。この援兵を得て、ガエーンの一隊は、にわかに勇気を盛り返し、たちまち敵を斬り破って、八方に追い散らし、城内の兵に護衛されてロンドンへ入った。この報告が、マー@リンの口からアーサー王の耳に伝えられた時、王はその甥の手柄を賞して、なお暫くレオデガンの館に逗留することになった。四十一人の騎士は、王の館で手厚いもてなしを受けて、日を重ねるうちに、アーサーに対するギニバーの情はいよいよ深くなっていった。それを見て、マーリンは始めて王に向かって、このたび、一同が王の館を訪れた目的は、その首領のために、妻を定めるためであったことを話して、王女ギニバーを頂きたいと申し入れた。王は快くこの縁談を承知した。「いかな御身分の方か知らないが、この度の勲功は、私の跡継ぎの王女をめあわすには不足はない」という王の答えを聞いて、アーサーは深く王の好意を感謝して、王女を受けた。その時、マーリンは改まって、アーサーの名と身分を打ち明けたので、レオデガン王は席を下って、部下の貴族らと共に、アーサーを排し、ユーサー・ペンドラゴンの世嗣たる政党の君主として、変わらぬ忠誠を誓った。そこでアーサーは、ギニバーを伴ってロンドンに帰り、荘厳な儀式をもって、ギニバーをブリテン国の王妃と定め、七日に渡る大饗宴を開いて、国中の貴族を招待した。
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アーサー王の武勲
ベードン山の大勝によて、サクソン人は一時まったく圧伏されたので、アーサー王は矛を転じて、ピクトスコットの両民族に向かい、ローモンド湖の戦いでこの蛮族の兵を破って、尽く降伏させた。そこで王は、クリスマスの祭りを迎えるために、ヨークの市に入り、異教徒の手で破壊されたキリスト教の会堂を再興した。翌年の夏、王は兵を率いて、アイルランドを討伐し、次いで船に乗りアイスランドの島人も征服した。この時、ゴートランドとオークニーの王は、王の陣へ来て、帰順の意を示し、毎年の貢物を約束した。こうしてアーサーは、ブリテンの島々を残らず征服したので、再びロンドンに帰り、ブリテン全国の王として、十二年の間、平和にその国を治めていた。この間に、王は、諸国に名を知られた勇士を、その宮廷に招いて、次第に臣下の数を増し、それらの武士の間には、厳粛な礼儀と作法とを定めて、天下の騎士の手本とした。アーサー王の宮廷の評判は、時期に遠近に伝わり諸国の王侯は争って、アーサーの宮廷のふうを移し、諸国の騎士は、その衣服や武具の末に至るまで、アーサー王の騎士に倣わなくては、騎士の列に入れないと思うようになった。さてブリテン全国に、平和と繁栄とが続くのを見ると、アーサーはさらにその力を、海の外までも伸ばして、ヨーロッパ諸国の異教徒に向かって、制服の歩を進めようという気になった。王はまず姉の夫なるロトのために、一つの王国を建てようと思い、艦隊を造って、ノルウェーの地に向かった。アーサーの軍は間もなくノルウェーの海岸に上陸し、烈しい戦いの後、その国の王を破り、しだいに全国を征服して、ロトをノルウェーの王位に昇らせた。そこでまた船に乗って、ゴールの地に向かい、じきにパリの都を包囲した。この時、ゴールはローマ帝国の一州として、護民官フロロが、知事となって全国を支配していたが、パリの包囲がひと月も続いて、城内の人民が、飢えに苦しむようになったので、フロロは、アーサーに対して、一騎打ちの勝負を挑み、その勝負によって、ゴール運命を定めようと申し込んだ。アーサーは快くその挑戦に応じ、フロロと戦ってついに敵を倒したので、パリの市民を初め、その付近の民はことごとくアーサーの旗風に靡いた。この勝利の後、アーサーは軍を二手に分け、一群はホーエルの指揮に任せて、アクイテーンに向かわせ、自ら他の一軍を率いて、その余の諸州を征討した。それから9年経って、ゴールの全国は、残らずアーサーに従ったので、王はパリの都に帰り、そこに宮廷を置いて、全国の僧侶と人民の代表者を集め、諸種の法令を定めて、国内に正しい政治を布いた。そこで全国の諸州を部下の功臣に分かち、大善職のベドバーにはノルマンデーを、執事のケイには、アンデガビヤを、そのほかそれぞれに西邑を与えて、その功労に報いた。こうして全国の平和と秩序が定まると、王は、春の初めにゴールを立って、ブリテンへ帰って来た。やがて聖霊降臨節(ペンテコスト)の祭りが近づいた時、アーサーはこの祭りに全国の貴族を集めて、一つにはめでたい凱旋の喜びを分かち、二つには新しく着いた諸侯の心を、旧来の臣民と融和させる助けにもしようと思い立った。王はこの祭りの季節を選んで、荘厳なる戴冠式を行い、諸国の王侯を尽くこの儀式に参列させて、大饗宴を催すことに定め、ウスク(Usk)河上のカーリオンを選んで、その儀式の地と定めた。この地は、その昔、ローマの軍団の駐屯した古い市で、こういう儀式には、最もふさわしい場所であった。その上、市の一方には、大河が流れて、すぐに海に通じているので、海のかなたからこの大儀に参列する王侯は、その船を市の近くまで漕ぎ寄せる便利もあった。また他の一方には、緑の牧場が見渡す限り打ち続いて、樹の間がくれに見渡される王宮や寺院の壮観は、大ローマの都にも比べられるほどであった。そこには二つの名高い会堂があった。その一つは、一生を神にささげた神聖な処女の一隊から成っている合唱隊で名を知られ、他の一つは、それに付属した尼寺で有名になっていた。またこの市には、二百人の学者を網羅した一つの大学があって、そのうちには、天文学に通じた学者があった。絶えず星の運航を観測して、将来の出来事を王に申し上げることを怠らない。王が儀式の場に選んだのはこういう市であった。そこで祭の準備が進められる一方で、大勢の使節は、諸方の国々へ送られて、ゴールの諸公伯や、島々の諸王をこの盛儀に招待した。こお招待にあずかった人々は、まず第一に、アルバニヤ(今のスコットランド)の王オーグセル、ヴェネドシヤ(今の北ウェールス)の王カドワロー、デメシヤ(今の南ウェールズ)の王セーター、ロンドンおよびヨークの大監督、カーリオンの監督ダブリシュース(Dabricius)があった。なかにもダブリシュースは、当時第一の高徳の僧として、その篤信の名は、ブリテン全国に誰知らぬ者もなく、この人の祈りには、病者もたちどころに快癒すると伝えられていた。このほか国内の主な市からも、その領主や、名ある武士たちが集まって来た。次にゴールおよび付近の島々から来た人々の内には、アイルランドの王ギラマリュース、オークニーの王ガンファシュース、アイスランドの王マルバシュース、ノルウェーの王ロト、ノルマンディー公ベドバー、アンデガビヤ公ケイ、をはじめとして、ゴールの十二の侯伯と、アーモリカのブリテン人の公爵ホーエルなどがあった。なかにもホーエルはその部下の貴族とともに、多くの馬匹に立派な手廻りの道具を付けて、列を作って繰り込んで来た。なおこのほかにもスペインのイギリスに向かい合った側からは、名ある騎士たちが、洩れなく招かれた。アーサー王の賓客に対して霊日の厚いことは、その頃天下に誰一人知らない者もなかったので、遠近の騎士が争ってその招きに応じたのに何ら不思議もなかった。招待された人々が残らず集まり、やがて定めの日が来ると、大監督は王の頭上に神聖な冠を捧げるために、まず王宮へ案内された。ダブリシュースは自分の教区の内で、この儀式が行われる関係上、この重大な役目を滞りなく勤める支度にとりかかった。やがて王が、国王の正装を付け終えると、アルバニヤ、コーンウォール、デメシヤ、ヴェネドシヤの世人の王が、めいめいに黄金の剣を捧げて、その前に立ち、荘厳な儀式を持って、王を監督領の大会堂へ導いた。同時に皇后は、盛装をして、大監督や監督の一団に導かれて、処女の会堂を指して進んで行った。その行列の前には、前にあげた四人の王の妃が、古式に従って、四羽の白鳩を捧げて先導した。二つの行列が会堂へ着くと、堂の中では、人の魂を溶かすような音楽と、合唱の声が起こった。その音楽は、両方の会堂で、それぞれに趣きを異にしているので、この儀式に参列した人々は、どちらを聞こうかと迷った挙句に、あちこち走って、長き日を忙しく駆け回った。二つの会堂で、それぞれに神聖な儀式が終わると、王と妃は、その冠を脱ぎ、身軽な装いに改めて、饗宴の席に臨んだ。やがて一同が席次を正して、居並んだ時、執事のケイは貂の皮の礼服を衝け、同じ装いをした一千人の貴族と共に、食事の皿をめいめい前に運んだ。同時に、大善職のベドヴァ―は、一千人の貴族を従えて、コップや杯を運んで、めいめいに酒を注いで廻った。肉や酒は、次から次へ運ばれて、そのもてなしはほとんど善と美の限りを尽くした。当時のブリテンは、その富においても、豪奢(ごうしゃ)においても、また作法においても、他の国々の遠く及ばないくらいの全盛の極みに達していた。饗宴が終わると、人々は市の外にある野原へ出て、様々な競技に耽った。ある者は弓を曳き、ある者は槍を投げ、ある者は大きな石を差し上げて、その力を比べ、またある者は、双六(すごろく)の勝負をして長き日を楽しく、無邪気に遊びを暮らした。こんな風にいて、三日間の饗宴が無事に終わると、一同は互いに別れを告げて、王も貴族も、それぞれに自分の土地へ帰って行った。この後、五年の月日は平和の内に過ぎた。ある日、ローマ皇帝レオの太守ルキウス・チベリウスから、使節が来て、アーサー王に貢物を要求した。しかしアーサーはその要求を退けて、直ちに戦争の用意にかかった。そして戦備がととのうや否や、甥のモードレッドと王妃ギニバーに国の政治を托して、ハモの港から船を出して、無事にバルバ河の口へ上陸した。王は暫くそこに天幕を張って、島々の王の集まるのを待っていた。やがて予定の軍勢がそろうと、王は全軍を挙げて、アウグストズヌグに進軍し、アルバ河の騎士に陣を張った。ここでローマ軍との間に、数回の戦いが交わされたが、味方にはアーモリカ公ホーエルや、甥のガエーンなどの騎士がいて、よく戦ったので、戦うごとに王軍の勝利となった。敵将ルキウス・チベリウスは、暫く退いて、工程レオの援軍を待つことに決し、徐々にその群を引き上げたが、王は早くも敵の計略を見抜いて、一隊の兵を進めて、敵の退路を塞いだ。そこで山間の峡路で、最後の決戦が行われ、敵将ルキウス・チベリウスは、乱軍の中で戦死し、ローマ軍はここで全滅したが、王の方でも多くの勇敢な騎士を失った。アーサー王はその年の冬まで、この地方に軍を留めて、敵の残党を平らげ、地方の治安の恢復するのを、待ってイギリスへ帰って来た。
聖マイケール山の巨人
アーサーがブリタニーに陣を張って、諸王の参集を待っていた時のことである。ある日、一人の百姓が王の陣へ来て、訴えるには、「この近くに聖マイケール山(St.Michael's Mount)と呼ばれる山があります。その頂上の洞穴に、一人の巨人が住んでいて、永年の間、百姓の子供たちをさらって行って餌食にしておりますが、近頃、この国の公爵の奥様が、侍女と一緒に馬に乗って、遊山に出た途中で、この巨人にさらわれてしまいました。それでこの片の百姓は、どうしたらいいかと、途方に暮れている次第でございます。」というのを聞いて、王は百姓に向かい、「では、その方は私を、その巨人のいるところへ案内してくれるか?」と尋ねた。すると百姓は、答えて、「はい、ご案内いたしましょう。あそこの山の上に、大きな火が二つ見えますが、その怪物は、あそこに住んでおるのです。あそこへおいでになれば、このフランス中によるよりも、ずっと沢山の宝があるに違いありません。」と言った。そこで王は、サー・ベドバーとサー・ケイの二人を呼んで、馬の支度を命じ、「日が暮れたら、巡礼の姿になって、聖マイケール山へ行くのだから、お前たちも一緒に来い」と言いつけた。間もなく、日が暮れると、三人は陣を出て、山の麓まで来た。そこで王は、二人を待たしておいて、ただ一人で山を登って行った。王はだんだんと登って行くと、頂上に近いところで、一人の老婆に会った。老婆は新しくできたばかりの墓の側へ坐って、泣いていた。王はそばへよって、一礼して、その泣く訳を尋ねると、老女はこう答えた。「あなた、そんな大きな声を出してはいけません。あそこに鬼がおります。もし聞こえたら、あなたは一掴みに殺されてしまうでしょう。それは強く恐ろしい力を持っている奴ですから、あなたが敵うわけありません。この墓の下においでになるのは、ブリタニーの公爵サー・ホーエルさまの奥方で、世界中で一番美しいと言われた方ですが、あいつに掴まれて、殺されてしまいました。」それを聞いて王は、「お婆さん、私はアーサー王の仰せを受けて、その悪者と談判をしに来たのです。」と言うと、老女は手を振って、「馬鹿らしい、談判だなんて。王にだって、誰にだって、手に合うような奴じゃありません」と言って止めたが、王は、「お前はそういうが、私はとにかく王にいい使ってきた役目を果たしてくる」と言い捨てて、さっさと登って行った。時期に山の鼻を回ると、巨人が洞穴の中で、食事をしている姿が見えた。今ちょうど、人間の足を火であぶりながら、一本の腕をむしゃむしゃとかじっていた。巨人のそばには、三人の女が縛られたまま、地へ転がって、自分の順番の来るのを待っていた。それを見ると、王は、もう可哀想でたまらなくなった。そこでいきなり、巨人に声をかけて、「この世界を支配する神は、貴様を許しておかない。なぜ貴様は、あの貴婦人を殺したのか?さあ、ここへ来い。貴様を殺してくれる」というと、巨人は立ち上がって、太いこん棒を取るより早く、王に打ちかかって、冠を打ち落としたが、王は剣を抜いて、敵の腹を刺した。敵は手傷を受けると、棒を放りだして、両手で王をかかえ、力を籠めて肋骨を折ろうとした。三人の女は、それを見て、地にひれ伏して、口々に神の助けを祈った。その間にアーサーは、巨人と揉み合って、組み合ったまま、山の下へ転げ落ちて行った。その間に、王は、手早く短剣を抜いて、敵を刺した。そうしたままで、二人はとうとう二人の騎士の待っているところまで転げ落ちて来た。二人の騎士は、それを見ると、慌てて、王を抱きしめた巨人の胸を弛めたので、アーサーはやっと起き上がったが、巨人はもう死んでいた。そこで王は、ケイに命じて、巨人の首を刎ねさせ、槍の先にさして、城の箭眼(やざま)に掛け、この国の人民に示して、安心させた。時期にこのことが国中に知れ渡ると、人民は王の前へ来て、感謝の言葉を述べた。その時王は、人民に向かって「お前たちは、神に感謝して、あの巨人の分捕って行ったものを取り返して来て、みんなで分けるがいい」と言った。その後、王はその山上に、一つの会堂を建てて、聖マイケールにささげた。
宝剣エスカリバー
ある日、アーサーは馬に乗って館を出た。暫く行くと、王の行手に当たって、マーリンが三人の百姓に追いかけられて、もう少しで殺されそうになっているのが目についたので、王は馬を走らせて、三人のそばへより、声高らかに、「去れ、百姓ども!」と呼ばわった。三人の百姓は騎士の姿を見ると、びっくりして、一目散に逃げ失せた。そこで王は、マーリンの側へ寄って、「おおマーリン、どうしたのだ?お前の術を持ちながら、こんな目にあうとは。私が通りかからなかったら、もう少しで危ないところだった。」と尋ねると、マーリンは王を見上げて、「いいえ、そんなことはありません。私は逃げようと思えば、いくらでも逃げられるのです。しかしあなたこそ、私よりもずっと危険が近づいております」と答えた。こんなことを話しながら、二人が歩いて行くうちに、王は、馬に乗った一人の武士が、途の真ん中に立ちはだかっているのを認めた。そこで王は、馬上から声をかけて、「騎士よ、なんで往来に立ちはだかっているのか?」と尋ねると、騎士は壊鐘のような声を立てて、「おれと試合をせずには、どんな騎士でも、この道を通すことはならない。それがこの道の掟だ」と答えた。王はそれを聞いて、「よし、私がその掟を改めてやろう」と言いながら、走り寄って槍を向けた。相手の騎士も槍をしごいて突きかかった。暫く戦ううちに、槍は折れたので、二人は剣を抜いて、また暫く火の出るような戦いを続けた。そのうちに、騎士の打ち下ろした剣のために、王の剣は二つに折れた。その時、騎士は、アーサーに向かって、「さあ、お前を助けるのも、殺すのも、おれの心ひとつだ。命が惜しくば、降参して、俺の家来になれ」と言ったが、アーサーは答えて、「命が欲しければ、くれてやろう。しかし降参して、臆病者と言われることは、末代までの恥辱だ」というや否や、跳びかかって騎士に組み付き、うまからどうと転び落ちた。しかし騎士の力は、王に優っていたので、手もなく王を組み敷いて、首をかこうとした。マーリンはそれを見て、「騎士よ、お控えなさい。その人は、お前の思うよりは、ずっと尊い身分の方だ」と言うと、騎士は誰なのかと問い返した。マーリンがアーサー王だと答えるのを聞いて、騎士はなんと思ったのか、いきなり剣を振り上げて斬ろうとした。その時
早く、マーリンは騎士に向かって、呪文を唱えると、騎士は振り上げた剣を、地に落として、どうと倒れるや否や、深い眠りに落ちた。そこでマーリンは王を引き起こして、馬に乗せた。王はマーリンに向かって、「可哀想に!マーリン、その方は何をしたのか?その方の魔術で、この罪もない騎士を殺したのか?」と尋ねた。マーリンは「ご安心ください。その者は、あなたよりもずっと達者でおります。ああして眠っておりますが、三時間の後には、覚めるでしょう」と答えて王を促してこの場を立ち去った。二人はやがて、ある隠者の洞穴へ来た。この隠者は医術に長じた人であったから、王の傷を調べて、親切に薬を塗ってくれた。二人はlこの洞窟で三日を過ごすうちに、王の傷は、すっかり治って、馬に乗れるようになったので、隠者に暇を告げて、この洞窟を出立した。王は先に立って、馬の手綱をかい繰りながら、折々マーリンの方を振り返って、「私は剣をなくしてしまった」と残念そうに言う。マーリンはそのたびに、「ご安心なさい。時期に代わりの剣がお手に入るでしょう」と答えて、黙々として、険しい路を進んで行った。やがて路が尽きて、二人は、とある湖のほとりへ出た。湖の面には、見渡す限り、漣(さざなみ)一つなく、鏡のように澄み渡っていた。王は岸に立って、無心に水の面を眺めるうちに、ふと、湖心に当たって、白い波が、立ち上るのが目についた。王は、水鳥の降り立ったのかと怪しんで、眸(ひとみ)をこらすと、不思議と波の底から白絹に包まれた美しい腕が現れた。波の間からきらきらと光を放つのは、その手に握られた一振りの剣であった。その時、マーリンは、その腕を指さして、「あれ、御覧なさい。私の先刻申し上げた剣は、あそこにございます。湖の女王が秘蔵の剣ですが、あれを王にささげると、ささげないとは、女王の心一つにあります。さあ、試みに、湖を渡って、あの剣を取って御覧なさい」二人は馬を下って、岸につないだ小舟に乗った。船は、鏡のような水の面を滑って、湖の中心まで進んだ時、王は手を伸ばして、剣の柄を握ると、白い腕は、すっと水の底に沈んで、剣は王の手に残った。王とマーリンは、この不思議な剣を捧げて、船を岸に漕ぎ寄せた。この時から、湖の女王の捧げた剣は、エスカリバー(Excalibur)と呼ばれて、永く王の秘蔵の剣となった
解釈
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サー・ガエーン
サー・ガエーンは、アーサー王の姉に当たるマルガナとオークニーの王ロトの間に生まれた、四人の兄弟の一番上で、円卓の騎士のうちでも、賢者として名高い騎士であった。ガエーンの三人の兄弟は、名をアグリベーン、ガハレット、ガレスと呼ばれていた。
ある年、アーサー王は、カーライルの館にあって、人民の訴訟を聞いていた。その時、一人の若い婦人が、王の前へ出て、こう訴えた。「私には一人の恋人がありましたが、近所の城に住む悪い騎士のために、捕虜にされました。その上ならず、騎士は、父の残して行った私の領地までも、奪ってしまいました。どうぞ、王のお慈悲によって、この悪人を懲らし、私の失ったものを取り戻していただきいのです。」王は、この訴えを聞くと、左右に命じて、馬の用意をさせ、エスカリバーの宝剣を佩びて、すぐに婦人に案内させて、悪人の城に向かった。間もなく王は、その城について、城の主に対して、一騎打ちの勝負を挑んだ。ところがこの城は、一つの魔城であって、いかなる騎士も、この城の土を踏むや否や、その魔術にかかって、勇気を失わずにはいられなかった。王も、この城に入ると、たちまちその魔力に囚われて、剣を抜く間もなく、手足は痺れて心もうっとりとして、たちまち敵の捕虜となってしまった。その時、この魔城の主は、王に向かって一つの難題をだした。「今日から一年の後に、再びこの城へ帰って来て、私の質問に答えるという約束をしたら、放してやろう。その質問というのは、『女の一番の望みは何か?』というのだ。そして一年の後、この問いに対して、正しい答えができればよし、もしできないときには、お前は私の家来になって、お前の領地を私の手に引き渡さなければならない」この難題を承知してアーサーは、この魔城を出た。それから一年の間、王はあまねく国中を遍歴して、会う女ごとに、その一番の望みを尋ねて歩いた。ある者は、金持ちになりたいと言い、ある者は、栄耀栄華(えいようえいか)を尽くしてみたいと言い、ある者は、陽気に暮らしたいと言い、またある者は、花のような騎士を夫に持ちたいと答えた。その答えは、人さまざまで、どれを本当の望みだと言っていいか、ほとんど判断がつかなかった。そのうちに、一年の月日もだんだんと過ぎて、あと幾日という時になって、王は想いに暮れて、とある林の中を歩いていた。すると、木の下に、一人の女が坐っていた。その顔は、二目とみられないほど醜く、この世の人間とも思わないくらいだったので、王も思わず顔を背けて、その前を通り過ぎようとした。すると、女はわざとらしく王に会釈をしたが、王は黙って行こうとすると、女は声をかけて、こういった。「なんという方でしょう、私に物をおっしゃらないなんて?私はこんな顔はしておりますが、あなたの疑問が解けるかもしれません」「本当に解いてくれるなら、あなたにどんな望みでもかなえてあげる」とアーサー王が言った。「では、きっと誓ってください。」と女は言った。そこで王は自分の一言に偽りはないことを誓うと、女はその秘密を打ち明けた後、この褒美には、一人の美しい、立派な騎士を捜して、夫にしてもらいたいと言った。王は急いであの恐ろしい武士の城へ立ち戻って、これまでいろいろな女から聞いた答えを、順々に言ったが、騎士は皆違っていると言った。「さあ、アーサー降参しろ」と巨人は叫んだ。「お前は賠償ができないのだから、おまえの身も領地も、俺のの物にするぞ」その時、王は巨人に向かって、こう言った。「まあ待ってくれ、高慢な騎士よ、ちょっと待ってくれ、私にもう一言いわせてくれ、私の領地を救うために。この朝私は野を通ると、一人の女にあった、檞(かしわ)と柊(ひいらぎ)の青葉の間に、真紅な着物で坐っていて、『女は誰も自分の思いを通したい』これが一番の望みだと言った。さあ、いいか、お前が本当の騎士ならば、私は借りを返したぞ」これを聞くと、無礼な騎士は、残念そうに、こう叫び出した。「それは俺の妹だ、貴様にそれを話したのは。ええ、いまいましい!いつかきっとこの讐(かたき)を討ってくれる」王は馬へ乗って館へ立ち帰ったが、あの汚らわしい女に、若い、立派な騎士の一人を選んで、夫にしてやろうと約束したことを思い出して、一人胸を苦しめた。王はこの苦しみを、甥のサー・ガエーンに打ち明けると、ガエーンはこう答えた。「わが君、ご心配なさいますな、私が、その汚い女を妻に持ちましょう」それを聞いて、王は答える。「否、否、善良なサー・ガエーンよ、お前は私の姉の子だ、あの汚い女はあんまりだ、お前には醜すぎる」けれどもガエーンが押して願うので、王もとうとう心ならずも、ガエーンを自分の身代わりにすることに同意した。そこである日、王は騎士を従えて、林へ行き、汚い女にあって、館へ連れ帰った。サー・ガエーンは、同僚の嘲弄(ちょうろう)や陰口をじっと忍んで、この女と結婚の指揮を挙げた。しかしそれはめでたい、いつもの結婚式とは違って、「喜びもなく、笑いもなく」ただ重い、悲しい気分に充たされていた。サー・ガエーンは、人の見る目も羞ずかしく、「昼の内は、梟のように隠れていた」が、やがて夜が来て、いよいよ妻と差し向いになると、もうどうしても堪らなくなった。女はその様子を見て、「あなたは、なぜそんなにため息ばかりついて、そちらを向いておいでになるのです?」と聞いた。男は隠さず、「その訳は三つある、お前の歳と、お前の醜さと、お前の素性の卑しいことだ」と答える。すると女は怒った風もなく、その理由のないことを説いて、こう言った。「年齢の多いものは分別があります、醜ければ人に奪われる心配がありません。また人の貴賤(きせん)は、生まれの高下によるものではなく、人々の心柄にあります」こう言われて、サー・ガエーンは返答が出来なくなった。その時ふと振り返って、花嫁の方を見ると、今までとは別人のような美しい姿になっているので、ガエーンは開いた口もふさがらないくらいに、びっくりした。その時、女はこう語りだした。「私のいままでの姿は、本当の姿ではありません。悪い魔法使いに、魔術で帰られていた借りの姿でした。そしてふたつのことが起こるまでは、いつまでもあの姿をしていなければならなかったのです。私が若い、立派な騎士を夫に持つことが、その一つでしたが、今それが叶ったので、半分だけは、魔術が解けました。で、これから半日だけは、自由に本当の姿になっていられるのですが、あなたは、私が昼の内美しくて、夜醜くなる方がいいか、または夜美しくなって、昼は醜い姿でいる方がいいか、どちらでもお選びなさって下さい」こう言われて、サー・ガエーンは、「そうさね、私は夜になって、お前と二人きりでいるときに、美しい方がいいと思うね、そしてどうしても仕方がなければ、他の者には、おまえの醜い姿を見せておくほうがいい」と答えると女は押し返して、「ですが、昼間大勢の騎士や貴女たちの中にいるときに、美しい姿をしている方が、私は、よくはないかと思いますがどうでしょう?」と言った。それを聞いて、サー・ガエーンは、素直に女の意見に従って、自分の意見を棄てた。するとこれで二番目の条件が満たされたので、魔術はすっかり解けた。女は喜んで、夫に向かい、「あなたが私の意見を通してくださったので、魔術はすっかり解けました。もう夜も、昼も、このままの姿でいられます」と言った。「美し紅が赤みを帯びた彼女の頬を染め、色づいた桜のように、彼女の唇は膨らみ、彼女の首は雪のように白かった。サー・ガエーンは美しい女をキスして式布の上に横たわった時、真の騎士らしく誓った、香料でもこれほどの香りはなかったと」女は縛っていた魔術が解けると共に、同じ魔術にかかっていた女の兄も、同じように解放された。あの「恐ろしい騎士」ももはや無礼な振舞いをする乱暴ものではなくなって、アーサー王の宮廷の人々と同じように、弱きを助けて、強きを挫く立派な騎士となった。
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萎び腕のカラドック
カラドックはアーサーの姪に当たるイーセンヌの子であった。カラドックは成人するまで自分の父が何人か知らなかったが、次のようなことから、父が分かったのである。それはこの少年が、騎士の資格を授けられる年齢に達したので、アーサー王は多くの騎士を会して、盛んな試合を催したときのことだった。この時、見知らぬ騎士が、この会に現れて、アーサーの騎士に向かって、一つの試合を申し込んだ。「私がまず切り石の上へ頸をのせて寝ているから、誰でも私の頸を斬ってみろ。それでもし私が死ななかったら、今度はその騎士が、同じようにして、私に頸を斬らせなくてはならない」こう言うのが不思議な騎士の申し出だった。どんな挑戦を受けても、いつも真っ先に応じるサー・ケイでさえ、この申し込みには二の足を踏んだ。「それは全く無法な試合だ。私は世界中の宝を残らずくれると言われたって、頷く訳にはゆかない」と言うのが、サー・ケイの意見であった。それで、騎士が自分の剣を差し出して、これで自分の頸を斬ってもらいたいというのを聞きながら、誰一人手を出す者もなかった。それを見たカラドックは、この挑戦に応じる者がないとあっては、円卓の騎士の名折れだと、心に憤って、いきなり外套を脱ぎ棄てて、その剣を受けた。「お前は立派な騎士らしくやってみるか?」と旅の騎士は言った。「いや、一番の馬鹿者になるのだ」とカラドックは答えた。そこで旅の騎士は約束通り切り石の上へ頸をのせる。カラドックの一打ちで、頸はころりと地へ落ちた。と、騎士は、起き上がって頸を拾って手際よくくっつけて、「来年の会にまた来る。今度は私の番だ」と言い捨てて、立ち去った。それから一年たった。不思議な騎士は、約束をたがえずやって来た。王も、妃も、すべての騎士も、口をそろえて、カラドックのために、この試合の中止を嘆願したが、騎士はどうしても聞かない。若い騎士は切り石の上へ頸を乗せて、「さあ、一思いにやってくれ、こんな厭な思いをいつまでも続けていたくないから」と幾度も騎士に念を押した。不思議な騎士は、剣を振りかざして、打ち下ろした。とみると、剣の背で沿って触って、「起て!」と命じた。そしてカラドックに向かって「私は妖術者エリオーリスといって、おまえの父だ。この試合で、お前の勇気と信実を認めたから、今こそ喜んでお前の父だと名乗るのだ」と告げた。しかし妖術者の愛憎は、とかく移りやすいものである。エリオーリスもじきに悪い女にそそのかされて、その言う通りになってしまった。女はカラドックを憎むあまり、妖術者に勧めて、その子の腕へ一匹の蛇を巻き付かせた。毒蛇はカラドックの腕へ食い込んで肉と血を吸っている。人間の力ではこの毒蛇を引き離すことも、カラドックの苦しみを軽くすることもできない。カラドックには、その親友ケードルの妹で、コーンウォールの王女であるギーミエルという許嫁の妻がある。ギーミエルはこkの悲しい知らせを聞くと、男を看病するために、兄に連れられて、カラドックの居城であるナントへ行った。カラドックは二人の来るという知らせを聞くと、ひとたびは愛と喜びに胸を躍らしたが、時期に、自分のやせ衰えた姿や、恐ろしい苦しみを見たら、ギーミエルが愛想をつかすだろう、と気を揉み始めた。この心配がだんだんと嵩じて、カラドックはとうとう人知れずナントを出て、ある庵へ身を隠してしまった。そこでアーサー王の館の騎士たちは、手を分けて、あちらこちらと捜索を始めた。中にもケードルは、カラドックの在処のわかるまでは、どこまでもこの捜索を続けようという誓いまで立てた。ケードルの一心が届いて、とうとうその親友の隠れている庵を探し当てた時には、カラドックは骨と皮ばかりになって、もう死ぬばかりになっていた。ケードル兄妹は、カラドックを救うために、あらゆる手段を尽くしたが、何のかいもない。もはや妖術者のエリオーリスを説き落して、その魔術を解かせるよりはほかに道はない。ケードルは一心に妖術者を説いた。妖術者もその熱心に感じてとうとう一つの秘術を洩らした。「まず生まれも、器量も、あれに匹敵した上に、身を棄ててあれを愛しているような一人の処女を見つけて、その女に彼の苦悩を引き受けさせなくてはならない。次に二つの桶を用意して、一方には酸くなった酒を盛り、一方には牛乳を盛り、カラドックを第一の桶に入れて、頸まで酒にひたし、もう一つの桶には、処女が入り、桶の縁へ胸をあらわして、痩せ枯れた男の肉から、みずみずした、旨そうな餌の方へ、蛇を誘い出すようにする。桶と桶の間は、三呎(フィート)ばかり離しておいて、蛇が一方の桶から他方へ移る時に、一人の騎士が、真っ二つに斬ってしまうのだ。もし斬り損じた場合には、カラドックは助かるが、美しい戦士は、彼に代わって、同じ残酷な、癒える時のない苦悩を忍ばなくてはならない。その後は、もう言わなくてもわかっている」この秘法を聞くと、ギーミエルは進んで、この危険な試みに身を曝した。ケードルは運よく一打ちで蛇を真っ二つに斬った。永い間悩んだカラドックの腕は、間もなくその力をも回復したが、元の通りの形にはならなかった。それ以来、彼は「萎び腕のカラドック(Caradoc Briefbras;Caradoc of the Shrunken Arm)」と呼ばれた。
解釈
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湖のランスロット
あらすじ
サー・ランスロットの生い立ち
アーサー王の忠実な身方であったブリタニーの王バンには、クローダスという強敵があった。ある年バン王は、敵の大軍に攻められて、永い間の防戦の後、次第にその域を失い、ただ一つ残った城に籠ったが、敵の大軍はこの城を囲んで、落城はもう目の前に迫っていた。この最後に及んで王は、アーサー王の力を借りようと決心した。そこで王は、後のことを主だった家来に頼んで、妃のヘレンと幼いランスロットを連れて、夜に紛れて城を忍び出た。しかし後に残った家来たちは、次期に降参して城を敵に明け渡した。この時、王はまだ城から遠くへは行かなかった。不意に城の方に当たって、焔の立ち上るのを見て、王は、すぐに城の落ちたことを知り、悲しみの余りその場へ倒れて息が絶えた。用事を抱いて夫の後についてきた妃は、それを見ると、抱えた児を草の上に寝かして、夫の介抱に従った。暫くしてヘレンは、ランスロットを寝かしておいた場所へ戻ってみると、幼児は美しい女の手に抱かれていたが、妃の足音を聞くと、女は立ち上がって幼児を抱いたまま近くの湖の中へ飛び込んでしまった。この女は魔法使いマーリンの妻で、「湖の女」と呼ばれたビビアンであった。ビビアンはその魔術の力で、自分の館の周囲を広い湖のように見せかけていた。あのアフリカの大砂漠を旅行する者が、しばしば出会うというミラージュのように、この館に近寄るものは、仮の湖の姿に欺かれて、誰もその館へ足を入れなかった。館の中には、この「湖の女」に仕える騎士や、貴女が大勢いた。ランスロットはそういう人々に取り巻かれて、この館の中で育てられた。彼が「湖のランスロット」と呼ばれるのはこのためである。夫と幼児を一時に失った妃は、泣く泣くそこを去って、ある尼寺へ引き籠った。間もなくこの尼寺へ尋ねて来たもう一人の貴女がいた。それはバン王の弟なるボホルトの妻であった。ボホルトは兄の死を聞いて、悲しみの余り、その後を追ってこの世を去ったので、残された妻は、またこの尼寺へ来て、ヘレンと共に長く清浄な生活を送った。ボホルトには、ライオネルとボホルトという二人の子があったが、この二人は、忠義な騎士に助けられて、敵の目を逃れているうちに、これもまたビビアンの助けによって、その館に運ばれて、従弟のランスロットと一緒に育てられた。ランスロットが18歳になった時、ビビアンはこの少年を連れて、アーサー王の館へと赴き、その教え子のために、騎士の資格を授けられんことを願った。ランスロットは、姿容の美しく、凛々しい上に、妖女の教えを受けて、武術でも、胆力でも、また礼儀作法の上でも、何一つ人に劣ったところはなかった。ランスロットが初めて王の前に出て、騎士の許しを受けた瞬間から、王妃ギニバーの心は、不思議にこの青年の姿に引き寄せられた。この一点の影は、時と共に成長して、後には、黒雲のようにアーサー王の宮廷を包むものとなった。しかしそれは後の話である。アーサー王の館に来て、円卓の一つの椅子を与えられてから、ランスロットの武技は上達した。王がローマから帰って、円卓の騎士を集めて、種々の試合を行った時、華やかな試合の場で、誰一人ランスロットの右に出る者はなかった。妃は多くの騎士のうちでも、取り分けてランスロットを竉愛した。ランスロットも真心を捧げて妃に仕えた。妃のためならば、命をも捨てようと、一人心に誓っていた。
冒険の旅
サー・ランスロットは、暫く王の館に留まって、遊びや勝負事に、戦場の疲れを休めたのち、何か変わった冒険をして、自分の力を試そうと思い立った。そこで従弟のサー・ライオネルに向かって、「さあ、馬の支度をしてくれ。二人で何か面白い冒険を捜しに出かけるから」と言った。時期に支度ができると、二人は武具に身を堅め、馬に乗って、いずこともなく王の館を出掛けて行った。二人は野を越え、林を越えて進むうちに昼近くなると、非常に厚くなって、ランスロットは馬の上で眠りを催してきた。その時、ライオネルは木立の中に、林檎の大木があるのを見て、ランスロットに一休みして行こうと言った。ランスロットも賛成した。やがて二人は馬から下りて、木陰へ身を横たえると、ランスロットは兜を枕にしてすぐに眠ってしまった。しかしライオネルは、その傍で目を開いていた。暫くすると、三人の騎士が馬を跳ばせて近づいてきた、と思うと、一人の騎士が、更にその後を追ってきた。追って来る騎士は、非常に大きな男で、ライオネルはこれまでこんな大男は見たことがない、と心の内で驚いたくらいであった。見ているうちに、この巨人は時期に先に立った三人のうちの一人に追いついて、一打ちに馬から下へ突き落した。巨人はすぐにまた第二の騎士、第三の騎士と同じように地へ落として、それから馬から下りて、三人の騎士をそれぞれ乗って来た馬の手綱で縛ってしまった。サー・ライオネルは、これを見て、心の内であの男の力を試してやろうと思いながら、側に寝ているサー・ランスロットを覚まさないように、そっと支度をして、馬に飛び乗り、強い騎士の後を追って、引き返せ、と呼ばわった。それを聞いて巨人は、すぐに馬を返して、ライオネルに打ちかかった。一二合槍を交えるうちに、巨人はライオネルを、馬もろともに地に倒して、馬から下りてその手足を縛って、馬の上へ放り上げた。こうして騎士は、見る間に、四人を取り抑えて、自分の城へ連れて行った。そして城へ着くや否や、四人を地下の牢へぶち込んだが、そこにはほかにもたくさんの騎士が、同じ憂目に会っていた。一方で、サー・ランスロットが林檎の木陰に眠っている間に、四人の妃が真っ白な馬に乗って、そこを通りかかった。妃らの左右には四人の騎士が馬を並べて、手に持った四本の槍の先に、緑色の絹布をかけ渡し、照り付ける日の光を遮りながら、進んで来た。その時、道の端で大きな馬が、不意に恐ろしい声を立てて嘶くのを聞いて、四人は時期に、林檎の下に一人の騎士が、鎧を着て眠っているのを発見した。そしてふと、その顔を見ると、見覚えのあるサー・ランスロットだったので、四人の間には、次期に一つの争いが起こった。四人の妃はめいめいに、ランスロットを自分のものにしようと思ったのである。そのうちに、まず人々をなだめて、「喧嘩なぞはよしましょう」と言ったのは、アーサー王の姉に当たるモルガン・ル・ファイであった。「それよりも私が魔術をかけて、六時間の間、あの人の目を覚まさせないようにしておいて、城へ連れて行きましょう。そしてもうどこへも逃げられないようにしておいて、魔術を解いてやりましょう。その上で、あの人に誰を恋人にもつか選ばせたらいいでしょう」他の三人も、この提議に同意したので、妃はすぐにサー・ランスロットに魔術を掛け、楯の上へ寝かして、馬の上へ乗せ、二人の騎士に両方から支えさせて、自分の城へ連れて行った。やがて城へ帰ると、ランスロットを一室へ閉じ込め、日が暮れると、侍女に命じて、食事を運ばせてやった。翌朝、四人の妃は、盛装してこの部屋を訪れ、ランスロットに向かって、こう言った。「騎士よ、お前は今、私たちの捕虜になっているが、お判りでしょう。私たちは、お前をよく知っています。お前はバン王の子の湖のランスロットだということも、またこの世で、一番立派な騎士だということも、よく知っています。それからお前が愛している女は、この点かにただ一人だということも、またその女は、妃ギニバーだということも、よく知っています。しかし今となっては、おまえはもう永久にあの人を失わなくてはなりません。ですから、ここで私たちのうちの一人をお選びなさい。私はモルガン・ル・ファイです。こちらはノースウェールス(Northwales)の妃、またこちらはイーストランド(Eastland)の妃、こちらは島々の妃(Queen of the Isles)です。さあ、わたしたちのうちから、どれでもお前の気に入ったものを一人お選びなさい。もし選ばなかったら、お前はこの牢屋で死なねばなりません」サー・ランスロットはそれを聞いて、四人に向かい、「それはとんだ難題です。わたしくしの命をよこせ、さもなくば、あなた方の一人を選べとおっしゃるなら、わたくしはむしろ神を信じて、この牢の中で死ぬ方がましかと思う。あなた方のような、神の道にそむいた魔法使いを密婦にもつことは好みません」と答えたので、四人の妃は、顔色を変えて、「では、どうあっても、いやだとお言いなんだね?」と問い返した。「はい。誓って」とサー・ランスロットは、きっぱりと答えた。それを聞いて、四人は悲しそうに、この部屋を立ち去った。正午ごろになると、一人の少女が昼飯を持って入って来た。少女はランスロットの前に進んで、「御機嫌よういらっしゃいますか?」と尋ねるので、ランスロットは「ありがとう。いや、なんともありません」と答えると、少女は声を低くしてこう言った。「あなた、もしわたくしの願いを聞いてくだされば、この難儀をお救い申しましょう。その願いと申すのは、次の火曜日に、わたくしの父を助けていただきたいのです。父はノースウェールスの王と試合をいたしました。そして前の火曜日には、父の方が負けました」「姫よ、あなたの父上はなんとおっしゃる方です。それを伺ったうえで、このお返事をいたしましょう」とランスロットが尋ねる。「乳はバクデマグスと申します。」と少女は言った。「知っています。あの方ならば、立派な王です。立派な騎士です。では身命にかけて、その日に、あなたのお父さまと、あなたのために御加勢をしましょう。」ランスロットがこう答えるのを聞いて、少女は部屋を出て行った。そして翌朝早く、この部屋へ来ると、ランスロットは、もう身支度をして待っていたので、すぐに先へ立って、幾重にも錠をかけた部屋の外へ連れ出した。間もなく馬を繋いだ場所までくると、ランスロットはひらりと馬に飛び乗って、この城を出て行った。次の火曜日になると、ランスロットは約束を違えず、試合の場所と定められた、小さな森へ馬を乗りつけた。そこにはもう桟敷(さじき)の用意が出来ていて王公や、貴女が見物したり、賞品を授けたりするために、それぞれの席についていた。やがてノースウェールスの王と、バグデマグス王はめいめいに味方の武士を従えて、試合の場に現れ、互いに槍を構えて、風のように突進した。最初の一合でバグデマグス王は、十二人の騎士を失ったが、ノースウェールスの王は、六人の味方を失っただけで、早くもバグデマグス方に負けの色が見えた。その時、サー・ランスロットは、突如として試合の場に現れ、槍をしごいて両軍の真っただ中に躍り込み、当たるに任せて、見る間に五人の武士を突き倒し、進んでノースウェールスの王を馬から下に突き落とした。王は馬から落ちる拍子に脚を折って、立つことが出来なかったので、ノースウェールス方はたちまち試合を中止し、めでたくバグデマグス王の勝利となった。そこでランスロットは、王と馬を並べて城に帰り、王と王女のねぎらいを受けて、一日を楽しく送ったが、夜が明けると、ふたりに別れを告げて、先の日、眠っているうちに姿を見失った従弟のライオネルの後を追って、この城を立ち去った。
サー・ターキンとの試合
サー・ランスロットは、バグデマグス王の城を出て、あてもなく馬を走らせて行くうちに、はからずとも前の日に昼寝した、あの見覚えのある林へ出た。その時、白い馬に乗った一人の少女と、往きすがって、互いに黙礼した。ランスロットは馬上から声をかけて、「御婦人。このあたりに何か力を試すような面白い冒険をご存じはありませんか?」と聞くと、少女は、「はい。お望みでしたら、そういう冒険がすぐ目の前にございます」と答えた。「それは面白い。やりますとも、そのためにここまで出かけて来たんですもの」と言って、ランスロットは少女の顔を見た。「あなた」と少女は答えた。「この近くに一人の騎士が住んでおります。私の知った方のうちには、あの騎士にかなう者は一人もございません。もしあれば、まああなたぐらいなものでしょう。サー・ターキンと言うのが、その騎士の名でございますが、アーサー王を仇のように思っているものと見えて、王のお館の立派な騎士たちを生け捕りにして、六十人も、もっとも、牢屋へ押し込めてあります」ランスロットはこの話を聞くと、身を乗り出して、「御婦人、どうぞ、その騎士のところへ案内してください」と言ったが、少女はそれに答えて、こう言った。「その騎士の城はここから一哩(マイル)とありません。城の側には左の方に、馬に水を飲ませるような浅い流れがございまして、その浅瀬の縁には、一本の美しい大木が枝を広げております。その大木の枝には、今城の中に捕虜となっている立派な騎士たちの、前に用いた楯がずらりとかけ並べてあって、その傍に一つの真鍮の鉢がかけてあります。その鉢を打ちさえすれば、すぐに城の中から合図をいたします」ランスロットは、この話を聞くと、そのまま少女と別れて、教えられた道をまっすぐに進んで行った。じきに浅瀬の側へ出ると、果たして一本の木があって、楯と鉢がその枝に吊り下がっていた。楯の中には、サー・ライオネルや、サー・ヘクトルの楯をはじめ、見覚えのあるものが沢山あった。その時、サー・ランスロットは槍の石突で鉢を打った。暫くの間は誰も出てこなかったが、少し経って一人の大きな騎士が、こちらを指して馬を走らせてきた。馬の上には、もう一人鎧を着た騎士が、縛られたまま、横づけにされているのが見えた。だんだん近づいた時に、ランスロットは、捕虜になっている騎士を見ると、それは円卓の騎士の一人で、サー・ガエーンの弟のサー・ガヘリスであった。サー・ランスロットは、いきなり馬上の騎士に声をかけて、「それなる騎士よ。その手負いの騎士を馬から下ろして、暫く休ませておいて、私と二人で勝負をなさい。噂によると、その許は円卓の騎士に非常な恥辱を与えたという話だ。さあ、申し分があるなら、承ろう」と詰め寄った。それを聞いて、サー・ターキンはからからと笑って、「貴公も円卓の仲間と見受けるが、私は貴公らを屁とも思わぬ。望みなら、相手になろう」「その広言の根を止めてくれる」とサー・ランスロットも言い返した。そこで二人は槍を取って、馬上に身構えながら、馬を躍らせて疾風のように走りかかり、互いに楯の中捨(なかす)ほどを目掛けて突く拍子に、二人は馬を乗りつぶして、互いに地上によろめき立った。そこで双方馬を棄てて、剣を抜き、火花を散らして斬り合ううちに、楯も破れ鎧も裂けて、二人は数個所の手傷を負い、互いに血に染まって戦ったが、勝負はつかなかった。とうとう互いに息を切らして、暫く剣を杖にして、互いに息を入れた。その時、サー・ターキンは声をかけて、「友よ、私は今日まで貴公ほどの手強い相手に出会ったことがない。ともあれ、貴公がもし私のこの世で一番憎いと思う騎士でなかったら、私の兄のサー・カラドスを殺した仇でなかったら、私は貴公と仲直りをして、私の生け捕った捕虜を残らず許してやってもいいと思っている」と言うのを聞いて、サー・ランスロットは、「その許が仇と目指している、その騎士とは、いったい誰のことか?」とたずねる。「いかにも。それは湖のランスロットだ」とターキンが答える。「私が湖のランスロットだ。ベンイックのバン王の子だ。その許の言われたその円卓の騎士だ。さあ、来い、あくまでも闘おう。」「なに!ランスロット、望んでもない。いい相手だ。貴公と会った上は、命のある限りは、決して後へは引くまいぞ」二人は立ち直って、牡牛のように撞きかかって行った。また火の出るような戦いが続いた。楯と剣が、互いに撞きあって、二人は幾度か摚と地に倒れ、また起き上がって闘ううちに、血は流れてあたりの土を染めた。戦いは二時余り続いて、最後にサー・ターキンはもう息も絶え絶えになり、楯を取る力も尽きて、じりじりと後へさがった。それを見たサー・ランスロットは、獅子のように跳びかかって、敵の兜の頬当を掴むより早く、ねじ倒して膝に敷き、兜を引き退けて、その首をかき切った。サー・ガヘリスは、サー・ターキンの死んだのを見て、側から声をかけた。「あっぱれなる騎士よ、どうぞあなたの名を聞かしてください。ただ今、目の前で、わたくしの覚えてから一番強い、一番偉大な、この騎士を打ち取られたあなたは、今こそ、天下第一の勇士とお見受け申す」サー・ランスロットはそれを聞いて、「君よ、私の名は湖のランスロットだ。私はアーサー王のために、また別けても、君の兄御のサー・ガエーンのために君を助けて、私の義務を果たしたばかりです。さて君にお願いするが、すぐにあそこの城へ入って、捕虜になっている人たちを残らず出してやってください。あそこには、円卓の騎士が幾人か捕らわれているはずです。私の弟分のサー・ライオネルもその一人です。どうぞ私に代わって、みんなに挨拶をして、あそこにある宝を一同で分けるように、と言ってください。それから私の弟には、館へ帰って、待って居ろ、私は聖霊降臨の祭りまでには、たぶん帰れると思うから、と伝えてください。しかしまだ少し仕残した冒険があるから、ここへ足を留めているわけにはゆかないと、みんなに伝言してください」こう言って、サー・ランスロットは、その場を立ち去った。サー・ガヘリスはすぐに城へ馬を乗りつけて、門番から鍵を受け取り、牢屋の扉を開けて、中の囚人を残らず外へ出した。そこには、サー・ケイ、サー・ブランデリス、サー・ガリンド、サー・ブライアン、サー・アリジューク、サー・ヘクトル・ド・マリス、サー・ライオネルをはじめ、沢山の騎士が捕虜になっていたが、一同はサー・ガヘリスを見て、厚く礼を言った。それはサー・ガヘリスが負傷しているのを見て、サー・ターキンを殺してくれたのは、この騎士だと思ったからであった。その時、サー・ガヘリスは一同に向かって、こう言った。「いや、それは違います。彼を討ち取ったのは、サー・ランスロットです。私は目の当たりそれを見ておりました。」こう言ってサー・ランスロットからの伝言を一同に語った。
サー・フェロットの詭計
サー・ランスロットは、サー・ガヘリスに別れて、行くうちに、その日の暮れ方に、一つの立派な城に着いた。その城には、一人の老女がいて、懇ろに旅の騎士を迎えて、一夜の宿を与え、人にも、馬にも、厚いもてなしをした。やがて、主人の老女は、客を門の上にある立派な部屋へ案内して、そこへ寝かした。サー・ランスロットは武具を脱ぎ、鎧を手近において、寝床へ入ると、すぐにぐっすり眠ってしまった。するとしばらくして、馬に乗った一人の武士が近づいて、慌ただしく門を叩く音に、ランスロットはふと目を覚まして、窓から外を覗いてみた。すると、昼の様な月光の下で、三人の騎士が、一人の騎士の後を追って来る姿が見えた。三人はじきに追いついて、剣を抜きつれて、一人に斬りかかると、先鳴る騎士は馬を返して、勇ましく三人に向かって行った。それを見てランスロットは、「いかにも、あの一人の騎士を助けてやろう。三人で、一人にかかるなんて卑怯な奴だ」と心のうちに言って、サー・ランスロットは傍においた鎧を着て、窓から出て、四人の側へ寄ると、大声にこう叫んだ。「さあ、俺が相手になる。その騎士を棄てて、俺にかかって来い。」見ると三人に追われて来た騎士はサー・ケイであった。追って来た騎士はこの声を聞いて、今度はサー・ランスロットに向かい、三方から引き包んで、激しく打ちかかった。それを見て、サー・ケイは自分も助太刀をしようとしたが、サー・ランスロットは押し止めて、「いや、それには及ばん、私一人でたくさんだ」と言ったので、サー・ケイは言われるままに、傍に立って見物していた。やがて六合ばかり討ちあったとみると、サー・ランスロットは、三人の騎士を残らず馬から打ち落とした。その時、三人の騎士は、一度に声をあげて、「騎士殿、降参します。」と叫ぶのを聞いて、サー・ランスロットは、「私はそれを取り上げるわけにはいかん。降参ならここにいる執事のサー・ケイに頼むがいい。私はお前方の命を助けてやるだけだ」と言ったので、三人は「騎士殿、何事も御意に従います」と答えた。「では、この聖霊降臨祭の日に、アーサー王の館へ出て、妃ギニバーの前に、降伏を申出で、サー・ケイが捕虜として差し出したと申すがよい」とサー・ランスロットは命じた。「畏まりました。誓って仰せに従います」と一同は声をそろえて言った。そこでランスロットは、一同に剣を取って誓わせたうえ、三人を赦してやった。サー・ランスロットは、サー・ケイとともに、門の上の部屋で一夜を明かしたが、夜が明けると、一人起き上がって、まだ眠っているサー・ケイの鎧を着、その楯を持って、この部屋を出て行った。そして厩へつないでおいたサー・ケイの馬に乗って、黙って行ってしまった。間もなくサー・ケイは、目を覚ましてみると、サー・ランスロットの姿が見えないので、不思議に思ったが、じきに自分の鎧と馬のないのに気が付いて、ぽんと膝を打って、こういった。「うむ、分かった。あの男はアーサー王の騎士たちが、いつも俺を困らせるのを知っているので、俺の代わりになって、みんなを困らせてやろうというのだ。しかしあの男の鎧を着て行けば、おれの方は無難に帰れるだろう」そこでサー・ケイは、宿の主人に厚く礼を述べて、この城を立ち去った。サー・ランスロットは、馬を進めて行くうちに、とある林の中へ差し掛かると、一本の檞の大木の下に、四人の騎士が休んでいた。見るといずれもアーサー王の館の騎士で、サー・サグラモーア・ル・デサイラス、サー・ヘクトル・ド・マリス、サー・ガエーン、サー・ユーエーンの四人であった。しかし四人はサー・ランスロットの鎧や楯や、馬を見て、臆病者のサー・ケイだと思ったので、サー・サグラモーアがまず一同に向かって、「さあ、一つサー・ケイの力を試してやろう」と言いながら、槍を握って、サー・ランスロットの方へ駆け寄った。サー・ランスロットは心の中に笑いながら、槍をしごいてただ一突きにサー・サグラモーアを、馬もろとも突き倒した。サー・ヘクトルはそれを見て、「今度は俺の手際を見せてやろう」と言いながら、向かって行ったが、サー・サグラモーアよりも一層みじめな負け方をした。ランスロットの槍は、ヘクトルの楯を貫いて、相手の肩先に刺さったので、サー・ヘクトルは、馬から下へ転び落ちた。それを見て、サー・ユーエーンは「これはなかなか油断ならない強者だ。ことによると、サー・ケイを討ち取って、その鎧を着て来たのかもしれない」と言いながら、槍を取って、サー・ランスロットに向かって行った。ランスロットは平地へ出て渡り合ううちに、烈しく打ち込んだ一突きし、サー・ユーエーンは暫く正気を失って、その場へ立ちすくんでしまった。「さあ、いよいよ俺の番が来た」と言いながら、サー・ガエーンは楯を取り直し、片手に槍を握って立ち向かった。サー・ランスロットは相手をガエーンと知って、すぐに馬を立て直す。二人は疾風のように馬を走らせて、互いに楯の真ん中を目掛けて突きかかった。その拍子にサー・ガエーンの槍は折れたので、サー・ランスロットは得たりと突撃して、相手の馬を打つ向けに突き倒した。その時、サー・ランスロットは、心の内で笑いながら、「こんなにうまくいったのは、みんなこの槍のおかげだ」と呟いて、とっとと馬を走らせて行ってしまった。その後で、四人の騎士は、互いに慰め合っていたが、やがて、サー・ガエーンは人々に向かって、「今の試合は何という様だ。一本の槍で、四人とも倒されるなんて」と言うと、サー・ヘクトルは首をかしげて「どうも今のは、サー・ランスロットらしい。馬のこなし方でよくわかる」と言った。サー・ランスロットは、それから諸国を巡って、ある日、一つの立派な城の下を通りかかった。やがて城を通り越して行くと、どこかで鈴の鳴るような音が耳に入った。そこで顔を上げてみると、一羽の鷹が頭上を突っ切って、高い楡(にれ)の木の方へ飛んでいくのが目についた。鷹は長い紐を足に着けていたが、楡の木へ留まる拍子に、紐が枝へ絡みついてしまったので、飛び立とうとすると、足がそれに絡まって、どうすることもできなかった。サー・ランスロットは立派な鷹が、木の枝へ絡まって、ばたばたしているのを見て、心の内で「ああ、可哀想に」と思っていた。その時、一人の女が、城から駆け出して来て、大きな声で、こう呼びかけた。「おお、ランスロット様、ランスロット様。あなたは騎士の内で花と言われるほどのおかたですから、どうぞお慈悲に、あの鷹を捕まえてくださいませ。もしあの鷹を失くしたら、主人は短気な人ですから、きっと私を殺します。」サー・ランスロットは、振り返って女に向かい、「あなたの御主人はなんとおっしゃる方です?」と聞くと、「はい、サー・フェロットと申して、ノースウェールスの王に仕える騎士でございます。」と女が答えた。サー・ランスロットは、それを聞いて、「わかりました。あなたが私の名を知っていらして、折角それほどにおたのみになることですから、私も騎士の意地として、できるならば、あの鷹を捕まえてあげたいと思います。だが、私は木登りは一向不得手ですし、木はあの通り高い上に、手をかけるような枝もありません」と言いながら、馬から下りて、馬を木へつなぎ、女に手伝わせて鎧を脱ぎ始めた。やっと鎧を脱いでしまうと、次に胴衣を脱いで、一生懸命に木を登って行った。そしてとうとう鷹を捕まえて、足に付いた紐へ枯れ枝を縛り付けて、下へ投げおろしたので、鷹は女の手へ戻った。するとふいに城の中から、女の夫と見える一人の騎士が、武具に身を堅め、抜身の剣を提げて、現れてきた。そして木の上を望んで、大声に、「おお、ランスロットよ、もはや逃げようとしても逃がすことではない」と呼ばわりながら、木の根元に脚をかけて、きっと上を見上げていた。サー・ランスロットは女の方を見て、「ああ、婦人よ、なんの恨みがあって、私をだましたのか」と責めると、サー・フェロットは、すぐに引き取って、「それは私が言いつけてさせたのだ。こうなる上は世迷言を言ったって、追いつかない。黙って往生しろ」と罵った。サー・ランスロットは、サー・フェロットに向かって、「貴殿は恥と言うことを知らないか。鎧を着た騎士が、裸の者を騙し討ちにするのは騎士の恥辱だ」と言ったが、サー・フェロットは、冷笑して、「運の尽きと諦めるがいい。まあ、できるなら、自分の力で防いでみろ」と言うのを聞いて、サー・ランスロットは、嘆息して、「情けないことになった。騎士が素手で死ぬということがあろうか」と言いながら、上下を見廻していたが、ふと頭の上に、葉の落ちた太い枝があるのを見て、手を伸ばして折取った。それからだんだん下へおりて、自分の馬を繋いだ場所を見定めながら、馬を楯にして、騎士から離れたところへ、ひらりと飛び降りた。それを見て、サー・フェロットは、いきなり剣を振り上げて、サー・ランスロットに突きかかって行ったが、サー・ランスロットは、手に持った枝で剣を払いながら、力を籠めて敵の頭を打ったので、サー・フェロットは横倒しになって地に落ちたまま、気を失ってしまった。そこで、サー・ランスロットは、相手の剣を取って、その首を打ち落とした。その時、女はランスロットに向かって、「まあ、あなたはなぜ私の夫を殺すのです。」と言うのを聞いて、サー・ランスロットは「私が殺したのではない。お前が私をだまして殺そうとしたので、その報いが、お前たちの身に向いて行っただけだ」と答えながら、自分の甲冑を取って、急いで身を堅めた。そして城が近いので、また何かの悪企みにでもあっては面倒だと思ったので、馬に乗って急いでそこを立ち去った。そして危うい難を逃れたことを神に謝して馬を進めた。聖霊降臨祭の二日前に、サー・ランスロットはアーサー王の館へ立ち帰った。王を始め、館の人々は、ランスロットの無事な姿を見て、喜んだが、中でも、サー・ガエーン、サー・ユーエーン、サー・サグラモーア、サー・ヘクトル・ド・マリスの四人はランスロットがケイの鎧を着たのを見て、あの時の騎士は果たしてランスロットだったと知った。そこで館のうちは、人々の喜びと笑いで沸き返るような騒ぎの中へ、サー・ターキンに生け捕られた騎士たちも、だんだんと帰って来て、口々にサー・ランスロットの武勇を褒め称えた。中にもサー・ガヘリスは、王の前に進んで、「わたくしは二人の戦いを、始めから終いまで見物しておりました。」と言って、サー・ランスロットとサー・ターキンの勝負を事細かに物語ったので、一同は手を打って、やんやとばかりに喝采した。次にサー・ケイは王に向かって、サー・ランスロットに救われた次第を述べ、「わたくしを追っかけてきた三人の騎士を、ランスロットは自分の捕虜とはせずに、私に降参したことにいたしました。」と言うと、その三人の騎士は、約束通り、王の館へ来ていたので、すぐにサー・ケイの言葉に偽りのないことを照明した。その時、サー・ケイは更に王に向かって、「サー・ランスロットは私の鎧を着て、自分の鎧をその代わりに置いて行ってくれましたので、わたくしは、そのおかげで誰にも邪魔されず、無事に帰ってまいりました」と言ったので、一同は思わず腹を抱えて笑った。そこでサー・ランスロットは、一同のくちから、今天下に並びない騎士とたたえられ、アーサー王の御前で、一代の面目を施した。
解釈
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野遊びの珍事
ある年の五月のこと、妃ギニバーは、円卓の騎士を呼んでこう言った。「私は明日の朝早く、ウェストミンスターのあたりへ出て、花摘みの遊びをしようと思っています。みんなの中で、この遊びに加わりたい方は、十分に馬の支度を整え、絹でも、木綿でもいいが、草色の装いをしてこなければなりません。私は十人の侍女を連れて行くが、あなた方は、めいめいにそのうちの一人を選んで、馬を並べ、別に一人の盾持ちと二人の従兵を、それもみんな馬に巧みなものを選んで、連れて来てください。」この仰せを聞いて、すぐに用意万端を整えて、その日のお遊びに参加した人々は、サー・ケイ、サー・アグラベーン、サー・ブランジリス、サー・サグラモーア・ル・デサイラス、サー・ドジナス・ル・ソーベージ、サー・オザンナ、サー・ラジナス、サー・パーサント・オブ・インジー、サー・アイロンサイド、サー・ペリアスの住人であった。この十人は、いずれも、馬も人も、美々しく装って、夜が明けると、アーサーの館へ馳せ集った。やがて人々は妃に従って館を立出で、馬を並べて、郊外の野や林を彷徨いながら、五月の花を摘み集めて、l楽しい時を過ごしていた。その頃ブラデマグス王の子に、メリヤガンスという騎士があった。この騎士はかねてから妃ギニバーに思いを寄せて、久しくいい機会を伺っていたが、ふと、妃が五月の野遊びを催すという話を聞き、供廻りには草色の装いをした十人の騎士の他には、一人の鎧武者をもつれていないということを知ったので、天の与えと喜んで、ひそかに二十人の騎士と、百人の射手を路に伏せて、妃を始め、お供の騎士たちを捕虜にしようという企みをした。やがて妃は、その日の遊びを終わって、積み集めた草の葉や、蘚苔(こけ)や、色様々の花を体中につけた人々とともに、林から出てくると、たちまちサー・メリヤガンスの引き連れた軍勢に、周囲を取り囲まれてしまった。妃はそれを見て、サー・メリヤガンスに向かい、「謀反人よ、どうしようというのです?お前は恥と言うことを知りませんか?お前は王の子ではないか、円卓の騎士ではないか?こんなことをして、騎士たる者の名を汚し、またご自分の名まで汚そうと思っているのか?」と詰ると、サー・メリヤガンスは答えて、「いや、なんとおっしゃろうとご自由です。ただご承知の通り、私は、年頃あなたに思いをかけておりましたが、今日まで、こんないい機会にぶつからなかったのです。しかしこうなる上は、是が非でも、あなたをお連れ申す覚悟です。」と言い放った。それを聞いて十人の騎士は、剣を抜きつれて、敵に向かうと、相手の騎士も槍をそろえて突きかかって来た。十人の騎士は、雄々しくも踏み止まって、敵の槍を斬りはらい、死を決して敵の中へ切り込んで行ったが、多勢の敵に突き立てられて、そのうちの三四人は
早くも馬から突き落とされた。妃は、味方の騎士が次第に突き立てられて討死するほかない様子を見ると不憫に思って、思わず声を立てて、「サー・メリヤガンスよ、私の騎士たちを許してくれたら、私はお前の城へ行きましょう。その代わり、あの騎士たちは、どこまでも私の行くところへ連れて行くことを許してもらわねばなりません。」と言うのを聞いて、メリヤガンスは喜んで、妃の言葉に従い、十人の騎士を妃と共に、自分の城へ連れて行くことを承諾した。その時、サー・メリヤガンスは心の内に、このことが王の館に伝わって、サー・ランスロットの耳に入っては、面倒だと思ったので、妃の供廻りに厳命して、一人でも妃の側を離れてはならないと言いつけた。しかし妃は、そっと一人の小姓を呼んで、自分の指輪を渡しながら、こういった。「隙を見て、ここを逃げ出して、この指輪をサー・ランスロットに渡しておくれ。そしてもし私を愛するなら、すぐに救いに来てください、とお言い。この役目を果たすまでは、馬を休めてはいけません」こう言われたので小姓は、敵の油断を見澄まして、そっと列を離れ、馬に拍車を当てて、風のように駆け抜けて行った。サー・メリヤガンスは、じきに招請の逃げて行く姿を認めて、すぐに妃の言いつけだと悟り、屈強の騎士を選んで、小姓の後を追わせ、後ろから射止めさせようとしたが、小姓は運よく逃げ延びて行った。その時サー・メリヤガンスは、妃に向かって、「あなたは私を売るつもりでしょうが、そううまくはゆきますまい。サー・ランスロットがそうやすやすとは、来られないように、手筈をしておきましょう」と言って、妃を自分の馬に乗せ、従者と共に、全速力で城の方へ引き返して行った。しかしその途中で、サー・メリヤガンスは、一隊の射手を、路の両側に伏せて、サー・ランスロットを待ち伏せさせた。一方、小姓は、間もなく、ウェストミンスターに着いて、サー・ランスロットに会い、妃の指輪を出して、その仰せを伝えると、サー・ランスロットは驚いて、「しまった。妃の御身を救うことが出来なかったら、オレオの騎士道のすたれだ」と言うや否や、鎧を取って肩に打ちかけ、馬に飛び乗って、疾風のように駆け出した。サー・ランスロットは、ウェストミンスター橋のほとりまで来ると、橋を渡るのももどかしく、テームス河の流れに馬を乗り入れ、対岸のランベスまで一息に泳ぎ着いた。岸へ上がると、じきにサー・メリヤガンスが兵を伏せていた林の小路へ来かかった時、路の両側から射かける矢のために、馬を倒されたので、ランスロットは、そこで馬を棄てて徒歩立になった。しかし射手のいるところは、溝や藪に隔てられていたので、ランスロットの剛勇でもほとんど手の下しようがなかった。サー・ランスロットはもどかしがって、「ああ、なんということだ。堂々たる騎士が仲間の騎士を裏切るというのは」と嘆息したが、また思い直して「いや、そうではない。諺にもいう通り、善人に危難と言うことはない。危難というのは卑怯者のことだ」と自分を励ましながら、雨と降る矢の中を駆け抜けて行ったが、身に着けていた鎧や、楯や、槍が邪魔になって、思うように足掻きがつかなかった。その時、計らず薪を摘みに行く一台の荷馬車が目の前を通りかかった。その時分、騎士はたいてい馬に乗って歩いたので、馬車というものは、荷物を運ぶほかには、馬や牛の死骸をつけるか、あるいは罪人を刑場へ運ぶのに、使われるくらいのものであった。けれどもサー・ランスロットは、一刻も早く、妃を救い出したいとばかり思っていたので、なんの考えもなく馬車曳きを呼び留めて、自分をその馬車へ載せて、大急ぎで曳いて行ってくれたら、褒美はいくらでもやる、と談判すると、馬車曳きは、早速承知した。そこでランスロットは、馬車へ跳び乗ってみたが車は揺れるばかりで思うように走らないので、車の上で一人やきもきと気を焦らせていた。そこへ丁度通りかかったのは、サー・ガエーンであった。ガエーンは、鎧を着た騎士が、馬車へ乗って来るのを見て、不思議に思い、いったいどんな騎士が乗っているのかと、中を覗くと、思いがけなく、サー・ランスロットと顔を合わせた。ランスロットは、ガエーンの姿を見ると、妃のさらわれたことを話し、それを救いに行く途中で、伏兵に会って馬を倒されたので、途中から引き返すのも残念だと思って、こうして馬車へ乗って行くところだ、と言うと、サー・ガエーンは眉をひそめて、「やれやれ、それは一大事だ。しかしそれにしても、こんなものへ乗って行くというのは、騎士にも似合わないことだ」と言ったが、ランスロットは気にもかけなかった。それから二人は並んで行くうちに、日暮れ方になって、とある城へ着いた。城主の夫人は、大勢の侍女を連れて、サー・ガエーンを出迎えたが、ランスロットが荷馬車に乗って来たのを見ると、これは罪人に違いない、でなくば生け捕りになってきた者だろうと思ったので、中へ入れようともしなかった。夕飯の時に、ガエーンが事情を話して、一所懸命に頼んだので、初めて夫人と同席で食事をとることを許されたくらいであった。それでもまだ、侍女らはランスロットを賤しめて、誰一人寝床の用意をしてくれるものもなかった。サー・ランスロットは、余儀なくあいた寝台を見つけて、そのうえで一夜を明かした。翌朝、サー・ランスロットは、城の塔へ登って、四方を見渡すと、遥かに一人の貴女を先に立てて、進んで行く一隊の行列を認めたので、あれが妃の一隊だろうと想像した。サー・ガエーンも心の内にそう察したので、二人は、一刻も早くこの城を出立したいと思った。出立する時に、城主の妻は、サー・ランスロットに一等の馬を貸してくれた。そこで二人は、馬を並べて道を急いだが、途中で二三人の旅人に逢って、メリヤガンスの城へ行くには二つの道があると聞いたので、二人はやがて左右に分かれて、別々な道を進むことにした。サー・ランスロットの行った道には、途中に様々の障害物があって、それを越えるに、少なからぬ時を費やした。そのうちに、その日も暮れ近くなった時、ランスロットは、一人の美しい少女に行き合った。女はランスロットを見て、馴れ馴れしく傍へ寄って、「今晩はぜひ私の城へ泊っていらっしゃい」と言った。ランスロットは、女の馴れ馴れしい様子を見て、気は進まなかったが、酷くくたびれてはいるし、腹も減っていたので、女の言葉に従って、その城へ行き、女の出してくれた夕食を遠慮なく平らげた。その間も、女は絶えずランスロットに秋波を送って、さまざまに言い寄るのを、ランスロットはすげなくあしらっていた。すると、突然六人の大男が、この部屋へ躍り込んで、四方からランスロットに襲いかかったが、ランスロットは六人を相手にして、見る間に、そのうちの三四人を斬り倒してしまったと思うと、場面はにわかに代わって、ランスロットの前には、最初の美しい少女が立って、笑顔を見せながら、こう言った。「ランスロット、わたしはお前の守り神です。今のはただおまえの勇気と、真実を試すためにしたのです」夜が明けると、女はランスロットを送って城を出たが、別れる時に、一つの指輪を渡して、こう言った。「これはお前の身の護符(まもり)です。この指輪の色が代わったら、魔術にかかったものと思いなさい。それさえわかれば、すぐにその魔術を破ることができるでしょう」こう教えて、女はランスロットに別れて行った。サー・ランスロットは、少女に別れてから、路を急いで行くうちに、二三人の旅人に行き合った。するおt、その旅人は、どうして知ったか、ランスロットが前日荷馬車に乗って来たことを知っていて、行違う拍子に、いろいろな悪口を吐いた。なかにも、その中の一人は、傍若無人にランスロットの前に立ちはだかり冗談交じりに試合を挑んだので、ランスロットは烈しく打ちこらし、ちょうどその場を通りかかった荷馬車に乗せて、即座に仕返しをした。その夜、ランスロットは一つの城に着いて、宿を求めると、城の主人は、懇ろに迎えて、手厚くもてなしたが、朝になってみると、牢の中に閉じ込められて、手足には思い鎖が付いていた。ランスロットは守り神から言われたことを思い出して、指輪を見ると、色が変わっていたので、すぐに魔術にかかっていることを知り、手足の鎖を引きちぎって、部屋の隅に脱ぎ棄てて置いた鎧を取ろうとすると、そこにも恐ろしい怪物の姿が見えたが、指輪の力で、その幻影はたちまち消え去ってしまった。そこでランスロットは、手早く鎧を着て、城の門を打ち破り、馬に跳び乗って、旅をつづけた。暫くすると、道が尽きて、前にはそこも知れぬ渓河(たにがわ)が恐ろしい音を立てて流れていた。河の上には、ただ一本の丸木橋がかかっているの柄、一つ踏み外せば、馬もろともに奈落の底に落ちなければならなかった。ランスロットは馬の手綱をしっかりと握って、馬を泳がせながら、辛うじて橋を渡った。向こう岸へ着いてほっと息を入れる間もなく、今度は獅子と豹が左右から躍りかかって、馬と人とを掴もうとしたが、ランスロットは暫く闘って、遂に二頭とも退治してしまった。しかしその身には数個所の手傷を負ったので、草の上に坐って息を休めながら、その傷を縛っていた。そこへ通りかかったのは、メリヤガンスの父のブラデマグス王であった。王は、その子のメリヤガンスとは違って、礼儀をわきまえた騎士であったから、口を極めてランスロットの武勇をほめそやし、なお妃は、ほど近い時分の城の中に閉じ込められているから、メリヤガンスに試合を申し込んで、無事に救い出したらいいだろう、と教えてくれた。翌日、ランスロットは、メリヤガンスの城に着いて、一騎打ちの勝負を申し込んだ。そこで城の塔から見下ろされる広場で、二人は晴れの勝負を争うこととなり、妃をはじめ、捕虜となった騎士や、貴女は党の上から、勝負いかにと眺めていた。しかしランスロットは猛獣と闘って、手傷を負っているので、いつもの元気がなく、たじろぐような様子が見えた。その時、妃ギニバーが塔上から、「ああ、ランスロット、おまえは騎士にも似合わない振舞いをしたということではないか」と叫んだ声が耳に入ると、ランスロットは新しい命を吹き込まれた人のように、たちまち勇気を回復して、猛然として敵に向かい、ついにメリヤガンスを馬から下に突き落とした。ランスロットは、すぐに馬から下りて、敵の首を上げようとしたが、妃はブラデマグスの嘆願に動かされて、塔上から、「しばらく待て」と声をかけたので、ランスロットは余儀なくその命令に従った。メリヤガンスは危ない命を助かって、即座にしろと共に、すべての捕虜を、ランスロットの手に委ねることを誓った。サー・ランスロットは、妃の部屋へ駆け上って、その前に跪いて、手を取ろうとしたとき、妃はすげなくその手を振り払って、こう言った。「ああ、ランスロット、おまえはもう私の手をとるだけの価値はない。ここへ来るまでに恥をもわきまえず、騎士の乗るべきものでもない―」と言いかけた言葉をみなまで聞かず、ランスロットは、ふいに立ち上がって、この部屋を出て行ってしまった。ランスロットは、メリヤガンスの城を出ると、槍や、楯を地に投げつけ、馬を跳ばせて風のように走って行ったが、やがてその姿は、林の中に隠れてしまった。それから幾日の間、彼の消息は杳(よう)としてわからなかった。妃はサー・ケイの口から、あの忌まわしい荷馬車の話を聞いて、一時はランスロットの振舞いを自分のことのように恥ずかしく思ったのであったが、気の鎮まるにつれて、自分の言い過ぎたことを深くも後悔し、多くの騎士に命じて、ランスロットの行方を尋ねさせた。騎士は草を分け、林をくぐって、あちらこちらと捜し歩いたが、ランスロットの姿は、どこにも見えなかった。ランスロットは、何沖もなしにしたことではあるが、神とも頼む妃の口から、自分の過失を咎められた時、恥と悲しみの余り、我を忘れて、いずこをあてともなく、城を迷いだした。火がお吊れば、野末に眠り、山路に踏み迷っては、小暗い洞穴の中に雨露を凌いだ。夢のように幾日が過ごすうちに、いつともなく我に返って、前後のことを思い合わせると、「妃は何人かの讒言に謝られたに違いない、それを正すのは自分の義務だ」と思い返して、また元の城へ帰って行った。そこでランスロットは、もう一度城へ入り、メリヤガンスに迫って、すべての捕虜を解放させ、その翌日一同と共にカメロットを指して立ち帰った。
解釈
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シャロットの処女
ある年、アーサー王は、ウィンチェスターで試合の会を催した。毎年のことではあるが、今年はことに盛んにするつもりで、前々からその準備に力を尽くし、王も数日前からカメロットの館を出て、自身で万端の指図に当たっていた。円卓の騎士は、いずれも王に扈従して、ウィンチェスターに、向かったなかで、サー・ランスロットは、ただ一人、所労と言い立てて後に残った。ランスロットは、晴れの試合に、気の進まないわけではない。毎年の試合に、あまたの騎士を倒して、妃の手から、名誉の賞品を受けるのは、いつも大抵ランスロットであった。ランスロットの姿を見ると、多くの騎士は、戦わぬ先に、早くもおびえるのが常であった。今度の試合には、何とかして自分の名を名乗らず、人に悟られないように、試合の場に臨みたい、というのがランスロットの所存であった。そこで多くの同僚の姿が、砂煙りのうちに消えて行くのを見ると、ランスロットは急いで城の塔を下り、妃ギニバーの前に出て、そっと今度の目論見を打ち明け、供をも連れず、ただ一騎、飄然として館の門を立ち出でた。ランスロットは、ウィンチェスターの街道から横にそれて、わざと人通りの少ない小路へと向かった。そして行き合う者に田舎騎士の試合見物でもあろうと思わせるような様子をして、とぼとぼと馬を進めた。ランスロットは、間もなく、ある城下に差し掛かった。その時、王は、コノ城に馬を休めて、サー・ガエーンとともに、塔に登って、四方の景色を眺めていた。二人は、遥かにランスロットの通って行く姿を認めながらも、しばらくはただの田舎騎士だと思って、気にも留めなかった。そのうちに、馬は何かにつまずいて、前へのめりそうになった。と、田舎騎士と思っていた馬上の騎士は、咄嗟に手綱をとって、ひらりと馬を引き起こし、とっとっと走らせていった。その早業を見ると、塔上から見下ろしていた王とガエーンとは、思わず、顔を見合わせて、「ランスロット!」と叫んだ。それは確かにランスロットの手口だった。しかし二人はランスロットを呼び止めようとはしなかった。試合の日になれば、きっとどこからか現れて、いつもの花々しい手際を見せるだろうと思ったからである。日暮れ方にランスロットは、ほど近いシャロットの城に着いて、一夜の宿を頼むと、主人は快くこの見知らぬ騎士を迎えて、懇ろにもてなした。シャロットの城の主には花のような一人の娘と、二人の逞しい男子があった。男子は、二人とも、近頃騎士の列に加えられたので、早くから鎧や楯の用意をして、試合の日の近づくのを指折り数えて待っていたが、兄妹の一人は、おりから重い病にかかって、今度の試合に出られないのを残念がっていた。ランスロットは、父なる城主から、この話を聞いて、「もし御病気の方の武具を拝借できるようならば、私がご子息の介添として、ご同伴いたしましょう」と申し出た。シャロットの城主は、まだ旅人の名を聞く暇もなかったが、見かけたところ、いかにも頼みになりそうな人物と思ったので、喜んでランスロットの言葉に従った。こんな話を傍で聞いていた女は、この客人の凛々しい姿や、頼もしい言葉に、深くも胸を打たれて、その様子に瞳を注いだ。やがて楽しい晩餐が終わると、少女はそっと立って、自分の居間へ退いたが、凛々しい客人の面影は、いつまでも、瞼の底を離れなかった。少女の様子は、じきに人々の目についた。機敏なランスロットの目は、世慣れぬ少女の素振りのうちに、その心の秘密を見落とすはずはなかった。話の内に、ランスロットは、少女の兄に向かって、それとなく、自分には深く契った人のあることを語った。あとで、「しかし今度の試合には、仔細あって、名を包んでいる。もし妹御のお手から優しい贈物をいただけるようなら、騎士の誇りとして、それを付けて、試合の場に臨みたいと思います。」と付け加えた。この慇懃な言葉を、兄の口から伝えられた時、少女は思わず頬を赤くしたが、紅の肩巾(スカーフ)をとって、兄の手に渡しながら、「頼もしい騎士にこの贈物を差し上げてください」と言った。翌朝ランスロットは、若い騎士と連れ立って、シャロットの城を出発し、ウィンチェスターの近傍にある一つの城に着いた。そこには、シャロットの城主には妹に当たる夫人が住んでいたので、懇ろに二人をもてなして、何くれとなく明日の試合の支度をしてくれた。夜が明けると、二人は、鎧を着、楯をとって、この城を出立した。新参の騎士の常として、鎧にも、楯にも、何の紋章もなかったが、ただ同伴者に見分けられるように、楯には赤い色が塗ってあった。ランスロットは、兜の上に、シャロットの処女から贈られた紅の布を着けていた。試合の場に着いたときには、試合はもう始まっていた。あまたの騎士は、二手に分かれて、一方は、サー・ガレホート(Galehant)を指揮官とし、一方は、アーサー王が自身に指揮を執って、互いに入り乱れて戦っていた。二人は柵の外に立って、暫く両軍の様子を眺めているうちに、サー・ガレホートの一隊は、敵の猛襲を支えかねて、あわや総崩れになろうとした。それを見て、二人は槍をしごいて、試合の場に駈け入り、負け色立った一方の騎士を助けて、勝ち誇った敵に駈け向かった。そして連れの若武者が、手に合う敵を見つけて、槍を交えている間に、ランスロットは円卓の騎士のうちでも、そうそうたる強者を選んで、突きかかり、瞬く間に、ガエーン、ボホルト、ライオネルの面々を、馬から下に突き落とした。見物の人々は、この名も知れない不思議の騎士の働きに、目を見張って、驚嘆した。ランスロットのほかには、これほどの強みを持った者があろうとも思われない。しかしランスロットとすれば、兜へつけたあの布が不振の種であると人々は胸の内に思い惑った。「いや、ランスロットではない。ランスロットならば、妃から贈られたものを着けているはずだ」と人々は互いに囁き合った。ランスロットの弟に、サー・ヘクトルという若い騎士があった。ヘクトルは味方の騎士が、この不思議な騎士のために、駈け悩まされているのを見て、兄とも知らず槍をしごいて突きかかった。互いに負けじと他t買ううちに、ランスロットはヘクトルの槍を受け損じて、頭に深い傷を受けたが、同時に、力を籠めて繰り出した槍に、ヘクトルは兜を指されて、馬から下に落ちた。手に汗を握って見物していた人々が、あっという間もなく、勝ち誇った騎士は、何思ったか、たちまち馬の鼻を返して、風のように試合の場を駆け抜けて行った。ランスロットは、野を籠める霧にまびれて、試合の場を立ち去ると、馬を早めてシャロットの城へ引き返した。同伴の若武者も、遥かにその姿を見て、すぐに後を追った。ランスロットは、シャロットの城で頭に受けた傷の治療に、暫く日を送っていた。ランスロットの手傷は、かなりの重傷であったが、城主を始め人々の手厚い介抱で、思ったよりも早く回復に向かった。なかにも、シャロットの姫は、朝に晩に、枕元につき切って、心を籠めて看護した。一方でアーサー王は、円卓の騎士とともに、試合を済まして、カメロットの館へ立ち帰ったが、ランスロットの消息は杳として知れない。前日の試合に、深紅の布を兜につけて、抜群の手柄をあらわした、あの不思議の騎士、ヘクトルとの試合に、軽からぬ傷を受けて、名乗りも挙げず、夕暮れの空に姿を消したあの奇怪な振舞いは、確かにランスロットに違いない、という感じは、誰の胸にもあった。やがてサー・ヘクトル、サー・ボホルト、サー・ライオネルの三人が、王の命を受けて、ランスロットの捜索に向かうことになった。三人の騎士は、諸方を尋ねて、間もなくシャロットの城へ来た。その時、ランスロットは頭の傷もほとんど癒えて、一人城壁の上を散歩していた。三人の騎士は遥かにその姿を認めて、「ランスロット!」と呼ぶと、ランスロットも城の上から、懐かしそうに三人に笑顔を向けた。三人はその創作の甲斐のあったことを喜び、城に入って、ランスロットの口から、あの不思議の騎士の果たして彼であったことを確かめた。シャロットの城主は、三日の間、左官な饗宴を張って、アーサー王の騎士をもてなした。前日の試合の噂で、話の鼻が咲いたとき、ランスロットは真顔になって「私はあの時の不覚をとって、大切な頬へ槍を付けられたのfが、残念で堪らん。いつかきっと、この仇を取ってやる」と言ったが、しばらくして、たちまち笑いに崩れて、ヘクトルに向かい、「いや、私はお前のあの手際を見ただけで、私の傷の取り返しはついている」と言った。三日経って、三人の騎士はカメロットの館へ帰って行った。その時、ランスロットは、妃への伝言を三人に頼み、そしてこう言った。「私はこの城の人々に暇乞いをして、すぐ後から行くが、とにかく一足先に帰って、王を始め、一同にもよろしく披露しておいてもらいたい」三人の同僚を見送った後、ランスロットは城の人々に厚く礼を述べて、別れを告げた。城主をはじめ、兄妹の騎士もいたく別れを惜しんだが、なかにも、心から別れを惜しんだのは、妹の姫であった。少女は胸に秘めた思いを、双の瞳に籠めて、熱心に引き留めようとした。ランスロットは姫の切なる心を察して、答えに惑った。彼は遂に、はかばかしい返事も残さずに、夜に紛れてシャロットの城を立ち去った。ランスロットを見失った姫の心には、この世の光が、一時に消え失せたようにも感じられた。日が昇り、日が沈んでも、姫の心には、ただはてもない闇が広がっていた。ウィンチェスターの試合は、夏の初めであった。それから幾月か経って、冬が近づいた。ランスロットと別れてから、シャロットの姫は、魂の抜けた人のように、うつらな日を送っていた。日増しに血の色は失せて、眸はだんだんと曇ってゆく、今には力ない体を床の上に投げ臥して、じっと思い眸を伏せているばかりである、父も、二人の兄も、その心根を哀れと思うばかりで、どうすることもできなかった。ある夜、シャロットの城からは、ふと姫の姿が消えた。姫は人知れずその部屋を出て、城下を流れる河の岸へ降りて行った。もう葉の落ちた柳の蔭には、一艘の小舟が、波に揺られつつもやってあった。姫は小舟に乗るより早く、もやった網を解き放した。河の水は穏やかな波を上げて、姫を乗せた小舟を、カメロットの方へ運んで行った。夜が明けて、アーサー王は、サー・ライオネルを従えて、館の窓から、静かな冬の野面を眺めていた。ふと館の下をを流れる河の面に目を移した時、河上の方から流れて来る一艘の美しい小舟が目に留まった。舟の上には、美しい巾の縫いも豹のある日覆(ひおい)がかかっていたが、別に漕ぐ人もなく、水のまにまに河の面を下って来るのであった。見るうちに、舟は館の下まで来て、しずかに舳先を岸へ着けた。王は、ライオネルのほうへ振り向き、急いで会談を下って行った。岸に下りて、小舟の中を覗くと、美しい日覆の下には、花のような少女の姿が見えた。その顔は牢のように蒼白く、細い指を胸に組んで、じっと目を閉じている。ライオネルは、一目見て、シャロットの姫だと知った。姫の胸の上には、黄金と宝石を鏤めた、目もくらむばかりの守り袋がのっている。王はライオネルに命じて、その袋を取り上げさせた。袋の中からは、一通の玉章(たまずさ)が現れた。水茎の跡うるわしく、宛名には王の名をしるし、中にはランスロットに対する来いと恨みとが、燃えるような文字で記されていた。「…サー・ランスロットの君を、騎士の中の花、男の中の男とこそ慕い候いつれ、かばかりつれなき、心強き方とは存ぜざりし、さもあれつれなき方にこの薄き命をまいらす、女の思いのいかに強きもの鳴るかを知らせ申さんために…」王はこの玉章を読むと、静かにまき納めて、後ろのライオネルを振り返った。「この哀れな乙女を、身分に相応しい儀式で葬ってつかわせ」こう命じて、静かに元の階段を上って、王は館へ帰って行った。その日、円卓の騎士は、シャロットの姫の最後の玉章を読み、更に王の口からランスロットに対するこの少女の悲しい恋の物語を聞いて、熱い涙に頬を潤さないものはなかった。
解釈
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妃の危難
アーサー王の館に、盛んな大饗宴が開かれたとき、王の騎士は大円卓を囲んで、ずらりと居並んでた。騎士の首席は、王の甥として、人々の尊敬浅からぬサー・ガエーンの座と定まっていた。その頃、妃ギニバーに仕える小姓のうちに、ガエーンに遺恨をいだく者があり、その恨みを晴らそうと時機を待っていたが、この日の饗宴に、わざと美しい林檎の中へ毒を入れて果物の皿の一番上へ載せて置いた。食事が終わって、果物の皿が妃の前に運ばれたとき、妃はいつも第一の林檎をガエーンに分けることを知っていたからである。運も悪く、その日には、スコットランドからある高貴の騎士が王の館を訪れたので、王はこの珍客を優遇して、妃の次に席を設けた。果物を分けるときが来ると、妃は毒が入っているとは夢にも知らず、第一の林檎を取って、客である騎士に勧めた。食事が終わると、騎士は恐ろしい苦闘を始めて、ぱたりと倒れて、息が絶えた。館の内は上を下への大騒動であった。居並ぶ騎士の目は、みな一様に妃の方に注がれた。妃は、目に涙を讃えて、自分の身に覚えのないことを弁解したが、人々の疑いは解けなかった。一座の騎士の一人として、妃の弁護をしようとするものもない。妃はこの光景に、小さき胸を躍らせた。王を始め人々が、手を尽くして、介抱した甲斐もなく、客の騎士はついに帰らぬ人となった。翌日王の命で、荘重な葬儀があげられ、その遺骸の上には、立派な墓が建てられた。毒殺された騎士には、サー・メードルという弟があった。メードルは兄の行方を尋ねるため、間もなく国を立って、アーサー王の館を訪れた。ある日、メードルは近くの林に入って、狩をするうちに、ふと一つの新しい墓の前へ出た。墓石の碑文を読むうちに、騎士の顔色は青くなった。メードルはその碑文によって、初めて兄の死は、妃の分けた林檎のためであったことを知った。メードルは急いで、館へ帰ると、王の前へ出て、妃の罪を訴えた。「兄の代わりに大罪ある妃を御引渡しください。さもなくば、妃の無罪を証しするために、一人の騎士を選んで、日を定めて、真剣の勝負をお明示ください。」とメードルは声高で叫びたてた。王の権力でも、この正当な要求を退けることはできない。王は余儀なくその要求を許して、妃を罰するか、決闘の騎士を出すか、二つに一つの道を選ぶことを約束した。メードルは王の言葉を聞いて、妃を睨みつけながら、傲然と王の前を立ち去った。おりしもランスロットは、妃の不興を得て、館を出たまま、久しくその行方を眩ましていた。妃の不況の原因は、かのシャロットの処女であった。妃はその愛するランスロットが、血の色を染めた女のスカーフを兜につけて、試合の場に臨んだことを聞いて、思わず顔色を変えた。そのスカーフの主をシャロットの処女と知った時、妃はもはやこの可憐な処女に対して、激しい嫉妬を抑えることはできなかった。ランスロットの傷が癒えて、シャロットの城から帰った時、妃は冷ややかにその愛人を迎えて、言葉の節々にも、その不信を罵って、何かにつけて、つらく当たった。火のようなランスロットは、またもや悔いと怒りにかき乱されて、あてもなく館を迷い出たのであった。ランスロットは思いに破れた心を抱いて、深い林の中を彷徨ううちに、ふと一人の隠者に伴われて、暫くその庵室に足を留めているうちに、ランスロットはしだいに迷いの霧が晴れて、妃との絆を断とうと決心した。澄み渡った心の鏡には、妃の美しい面影が、醜い悪魔のように映る、が、時あって、胸の鏡に小波立って、その面影がすっと消えると、心の糸はまた縺れて、闇の内に、宝玉のように輝く恋人の瞳に吸い込まれていった。思いもよらない危難が身に降りかかった時、妃の心は誰よりも先にランスロットに向かった。シャロットの処女の悲しい最期を、目の前に見た時から、ギニバーの疑いは、影もなく消えて行った。たとえ一時にもせよ、ランスロットに辛く当たったことを考えると、妃は今更自分の愚かさが怨めしかった。「こういう時にランスロットがいてくれたら」と思うにつけて、妃の胸はしみじみと悔恨の思いに責められるのであった。こうしているうちに、王がメードルに約束した日限は、次第に迫って来た。妃は誰か自分のために証人に立ってくれるものはないかと、満廷の騎士を見渡した。サー・ヘクトルにも、サー・ライオネルにも、サー・ボホルトにも、サー・ガエーンにも、妃は膝を屈して頼んでみた。神の名を呼んで、自分の露覚えのないことを誓ったが、誰も妃のために立ってメードルと決闘しようというものはなかった。その場に列なって、目の当たり、客の騎士が、妃の手から分けられた林檎のために悶死したのを見た人々は、我が目を偽ってまで、妃の無罪を主張する気にはなれなかった。妃は多くの騎士に拒絶されて、一時は呆然として自分の居間へ退いたが、「もし自分のために証人に立つ者が無かったら、約束の日になって、自分は恐ろしい火炙りの刑にならねばならない」と思うと、もうじっとしてはいられなかった。妃は心を励まして、もう一度サー・ボホルトを呼び迎えた。妃はボホルトの前に身を投げ臥して、涙を流して嘆願した。自分は誓って知らないことである、神に誓って虚言はない、もし自分の言葉が詐りなら、この場で命を召されても後悔はない、と膝にすがって頼むうちに、感極まって、妃はその場に気絶した。これを見て、ボホルトもさすがに心を動かされ、しずかに妃を助け起こして「よろしい、引き請けました。その日までに、私以上の騎士が現れなかった節には、私がきっと証人に立ちましょう」と誓って、妃を安心させた。ボホルトが妃の居間を出て、自分の決心を多くの友人に話すと、一同はボホルトのために危ぶんだ。「あの決死の覚悟を決めているメードルと立ち合って、万一にも勝とうというのは、決して容易なことではない。ましてこちらには弱味がある。これは一つ隠者を訪れて、その神聖な手から、謝罪の祈禱を受け、天に恥じない覚悟を決めて、試合に臨むほかはない」と人々は口をそろえて忠告した。そこで試合の当日の朝早くボホルトは多くの友人に伴われて、隠者の庵室を尋ねて行った。一同の騎士は林を分けて進むうちにに、庵室の近くで、一人の騎士にあった。近づいてみると、それは久しく行方を尋ねていたランスロットだったので、一同は大に喜んで、このたびアーサー王の館で起こった珍事を話し、それがために妃の身が危難に臨んでいる次第を細かに語った。妃の危難と聞いて、ランスロットの胸は、若い血がまた揺らいだ。「よし、それならば惜しからぬこの身を棄てて妃のために闘おう。幸いにこの決闘に勝ったら、それによって妃の愛も取り戻し、王の御意をも安んじることができるであろう」とランスロットは咄嗟に決心した。そこでランスロットは、一同に向かって、自分の決心を打ち明けた後、「ともかくも、方々はすぐに館へ帰って、妃の心を慰めてください。しかし事のすむまでは、あくまでも私の名を包んで置いてもらいたい、私は無名の騎士として闘うつもりだから」と言って、一同と袂を別った。一同が館へ帰った時には、もう祈禱の式は終わっていた。一同は時期に朝餐の卓に着いていたので、その前に、妃に何も言う暇もなかった。居並んだ人々の顔には、一様に暗い影が動いていた。物に動ぜぬアーサー王も、さすがに心の悲しみを包むことはできなかった。まして妃ギニバーは、涙に潤んだ目で、じっと床を見つめながら、絶えずおびえるようり、部屋の一方に気を配っていた。その時、サー・メードルは、今日の試合を待ちかねたように、広間の入口に姿を現し、雷のような声を挙げて、王に約束の実行を迫るのであった。その声は、人々の沈黙の中で、一層強く館の隅々へ響き渡った。王は玉座の上から威儀を正して、「まだ日は長い。やがて戦士の支度ができるまで、それにお控えなさい」と命じた。間もなく、サー・ボホルトは席を起って、奥へ入ったが、次期に十分に武装して、広間へ帰ると、王の前へ進んで、その抱擁と感謝を受けて、元の席へ着いた。ボホルトの様子には、もう十分の落ち着きが見えた。メードルはまたも起ち上がって、声高に復讐呼ばわりを繰り返し、「一刻も早く試合をなさい」と叫びたてた。その声のまだ終わらないうちに、黒毛の馬に跨り、黒い甲冑に身を堅め、瞼甲(めんぼう)に深く顔を包んだ一人の騎士が、長槍を握って、広間の入口に現れた。王は遥かに騎士に向かって、「騎士よ、まず馬から、おりて、食卓にお着きなさい」と言うと、名も知れぬ騎士は、頭を左右に振って、「いや、王よわたくしは妃の御命を救いにまいった者です。妃には恩恵の途をあやまり、あまりに多くの騎士をお招きになったために、いざという場合に、お役に立とうと申す者がありません」と答えたが、すぐにメードルに顔を向けて、「妃に対して仇呼ばわりをするそれなる騎士よ、さあ、立ち上がって、勝負をなさい。今日は少々骨が折れるから、そのつもりでお立合いなさい」と冷ややかに言った。サー・メードルは、この意外な相手の出現に、いささか度肝を抜かれたが、しかし相手の大胆な挑戦の言葉やその不敵な風貌にも臆せず、すぐに決闘の構えを取った。スコットランドの騎士と無名の騎士の、目覚ましい試合は、王の面前で開始された。最初の一撃で、二人は馬を乗り倒し、互いに馬を棄てて、剣を抜いた。戦いは昼から夕刻まで続いたが、とうとうメードルは力が尽きて、地上に打倒され、相手の騎士に向かって、助命を願う。無名の騎士は剣を振り上げて、あわや相手の命を奪うかと見るうちに、たちまち剣を地へおいて、やさしくメードルを扶け起こした。「天晴れのお手並みだ。私はまだ其の許ほどの勇士に出会ったことはない」と勝った騎士が、相手の技量をほめそやすと、負けた騎士も、同じく礼を返して、「今日限り、誓って、兄の復讐を思いとどまりましょう」と誓うのであった。二人は互いに堅い握手を交わして、さらりと互いの敵意を棄てて、末永く兄弟の交わりをお互いに結ぼうと約束した。やがて無名の騎士が、兜を脱げば、なんぞ計らん、サー・ランスロットであったので、王は一同の騎士と共に、席を起って、試合の場に降り、彼の手を執って、厚くこのたびの救援を感謝した。それを見たギニバーは、喜びの余り、その場に卒倒して、しばらくは起ち上がることさえできなかった。修羅の巷はたちまち歓喜の場と変わった。いかなることの起ころうかと、人々の心を暗くした憂いの雲は、人々の歓呼の声に、痕なく吹き払われた。この歓喜の中で、あの珍事の原因を作った例の小姓は、今更犯した罪の怖ろしさに、残らずその罪状を自白したので、ここに妃に対する疑いも晴れ、毒殺の下手人は、サー・メードルの面前で、首を刎ねられ、八方めでたくこの事件は終わりを告げた。そこで王は、一同の騎士を従えて、城に帰り、再び宴を開いて、人々の労をねぎらったが、特にサー・ランスロットの功にかえて、この城を与えた。
解釈
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トリストラムとイソウド
レオノイスの王メリアダスはコーンウォール王マークの看イサベラを娶って、トリストラムという一子を設けた。トリストラムがまだ母の胎内にいるうちに、父の王はある妖精に愛されて、その魔術によって、狩場から姿を消してしまった。母の妃は王を尋ねて、諸方を彷徨ううちに、トリストラムを産み落としたが、産後の肥立ちが悪く、生まれた児をグーヴァネールという忠実な家来に托して、この世の息を引いた。グーヴァネールは妃に代わってこの赤子を育てていたが、その間に父のメリアダス王は、妖女の魔術を破って、国に帰って来たので、トリストラムは初めて王の手に渡されて、王宮の中で成長した。その後、七年経って、メリアダス王は新しい妃を迎えた。この妃は王の愛が、とかくトリストラムの上に引かれるのを妬んで、密かに幼い王子を殺そうと謀った。グーヴァネールは早くもその陰謀を見抜いて、王子と共に、フランス王の宮廷に頼って行った。その日から、トリストラムはフランスの王宮で、人となり、馬に乗り、槍を揮う騎士の修養は言うまでもなく、音楽や将棋の技にも、長けていた。特にもトリストラムの興味を惹いたのは、狩であった。山や林に分け入って、獣を狩り、鳥を捕ることにかけては、フランスの宮廷でも、彼の右に出る騎士は、一人もなかった。トリストラムの美しい姿と、世に勝れた才芸とは、じきに王女ベリンダの心を引いた。しかしトリストラムはなぜかこの王女の恋を受けなかったので、王女の愛はたちまち憎しみと変わり、父王に讒言を構えて、とうとうトリストラムをその王国から追放させた。しかし王女はいかにしてもその恋を忘れることができなかった。トリストラムが王宮を去ると、間もなく、王女はその失恋の悲しみに胸を破られて、敢え無くこの世を去った。死に臨んで、王女は玉章(たまずさ)に托してトリストラムに優しき思いを通じ、その傍を離さず愛していた手飼いの犬を贈って「妾が片身として、この犬をお受けください」と申し送った。この時には、父のメリアダスはもはやこの世を去って、その継母が本国を領してしたので、グーヴァネールは、フランスを去ると、わざと本国へは立ち帰らず、コーンウォールに上陸して、伯父に当るマーク王の宮廷に、トリストラムを托することにした。マーク王はチンタデルの城に住んでいた。トリストラムはこの城に移ってから、騎士の資格に必要なあらゆる武芸を一心に練習したが、じきに若いトリストラムの勇気と武芸とが、役に立つ時が到来した。その以前、マーク王はアイルランド王と戦って、大敗したことがあったので、屈辱の和議を結んで、年々巨額の貢をアイルランド王に納める約束をした。今年もアイルランド王は、その弟で、武名の高いモローントを遣わして、貢の催促をした。「約束の貢を納めるか、さもなくば一人の騎士を選んで、某と試合をさせなさい」とモローントは要求した。しかしその頃、コーンウォールの騎士は、卑怯者ばかりだという不名誉な評判を取っていた。マーク王の館には、実際にモローントに立ち合うほどの騎士は一人もなかった。トリストラムは、王の口からこの話を聞いて、いたく憤慨した。しかしその時には、トリストラムはまだ騎士の資格を受けていなかった。「伯父君、どうぞ私に騎士の資格を授けて、アイルランドの騎士と試合をさせていただきたい」とトリストラムは王に向かって申し出た。王は喜んでその望みを許し、翌日、定めの儀式に従って、トリストラムに騎士の資格を与え、日を定めて、モローントと試合をさせた。やがて試合の日が来て、若いトリストラムは、老巧の騎士モローントと試合の場に立った。互いに秘術を尽くして、激しく闘ううちに、トリストラムは相手の槍を受け損じて、浅い手傷を受けた。モローントの槍には、卑怯にも毒牙塗ってあった。その毒が傷口から沁み込んだ時、トリストラムは思わずたじたじとなったが、気を取り直して、一心籠めて斬り下ろした剣は、敵の兜の鉢を裂いて、骨まで切り込んだ。モローントは傷の痛みと、試合に負けた恥辱で、半ば気を失ったが、従士に運ばれて、船に帰り、そのままアイルランドを指して出帆した。国の岸へ着くと間もなく、モローントは手傷のために死んだ。この試合によって、コーンウォールの国は、アイルランドに毎年の貢を納める不名誉から救われた。けれどもトリストラムはこの試合で受けた傷のために、痛ましい運命に捉われることになった。試合が済むと、トリストラムは、敵の槍から受けた毒のために、一時気を失って、倒れていた。人々の介抱で、ようやく正気には戻ったが、傷口からはいった毒は、たちまち全身に回って、いかなる名医の薬でも、その毒を取ることはできなかった。トリストラムは伯父のマーク王に向かって、この傷を癒すために、イングランドの国へ行かしてもらいたいと願った。そして王の許しが出ると、すぐに船に乗って、コーンウォールの岸を離れたが、途中で嵐に遭って、アイルランドの海岸へ吹きつけられた。トリストラムは船から上ると、海の難を逃れたことを深く感謝して、海岸の石に腰掛けながら、手慣れの竪琴をとって喜びの曲を奏でだした。冴えた糸の音は、澄み渡った夏の夜の空気を震わして、海に近い王宮の高楼まで伝わって行った。高楼の上には、アイルランド王と美しい王女イソウド姫が、窓によって海を眺めていた。姫は妙なる糸の音に、深く心を引かれて、父なる王に、その伶人(れいじん)をここへ招くことの許しを願った。そこでトリストラムは、計らず王からの招きを受けて、王宮へ迎えられた。しかしその使いの言葉によって、自分がアイルランドへ来たことを知った時にトリストラムは当惑した。自分がついこの間、この国の勇士と決闘して、致命傷を負わせたばかりである。相手はこの国の岸へ着くと、じきにその傷のために死んだと聞いた。この国の人々は、自分を仇と恨んでいるに相違ない。うっかり名を名乗るわけにはゆかない。と思ったので、王の前へ出るとトラムトリスと名乗って、わざとその素性を佯り、ただ水草のように諸国を彷徨う伶人だと言った。トリストラムはその日から王の館に逗留して、ある時は竪琴を弾いて、酒宴の興をたすけ、またある時は将棋の相手をして、姫の心を慰めていた。その間に姫は、この伶人が重い傷に悩んでいるのを見て、秘蔵の霊薬を与えた。トリストラムはその霊薬を湯に溶かして、傷口を洗ううちに、傷はだんだんと癒えて、じきに元の体にかえった。トリストラムは深く姫の恩を謝して、その恩返しに音楽と詩歌の奥義を伝えたので、姫は時期にその道にかけては、アイルランド全国に及ぶ者もない名手となった。その時分、アイルランドに盛んな試合の会があって、円卓の騎士をはじめ、諸国の名のある騎士が招待された。その第一日に、パラメデスと呼ばれるサラセンの王が、第一等の名誉を得て、王の前に招かれ、盛んなもてなしを受けた。トリストラムも丁度傷が癒えたばかりで、同じく酒宴の席に列なった。その席には、美人の聞こえの高いイソウド姫も、王の傍に坐って、一座の華と咲き匂っていた。南国の血に燃えたパラメデスの心は、じきに姫の美しさに引き寄せられて、火のような言葉で、絶えず姫を讃美した。トリストラムは自分の競争者が現れたような気がして、パラメデスの言葉を、妬みなしにも聞くことができなかった。翌日の試合に、トリストラムは人知れず加わろうと決心した。彼はようよう傷が癒えたばかりで、身体の衰弱はまだ回復してはいないにもかかわらず、夜のうちに館を出て、武具に身を堅め、試合の場に近い森の中に隠れて、時の来るのを待っていた。やがて試合が始まると、トリストラムは騎士の群れに紛れ込んで、試合の場に入って行った。彼は当たるに任せて、多くの騎士を倒し、最後にはパラメデスと立ち合って、まんまとこの日の賞を手に収めた。けれどもあまりに強く働いたため、折角ふさがった傷口が破れて、全身血に染まりながら、王の館へ運ばれていった。イソウド姫の心を籠めた介抱で、トリストラムの傷は日増しに癒えて行った。姫は一日一日と小さくなってゆく傷口を眺めながら、自分の心尽くしの甲斐のあったことを喜んだ。ある日、館の侍女がトリストラムの部屋へ入って、その武具を片付けているうちに、何気なくその剣を抜いてみた。鞘をはずれた剣の刃先が、一寸ばかりかけている。それはモローントとの試合に、最後の一撃で、見事に相手の兜の鉢を割った時に、駈けたものであった。かけた刃先は、モローントの頭骨に深く食い込んでいた。モローントの姉鳴るアイルランドの妃は、その刃先をそっと弟の死骸から抜き取って、何かの証拠にもと、大切に保存して置いた。侍女もそのことを知っていたので、もしやと思って、すぐに妃にこのことを話した。妃は侍女の話を聞くと、証拠の刃先を持って、トリストラムの部屋へ急いだ。剣を取ってあてがってみると、欠けたところへきっちりと合うので、弟の命を取ったのは、この剣だということが分かった。妃はすぐ王の前へ出て、このことを話すと、王も驚いてすぐにその剣を取り寄せ、目の当たりその証拠を確かめて、モローントを殺したものは、この伶人に相違ないと知った。そこでトリストラムは、王の面前へ呼び出され、大勢の貴族の前で、厳重な取り調べを受けた。「わが近親の者を殺しながら、何と思って、このアイルランドへまいったのか」と王は尋ねた。「いかにも、貢物のために、モローントと試合をしたのはわたくしです。しかしこの国へまいったのは、決して私の好みからではありません。たっだイングランドへ行く途中で、嵐のために、計らずこの海岸へ打ち寄せられただけのことです」とトリストラムは答えた。妃は王の前に身を投げ出して「どうぞ弟の仇を取ってください」と涙を流して訴えるのを聞いて、イソウド姫は思わず身を震わして、顔色を変えた。けれども席に列した、貴族らは、口々に王に向かって、こう言った。「試合の場で命を棄てるのは、騎士の慣いです。試合の相手を恨んで、仇呼ばわりをする法はありません。それだけの理由で、この勇士の命をお召しになったら、末代までの恥辱と存じます」王は暫く定めかねて、無言で思案していたが、ついに王の騎士同は、私の遺恨に打ち勝った。王はおtリストラむに向かって、厳重に言い渡した。「即刻、この館を立ち去れ、再びこの国の土を踏むにおいては、命がないものと思え」とリスト丸は、王の前を退くと、その日のうちにこの館を出て、コーンウォールへ出発した。
愛の甘酒
コーンウォールの都へ着くと、マーク王は、懇ろに甥のトリストラムを迎えて、旅行中に出会ったことを何でも尋ねた。トリストラムはこの度アイルランドで遭遇した事柄を細かに話したが、なかにもイソウド姫の美しいことを、口を極めて褒めたてた。王はその話を聞くうちに、思わず釣り込まれて、話の内の姫に対して、見ぬ恋に憧れるようになった。そこで話の切れ目を見計らって、トリストラムにこう言った。「おまえに一つ折り入って頼みたいことがあるが、どうだ、私のために力を貸してはくれまいか?」トリストラムはそれを聞いて、「伯父上の御頼みを何で否みましょう。まあ、どんなことか、おっしゃってみてください」と答えるのを聞いて、王はトリストラムに、神の前で堅い誓いを立てさせた後、こう言った。「ほかでもないが、お前にもう一度、アイルランドへ行ってもらいたいのだ。そして今お前から聞いた、そのイソウド姫とやらを、私の妃に迎えて来てもらいたいのだ」こう聞いてトリストラムは、はたと当惑した。アイルランドへ行くのは、命を棄てに行くようなものである。そればかりでなく、あのイソウド姫を伯父の妻に迎えるということが、自分の口から言えるだろうか?けれども一旦誓った言葉を、破ることは、騎士の名誉にかけてもできることではない。こう思って、彼は暫く思案にくれて黙っていたが、最後に心を決して、「騎士に二言はありません。命に懸けて、きっとこの使命を果たして帰ります」ときっぱりと答えて、王の前を立った。トリストラムは、自分の素性を包むために、鎧を取りかえて、船に乗り、その日のうちにコーンウォールの岸を離れた。けれども海へ出ると、またもや嵐に遭って、今度は前と反対に、イングランドの岸へ吹きつけられた。折しもアーサー王は、カメロットの館で、国中の騎士を集めて盛んな試合を催していたので、トリストラムは、計らず館の中でイソウド姫の父なるアイルランド王アーギアスの姿を見かけた。王は円卓の騎士の一人から、叛逆の訴えを受けたので、その嫌疑を解くために、ちょうどカメロットの館へ着いたところであった。その頃の習慣として、騎士がその潔白を証明するためには、相手の騎士と決闘するのが例になっていた。けれども相手の騎士は、ブラーノルと言って、円卓の騎士のうちでも、名うての勇士であったが、王はもう年を取っているので、到底この勇士と立ち合うほどの勢いはなかった。そこで王は、ここへ集まった騎士のうちから、自分に代って、身の潔白を証明してくれる戦士を求めたが、円卓の騎士は、自分の名誉にかかわることの他には、互いに決闘することを許されないので、誰もこの求めに応じる者はなかった。その時アイルランド王は、あの無名の騎士の手柄話を聞き、また目の当たりにその働きを見て、深く感心し、トリストラムとは知らずに、自分の証人になってもらいたいと懇願した。王が神の前に誓って、その身に覚えのないことを告白するのを聞いて、トリストラムは快く王の願いを引き受けた。そして初めて王に自分の名を明かして、もしまんまと敵に勝った暁には、どんな望みもかなえようと王に誓わせた。翌日の試合に、トリストラムは、立派に相手のブラーノルを倒して、その命を自分の手に握った。負けた騎士は、試合の作法に従って、とどめの剣を打ち下ろせと叫んだ時、トリストラムは、「いやいや、貴殿ほどの勇士に、何條刃が下せよう」と言いつつ、相手を引き起こして、その友人の手に渡した。そこでこの試合の審判者は、アイルランド王の無罪を宣告し、トリストラムを王の天幕へ送り込んだ。王の喜びは非常なものであった。その感謝をあらわすために、王はトリストラムに、是非アイルランドまで同行してもらいたいと言った。トリストラムももちろん異存はなかった。二人はカメロットを出発して、間もなくアイルランドへ到着した。妃はこのことを聞くと、弟を殺された遺恨を、さらりと忘れて、王の命の親として厚くもてなした。なかにもトリストラムが乳を助けたと聞いて、喜んだのはイソウド姫であった。姫は今度こそ父に願って、トリストラムをいつまでもこの館へ引き留めておきたいと思っていた。ある日、トリストラムは、王と妃の前で、厚いもてなしを感謝した後に、改まって王に向かって、こう言った。「お名残りは尽きませんが、私ももはや、お暇を賜ってコーンウォールへ帰らねばなりません。その前に、過日のお約束に従って、一つの望みを叶えさせていただきたいと存じます」王はそれを聞いて、「いかなるお望みでも、否とは申さないつもりです。まあ、どんなことか、言ってみて下さい。」快く答えた。「ほかでもありません。イソウド姫を申し受けとうございます。」とトリストラムは、きっぱりと言って、妃の側にいた姫の方へじっと目を向けた。姫は、はっと思って、恥ずかしそうに面を伏せた。「承知しました。姫の身は貴殿にお任せします。」と王は即座に同意した。トリストラムは何か言おうとしたが、暫くは言うべき言葉が見つからないように、胸をおさえて考えていた。国を立つ時に、伯父に誓った言葉を思い出すと、彼の心は苦しかった。しかし騎士の魂はじきに女々しい心を押さえつけた。トリストラムはもう一度、姫の方に視線を送って、静かにこう言った。「私は伯父なるマーク王に代って、姫を申し受けます」こう言ったトリストラムの声は、かすかに震えを帯びていた。しかしそれお聞いたイソウド姫の頬には、みるみる血の色が消えて行った。そばにいる妃の目は、それを見落とすようなことはなかった。けれども王は、騎士の誓いを守って、トリストラムの望みに対しては、何事も異存は言わなかったので、姫は胸の内に悶えながらも、父の言葉に背く力もなかった。間もなく旅の支度が整うと、イソウド姫は、痛ましい心を抱いて船に乗った。姫の側には、永年この館に仕えたブレングエーンという一人の侍女がついて、万端の世話をすることになった。いざ出立というときに、母の妃は、この侍女をそっと呼んで、一つの壺を渡して、こう言った。「わたしは姫があのトリストラムを思っていることを、とうから知っています。しかしコーンウォールへ着いた上は、夫となるべきマーク王に、疎ましい心があってはなりません。この壺に入れた酒には、私が以前、ある魔法使いからもらった不思議な媚薬が混ざっています。これをお前に預けておきますから、コーンウォールへ着くまでは、忘れても人に見せてはなりません。そして結婚の晩に、そっとこの壺を開けて、イソウドとマーク王に飲ませて下さい。姫の身のためですから、くれぐれも気を付けて、間違いのないように」とこまごまと言いつけて立たしてやった。トリストラムは、首尾よくイソウド姫を迎えて、コーンウォールへ向かった。船は追手の風に乗って、穏やかな海を辷るように進んで行った。けれども思いある身には、美しい海の眺めも心を慰める助けにはならなかった。何かの話の内に、二人の瞳が、ふと出会うことがあると、互いに見てはならぬものを見た時のように、はっとして互いに目をそらした。長い淋しい船路の無聊(むりょう)を慰めるために、トリストラムは手馴れの竪琴をとって、得意の曲を奏でた。日が昇るにつれて、夏の日の暑さは、ひしひしと二人の身に迫った。姫は喉の渇きを覚えて、何か飲み物がないかと、船の中へ眼をやった。トリストラムも同じ思いに、しずかに楽器を下において立ち上がった。狭い船室をあちらこちらと探しまわるうちに、ふと手に触れたのは、小さな酒の壺であった。トリストラムはそれを取って元の座に戻った。そしてまず一杯の酒を黄金の盃に満たして、イソウド姫に勧め、残る一杯を他の盃についで、一息に飲み干した。その時まで、傍らに眠っていた愛犬フーデーンは、強い酒の香に引き寄せられて、トリストラムの下に置いた盃から、底に残った滓をすすっていた。恋は人間の力で抗うことのできぬ不思議の運命である。母の妃が、姫のために幸多かれと祈って、ブレングエーンに授けた愛の甘酒は、計らずも恋人らの喉を潤して、奇しき運命の手に弄ばれた不思議の請いの物語を産むことになるのである。やがて船はコーンウォールの岸に着いて、花のようなイソウド姫は、年老いたマーク王の館へ送り込まれた。王の満足はここに述べるまでもない。王はトリストラムに深い感謝の意を示して、その日から、彼を館の執事として、自由に妃の部屋にも出入りすることを許した。
不思議な楽人
マーク王とイソウド姫の結婚式に続いて、王の館では盛んな饗宴が催された。ある日、饗宴の半ばに、王の館を訪れた一人の旅の楽人があった。館に集まった人々は、その楽人の携えた竪琴の、世にも珍しい形に目を付けて、口々に一曲を所望したが、楽人は容易にうなずかなかった。王は見慣れない楽人の様子に、好奇心を引かれて、「めでたい祝いの日だ、その不思議な楽器で一曲を聞かせてくれたら、褒美は望み次第だ」と言うと、楽人は、きっと王の方に顔を向けて、「では、私の望みを許すという誓いをお立て下さい」と要求した。王は興に乗って、「よし、貴殿の望みは、きっとかなえよう」と言葉をつがえた。それを聞いて、楽人は不思議の楽器をとって、不思議の一曲を奏でた。王を初め、一座の人々がその不思議の曲に心を奪われている間に、楽人は一曲を弾じ終わって、つと王の前に進んだ。「お約束に従い、私はそこにおられる妃を所望します」それを聞いて、王は顔色を変えたが、騎士の法として、一旦誓った言葉を破ることはできなかった。楽人は王の答えのないのを見て、静かに妃の前へ進み、「では、お約束の褒美を申し受けます」と言いつつ、妃の手を執って館を出るや否や、馬の後ろに乗せて、いずこともなく走って行った。不思議な楽人は、誰であろう、アイルランド王の館で、イソウド姫の花の姿に深くも思いを寄せたサラセンの騎士サー・パラメデスであった。その時トリストラムは、この席に居合わせなかったが、間もなく館へ帰って、この珍事を聞くと、すぐに手慣れの竪琴をとって、岸辺へ馳せつけて行った。見るとパラメデスは、もう妃を船に乗せて、一待ちばかり漕ぎ出したところであった。トリストラムは岸に立って、竪琴を取り上げながら得意の一曲を奏でだした。糸の音が波を伝わって、イソウド姫の耳に達した時、姫は深くも心を動かされて、パラメデスに向かって、こう言った。「いかなる伶人かは知らぬが、私はあの糸の音に魂を惹かれるような気がする。もう一度、船を返して、しみじみとあの不思議の曲を聞かせてください。」パラメデスは姫の言葉を拒むことはできなかった。すぐに船を漕ぎ戻して、姫をもう一度岸へ上げた時、トリストラムは、つと駆け寄って、イソウドを自分の馬に乗せるや否や、自分もその後ろに跳び乗って、「琴でとったものは、琴でとられるのだ」と言い棄てて、林の中へ姿を消した。パラメデスは、すぐに後を追って馬を飛ばした。やがて林の中で追いついた時、二人はともに馬から下りて、剣を抜いた。「さあ妃を返せ」とパラメデスが叫んだ。「いや、返さぬ」とトリストラムが答える。「取りたくば剣に掛けて取れ」二人は剣を構えて、互いにじりじりと寄って行った。虎と獅子が戦う時には、どちらか一方が倒れるまでは、戦いは止まらぬ。二人の騎士が死を決して戦うのも、それと同じである。イソウド姫は自分のために、二人の騎士が血を流そうとするのを見て、思わず身を忘れて剣の下へ割って入った。「パラメデスよ、おまえはわたしを愛するとお言いでしたね?それは本当のことですか?」と姫はパラメデスに向かって言った。「いかにも、騎士の言葉に偽りはありません」とパラメデスは答える。「では、わたしの言うことはきっと聞いてくださいますか?」と姫は男の目を見つめて言った。「はい、何事でも」とパラメデスは答えた。「では、その剣を鞘へ納めて下さい」と姫は命じた。「そしてあなたは、アーサー王の館へお出でになって、妃ギニバーに、私からの挨拶を伝えて下さい。王妃として、また恋を知る女として、互いの心を打ち明ける者は、あなたと私と二人だけだと私が申したと言ってください。そしてあなたは、これから先は決してわたしのいるところへ近寄らないようになさって下さい」この言葉を聞くと、パラメデスは声を立てて泣いたが、しばらくして、こう答えた。「おお、姫よ、よくわかりました。きっとお言葉を守ります。ただ、一つのお願いは、私の心を汲んで、時々は憐れなものと思い出して下されば、それで満足します」姫は優しく「パラメデスよ。もし最初の恋を忘れたら、女の身に、悦びは再び来ないでしょう」と答えた。パラメデスはそれを聞いて、静かにその場を立ち去った。トリストラムとイソウドは、そのまま林の奥に潜んで、人目を忍んでいたが、七日経って、王の館へ帰って行った。その時トリストラムは、姫を王の手に渡しながら、こう言った。「これから先は、旅の楽人に、別な褒美をお与えになりますように」王はトリストラムの手柄を褒めて、数々の賜物を与えたが、心の底では、この時からトリストラムに対して、激しい猜疑(さいぎ)を抱くようになった。このことがあってから、しばらくして、ある日、トリストラムとイソウドは、人目を避けて館の一室に入っていた。館の騎士でアンドレットというものが、二人の様子を怪しんで、そっと鍵穴から覗いて見ると、二人は将棋盤を挟んで坐っていたが、将棋を指しているのではなかった。アンドレットはその様子を見届けて、そっと王の部屋へ行った。そして王の心に疑いの種を吹き込んだ後、王を連れて元の所へ帰って来た。王は、そっとなかの様子を覗くと、いきなり剣を抜いて、部屋の中へ飛び込んで行った。トリストラムは剣を抜く間もなく、王の切り込んでくる剣の下を、身をかわして避けていたが、そのうちにトリストラムが剣を抜いて立ち向かうのを見ると、臆病な王は、じりじりと後ずさりして、この部屋を逃げ出した。トリストラムはその後を追って、幾たびか剣の平で王を打った。王は逃げ回りながら、声を立てて助けを呼んだが、館の騎士は誰一人中へ入って二人を引き分けようとする者もなかった。このことがあってから、間もなくトリストラムは、コーンウォールの領内から追放されて、イソウドは、ある小川の岸に建った一つの城へ幽閉された。しかしトリストラムは、愛する妃の運命を見定めるまでは、この国を離れまいと決心して、林の奥に身を隠していた。そして絶えず木の枝を折って、妃の住む城の下を流れる河へ流した。その枝は、様々な形に皮が剝かれているので妃は城の窓から、流れて来る枝の模様を見て、その意味を察した。そうしている間にも、愛犬フーデーンは、始終主人の後に従って、鳥や獣を林から狩り出して、その獲物で二人の命を繋いでいた。犬は主人の心持ちをよく知っているので、狩の間も決して吠えたりなんぞして、人に悟られるようなことはしなかった。トリストラムは、こんなふうで暫く妃の影身に添って保護していたが、妃の身に危険のないのを知ると、愛犬フーデーンをイソウドの側へ残して、飄然としてこの国を立ち去った。
解釈
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トリストラムの漂白
サー・トリストラムは、コーンウォールをさってから、諸国を彷徨ううちに、いたるところで様々の手柄をあらわして、諸国の宮廷で厚いもてなしを受けた。けれどもイソウドの側を離れて、旅の空を彷徨う彼の身には、絶えず淋しい影が付きまとっていた。そうしている間に、コーンウォールでは、隣国との戦争が起こって、マーク王の軍は、さんざんに破られ、敵は王の領内まで攻め込んで来た。「こういう時にトリストラムがいたら」と思うのは人の情である。王は深く甥のトリストラムを追放したことを後悔して、急にその行方を尋ねると、ブリタニーにいることが分かったので、すぐに使いをやって、トリストラムを呼び返した。トリストラムは伯父の急と聞いて、急ぎ帰って、敵に駈け向かい、華々しく戦って、とうとう敵をコーンウォールの領内から追い払った。マーク王は深く甥の加勢を喜んで、再び彼を館の執事にして、万事を任せるようになったので、トリストラムは失意の底から、再び幸福の絶頂に達したように思われた。しかし不幸はいつも影のように、彼の身に添うていた。トリストラムはコーンウォールへ帰る時に、ブリタニー王の子でフェレジンという騎士を一緒にマーク王の館へ連れて来た。ところがこのフェレジンは、かねてトリストラムの話で、マーク王の妃イソウドの美しいことを聞き、また親友のトリストラムと妃の間に、深い因縁のあることも知っていたが、親しく妃の姿を見るにつけて、自分も人知れず思いを焦がす身となった。けれども胸の思いを深く包んでいるうちに、病気になって、今はもう枕も上がらないくらいになった。そこでフェレジンは、美しい妃にあてて最期の書面を認め、初めて心の秘密を明かした。やさしいイソウドは、若い騎士の心を哀れと思い、すぐにその返事を書いて、思いやりある言葉で懇ろに慰めてやった。妃のやさしい返事を見ると、ふぇれんじは非常に喜んだが、その日からだんだん病気もよくなっていった。それから四五日してトリストラムは、ふと親友の枕元で、妃の手紙を見つけた。それを開いて読んでいるうちに、顔色を変えて部屋を飛び出して行った。トリストラムは激しい嫉妬の心から、一時はその親友を殺そうとまで思ったが、フェレジンが気が付いて、そっとその場を逃れたので、トリストラムはその目的を達しなかった。その時にはもう半ば気が狂っていたので、いきなり馬に飛び乗って、館を飛び出すと、十日ばかりは寝ることも食うことも忘れて、森の中を彷徨っていた。最後に、とある泉の辺で、死んだようになって眠っているところをある少女に見つけられた。少女はトリストラムを知っていたので、いろいろにして気を付けようとしてみたが、どうしても駄目なので、最後にトリストラムの好きな竪琴を持って来て、静かにかき鳴らした。糸の音が耳に入ると、トリストラムは夢のように目を覚まして、あたりを見回しながら、やがて少女の手から楽器を取って、声も切れ切れに、悲しい恋の曲を歌いだした。やがて長い曲を終わると、楽器を少女の手に戻して、またもや森の奥に飛び込んで行った。一方で、妃は、トリストラムが気が狂って、館を迷いだしたと聞くと、すぐに人をやって、方々を探させたが、行方は更にわからなかった。そのうちにトリストラムの発狂した原因は、自分がフェレジンに送った返書であったということが分かったので、妃はすぐに別の手紙を書いて、フェレジンにすぐさまこの館を立ち退いて、再び顔を合わせないようにと言い送った。不幸な恋人は、すなおにこの残酷な命令に従って、館を出て行ったが、林の中を当てもなく彷徨ううちに、一人の隠者に救われて、その洞窟に運び込まれた。しかしフェレジンは失望のあまり、間もなくその洞窟で死んだ。イソウドはトリストラムの身の上を思い煩って、淋しい日を送っていた。ある日、王は、妃の様子を探ろうと思って、そっとその部屋へ行ってみた。その時、イソウドは竪琴をとって、悲しい曲を弾きながら、胸の思いを歌っていた。誰も聞く者はないと思っていたのに、王がはからずも部屋の外に立って、じっと歌の言葉に耳を傾けていた。聞くうちに、トリストラムに対する妃の熱い思いは、毒酒のように、王の心をかき乱した。王は部屋の扉を蹴破って、いきなり妃の前に立った。目は怒りに血走って、震える手は剣の柄にかかっていた。しかし今のイソウドには、命は露ほどにも惜しいとは思わなかった。妃は静かに楽器をおいて、こう言った。「お耳に入りました上は、何も隠し立ては致しません。トリストラムはどこかで死んでいるに違いありません。トリストラムを殺したのは私です。それを思うと、わたくしも生きている心はありません。どうぞ、その剣で一思いに私の切ない思いを絶ち切ってください。それでお心が晴れますなら、本望でございます。」妃の思いつめた様子を見て、王の張りつめた心は、急に緩んだ。その上トリストラムが死んだという言葉で、王は胸のつかえが一時に下ったような心持ちがした。そこで王は侍女を呼んで、くれぐれも妃の側を離れず、妃の身に間違いのないように、見張っていろと言いつけて、この部屋を立ち去った。王の館でこんなことがあったとも知らずに、トリストラムは、もの狂おしい姿で、あちらこちらと彷徨っていた。ある日、トリストラムは林を分けて、あてもなく馬を走らせるうちに、山蔭の淋しい村にたどり着いた。村の人々は、羊を飼って、この山蔭に暮らしていたが、近頃この近辺へ、一人の兇賊が現れて、絶えず村々を荒らしては、家を焼き、家畜を奪って行くので、村の人々は不安の内に日を送っていた。トリストラムは村人からこの話を聞くと、狂った心にも、弱きを助け、強気を挫く騎士の本分を忘れず、じきにその手強い賊を引きとらえて、村人の苦しみをのぞいてやった。羊飼いは深くその恩を感じて、この不思議な騎士を連れて、王の館へ来た。そして不敵の兇賊を退治して、人々の難儀を救ってくれた手柄に対して、王の恩賞を願い出たのであった。王はその騎士を見ると、髪はぼうぼうとのびて、顔にかぶさり、着物はぼろぼろに破れて、まるで山男のような姿をしているので、最初は甥のトリストラムとは気が付かないくらいであった。しかし暫く館へ留めて、手厚い介抱をするうちに、心も次第に静まり、体の疲れも回復して、間もなく以前よりも美しいくらいになった。マーク王は、死んだと思ったトリストラムが山男のような姿になって帰って来たのを見た時には、さすがに憐れに思ったが、じきに元のトリストラムに返ったのを見ると、嫉妬の心がむらむらと起こって間もなく口実をつくって、自分の国から放逐してしまった。
魔女の森
トリストラムは、コーンウォールから放逐されると、もう一度、イングランドへ渡って、ただよう雲のように、あてもない旅をつづけた。ある日、名も知らない林に入ると、奥の方から、かすかな鈴の音が聞こえて来た。音を頼りに奥へ入って行くと、ささやかな庵室の前へ出た。トリストラムは馬から下りて庵室の扉を叩くと、年老いた隠者が出て、この疲れ果てた旅人を中へ導いて、食事を与え、何のためにここへ来たのかと尋ねた。そしてトリストラムの口から、騎士に相応しい冒険を求めて、諸国を旅している者だと聞いて、隠者は急に声を潜めて、次の話を語りだした。「ここはアルナンチスの森といって、湖の女ビビアンの住居ですが、彼の魔女は近頃仔細あって、アーサー王を魔術の力で、この森へ引き寄せて、王の記憶の力を奪い去って、この森の中へ閉じ込めておきます。それで円卓の騎士は、思い思いに王の捜索に出ています。ですからあなたは、実にいいところへ来合わせたのです。騎士にとってこれほどの冒険は、めったに見つかるものではありません」この話を聞いて、トリストラムは自分もその捜索に従おうという気になった。トリストラムは隠者の庵室を出て、森の奥へ入って行った。その途中で、ふと一人の騎士に行き合った。それは円卓の騎士の一人で、剽軽者として名を知られた執事のサー・ケイはであった。サー・ケイは、トリストラムの姿を見ると、立ち止まって、「貴殿はどこから見えられた?」と尋ねる。「コーンウォールからまいった」とトリストラムの答えるのを聞いて、ケイはすぐに得意の冗談口を叩いて、冷やかし始めた。その時分コーンウォールの騎士と言えば、臆病者の異名になっていたからである。しかしトリストラムは、わざとサー・ケイの冗談を聞き流して、いかにもその推量通りの臆病者らしい様子を装っていた。暫く行くうちに、また二三人の騎士に出会った。そして試合を挑まれるたびに、彼は臆病者らしく逃げていたので、サー・ケイはすっかり臆病騎士だと思い込んでしまった。その晩、トリストラムは、サー・ケイを初めほかの騎士と一緒に、ある山寺へ泊った。そこでもサー・ケイは、しきりに冗談を言って、トリストラムを馬鹿にしたが、彼はただ黙って、聞き流していた。そこでケイは、ほかの騎士に耳打ちして、こういった。「明日は早くここを立って、一つあの臆病騎士を脅してやろうじゃないか。試合をしなければ通さないと言ったら、あいつはきっと逃げ出すに違いない。そうしたら後から追い掛けて、散々からかってやろうじゃないか」翌朝、目を醒ましてみると、トリストラムは、他の者はみんなもう出立して、自分だけ取り残されたことを発見した。そこで大急ぎで甲冑を着けて、寺を出て行ったが、しばらくすると、行く手の方に、執事を初め三人の騎士が現れて、トリストラムに試合を挑んだ。トリストラムは口実を設けていろいろと謝ってみたが、どうしても聞かないので、とうとう不承不承に立ち合うことになった。やがて四人の騎士は、コーンウォールの臆病者を散々なぶってやるつもりで、代わる代わる立ち向かったが、トリストラムは、瞬くうちに、一人残らず打倒して、「コーンウォールの臆病騎士の手並みをお忘れになるな!」と言い棄てて、馬を飛ばして、その場を立ち去った。しばらく行くと、一人の少女が、道傍から声を立てて、トリストラムを呼び止めた。「おお、騎士様、早くいらして、悪者を懲らしめて下さい」こう聞いて、トリストラムは馬を返して、その女の後に着いて行った。前方を見るおt、三人の騎士が、一人の騎士を馬から下に突き落として、あわや首を刎ねようとして、兜の緒を切り離しているところであった。トリストラムは、馬を飛ばして、その場に駈けつけると、いきなり槍を差し伸べて、三人のうちの一人を突き殺した。加勢ありとみて、倒れた騎士は、のしかかった敵をはねのけて、立ち上がりざま、剣を揮って、他の一人を斬り倒した。残った一人はそれを見て素早く馬に跳び乗って、雲を霞と逃げて行った。トリストラムは、馬から下りて、騎士の側へ歩み寄りながら、「危ないところでした、お怪我もありませんでしたか?」と尋ねると、救われた騎士は兜の頬当を引き上げて、トリストラムに礼を述べた。その様子を見ると、雪のような髯は長く胸まで垂れて、身に備わった威厳に、トリストラムは覚えず頭の下がるような気がした。その瞬間い、トリストラムの胸には、稲妻のように「これこそアーサー王に違いない!」という考えが浮かんだので、その前に跪こうとすると、騎士は慌ててトリストラムの両手を執って、「あなたの名前はなんと申される、そしてどこから来られた方か?」と聞いた。トリストラムは「いや、名もない騎士でございます。その上ちと仔細あって、目的を遂げるまでは、名を申し上げることができません」と答えて、わざと名を隠していた。そこへトリストラムを案内した少女が来て、老いた騎士の手を執ると、指にはまった指輪をすっと抜いた。その指輪は、魔女ビビアンが王に与えた、魔術の指輪であったから、その時魔術が解けて、王は初めて正気に立ち返った。そこで騎士は、トリストラムに向かって、自分はアーサーだと名乗り、「とにかく、私の館へ来て、暫く逗留していったらどうだ。館の騎士たちにも、この度のことを話して、貴殿の働きに報いたいと思うから」と言ったが、トリストラムは、あくまでも辞退して、ただ王の身を円卓の騎士の手に、安全に引き渡すところまで、同行することになった。その途中で、二人は時期にサー・ヘクトル・ド・マリスに会った。ヘクトルは王の姿を見ると、馬から下りて、王の前に頭を下げ、恙なく(つつがなく)帰られたことを喜んだ。王はヘクトルをトリストラムに紹介し、またヘクトルには、トリストラムのために危難を免れたことを話した。そこでトリストラムは、王をヘクトルの手に渡し、二人に別れを告げて、飄然として立ち去った。
晴の試合
アーサー王に別れてから、トリストラムは、イングランドの国中を、遍歴していたるところで、さまざまの武勇をあらわし、あくまでも強きを挫き、弱気を扶ける騎士の本分を発揮したが、それらの冒険談は、いちいちここで述べる暇がない。話はまたコーンウォールに立ち返るが、マーク王の妃イソウドは、愛する人に別れてから、一人居間に閉じ籠って、うつらうつらと日を送っていたが、いつまで待っても、トリストラムからの便りはないので、とうとうこらえ切れなくなって、ある日、一通の書面を老女ブレングエーンの姪に当る一人の侍女に渡して、トリストラムの行方を捜しにやった。トリストラムは、ある日、長い旅路の疲れに、堪えがたい眠気を覚えて、道端の泉の側に馬を繋いで、草を枕に楽しい夢を結んでいた。妃の命を受けて、トリストラムの行方を尋ねていた侍女は、その時、ふと、この泉の側を通りかかって、傍の木につないだ馬を見ると、見覚えのあるトリストラムの愛馬パッスブリュールだったので、その辺を捜して、やっと尋ねる人の姿を見つけた。そっとそばへよって、トリストラムの寝顔を覗くと、いたくもやつれた顔には、血の色も失せて、旅の疲れと、恋人に分かれた胸の悲しみとが、ありありと刻まれていた。女はその心のうちを思いやって、しばらくその寝顔を見つめて立っていたが、やがてしずかに揺り起こして、妃から預かって来た玉章(たまずさ)を渡した。トリストラムは思いがけぬ恋人の便りを読み、また侍女の口から、こまごまと妃の様子を聞いて、どんなにか嬉しかったことであろう。彼はこの嬉しい便りをもたらした侍女に向かって、もうじきにアーサー王の館で、常例の試合があることを話して、妃への土産に、その試合を見物して帰るようにと勧めた。そしてこn少女をほど遠からぬ、ある騎士の城へ同行して、城主の妻に紹介したので、女は手厚いもてなしを受けて、試合の日を待っていた。やがて試合の当日になった。トリストラムは、イソウドの侍女を連れて、試合の場に出掛け、連れの女を妃の侍女たちの集まっている桟敷へ案内して置いて、すぐに試合の仲間に入って行った。第一日の試合に、トリストラムは、まず花々しい働きを見せて、立ち合う騎士を片っ端から突き倒した。ランスロットは、遥かにこの名も知れぬ騎士の働きを見て、心の内に、よき敵だと思ったが、その日は遂に槍を合わす機会がなかった。アーサー王は、わざわざその席を離れて、この殊勲の騎士を迎えたが、トリストラムは、自分の手柄を誇る様子もなく、イソウドの侍女の面前で、妃ギニバーの手から、その日の賞品を授けられると、逃げるように侍女を伴って、試合の場を立ち去った。次の日の試合には、トリストラムは、わざと甲冑を変えて、試合の場に臨んだ。しかし一二合槍を交えるうちに、その働きぶりが、人々の目についた。王も妃も、あれこそ昨日商品を持って行った騎士に違いないと思った。中にも武勇を愛する王の心は、この不思議の騎士の働きに、深くも引き寄せられた。ランスロットとガエーンを除いては、円卓の騎士のうちで、王の手に合う者は、一人もなかった。王はそっとその席を下って、甲冑に身を堅め、名もない騎士のような様子をして、試合の群れに紛れ込んだ。そしてじりじりと、目指す敵の方へ近寄って行った。トリストラムは王とも知らず、即座に槍を交えて、相手を鞍から突き落とした。王は名も知れぬ騎士の力を試して、元の席にかえると、ランスロットを呼んで、あの騎士を倒して、円卓の騎士の名誉を回復せよと命じた。ランスロットは、王の命令を聞いて、勇んでトリストラムに立ち向かった。その時、トリストラムは、激しい働きの内に、槍を折って、手には楯ばかり残っていた。しかしその時分の試合の作法として、槍を折った後には、剣を抜いて戦わなくてはならない、そして相手の槍に向かっては、ただ楯だけで防がなくてはならなかった。そこでトリストラムは、ランスロットが槍を構えて向かって来るのを見ると、楯をかざして、その槍を受け止めたが、名に負うランスロットの激しい槍は、トリストラムの楯を透して、脇腹にささり、槍は二つに折れて、穂先を鎧の中に残した。しかしその時早く、トリストラムの斬り下した剣は、ランスロットの兜の星を二つに裂いて、頭の骨まで斬り込んだ。ランスロットの傷は深くはなかったが、血が流れて目に入ったので、しばらくは目が開かなかった。その間に、トリストラムは、痛手をしのんで試合の場を立ち去った。しかしランスロットは王の前に帰った時、「これまでの試合で、今日ぐらい手強い敵に出会ったことはありません」と言って、相手の力を激賞した。トリストラムは試合の場を立ち去ると、従卒のグーバネールを呼んで、腹へ刺さった槍の穂先を抜かせ、創口を繃帯(ほうたい)して、静かに自分の天幕へ退いた。その後でアーサー王は、円卓の騎士を集めて、今日の勝負を評定させた時、一同は、異口同音に、無名の騎士の働きを挙げて、第二日の殊勲者と定めた。そしてその働きぶりから見て、前日の試合に商品を得た騎士と同人に違いないということになった。そこで王は、従卒のグーバネールを呼んで、問いただすと、王やランスロットの推察に違わず、コーンウォール王の甥なるレオニスのサー・トリストラムであったことがわかったのであった。王を初め、円卓の騎士は、サー・トリストラムと聞いて、名を隠した騎士の上に、一層の興味を引かれた。トリストラムが妃イソウドとの関係から、伯父なるマーク王の不興を招いて、コーンウォールから放逐の身となったことは、今ではもう天下に誰知らぬ者もなかった。アーサー王は、トリストラムの武勇を深く慕って、これを機会に、我が館の名誉の席を与えたいという心を、人々の前に発表した時、円卓の騎士は、異口同音に賛成して、「これほどの勇士をこの席に加えることは、またと得られない名誉です」と言った。しかしその時には、トリストラムはもうその天幕を払って、いずこともなく立ち去った後であった。
解釈
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サー・トリストラムとサー・ランスロットの試合
トリストラムは、ある日、とある林を通りかかると、十人の騎士が入り乱れて、戦っているのを認めた。そばへ寄ってみると、それは九人の騎士が、一人の騎士を取り囲んでいるのであった。そこでトリストラムは、馬を進めて一同に向かい、「まあお待ちなさい。貴殿らは岸の本分をご承知ないか?多勢を頼んで、一人の騎士に向かうというのは、騎士の作法にない」と呼ばわると、九人の騎士の首領と見受けられる一人がトリストラムに向かって大声に罵った。「騎士よ、余計な差し出口をなさると、御身のためになりませんぞ。まあ、黙って引き返した方が無事でしょう。ここにいる騎士は、誰が何と言っても、助けておくわけにはゆかないのです」「可哀想に、何をしたか知らないが、立派な騎士を大勢でかかって殺すという法はない。よろしい、では、私がそのお方に助太刀をしよう」と言いながら、トリストラムは馬から下りて、大勢の中へ進んで行った。相手は皆徒歩で戦っていたので、馬を斬られては面倒だと思ったからであった。トリストラムは、大勢の中へ割って入ると、右に突き、左に突き、見る間に数人の騎士を倒したので、残った騎士は、その勢いに恐れて逃げて行った。トリストラムは暫くその後を追って行ったが、卑怯な騎士は城の中へ逃げ込んで、ぴったりと門を閉めてしまったので、トリストラムは再び元の林へ引き返した。見ると最前の騎士は、数個所の傷を負って、息も絶え絶えに、木の根によって坐っていた。トリストラムは傍へ寄って、「騎士殿、いかがなされた?」と尋ねると、騎士は力のない声で、「おかげさまで危うい命を助かりました。と答える。「あなたの名前は?」「はい、サー・パラメデスと申します。」この答えを聞いて、トリストラムはびっくりした。「なに、パラメデス?では私の不倶戴天の敵であったか?さあ、立ち上がって勝負をなさい」というのを聞いて、相手もびっくりしたように、「一体、あなたは誰です?」と尋ねる。「貴殿の敵サー・トリストラムだ」と、トリストラムの答えるのを聞いて、パラメデスは静かにうなずいた。「ごもっともです。しかし私の身にとっては、今日のあなたは命の親です。この場合どうして恩人に刃を返すことができましょう。またあなたは新手ですが、私はこの通り手を負っています。あなたの御名誉からいっても、今日は私と勝負をする時ではありません。ですから、どうしても勝負を使用とおっしゃるなら、日を定めて下さい。私は誓って逃げも隠れも致しません」それを聞いて、トリストラムもうなずいて、「貴殿の言條(いいじょう)にも道理がある。では、今日から七日の後に、カメロットの小川の岸に沿うた牧場に、むかしマーリンが記念の石を建てた場所で会うことにしよう。誓って約束を違えまいぞ」と言うと、パラメデスも同意して、堅い誓いを立てた。そこでトリストラムは、パラメデスに別れて、林を抜けると、一つの広い平地に出た。トリストラムはそこで一つの寺を見つけて、六日の間逗留して、約束の日の来るのを待っていた。約束の日が来ると、サー・トリストラムは寺を立って、カメロットなるマーリンの記念碑のある場所まで馬を乗りつけた。そこで馬を留めて、暫くサー・パラメデスの姿が見えるかとあたりへ目を配っていた。間もなく人品骨柄賤しからぬ一人の騎士が、こちらをさして来かかるのを認めた。騎士は無紋の鎧に身を堅めて、手に持った楯も白い布で包んでいる。馬上の騎士が近寄るのを見て、サー・トリストラムは、声を上げて、「さっきから待ち受けていた。約束を違えずようこそ来見えた」と呼ばわって、槍を構えて立ち向かうと、相手の騎士も、馬上に身構えして進み寄った。双方互いに馬を躍らせて、火のように突貫すると、見る間に、二人の騎士は馬もろとも地に倒れた。二人はすぐ馬を乗り棄てて、地に立ち上がると、互いに剣を抜き放って、火の出るような戦いを始めた。二人は四時の間、息もつかず戦っていた。双方ともに数個所の手傷を負って、流れる血汐は瓦の九さを紅に染めたが、互いに一語をも発しなかった。最後に無紋の騎士は、声を張り上げて、「貴殿は実によく戦う。これまで貴殿ほどの騎士に出会ったことはない。お差支えなくば、お名前を承りたい」と言うと、サー・トリストラムは不審そうに、相手を眺めて、「某の名前を聞きたいと言われるか?貴殿はサー・パラメデスではござらぬか?」と問い返した。「いや騎士殿、某は湖のサー・ランスロットです」と相手は答える。サー・トリストラムはそれを聞いて、「や、これは飛んだ粗相をいたした。それならば貴殿は某の大好きなお人だ」と言うので、ランスロットは重ねて、「天晴な騎士殿、まずお名乗りください」と相手の答えを促した。「実は某はライオネスのサー・トリストラムです」と答えるのを聞いて、サー・ランスロットも、「これはこれは、まあ何ということをやったのだ」と言いながら跪いて自分の剣を相手の前へ置くと、サー・トリストラムも跪いて、自分の剣をランスロットの前へおいて、互いに敬意を表し合った。やがて二人は、近くの石へ腰を下ろして、兜を脱ぎ、互いにキスを交わして、馬を並べて、カメロットの館へ打ち向かった。その途中で、端なくアーサー王の命を受けて、サー・トリストラムの捜索に出かけたサー・ガエーンと、サー・ガヘリスの二人に行き合った。サー・ランスロットは、二人の騎士に向かって、「さあ帰ろう、貴殿らの捜しものは見つかった。私がサー・トリストラムを尋ねだした。ここにおられるのがそのお人だ」それを聞いて、サー・ガエーンは、大喜びでサー・トリストラムの前に進み、「ようこそおわせられた」と懇ろに迎えた。そこへちょうd、アーサー王も来て、サー・トリストラムの姿を見ると、急いで傍へ寄って手を取りながら、「サー・トリストラム、この館へようこそ来てくださった」と仰せられるのを聞いて、サー・トリストラムは、王に向かって、サー・パラメデスが九人の野騎士に逢って苦しめられているところへ通り合わせて、命を救ってやったことから、最後に七日の後に、ここで出会って勝負をしようと約束した一部始終を話した。そこでアーサー王は、サー・トリストラムの手を取って、館の中へ案内し、円卓の一つの椅子を与えた。やがて妃ギニバーは、あまたの侍女を従えて、その場に現れた。その時、多くの貴女は口々に、「サー・トリストラム様、ようこそお越しになりました」と歓迎する。一座の騎士も、異口同音に、「よくおわせられた」と歓迎した。その時、王は、サー・トリストラムに向かって、「私は最も優れた騎士の一人として、最も達優った紳士の一人として、また最も敬虔な人士の一人として、貴殿を歓迎する。貴殿は狩猟の道については、あらゆる名誉をもっておられる。狩や鷹野の言葉を作ったのも貴殿である。貴殿はまた音楽の道に通じ、いかなる楽器でも自由に奏することができる。貴殿は真に騎士の内の貴人である。であるので、貴殿をここに迎えるのはこの館の名誉である」と語り、即座に円卓の騎士の列に加えて、盛んな饗宴を開いたのである。
解釈
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円卓の騎士
妖術者マーリンが、アーサー王のために、カメロットの城を築いた時、その広間の中央に、一つの丸い卓を据えた。王の周囲には、十三の使徒の数になぞらえて、十三の席が設けられている。そのうちの十二は、最高の名誉をもった十二人の騎士にのみ許された席であるが、第十三番目の席は、叛逆者ユダの席として、いつでも主のない席になっていた。かつて一人の不敵なサラセン騎士が、この席に座ったことがある。その時、床はたちまち裂けて、この無謀な騎士を大地の底に吸い込んでしまった。それ以来この席は「災いの座」と呼ばれて誰一人坐った者はなかった。円卓を囲む十二の席には、一つ一つ、不思議な魔力によって、そこに坐るべき騎士の名が記されていた。そしてその席の主が欠けた場合には、ただ一層優れた武勇と勲功とを持った騎士のみが、その空虚を埋めることができるのである。そういう資格を欠いたものが、その席をp占めようとすると、目に見えぬ力によって引き退けられるのが常であった。サー・トリストラムが、カメロットの館へ着いた時、十二の席の内に、ただ一つ空虚な席があった。それは十年前にサー・トリストラムとの勝負で、敢え無くも命を落としたアイルランドのモローントの席であったが、それ以来、誰もこの席を占める者がなく、今もなお主なき席に、サー・モローントの名が、鮮やかに記されている。アーサー王は、サー・トリストラムを広間の中へ案内すると、その手を取って、この席に着かせた。その時、いずこともなく美妙な楽の音が響き、奇しき香りが室内に満ちて、モローントの名はたちまち消え、トリストラムの名を示した光の文字が浮かび出でた。その時円卓の記録を司る一人の書記が、サー・トリストラムの前に進んで、これまでに名誉の騎士としてあらわした。様々の武勲を語らせて、この席に着く資格のあることを明らかにした。この儀式が終わると、トリストラムは席を並べた一同の騎士から、歓迎の言葉を受けた。なかにもサー・ランスロットと、妃ギニバーは、美しいイソウド姫の噂を口々に語って、「おりがあったら、是非、一度このロエグリヤの国へもご案内したい」と懇ろな希望を述べるのであった。トリストラムがアーサー王の館で、無上の名誉を得たという噂が、コーンウォールに伝わると、マーク王の胸は嫉妬の思い出かき乱された。王はイソウド姫の顔を見るたびに、姫がトリストラムと相思の仲であったことを思い出さずにはいられなかった。しかもその不埒な甥が、音に聞こえたアーサーの前で、盛んな歓待を受けていると聞いて、王の胸は煮えかえった。王はとうとうじっとしてはいられなくなって、人知れずトリストラムを亡き者にしようという考えから、姿を変えて、ロエグリヤの国へ旅立とうと決心した。その時王は、幼い時分から、館の中で育て上げた二人の騎士を共に連れ、またイソウド姫を残してゆくのを心許なく思ったので、二人の侍女と老女ブレングエーンを従えて、ともどもに旅路に上ることになった。王の一行は、日を重ねて、カメロットの近傍まで着いた時、マーク王は供の騎士を近く呼んで、初めてこの度の旅行の目的を打ち明けた。王は心では、この二人に限って、自分のためには命をも惜しみはしまいと思ったのが、案に相違して、二人は王の言葉を聞くと、顔色を変えて反対した。「そのようなこととは夢にも知らず、ここまで御伴してまいりました。しかしそのような恐ろしい企てを、王の口から伺った上は、私共は、もうこの先お供することはできません。今日限り、お暇をいただきます。」と言って二人の騎士は、王の前を立ち去った。その後で、王は心の内に、よしなきものに心の秘密を打ち明けたことを、深く後悔した。「あの二人は、トリストラムが恐ろしくて、私に背いた上は、アーサー王の前へ出て、私の罪を訴えるかもしれない。その場合には、また何とか弁解する途もあろう。」と王は、心を決めて、妃と三人の侍女とは、その近くの寺へ頼んでおいて、ただ一人、カメロットの館を指して道を急いだ。マーク王は、暫く行くうちに、アーサー王の館から出た数人の騎士に行き会った。王はかねてからアーサー王の騎士は、見知らぬ騎士に会うたびに、試合を申し込んで、その手並みを試す習慣のあることを知っているので、できることなら、よけて通りたいと思ったが、もう側まで来てしまってどうすることもできなかった。館の騎士は、王の着た鎧を見て、すぐにコーンウォールの騎士だと悟ったので、一つ悪戯をしてやろうという気になった。丁度、アーサー王の道化役のダゲネットというのが一緒にいたので、この者を使って、コーンウォールの臆病騎士をからかってやれという相談をした。ダゲネットは見るから弱々しい片輪者ではあったが、なかなか勇気のある男であった。そこで一同は、この道化者に、仲間のうちの一人の鎧を着せて、「我こそは湖のサー・ランスロットだと名乗って、向こうから来る騎士に試合を挑んでみろ」と言いつけて、先へやり、一同は後に残ってその様子を眺めていた。マーク王は、相手があまり強そうでもないのを見て、胸の内で、これならば負けることはあるまいと思っていたが、いよいよ側へ寄って、相手の一寸法師が馬の上から、「我こそは湖のサー・ランスロットだ」と名乗るのを聞くと、急に恐ろしくなって、いきなり馬に拍車を当てて、一目散に逃げだした。それを見て、一同の騎士はは手を叩いて笑った。一方でイソウド姫は老女のブレングエーンと一緒に、庵室の中で淋しい日を送りながら、おりおり、寺の後ろに続く林の中を散歩するのをただ一つの楽しみにしていた。林の奥には、美しい水の噴き出す一つの泉があった。姫はいつもその泉のふちへ腰を掛けて、竪琴の音に合わせて、自作の歌を口ずさむのであった。ある日、姫はいつもの通り、乳母を連れて泉の傍に足を留めた。その時、この付近に住む悪い野武士で「情け知らずのブリュース」と呼ばれた者が、遠くから姫の姿を認めて、林の蔭に身を潜めて様子を伺っていた。姫は聞くもの有とも知らず、竪琴をとって、静かに奏でながら、トリストラムに対する胸の思いを歌っていた。情け知らずのブリュースは、あえに八人の仲間と共に、サラセンの騎士サー・パラメデスを襲った時に、トリストラムにつかまって、散々の目に遭った恨みがあるので、今姫の歌のうちに、その仇の名を聞くと、この上もない獲物を見つけたとばかりに、踊り出して、いきなり姫を引き捕らえた。姫は驚いて気絶する、ブレングエーンは叫び声を立てて、救いを求める間に、ブリュースは姫を引き抱えて、馬を繋いでおいたので、ブリュースは姫をその場へおいて、馬を捜しに行かなければならなかった。その折しも、一人の騎士が、老女の叫び声を聞きつけて、林の中へ駆け込んで来た。そして近づいて訳を尋ねたが、ブレングエーンは姫の方を指さすばかりで、口を利くことはできなかった。しかしブリュースがその場へ引き返してくる姿を見て、老女はもう一度声を立てたので、騎士はすぐにその理由を察して、ブリュースの方へ馬の頭を向けた。ブリュースは即座に槍を構えて、騎士に向かって突きかかったが、たちまち馬から突き落とされた。ブリュースは死んだふりをして、暫く地上に倒れていたが、相手の騎士が、婦人たちの方へ行った隙に、慌てて跳び起きて馬に乗って逃げ失せた。騎士は姫のそばへよって、静かに抱き起し、顔にかかった金髪をかきわけて、一目姫の顔を見るや否や、あっと叫んで後へ倒れた。そこへブレングエーンが来て、姫を介抱したので間もなく息を吹き返した。二人はすぐに倒れた騎士の側へ寄って、頬当を上げると、思いもよらないサー・トリストラムであった。その時、イソウドは懐かしい恋人の上に身を投げかけて、熱い涙を流した。その涙が顔にかかった時、トリストラムは夢のように目を開いた。そしてその身が、懐かしい姫の腕に抱かれているのを見て、夢かとばかりに喜んだのであった。円卓の騎士に加えられた者は、その日から十日の間、冒険の旅に出かける掟になっていた。この十日の間に、円卓の騎士は、めいめいに姿を変えて、この新しい仲間に立ち向かって、その力を試すのが例であった。トリストラムはこの時、もう七日の間、諸方を巡り、多くの勇士と試合をして、天晴の手際を示した。しかしアーサーの館へかえるまでには、まだ三日の日が残っていた。そこでサー・トリストラムは、三日の間、姫を保護して、この庵室に足を留めた後、三人の侍女と共に、姫を護衛してカメロットの館へ帰って行った。一行がカメロットへ着くと、サー・ランスロットは懇ろに迎えて、姫を王と妃の前へ案内した。その時マーク王は、コーンウォールの二人の騎士の訴えによって、館の内へ監禁されていたので、イソウドは夫に会うことを許されず、一時サー・ランスロットの居城に逗留して、王の解放の日を待つことになった。マーク王は、相手方の訴えに対して、潔く罪に復するか、あるいは決闘によって、自分の無罪を証明するか、二つに一つを選ばねばならなかった。王は第一の道を選んだ。アーサー王はその告白を聞き、寛仁大変な御心を示して、まだ遂げられない罪は罰に当らないという判決を下して、マーク王の刑罰を許し、ただ、「この後は甥に対する復讐の念を棄てねばならぬ」と命ぜられた。マーク王はこの判決に従って、心ならずもその復讐を断念することを誓ったので、アーサー王とその館の人々の前で、一同はここに和解を結ぶことになった。間もなくマーク王とイソウド姫は、アーサー王と館の人々に別れを告げて国へ帰り、サー・トリストラムはなおアーサーの館に留まっていた。
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サー・パラメデス
サー・トリストラムとイソウド姫が、まだサーランスロットの居城に逗留していた時のことであった。ある日、サー・トリストラムは一本の槍と、一振りの剣の他には、何ら武装をせずに、馬に乗って、飄然と城を出掛けた。しばらく行くと、前方に二人の騎士が戦っていた。そのうちの一人はじきに敵を突き伏せて馬から下に突き落とした。見ると、勝ち誇った騎士は、サー・パラメデスであった。パラメデスはサー・トリストラムの姿を見ると、驚いたように声をあげて、「サー・トリストラム、とうとうここで巡り合った。この場を去らず互いの曲直を決しよう」と呼び掛けた。サー・トリストラムはそれを聞いて、「言うにや及ぶ、某は今日までいかなるキリスト教徒に対しても、卑怯の名を取ったことはない、貴殿のごときサラセン騎士に対しても、何で後れを取ろうや」と答えながら、馬を躍らせて、サー・パラメデスに突きかかって行ったが、相手の楯に触れて、槍はぽっきりと折れた。サー・トリストラムは楯を抜くや否や、稲妻のごとく跳びかかって、サー・パラメデスの兜を目掛けて六たび斬り下した。けれどもサー・パラメデスは、サー・トリストラムの武装していないのを見て、心の内に「ここでもし相手になって、向こうを殺したとしても、自分の名誉にはならない」と思ったので、ただじっとして立って居た。サー・トリストラムは、それを見て、「卑怯者よ、貴殿はなぜ戦わないのか?某が貴殿に対して、遺恨を抱いていることは、よくわかっているはずだ」と言ったが、サー・パラメデスが、「あいや、サー・トリストラムよ、某の名誉にかけて、貴殿と戦うわけにはいかぬ、私は武装をしているが、貴殿は何の武装をも身に着けていない。貴殿に一つ問いたいことがある。答えて下さるか」と答えるのを聞いて、サー・トリストラムは、「何なりと承ろう」と、きっと相手の顔を眺めた。「今仮に貴殿が十分に武装をして、某が何の武装もしなかったとすると、その時、貴殿の騎士道は、わたしに対して何とせらるるか」とサー・パラメデスは尋ねた。「ああ、パラメデスよ、貴殿の心持ちはよくわかった。神の恩竉を信じている某は、決して貴殿を恐れて言うんではないが、もしそれならば、貴殿がこの場を去ったらよいであろう。某はこの上、貴殿にかかり合うつもりはないから」と言うトリストラムの答えを聞いて、パラメデスも鸚鵡返しに、「某ももはや貴殿にかかり合いはない、構わずお通りください」と言う。「いや、なに、通ると通らぬとは、某の自由だ。だが、サー・パラメデスよ、私には一つ解せぬことがある、貴殿は、それほどの立派な騎士の魂を持ちながら、なぜキリスト教徒にはならないのか」とサー・トリストラムが尋ねる言葉に、サー・パラメデスは形を改めて、「されば、某はいささか心に誓ったことがあって、まだ洗礼は受けてはおりません。が、心の底では、我が救世主と聖母マリヤを深く信じておるのです。しかし洗礼を受ける前に、もう一度戦わなくてはなりません。この最後の試合が終わったら、某は喜んで、キリスト教徒になるつもりでいる」と答えるのであった。その時、サー・トリストラムは、身を進めて、「その試合の相手ならば、ほかに求めるにも及ぶまい。あそこに貴殿の突き刺した騎士がおる。あの騎士に頼んだら、あの武具を貸してくれるだろう。某がお相手をして、貴殿の誓いを果たさせて進ぜよう」と言うのを聞いて、サー・パラメデスも、「それならば、貴殿の思し召しに従おう」と答えて、馬を並べて、河の岸に行っている騎士の側へ進み寄った。サー・トリストラムは、騎士に向かって、挨拶をすると、騎士も恭しく礼を返した。そこでトリストラムは口を開いて、「折り入ってお願いがあるが、貴殿の武具を暫く拝借いたしたい。某は武具の用意をいたしてまいらなかったが、今、これなる騎士と立ち合わねばならないことになったのです。」と言うと、手負いの騎士も、「その義ならば、喜んでお望みに従いましょう」と答えたので、サー・トリストラムはすぐに手伝って、騎士の鎧を脱がせ、更に騎士の力を借りて、わが身の武装を整えた。手負いの騎士は名をサー・ガレロンと言った。サー・トリストラムは、サー・ガレロンの鎧を着て、馬に乗ると、サー・ガレロンの手からその槍を受け取って、支度のできるのを待ち受けていたサー・パラメデスに立ち向かった。二人はすぐに槍をしごいて、互いに駈けよりながら、相手の楯の真ん中を突きかわした。その拍子に、サー・パラメデスは即座に馬から飛びのいて剣を抜いた。それを見て、サー・トリストラムも、ひらりと馬から下りて、傍らの貴に馬を繋ぎ、剣を抜いて向かって行った。二人は二時あまりも野獣のように打ち合っていた。その間に、サー・トリストラムは幾度か激しく打ちこんで行って、相手の膝をつかせたが、サー・パラメデスも相手の楯を打ち破って、トリストラムに手傷を負わせた。サー・トリストラムは手負いの獅子のように、怒り立って、猛然と進んで打ち込んだ剣が、相手の型に愚さとばかりに斬り込んだ拍子に、サー・パラメデスは思わず剣を取り落とした。この時もしサー・パラメデスが身を屈めて、剣を拾おうとしたら、サー・トリストラムは、一刀の下に首を討ったであろう。サー・パラメデスはそれを知って、立ったまま、悲し気に剣の方をながめていた。それを見てサー・トリストラムは、声をかけた。「さあ、今度は某の方に分が付いた。しかし王の館でも、また騎士の仲間でも、サー・トリストラムは武器を持たぬ相手を殺したと言われては、面目が立たない。さあ、貴殿の剣を拾って、この勝負を続けるがいい」その時、サー・パラメデスは、サー・トリストラムに答えて、「某はもはや、この戦いを続けようとは思わない。某と貴殿との確執は大したことではない。貴殿の心一つで、手を握ることもできるだろう。某が貴殿の不興を買ったのは、みんなあの妃なる美しいイソウドに対する愛のためだ。某はあくまでも、あの妃を二なきものと思っている。それがために貴殿は、某に数々の痛ましい打撃を与え、某もまたお相手になった。されば我が親愛なるサー・トリストラムよ、今こそ某の咎を許して、近所の会堂へお連れ下さい。某はまず神の前に懺悔をして、洗礼を受けましょう。そしてご一緒に、アーサー王の館へ馬を進めて、聖霊降臨祭の饗宴に列することにいたしましょう。」と言うのを聞いて、サー・トリストラムも快く同意した。「では、馬にお乗りなさい。そして貴殿の仰せの通りにいたしましょう」そこで二人が馬に乗ると、サー・ガレロンも馬に乗って、後に続く、三人はやがてカーライルの会堂へ着くと、司教は洗礼盤になみなみと水を満たし、その前で、祈禱を捧げて、サー・パラメデスに懺悔をさせた後、洗礼を授けた。サー・トリストラムとサー・ガレロンは、サー・パラメデスのために名親になった。その儀式が済むと、三人は馬を並べて、カメロットの館へ向かった。一同はやがて、アーサー王と妃ギニバーの御前に進んで、一部始終を物語ると、王を始め、館の騎士は、心からサー・パラメデスの改宗を喜んだ。そこで聖霊降臨祭の祝宴に列なった跡、二人は王に暇を告げて、サー・トリストラムは城に帰り、サー・パラメデスは志す方に馬を急がせた。この事件があってから、間もなくサー・ガエーンが、ブリタニーの旅から帰って、あの不思議の森の中で、魔術者マーリンの口から言い使ってきた言葉を、王の前に披露した。「速やかに聖杯の探求に従わねばならぬ、この大事業を成就すべき騎士がすでに生まれている」と言うのが、マーリンの言葉であった。アーサー王がまだ思案を定めかねている間に、トリストラムは逸早くこの探求に従おうと決心した。彼は自分の手で、この神聖な探求を成就することが出来たら、これまでの罪は、残らず消えるという望みを持っていたからである。そこで彼は直ちに出発して、まずマーリンの口から、この探求に向かうべき道順について、何かの指図を聞きたいと思って、ブリタニーの国をさして出掛けて行った。
解釈
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サー・トリストラムの最後
サー・トリストラムは、程なくブリタニーへ着いた。そのおりしも、ブリタニーの国には内乱があって、、国王ホエールは、叛逆者に囲まれて、非常に苦戦していた。力に思う騎士は次第に戦死して、っ国内にはもはや、加勢を頼むあてもなかった。そこでトリストラムが着いて、加勢をしようと申し出たので、王は天の助けと喜んだ。その日からトリストラムは、王の軍勢を率いて、反軍に向かったが、いつの戦いにもトリストラムは真っ先に立って、全軍の将士を励ますので、王の軍は急に勢いを盛り返して、間もなく敵を打ち破った。そこで王は深くトリストラムの疑心に感じ、またその素性の賤しからぬことを聞いて、王女の婿にしようと言い出した。ブリタニーの王女は、コーンウォールの妃と同じ名前のイソウドと呼ばれて、才色兼備の誉れ高い乙女であった。後のローマンスの作者は、この二人の女を区別するために、コーンウォールの妃を「美しいイソウド」と呼び、ブリタニーの王女を、「白い手のイソウド」と呼んでいる。王の申し出を聞いた時に、トリストラムの胸は嵐のようにかき乱れた。彼は心の底から、「美しいイソウド」を慕っていたが、それは成就する望みのない恋であった。その上、彼の心は絶えず、悔恨に責められていた。なおその上に、彼は今、清い、新しい生涯を目指して、神聖な冒険の道に進もうとしている。この点からいっても、彼は清い生涯を送る必要があった。「白い手のイソウド」はこの目的を達するために、天から授けられたもののように思われるのであった。サー・トリストラムは幾日か煩悶した後に、遂に決心して、王の申し出に従った。「白い手のイソウド」との結婚の式を挙げてから、もう幾日が経った。二人はホーエル王の館で、静かな幸福な日を送っていた。トリストラムのこれまで知らなかった平和な日が、果てもなく続いて、心の喜びは刻々に加わってゆくように思われた。聖杯の探求を胸に誓った日から、トリストラムの心に芽ぐんできた美しいものが、日に日に成長して、あの不思議な媚薬の魔力をも打ち消してゆくようにも思われた。そのうちに、一旦静まった戦争がまた始まった。トリストラムはいつも通り、真っ先に立って敵に向かった。敵はその勢いに辟易して、次第に退き、とうとう一つの城に籠城することになった。トリストラムはすぐにその城を囲んで、激しく攻め立てたが、ある日、梯子をかけて、城壁の半ばまで攻め上った時、城中から投げ下ろす大石に当って、真っ逆さまに地へ落ちた。トリストラムは一時、気を失って倒れていたが、しばらくして息を吹き返すと、士卒に命じて、妻の館へ運び返させた。医術の業にも長じていた王女は、人手に掛けず夫の看護をして、優しい手で薬を塗ったり、繃帯をしたりしたので、初めのうちは日増しによい方へ向かって行ったが、しばらくすると、折角笑いかけた希望の光が、急にうすれて、いかに心を尽くしても、夫の病は日に日に悪くなってゆくばかりであった。この様子を見て、永年トリストラムに仕えていた家来が、ある日、病床に近づいて、主人の耳に何事をか囁いた。トリストラムは静かにうなずいて、やがて妻のイソウドを呼び、その昔、アイルランドの王女の介抱を受け、創の悩みが癒えたことを語り出した。その時の王女は、今は妃となって、コーンウォールの国にいる。もし誰か使いをやって、自分の病状を知らせてやったら、妃イソウドは、きっとコーンウォールからきて、昔のようにこの創を癒してくれるだろう。と言って妻の同意を求めるのであった。「白い手のイソウド」は夫の言葉を聞いて、直ちにコーンウォールの妃を呼び寄せることに同意した。そこでゲスネという海に馴れた一人の老臣を使いにして、コーンウォールへ旅立たせる。その時、トリストラムはゲスネを側近く呼んで、自分の指輪を抜いて渡しながら、こう言った。「この指輪をコーンウォールの妃に渡して、『トリストラムは今や死に臨んで、あなたの助力を待っている』と伝えて下さい。そしてもし妃が承知して、一緒に来るようであったら、船には、一目にそれと分かるように、白い帆を上げるがいい。また妃が来なかったら、船には黒い帆を張って来い。私の命は、ただその帆の色にかかっているのだ」ゲスネは日を重ねて、コーンウォールに到着した。折しもマーク王は、都にいなかったので、妃はその知らせを聞いて、すぐにゲスネとともにブリタニーに出発した。その時ゲスネはかねての約束通り、白い帆を張って、帰りの旅路についた。一方で、トリストラムの創は、日を追うてだんだんと重くなるばかりであった。初めのうちは、家来に扶けられて、日ごとに、海岸へ出て、船の帰るのを眺めていたが、今では、もうそれもかなわなくなった。トリストラムは一人の少女に命じて、海岸へ出て、船の帰るのを眺めていたが、今では、もうそれもかなわなくなった。トリストラムは一人の少女に命じて、海岸に立って、コーンウォールの方を見張らせておいた。そしてもし船が見えたらば、すぐに駆け戻って、白い帆か、黒い帆かを知らせるようにと言いつけておいた。「白い手のイソウド」は初め夫の話を聞いた時には、一日も早く夫の悩みを癒したい一心から、何も考えずに、その言葉に同意したが、日が経つにつれて、心の底に不安を覚えて来た。夫が船の帰りを待てば待つほど、妻の胸には、言い知れぬ不安が増して行った。一刻でも船の着くのが遅れて、自分の手でできるだけの介抱を尽くしたいと思った。しかし船はとうとう帰って来た。海岸に見張っていた少女が、遥かに船を眺めた時、白い帆は、日に向かって銀のように輝いていた。少女はすぐに駈け戻って、「船が見えました」と告げる。トリストラムはかすかな声で、「帆は、黒かったか、白かったか」と聞く。少女は「白」と答えようとするのを、イソウドは慌てて遮って、「黒かったろうね」と言った。少女は暫くの間、黙っていた。なんと言っていいかと思い惑っていたが、最後に、「黒いようでした」と言って、面を伏せた。トリストラムは悲しそうに、ほっと息をついて、顔をそむけたが、かすかな声で、「ああ、イソウドよ、これでお別れだ」と言って、そのまま最後の息を引いた。コーンウォールの妃が、ブリタニーの岸に上がった時に、第一の知らせは、トリストラムの死んだことであった。彼女は夢のように、トリストラムの館へ運ばれて行ったが、青ざめた男の顔を見ると、崩れるように床に倒れて、冷たい骸を抱きながら、息が絶えた。トリストラムは死ぬ前に、自分の剣と一通の手紙を、家来の手にわたして、「俺が死んだならば、この二品を添えて、コーンウォールへ送ってくれ」と遺言した。そこで人々はトリストラムとイソウドの遺骸を、一艘の船に乗せて、コーンウォール王の館へ送り届けた。マーク王は、トリストラムの剣を取り上げて眺めているうちに、心の内の怒りは自然と和らいでいった。「アイルランドのモローントと戦って、コーンウォールの恥辱を救ってくれたのは、この剣であった。また幾たびの戦争に臨んで、王の命を救ったのも、この剣であった」王はこう思って、甥の最後の手紙を開いた。それには、深く生前の罪を悔いて、伯父の許しを願う意味をしるした末に、アイルランドからの船の中で、はからずも飲んだ、あの恋の酒の物語が書き添えてあった。マーク王は二人の亡骸を、自分の墓地へ葬らせた。二つの墓は、遥かに隔たっていたが、一夜のうちに、トリストラムの墓から、一本の蔦が生えて、地を這い、垣根をのぼって、妃の墓まで伸びていった。王は家来に命じて、三度まで、根元からその蔦を切らせたが、切っても切っても、新しい芽をふくので、終いには蔓延るがままに任せて置いた。その時から、トリストラムとイソウドの墓はいつまでもこの一本の蔦に絡まれて、深い蔭を地に落としていた。
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パーシバル
パーシバルの父は名高い騎士であったが、ある時の戦いに、敵の剣によって命を落とした。間もなく、二人の兄も、試合の場で命を失った。パーシバルの母は、悲しみのあまり、あとに残ったパーシバルには、騎士の作法を知らせまいと、世を棄てて森の奥に引き籠った。パーシバルは剣をとるすべも知らず、騎士道の習いもわきまえずに、鳥獣を友として、淋しい森の奥で成長した。その小屋には、ただ一本の槍があったが、パーシバルはこの槍をもって、日ごとに野山を駆け回るうちに、自然と呼吸を覚えて、野の獣ばかりでなく、空を飛ぶ鳥でも、自由にとるようになった。ある日、パーシバルは、森の中で、ふと五人の騎士に会った。五人の騎士は、美しい甲冑に身を堅めて、長い槍を小脇にかかえていた。パーシバルは小屋に帰ると、母に向かって、「母上、あれはなんです?」と尋ねた。「あれは天使というものです」と母は答える。「じゃあ、私はあの人たちと一緒に行って、天使の仲間へ入ります」と言うや否や、騎士のあとを追って行った。パーシバルの姿を見ると、騎士の一人は、振り返って尋ねた。「兄さん、今日か、昨日か、個々を一人の騎士が通らなかったかね」パーシバルは「騎士なんて、僕は知らない」と答えた。騎士は「騎士と言うのは、私のようなものなんだ」と言った。パーシバルは「じゃあ、僕の聞くことを教えてくれたら、君の聞くことも教えてあげよう」と言った。騎士は「よかろう。なんでも聞いて見なさい」と答えた。この騎士はサー・オーエンと言う騎士であった。パーシバルは騎士の身のまわりにいちいち手を触れて「これは何に使うものか、あれは何にするものか」と尋ねるので、オーエンは親切に教えてやる。そこでパーシバルは、約束通り、前に見かけた騎士のことについて、知っているだけのことを話して、五人の騎士に別れた。小屋へ帰ると、パーシバルは母に向かって、言った。「母上、さっきの人たちは天使ではありません。あれは騎士というものです。」この言葉を聞くと、母は気を失わないばかりに驚いた。それを見て、パーシバルは、いきなり飛び出して、牧場へ行った。そこには、薪や麦を町へ運ぶための、沢山の駄馬が放してあった。パーシバルはそのうちから、一番強そうな、黒斑(くろぶち)の子馬を引き出して、その上に包を乗せて鞍の形にし、その周囲に小枝を結びつけて、馬の飾りにした。パーシバルはこの小馬を引いて、小屋へ帰ると、母はそれを見て、「パーシバルよ、おまえはその馬に乗って行くつもりなのか?」と尋ねるので、「はい、母上さえよろしければ」とパーシバルは答える。母はようよう気が落ちついて、ひとり心のうちに、こう思った。「世の中を知らぬうちこそ、暗い森の奥にも住み得たであろう。人の世の姿を垣間見た上は、もはやいかに留めても、留まらぬであろう。」こう思って、母は我が子の顔をきっと眺めながら、「パーシバルよ、では行っておいで、アーサー王の館には、世にも優れて立派な、美しい人たちがたくさんいます。王の前へ出て、ペレノールの子のパーシバルだと名を明かして、騎士の列に加えてもらいなさい。もし、路で街道を見かけたら、『主の祈り』を唱えるのです。もし食物や、飲み物のならんだところへ行って、お腹が空いてたら、すぐにご馳走におなりなさい。もし苦しんでいる人の泣き声を聞いたら、すぐに駈けつけて行って、救っておやりなさい。そのうちにも、それが女の人あったら、できるだけ親切をつくしてやらねばなりません。もし立派な宝石を見たら、それを取って、名を挙げるがいい。しかし一度手に入れた上は、惜しげもなく投げ出して、世の誉れを取るようにせねばなりません。もしまた、美しい婦人にお逢いだったら、丁寧に話しかけて、その愛を得るようになさい」と誡めた。母の懇ろな教訓を聞き終わると、パーシバルは、瘦せこけた小馬に跨り、槍のように、先を尖らした棒を幾本も抱えて、森の棲家を出掛けて行った。パーシバルは果てしもなく続いた森の小路を踏み分けて、幾日ともなく進むうちに、とうとう林が尽きて、目の前にぱっと開いた一つの広野へ出た。広野の中には、一つの天幕が張ってあった。それを見ると、パーシバルは心の内で、「ああ、母上の言われた会堂というのは、あれに違いない」と思ったので、天幕の前で馬を下りて、「主の祈り」を幾度か唱えた。丁度、天幕の入口が開いていたので、ずんずん中へ入って行くと、中には、黄金の輪を額にまき、腕にも黄金の輪をはめた、一人の若い女が坐っていた。パーシバルは女の前へ進んで、丁寧に挨拶をして、こう言った。「私は森を出るときに、母上から、女の人に逢ったら、丁寧に礼をしなくてはならないと申しつけられてまいりました」それを聞いて、女は、この男の無礼を咎めるよりも、その子供のような無邪気な様子を面白く思って、思わず微笑んだ。すると、パーシバルは天幕の片隅に、食事の皿と、酒を満たした二本の瓶が並んでいるのを見て、「母上は食物と飲物を見たら、ご馳走になってもいいと申しました」と言いながら、側へ寄って、がつがつと食べ始めた。実際パーシバルは、幾日もの間、一片のパンも、一滴の水も喉へ入れなかった。ひどく空腹を感じていたのだ。女は黙って、その様子を眺めていたが、パーシバルが食事を終わると、優しい声で、こう言った。「さあ、はやくここをでていらっしゃい。今に仲間の者が帰って来ると、どんな目にあうかわかりませんから」するとパーシバルは、女にむあって、「母上は立派な宝石を見たら、それを取って名を挙げろと申しました」と言いながら、女の美しい手から、そっと指輪を抜き、その代わりに、自分の手にはめた粗末な指輪を渡して、天幕を出掛けて行った。パーシバルは天幕を出ると、また馬に乗って、旅を続けるうちに、とうとうアーサー王の館へ到着した。そのおりしも、王の館では、一つの騒動があった。狼藉な一人の騎士が、妃ギニバーに向かって、わざと無礼をするつもりで、妃の小姓の一人が、黄金の杯になみなみと酒を満たして、妃の前に持って行った時、いきなり、小姓の腕を打って、杯の酒を妃の顔から胸飾りまで、はねかしたのであった。そのとき騎士は大音を上げて、「妃ギニバーのために、某に復讐しようと思う者は、牧場へ来い」と言い棄てて、黄金の杯を片手に持ちながら、ひらりと馬に跳び乗って、牧場の方へ行ってしまった。あとを見送った一座の騎士は、首を垂れて思わずため息を吐いた。「これほどの狼藉をするには、何か余程の頼むところがあるにちがいない、あの騎士は、おそらく不思議な妖術を心得ているのであろう。その騎士の妖術を破って、彼に懲罰を加えることは、容易な業ではない」とみんなが胸の内で思っていた。パーシバルが王の館へ着いたのは、ちょうど、この時であった。鞍もおかぬ斑毛の小馬に乗って、ふらふらと館の中へ入って来る不思議な、田舎者の姿は、この場合、館の人々の心に一層不思議な感じを与えた。人々が呆気にとられて、眺めている間に、パーシバルは広間の中ほどまで進んで、そこに立っていた執事ケイに向かって、「伺いますが、アーサー王はどこにいらっしゃいます?」と訊ねる。「王に、なんぞ用でもあるのですか?」とサー・ケイが訊ね返した。「母上が、アーサー王の前へ行って、騎士の列に入れてもらえと申しました」とパーシバルが答える。「お見受け申すところ、貴殿の馬と武具とは、あまり美事ではござらぬようだ」とケイが嘲るのを聞いて、一座の諸士は、一度にどっと笑った。けれどもこの時、館の侍女の中に、笑ったことのない一人の少女があった。この館へ来てから、もう一年あまりにもなるが、誰もその笑った顔を見たものがなかった。王の道化役の一人が、ある時、こんなことを言った。「あの女は、騎士道の華と呼ばれるほどの騎士が、現れるまでは、笑わないでいるに違いない」その少女が、この時、パーシバルのそばへ寄って、「長生きさえなされば、あなたは騎士のうちでも、一番優れた方におなりになりましょう」と言って、にっこり笑った。それを見て、サー・ケイはその少女に向かい、「おまえは、もう、一年もこの館に下りながら、我々に対しては、一度も笑顔をみせたこともないのに、アーサー王とすべての騎士の面前で、こんな田舎者を、騎士道の華のように言うとは、なんという心得ちがいだ」と言いながら、拳を堅めて、耳の上を打ったので、少女は気を失って、ばったりと床へ倒れた。ケイはまた、パーシバルの方を振り向いて、「貴殿は、先刻牧場の方へ行った騎士の後を追っておいでなさい。あの騎士を負かして、黄金の杯を取り返し、またその馬と武具を取ってきたら、騎士の列に加えてあげましょう。」と言うのを聞くや否や、パーシバルは馬の頭を立て直して、牧場の方へ出て行った。やがて牧場まで来ると、先刻の騎士は、馬を縦横に乗り回して、自分の威勢を示していたが、パーシバルの姿を見て、「館の方から誰かここへ来るものはなかったか?」と訊ねる。パーシバルはそれに答えて、「あそこにいた背の高い人が、私に行って、あなたを負かして、杯と馬と武具を取って来いと言いました」と言うと、騎士は声を怒らせて、「黙れ、館へ行って、アーサー王に、自身で来られなければ、誰でも、某の相手になるものをよこせと言うがよい。早くしなければ、某はまっておらんと言え」と叫んだ。「本当に、私がおまえさんの相手になるんだ。お前さんは嫌かもしれないが、私は、どうあっても、馬と武具と杯を持っていかなくてはならないのだから」とパーシバルがいうのを聞いて、騎士は、猛然と馬を進めて、ものも言わず、槍の柄をもって、パーシバルの頸と肩の間を、力任せに打ち下ろした。しかしパーシバルは、平気で笑いながら、「はっはっ、若い衆!うちの家来どもとはやり方が違うね。よし、私はこうしてやるぞ」と言いながら、先を尖らせた棒を、一本引き抜くや否や、相手の目を狙って投げると、狙い違わず、棒は目から頭まで抜けて、騎士はそのまま、馬から落ちて、息が絶えた。王の館では、パーシバルの去った後で、サー・オーエンはサー・ケイに向かって、「あの狂人を、あの騎士に差し向けるなんて、貴殿はつまらないことをしたものじゃないか?あの男は、負けるか、逃げるか、どちらかに決まっている。どちらにしても、王と王の騎士にとっては、不面目なしだいだ。とにかく、某が一つ行って、様子を見届けてこよう」と言いながら、サー・オーエンは牧場をさして出掛けて行った。サー・オーエンが牧場へ行ってみると、パーシバルは死んだ騎士の鎧をはぎ取ろうとしているところであった。その鎧を脱がせて、自分の身に着けようと思うが、事に馴れぬ田舎者には、どこからほどいたらいいのか見当がつかなかった。オーエンはその様子を見て、すぐに馬から下り、パーシバルに手伝って、騎士の鎧を解いて、パーシバルに着せてやった上、騎士の馬に跨らせて、鐙(あぶみ)をふまえる術や、拍車の用い方をもこまごまと教えてやった。パーシバルは今まで鞍を置かぬ馬に跨り、棒の先で側腹を突いて、馬を急がせていたので、この時まで鐙や、拍車の使い道をしらなかったのである。そこでオーエンはすぐにパーシバルを連れて、アーサー王の前へ帰ろうとしたが、パーシバルは首を振って答えた。「私はあの背の高い人に逢って、さっきの婦人の仇を討ってやるまでは、王の館へは行きません。だが、あなたはこの杯を、お妃さまのところへ持って帰って、アーサー王によろしく申し上げて下さい。私はどこにいても王の御家来です。王の御為になることなら、どんなことでもいたしますからと」この言葉を聞いてサー・オーエンは、パーシバルに別れて、そのまま館に帰り、王と妃と館の人々の前に、一部始終を披露した。パーシバルはその後、諸方を漂泊するうちに、ある日、美しい湖のほとりへ出た。湖の近くには、立派な城が見えるので、パーシバルは城の方へ馬を進めて行くと、湖の岸で一人の老人にあった。老人は髪も髭も雪のように白く、びろうどの褥に坐って、湖の中で魚を取っている家来の方を眺めていた。パーシバルが近寄るのを見て、老人は静かに起ち上がって、無言で城の方へ歩き出した。パーシバルも黙って老人のあとについて行く。やがて城へ着くと、門が開いているので、パーシバルは門を入って、広間の入口で馬を留めた。老人はそれを見ると、恭しく出迎えて、一つの褥の上へ坐らせた。間もなく、食事の時刻になると、二人は向かい合って食事をとった。食事のあとで、老人はパーシバルに向かって、「おまえさん、剣術を知っておいでか?」と聞くと、パーシバルは「知りません。ですが、これから習うつもりです。」と答える。その時、老司名hじっとパーシバルの顔を眺めて、こう言った。「私はお前の叔父だ。お前のお母さんは私の妹になるのだ。世間の者が、「罪の王(ル・ロア・ベシユール)」と呼ぶのは私のことだ。お前は暫くここにいて、諸国の人々の風俗や、礼儀作法を見習うがいい。ただ一つ、言っておくことがあるが、ここで何を見ても、その訳を訊ねてはいけません。お前が聞いたにしても、誰も言って聞かせる者もあるまいが、それは決してお前の咎にはならない。それはわけあって、私が教えないのだから」二人がこう話しているうちに、二人の青年がこの広間へ入って来た。一人は手に黄金の杯をささげ、一人は大きな槍を抱えていたが、槍の先からは血がたれていた。その時、この広間にいたものは、それを見て、悲しそうに泣き出したが、その間も老人は、パーシバルとの話を続けて、この不思議な光景については、何も言わなかったので、パーシバルもじっと辛抱して、ひと言もその訳を訊ねなかった。今、この館でパーシバルの見た杯と槍は、イエスキリストの最後に用いた聖杯と、救世主の血に染まった槍であった。パーシバルは今、聖杯の伝道にありながら、その訳を話すものもなければ、何事も知らずに、間もなく王に別れて、また新しい冒険の旅にのぼった。ある夕方、パーシバルはとある谷間をよぎるうちに、隠者の岩屋を見つけて、一夜の宿を乞うた。夜が明けると、パーシバルは岩屋を出て旅を続けた。しかし一夜のうちに、道は雪にうずめられていた。見ると行手の方に一羽の鷹が、小鳥を掴んで岩の上に下り立っていたが、馬の足音を聞いて、鷹は小鳥をおいて飛んで行った。するといずこからか、一羽の鳥が来て、小鳥の側へ下りた。パーシバルはこの光景に深く興を覚えて、暫く馬を留めて、思いに耽っていた。彼の心には、この光景がそのまま詩になりそうに思われた。鳥の羽の黒いのを愛する女の黒髪に見立て、雪よりも白い顔と、血のように赤い頬を胸の内に画いて、ひとり空想に耽って立っていた。このおりしも、一群の騎士が彼方の山道にあらわれた。それはパーシバルの行方を尋ねて、このあたりを巡っていたアーサー王と、王に従う騎士の一隊であった。その時王は、目早くパーシバルの姿を認めて、「あそこの小川の縁に、長い槍をもって立っておる騎士は、何者であろう。」とお訊ねになるので、騎士の一人が仰せに従って、「私が訊ねてまいりましょう」と答えながら、とっとっとパーシバルの方へ馬を走らせてきた。「そこにおられるは、いかなる御人か。名をお名乗りなさい」と言ったが、パーシバルは詩に夢中になっているので、返事をしなかった。血気の騎士は無礼者とばかりに、槍をしごいてついてかかる、パーシバルは心得たとばかりに渡り合って、見る間に、騎士を馬から突き落とした。騎士は方々の体に、馬に跳び乗って王の前に帰ると、相手の無礼を訴えた。サー・ケイがそれを聞いて、「よし、某がまいろう」と言うなり、馬に鞭打って、パーシバルの側に進み、軽く会釈して、名を訊ねたが、やっぱり返事がないので、サー・ケイは荒々しくその無礼を責める。パーシバルはまたもや槍を揮って、ケイを馬から突き落とした。その拍子にケイは片方の腕と、肩の骨を折って、気を失ってしまったので、馬は高く嘶いて、元来来た道を駈け戻って行った。この様子を見て、サー・ガエーンが、王の前に進んだ。ガエーンは「金の舌のガエーン」と渾名をとったくらい、館の騎士のうちでも、礼儀正しい騎士であった。「貴き騎士の瞑想を破って、その心を騒がすのは、芳なき仕業と存じます。あの騎士は、あるいは過去の痛ましい記憶を負い、あるいは心から愛した貴女のことを思って、深い思いに耽っているのでもありましょう。御意にかないますなら、私がまいって、様子を伺ってまいりましょう。そして折を見て、鄭重に御前に案内してまいりましょう。」こう言って、サー・ガエーンは王の前を退いて、騎士の方へ進んでった。その時パーシバルは、まだ槍を杖にして、同じ空想に耽っていたが、ガエーンはそばへ寄って、言葉静かに話しかけた。「お差支えがなければ、いささか御意を得たいことがございます。某はアーサー王の命を受けて、お迎えにまいった者でございます」この言葉を聞いて、パーシバルは初めて口を聞いた。「いかにも、その二人は、礼をわきまえない方々と見えて、某に食ってかかるので、大に迷惑いたしました」と言いながら、ガエーンに向かって、今しも考えていた美しい詩の話をした。ガエーンはそれに答えて、「それは誠に風雅なことでございます。それを途中で破られては、誰にしても不愉快なことに違いありません」と言うと、パーシバルは言葉を改めて、「時に、アーサー王の館に、サー・ケイという方がありますか」と訊いた。ガエーンは「ございます。今の先き、貴殿と戦った騎士がそのケイです」とガエーンは答えた。「あ、そうでしたか。これでまあ、あの笑った少女の仇討ちができて満足です。」と言って、パーシバルは初めて自分の名を名乗り、「私はパーシバルと申しますが、貴殿はどなたです?」と訊ねた。「某はガエーンと申すものです」と答えるのを聞いて、
パーシバルは「よいところでお目にかかりました。あなたの武功と正義の噂は、いたるところで耳にしておりました。今後はよろしくお引立てを願います」と慇懃に挨拶した。「かしこまりました。某からもよろしくお願いします」とガエーンも言葉をつがえて、ともどもに王の前へ帰って行った。ガエーンはまず王の前に進んで、「わが君、久しくお尋ねになりましたその人を、これへ連れてまいりました」と申し上げると、王も喜ばしげにパーシバルを眺めて、「ようまいった」と仰せられた。そこで王は、一同とともにパーシバルを伴って、館に帰ると、妃をはじめ、多くの侍女も一度に出迎えて、心からパーシバルを歓迎した。
解釈
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聖杯
救世主キリストが、最後の晩餐に用いた杯は、その死後アリマテアのヨセフの手に入って、ヨーロッパに渡った。ヨセフはこの杯とともに兵士が、救世主の脇腹を刺した槍を捧げて、諸国を遍歴したが、その子孫は永くこの神聖な遺物を守護して、この二品を安置した殿堂に仕えることとなった。ただこの殿堂に仕える者は、考えにも、言葉にも、行いにも、一点の穢れもない、清浄な生活を送らなくてはならなかった。永い年月の間、神聖な殿堂は、アリマテアのヨセフの子孫なる清浄なる騎士によって、この世の他の神聖な場所として守護せられてきた。その間、聖杯はこの殿堂に詣でるすべての巡拝者の目に、はっきりと見分けられた。聖杯の留まった国には、必ず天の祝福があった。やがて聖杯は、海を越えて、ブリテンの島へ渡った。しかし星移り、もの代って、聖杯守護の騎士のうちに、いつしかその神聖な誓いを忘れるときが来た。ある年、この殿堂に詣ずる多くの巡礼のうちに、一人の若い婦人があった。女は聖壇の前に跪いて、祈禱を捧げるとき、ふと、風のために裾を吹き上げられた。その時、ヨセフの末なる殿堂の守護者は、それを見てはからず、心を動かした。その瞬間、神聖な槍は、たちまち飛んでこの騎士の、脇腹を刺した。日を重ね、月を重ねても、脇腹の創は癒える時が来なかった。神の罰によって、この聖堂の守護者は、癒しがたい創に悩みながら、朝夕、湖に釣りを垂れて、望みのない救いの手を待っていた。世の人は、その話を聞き伝えて、「罪の王」という渾名を付けた。この時から、聖杯はこの殿堂に詣でる人々の目に、姿を見せなかった。聖杯の威徳によって、その時までブリテンの国に満ち拡がっていた幸福の光は、掻き消すように消えて、それ以来、この島には冷たい鉄の時代が来た。前にマーリンの条下で述べた通り、この不思議の預言者は、サー・ガエーンに托して、アーサー王に聖杯の捜索を命じ、この探求を成就すべき騎士の生まれたことを伝えさせた。サー・ガエーンが王の館に帰って、マーリンの命を伝えた時、王は言葉もなく、この冒険を思いめぐらしながら、一人心を悩ましていた。間もなく聖霊降臨節の祭りが来た。その前夜、円卓の騎士は、カメロットの館へ集まって、食事を始めていた。その時、不意に、館の上に当って雷鳴が聞こえ、目も眩むような光がぱっと広間の中へ流れ込んで来た。人々は互いに顔を見合わせたが、誰の顔も、その美しい光明のうちに包まれて、別人のように美しかった。その時、広間の内には、妙なる香りが満ちて、白い錦の布に包まれた聖杯が、しずかに部屋のうちに入って来た。しかし、聖杯を捧げたものの姿は、何人の目にも見えなかった。そして一同が唖者(おし)のように黙って顔を見合わせている間にk、貴い幻影は、部屋を通り過ぎて、煙のように消えてしまった。やがて人々は、ほっと息をついた。その時、アーサー王は一同の顔を見回して、「今ここで、かかる不思議を綿お前に表した神の御恵を我らは深く感謝しなくてはならない」と仰せられた。王の言葉の終わるや否や、サー・ガエーンは、つと自分の席から立ち上がった。「某は興から、一年の間、聖杯探求の旅にのぼり、誓ってそれを探し出しましょう」と叫んだ。この言葉を聞くと、円卓の騎士は、一度に立ち上がって、口々に同じ誓いを立てた。それを聞いてアーサー王は、サー・ガエーンの顔を見つめて深い溜息をついた。「ああ、お前は今の誓いと約束で、ほとんど私を殺そうとした。お前の一言は、世界に二つとないこの惑いを、私の手から奪ってしまうのだ。一度、この館を離れた上は、卿(けい)らの過半は再びここにかえることはないであろう。」
サー・ガラハット
アーサー王は暫く愁然と一座の騎士と相対していた。おりしも忽然として、この館へ入って来た一人の老翁があった。翁のあとには、一人の若い騎士が続いた。老翁はしずかに王の前へ進んで、「陛下、これなる若者は、アリマテアのヨセフの血を引いた貴い素性のものでございます。母はエレイン(Dame Elaine)姫と申して、外国の王ペレス(Pelles)の娘でございます。」と言った。若い騎士の名はサー・ガラハットといい、湖のサー・ランスロットの胤であった。母と共に祖父なるペレス王の館に残って、この年まで育てられたが、今しも騎士となる年頃に達したので、この貴き隠者に托して、アーサー王の館へ送り届けたのであった。その時、サー・ランスロットは我が子のかくまで成長した姿を見て、深く心に喜んだ。妃ギニバーもこの知らせを聞くと、嬉しそうに、「私も逢いに行きましょう。きっとお父さんのような立派な騎士になるこでしょうから」と言って、侍女と共に、この広間へ来た。そして妃をはじめ、館の女たちは、父のランスロットに生き写しの若い騎士の姿を見て、口々に歓迎した。サー・ガラハットは鳩のような柔和さと、美しい顔貌を備えた玉のような若者であった。アーサー王もじっとその様子に目を付けて、「神はこの子の幸先を祝って、美しい姿をお与えになったものと思われる」と嘆賞された。やがて隠者は、若い騎士の手を取って、「災いの席」へ導いた。そして椅子を覆った布をあげると、その席には、「正しい騎士サー・ガラハットの席」という文字が、鮮やかに現れていた。一座の騎士がそれを眺めて、目を見張っている間に、老翁は若い騎士の手を取って、しずかにその席に着かせた。すべての人が震え怖れる「災いの席」に、何事もなく腰を据えたサー・ガラハットの顔を眺めて、一座の人々は、今更に心のうちに驚いた。「聖杯を探し出すものは、あの騎士の他にはない。あの「災いの席」に平気で坐れるものは、誰もなかったのだから」と囁く声が、円卓の周囲から聞こえた。その翌日、アーサー王は一座の騎士に向かって、こう仰せられた。「今日から我が円卓の騎士は、ちりじりに聖杯の探求に出立しなければならない。一たび別れれば、いつまた集まれるか、私は心許なく思っている。されば別れる前に、もう一度、カメロットの野に集まって、私のために盛んな試合の会を催してもらいたい」しかし王の心のうちでは、サー・ガラハットの手際を確かめたいための試合であるということは、誰の心にもわかっていた。間もなく、王の騎士は一同試合の場に集まって、カメロット始まって以来の盛んな試合が開かれた。サー・ガラハットは、王と妃の仰せを受けて、鎧兜に身を堅めたが、楯ばかりは何といわれても取らなかった。妃は大勢の侍女を引き連れて、塔の上から、この試合を見物していた。その時サー・ガラハットは、場の中央に馬を進めて、立ち向かう敵を、引き受けて不思議の早業を見せて、サー・ランスロットとサー・パーシバルの二人を除いて、相手になった騎士を一人残らず、討ち倒した。この日の戦いに、騎士の華とみられたのは、ガラハットとパーシバルの二人であった。見物の人々が、「ガラハットよ、パーシバルよ」と口々に喝采するうちに、ガラハットは王の仰せに従い馬から下りて、妃の前に進んだ。妃はしげしげとこの若い勇士の姿を眺めて、「サー・ランスロットと比べると、瓜二つのように似ている。して見れば、今日の手柄も、ランスロットに劣らないのに不思議はない」と言って褒めそやした。試合が終わると、王と妃とが真っ先に立って、会堂の方へ進むと、多くの騎士も、その後に続いた。やがて祈りが終わると、一同は再び兜をとりあげて、会堂を立ち出た。多くの騎士が馬を並べて、カメロットんお町を通る時には、家々の窓から見下ろす人々の顔に、憂いの雲がかかっていた。方々の出窓に集まった婦人の群は手に手に、花を投げて、騎士のために「幸あれ」と祈った。しかしカメロットの街は、悲しみの雲に閉ざされていた。騎士も泣き、婦人も泣き、富める者も、貧しき者も、均しく声をあげて泣いた。王も顔を背けて、一人涙に暮れていた。やがて一同は、アーサー王の戦勝の記念を留めた、三人の女王の門まで来て、互いに別れを告げて、思い思いの道に馬を向けた。サー・ガラハットはカメロットの門を出てから、四日の間、何事もなく馬を進めたが、第四日目に、ふと、行く手に当って、白い寺が見えた。もはや日も暮れかかっていたので、門を叩いて一夜の宿を求めると、主人の僧は懇ろに迎えて、一つの部屋へ案内した。そこにはガラハットより先に、二人の騎士が止まっていた。二人の言葉によって、それはバグデマグス王と、その家来サー・ユーエーンであることを知った。その時、サー・ガラハットは二人に向かって、「貴殿らはどういう冒険を目当てに、個々へお出でになったのか?」と尋ねると、二人は答えて、「この寺に一つの楯があるということを聞いてまいったのでウ。噂によると、その楯は、立派な騎士にのみ許されたもので、もしそれだけの徳のないものが、持った時には、災いがあると申すのです」と言ったが、バグデマグス王は更に付け加えて、「私はその楯を天晴自分のものにするつもりです。とにかく明日になれば、何もかもわかるでしょう」と言った。夜が明けると、三人は早く起きて、朝の祈禱を聴いた後、バグデマグス王は、双に向かって、不思議の楯の在処を尋ねた。そうはすぐに王を聖壇の後ろに案内した。そこには、雪のように白い一つの楯がかかっていた。楯の真ん中には赤い十字が鮮やかに浮き出している。バグデマグス王は、その楯を取って、寺を出掛けながら、サー・ガラハットに向かって、こう言った。「よろしかったら私の手際をお目に掛けるまで、ここに御逗留なさって下さい」王はそのまま、家来と共に馬に乗って、いずこともなく出掛けて行った。二人は十二マイルも来たかと思う時分に、前方からこちらを指して進んでくる立派な騎士の姿を見た。騎士は真っ白な鎧を着て、雪のような馬に跨っている。まじかくなると、騎士は槍を真直に構え、馬を跳ばせて、駆け寄った。王も立ち向かって、槍を合わせたが、相手の騎士の吐き出す槍に、王は肩先深く刺し貫かれて、馬から下に落ちた。それを見ると、白い騎士は、物をも言わず、馬を返して元来来た道を馳せかえった。従士はすぐに王の傍へ寄って、介抱しながら、「御主君、沖を確かに、傷は浅いです」と励ますと、王は息も切れ切れに、「案外の深手だ。私の命は助かりそうもない」と答えた。従士は王を馬にかき乗せて、寺へ戻り、馬から下ろし、甲冑を解いて、寝台の上に横たえた。従士の看護によって、王は辛うじて声明を取り留めた。楯は再び寺に戻された。翌日、サー・ガラハットはその楯を取って、寺を出た。暫くして、とある庵室へたどり着いて、そこで計らず白衣の騎士に逢った。二人の間には慇懃な挨拶が取り交わされた。その時サー・ガラハットは、騎士に向かって、「この楯の奇特についてご存じのこともあらば承りたい」と尋ねると、「いかにも、この楯は、あの柔和な騎士、アリマテアのヨセフが持ったものである。彼は臨終の際にこう申された。『我が血統の最後のものなる善良な騎士サー・ガラハッドが、この楯を持って、不思議の武功を建てる時が来るまでは、この楯を身に着ける者には、必ず悔やむことがあろう』」と答えたかと思うと、白い騎士の姿は、煙のように消えた。この時から、赤い十字を面に染めた白い楯はサー・ガラハッドの手に残った。
サー・ガエーン
サー・ガエーンはカメロットを立ってから、幾日となく先へと馬を進めるうちに、とうとう、サー・ガラハットが白い楯を手に入れた、あのお寺へ着いた。そこで寺の人たちからサー・ガラハッドの話を聞いて、サー・ガエーンは人々に向かってこう言った。「いかにも、彼と同じ道を選ばなかったのが、私の不幸でした。この次出会ったら、私はどこまでも一緒に行って、どんな不思議な冒険でも、彼のするだけのことは、私も一緒にやってみたいと思います。」すると一人の僧が、これを聞いて、「いや、あなたはあの人の仲間にはなれないでしょう」と言ったので、サー・ガエーンは驚いたように、「なぜです?」と問い返すと、その僧は「あなたは罪深いが、あの人は天の恵みを持っています」と答えて、つくづくとガエーンの顔を眺め、「サー・ガエーンどの、あなたはご自分の罪を償うだけの苦行をなさらなければなりません」と付け加えた。「では、どんな苦行をしろとおっしゃるのです?」とサー・ガエーンが訊ねると、僧は、「それは私のするとおりになさればよいのです」と答えた。しかしサー・ガエーンは首を振って、「いや、私は苦行なんかするには及ばない。我々のような冒険を仕事にしておる騎士は、苦しい目や、悲しい目には、始終出会っているのですから」と言うと、僧は、「なるほど」と一言答えたまま、口を閉じてしまった。サー・ガエーンは時期に寺を出て旅を続けた。その後しばらくして、サー・ガエーンは計らずサー・ヘクトルに会って、ともどもに馬を進めるうちに、ある日、一つの城へ着いた。その時、この城では盛んな試合の会が開かれていたので、二人はすぐにその中にはいり、弱い方の加勢をして、勝ち誇った敵に向かって、激しく突きかかって行った。そこで勝敗は変わって、敵は既に負け色立って見えた時に、いずこよりか、赤い十字をあらw氏た真っ白な楯を取った、一人の騎士が、忽然と現れて、サー・ガエーンに突きかかった、がガエーンも槍を合わせて戦ううちに、敵の吐き出す槍先にガエーンは兜を砕かれて、たちまち馬から落とされた。サー・ヘクトルは遥かにその様子を認めたが、白い楯の騎士は甥のサー・ガラハットと見て取ったので、立ち向かう気にはなれなかった。サー・ガラハッドは、サー・ガエーンを馬から落とすと、他の敵には眼もかけず、馬を返して、いずこともなく走り去った。サー・ヘクトルは、サー・ガエーンの側へ来て、引き起こしながら、「貴殿の仕事は、これですんだ」と言うと、サー・ガエーンも答えて、「いかにも、その通りだ、この上探すには当たらない」と言った。そこでサー・ガエーンは、城の中に運ばれ、甲冑を解いて、美しい床の上に横たえられた。サー・ヘクトルはサー・ガエーンの創の癒えるまで、一緒にこの城に逗留していた。
サー・ランスロット
サー・ランスロットは行くうちに、一つの林に迷い込んだ。行けども行けども、林はなかなかに尽きず、日となく、夜となく、道なき林を分けて進むうちに、ふと、石の十字架の立ったところへ来た。サー・ランスロットは馬を留めて、あたりを見回すと、ほど近きところに、年を経た一つの堂が見えたので、馬を木につなぎ、楯を取って枝にかけて、堂の方へ歩み寄った。壁の破れから、中を伺うと、堂の中ほどには、立派な祭壇が据えられ、その周囲には絹の布で美しく飾られていた。祭壇の上には、銀の燭台に六つの大きな蝋燭が灯されていた。サー・ランスロットは、なかへ入ろうと思って、入口を捜したが、いくら捜しても見つからなかったので、失望して元の所へ引き返して来た。ランスロットは馬の背から、鞍を下ろし、手綱を解いて、野の方へ放してやって、自分では兜を脱ぎ、剣を解いて、十字架の傍らに楯を敷いて、ごろりとその上に横になった。ランスロットはじきにうとうとと眠りかけた。そして半醒半睡のうちに、夢とも現ともなく、二頭の美しい白馬が、静かに近寄って来るのを見た。二頭の馬は、一つの輿を荷っていた。輿の上には、病人らしい一人の騎士が横たわっていた。やがて十字架のそばまで来ると、二頭の馬は、静かに足を留めた。その時、輿の中の騎士は、声を上げて、こう言った。「おお、我が主よ、いつになったらわたくしの悲しみが消えるのでしょう?いつになったら、聖杯が降って、この病の癒える時が来るのでしょう?」それから長い間、神に向かって嘆願する騎士の声がランスロットの耳に聞こえていた。暫くすると、ランスロットの目には、火の灯った蝋燭を並べた燭台が、一人でに石の十字架の方へ寄ってくるのが見えた。しかしそれを持って来るものの姿は見えなかった。燭台と一緒に、銀の盆にのせた聖杯が近づいてきた。その時、病んだ騎士は、まっすぐに坐って、両手を天に上げて、こう言った。[聖なる器のなかにおわします我が主よ、憐みを垂れて、この大患を癒したまえ」と言いながら、騎士は手と膝でじりじりと聖杯の方へにじり寄った。そしてその縁に口を付けたと見る間に、たちまち病が癒えて、達者な体になった。同時に聖杯は、蝋燭の火と一緒に、元の堂へ入って、そのまま、ランスロットの目には見えなくなった。その時、病気の騎士は起ち上がって十字架に口を付けた。と見る間に、一人の従士が武具を持って近寄って来た。そして主人に向かって、この場の様子を訊ねると、騎士はそれに答えて、「私は心の底から神に感謝する、聖杯の功徳におよって、私の病は癒えた。しかしただ一つ、不思議でならないのは、ここに眠っておる騎士だ。神聖な器が目の前に現れた間も、この騎士は、神の恵みに洩れてとうとう目を醒まさなかった」と言うと、従士もそれに和して、「本当に仰せの通りでございます。これなる騎士は、恐ろしい罪を深く心に秘めて、懺悔をしたことのない者に相違ありません」と言って、連れ経って帰って行った。サー・ランスロットは時期に目を醒ました。彼はその場に起き上がって、今のことを考えてみたが、どうしても夢高、現だがわからなかった。思えば思うほど、気がふさいで、自分ながらどうしていいかわからなかった。サー・ランスロットは一人心の内に、こう思った。「自分の犯した罪と、浅ましい行いとが、恐ろしい恥辱をこの身に与えた。俗界の功名と俗界の希望とを追求した間は、一度も望みを遂げないことはなかった。自分はどこへ行っても、負けたことがなかった。正しい争いにも、邪まな争いにも、一度も遅れを取ったことはなかった。しかし今、神聖な功名を追う時になって、我ながら古い罪の重荷に、身を縛られていることが分かって来た。神の器が目の前に現れても、自分は口を利くことも、身を動かすこともできなかった」こんなことを思い続けて、サー・ランスロットは夜の明けるまで煩悶していた。やがて東が白んで、空の鳥が声朗らかに歌いだしたとき、サー・ランスロットは胸の悩みが、幾分か静まったような気がして、ほっと息をついた。そこで十字架の前を立ち上がって、もう一度林の中へ入って行った。間もなく、一つの庵室の前に出た。庵室の中では、一人の隠者が朝の祈禱を始めていた。サー・ランスロットは庵室の外で、祈禱の終わるのを待っていたが、やがて隠者の前へ進んで、声をかけた。「聖僧よ、罪ある者の懺悔をお聞きください」「喜んで承りましょう」と僧は答えた。そこでサー・ランスロットは僧に向かって、自分の身の上を残らず話して、永年の間、妃に満身の愛を捧げていたことをも打ち明けた後、こう言った。「で、私が今日まで成し遂げた武功は、大部分妃のためでした。妃のためならば、善悪共に、いかなる戦いをも辞さなかった。が、神のために戦おうという心持ちは持たなかった。ただ、妃の心を喜ばして、一層深く愛せられようとこそ思え、神に感謝する心は、露ばかりにも持たなかった。さあ、どうぞこれについて、あなたのお指図を承りたい」隠者は、つくづくとその懺悔を聞いて、静かに口を開いた。「もしあなたが心を入れ替えて、その妃の相手になるまいという誓いをお立てになるならば、いかにもご相談に乗りましょう。」と答えたので、サー・ランスロットは隠者に向かって、「誓って妃との交わりは絶ちましょう」と約束した。その時、盛装はサー・ランスロットに向かって、「それでは、ともかくもあなたの心と口とが、一致するかどうか、試してごらんなさい。それが出来たら、あなたはこれまでよりも一層の誉れを得るに違いない」と言って、ランスロットの身に堪えうる限りの苦行を課した。サー・ランスロットはそれから幾日かの間、聖僧とともに、この庵室に足を留めて、深く自分の過去を悔い改めていた。サー・ランスロットは間もなく、聖僧に別れを告げて、ふたたび当てもない旅路に上った。ある夜のことであった。サー・ランスロットは立派な城のほとりに来た。昼のような月の光に、城の様子を伺うと、その一方には、幾つかの階段があって、階段の下には、大海の波が恐ろしい響きを立てて砕けていた。階段の上には、二頭の獅子がうずくまって、門の左右を守っていたが、門の扉は左右に開いて、中には人の気配もなかった。その時、いずこともなく声があって、「ランスロットよ、城には入れ、汝の願いは半ばに満たされるであろう」と言うのを聞いて、ランスロットは思わず剣を取って、階段を上って行く。門に近づくと、二頭の獅子は、左右から立ち上がって、襲いかかろうとするので、剣を抜いて、切ろうとすると、再び声があって、「おお、信仰無き者よ、汝は神よりも武器を信ぜんとするか?」と言うとともに、手はたちまち痺れて、剣は音を立てて地に落ちた。サー・ランスロットは、地に跪いて、「我が主よ、あなたのお恵みを感謝します。ただ今のお言葉で、わが身の過ちを悟りました。」と言いながら、額に十字を切って、門の中に足を進めた。二頭の獅子は、なおも鬣を揮って跳びかかりそうな様子を見せたが、ランスロットは何の害をも受けず、そのまま城の中へ進んで行った。中には幾重もの門があったが、その扉は、尽く解放されていた。城の中は森閑として、出窓から差し入る月の光の他には、目に触れる者は何一つなかった。ただ奥まった部屋の中から、小鳥の囀る様な歌の声がかすかに流れてくる。サー・ランスロットはいくつかの部屋を過ぎて、最後に一つの部屋の戸口に達した。部屋の戸は堅く閉まっていて、いかに押しても開かなかった。美しい歌の声は、確かにこの部屋の内から来るのであった。「天なる父に喜びと栄えあれ」と歌う声を聞きながら、サー・ランスロットは恭しく部屋の前に跪いた。「美しき我が主よ、あなたの御心にかないますならば、私の求むる物を示し給え」と祈る声と共に、部屋の戸は開いて、目のくらむような光が、その中から流れて来た。その光は、この世のあらゆる光を一つに集めたかと思われるほどに、きらきらと照り輝いていた。サー・ランスロットはおずおずと立ち上って、中へ進もうとすると、不思議な声はまた聞こえて、「待て、ランスロット、入るなかれ」と言うや否や、ランスロットはぐらぐらと目が眩んで、思わず後へさがった。その刹那に、部屋の中の光景が、朧気にランスロットの目にうつった。部屋の中央には、銀のテーブルが据えられ、テーブルの上には、深紅の錦に包まれた聖杯が安置されていた。またその周りは、さまざまの天使に取り囲まれて、ある者は蝋燭の灯を高く掲げ、ある者は、十字架を捧げ、またある者は、聖壇の飾りを持っていた。サー・ランスロットは、その時、驚きと喜びとに、我を忘れて、再び部屋へ入ろうとした。その時早く、一道の熱気が部屋の中から流れ出して、ランスロットはたちまち地に倒れて、気絶してしまった。同時に、その身は大勢の手に抱き上げられて、部屋の外に運び出されたような気がしたが、その後のことは何もわからなかった。翌朝、この城の人々が起きて来た時に、部屋の外に横たわっている、見知らぬ騎士の姿を見つけて、親切に介抱した。脈を取ってみるとかすかに命のあることはわかるが、目も開かねば、口も開かなかった。人々は、彼を城中の一室に運び込んで、そっと寝床の上に置いた。それから幾日の間、サー・ランスロットは生死の間に彷徨っていた。時々、この部屋を訪れるものは、あるいはまだ息があると言い、あるいはもう息が絶えていると言った。しかし一人の老人は、人々に向かって、言った。「あの騎士は、十分に生命の力を持っている、今に気っと生き返る時が来るから、その時まで、そっとしておく方がいい」果たして老人の言った通り、二十四日目にランスロットは、ふと目を醒ました。そして側にいる人を眺めて、悲しそうに言った。「なぜ私の目を醒まさせたのか?私は今よりもずっと安らかな気持ちでいたものを」やがてこの城の人々は、この騎士がサー・ランスロットであったことを知って、「貴殿はどんなものをご覧になりました?」と訊ねた時、ランスロットは答えて、「私は人間の言葉ではいうことのできないような、また人間の心では考えもつかないような奇蹟を見ました。」と言った。人々はそれを聞いて、「では、あなたのなさるだけのことは、それで成し遂げられたのです。この上、お探しになっても、おそらくそれ以上は、御覧になることは難しいでしょう」と言うと、サー・ランスロットも一人うなずいて「私は神の広大な慈悲に感謝します。私はあれだけで満足せねばなりません」と答えた。それから四日の後、サー・ランスロットは城中の人々に暇を告げて、コノシロを出立した。日を重ねて再びカメロットの館へ帰った時、アーサー王と妃ギニバーは、サー・ランスロットの無事な姿を見て、どんなに喜んだろう。実際聖杯の探求に出かけた円卓の騎士の内で、館へ帰った者は、出立した時の半分にも足りなかった。サー・ランスロットは、一道の歓迎の内に、王と妃の前に進んで、問われるままに、一別以来のさまざまな冒険を語り出した。
サー・パーシバル
サー・パーシバルは、カメロットを出てから、暫く馬を進めるうちに、やがて昼近くなって、とある谷間で、二十人ばかりの騎士に会った。人々はサー・パーシバルの姿を見て、「貴殿はいずこより来られた?」と訊ねるので、パーシバルは何気なしに、「アーサー王の館からまいった」と答えると、一同はたちまち声を上げて、「やってしまえ」と叫んで突きかかって来た。サー・パーシバルは槍を構えて、真っ先に立った一人の騎士を、馬もろともに突き倒すと、七人の騎士が、一度にパーシバルの楯を目掛けて、突きかかった。その間に、残りの者は、馬を突いて地に倒したので、パーシバルは馬から落ちて、殺されるか、捕虜になるか、二つに一つを選ばねばならなかった。この危急の場合に、忽然として現れた一人の騎士があった。その騎士は、赤き十字の章をあらわした白い楯をとって、疾風のごとく駆け寄りながら、「その騎士の命を取るな」と叫びながら、二十人の騎士に突きかかった。十字の騎士は、やにわに槍を揮って、一人の敵を馬もろともに突き倒したが、槍が折れると、剣を抜いて、右に左に、斬りまくった。その稀代の早業に、たちまち多くの敵は馬から下に斬り落とされた。残りの騎士は、その勢いに辟易して、馬を返して林の中に逃げ込んで行った。十字の騎士は、いずこまでも逃げるのを追って、林の中へ姿を消した。サー・パーシバルは早くも、加勢の騎士をサー・ガラハッドと知って、自分もあとに続こうとしたが、馬を倒されたのでどうすることもできなかった。サー・パーシバルは深くその身を不幸を悲しんで、日の暮れるまで、じっとその場に坐っていた。そのうちに、先刻の手疵(てきず)に気が遠くなって、草の上に倒れて、夜の更けるまで正体もなく眠っていた。ふと、目が覚めると、自分の側に一人の女が立って居た。女はパーシバルに向かって、「サー・パーシバルどの、こんなところで何をしていらっしゃるのです。」と聞く。「拙者は馬を失って、当惑しておるのです」と答えると、女は、「もし私がお頼みにまいったら、いつでも私の願いをかなえてやると約束してくださったら、私の馬を貸してあげましょう。その馬に乗れば、どこへでもお望みのところへお出でになれるでしょう」と言った。この言葉を聞いて、サー・パーシバルは渡りに船と喜んで、すぐに、どんな願いでもかなえてやろうと約束した。「では、ここに待っていらっしゃい。すぐに馬を率いてきますから」と言って、女は底を立ち去ったが、しばらくすると、漆のような黒い馬を曳いて戻って来た。パーシバルはその馬を見ると、驚いたことには、非常に大きい上に、非常に美しい馬具で装われていた。彼は即座に、馬に跳び乗って、うっかり拍車を当てると、馬は不意に跳び上がって、一時間ばかりのうちに、四日もかかるくらいの道程を駈け続けた。見ると、目の前には深い谷が横たわって、谷川の水は、恐ろしい響きを立てて矢のように流れていた。サー・パーシバルは、谷の縁に立って下を覗くと、水は千仞(せんじん)の底に、白い沫を立てて流れている。馬は身を躍らして、今にもパーシバルをふり落とそうとするので、思わず額に指を当てて、十字をかいた。その時早く、馬はパーシバルをふり落として、恐ろしい叫び声を立てながら、谷底深く跳び込んで行った。サー・パーシバルは、この時初めて、自分は悪魔に導かれて、もう少しで、滅亡の淵に沈められるところであったと知って、身を震わせて、神の名を呼んだ。「主よ、願わくはあらゆる誘惑から、この身を守らせた給へ」かくて夜の明けるまでパーシバルは、ひたすらに祈りを籠めていた。夜が明けて、あたりを見回すと、パーシバルは一人荒野に取り残されていた。四方には海に取り囲まれて、右にも、左にも、行くべき路が見だされなかった。彼は草の上に坐って、愁然と大海の面を眺めていると、たちまち一艘の船が、こちらをさして漕ぎ寄せて来た。船は間もなく岸について、岩の下へぴったりと留まった。サー・パーシバルはすぐに、岸に下って、その様子を見ると、船は美しい絹布をもって張り詰め、その上には、類ないまでに美しい、一人の婦人が坐っていた。婦人はサー・パーシバルを見て、にっこりと会釈するので、パーシバルもすぐに礼を返して、丁寧に婦人の素性や、故郷などを聞いてみた。すると婦人は答えて、「わたくしは元はいい家柄に生まれて、一度は世界の内でも、一番の富限と言われたものですが、他人に身代を奪われてしまいました。」と言うので、パーシバルは憐れに思い、「貴女よ、あなたの財産を奪ったのは、どういう人です?」と訊ねると、女は、「はい、私の敵は、ある大国の領主です。はじめのうちは私を大切にしてくれましたが、ふとしたことから、機嫌を損じて、とうとう私を疎外して、父から譲られたわたくしの財産を、のこらず奪ってしまいました。それゆえ私は、この世にはもう立派な騎士も、立派な男もないものと、諦めていましたが、もし一人でも、そういう人があったら、味方になっていただきたいと思うのです。お見受け申すところ、あなたは立派な騎士と存じます。どうぞ私の力になっていただきとうございます。」サー・パーシバルは、婦人の頼みを聞いて、快く力を貸そうと約束すると、女は心から礼を言った。丁度、夏のことで、日は焼くばかりに照りつけていた。女は一人の侍女を呼んで、天幕を持って来させ、それを砂利の上へ張って、サー・パーシバルに言った。「あなた、お暑いうちは暫くこの中で、お休みになったらいかがです」パーシバルは女の言葉に従い、兜と楯を側において、天幕の中へ入って、長い間、ぐっすり眠った。目が覚めると、パーシバルは女に向かって、何か食べる者はないかと訊ねた。女は、「はい、差し上げましょう」と言って、様々な珍味をテーブルの上に並べた。パーシバルはまた、勧められるままに、今まで飲んだこともない強いお酒をあおったので、しだいに酔いが回って、いつにもなく昂奮した。酔った目で女の顔を見ているうちに、今までこれほどの美しい女を見たことはないとまで思うようになった。パーシバルは我知らず女の方へにじり寄って、女の愛を求め、女の心を靡かせようとした。女はわざとパーシバルの心を疑うような素振りを見せて、容易にうんと言わないので、パーシバルはいよいよ熱心にかき口説いた。やがて男の心をすっかり引き寄せたと見ると、女はじっと男の顔を眺めて、こう言った。「サー・パーシバルどの、あなたは本当に私の僕になって、私の申すことなら、何でもすると誓ってくださいますか?本当の騎士らしく、固い誓いをなさいますか?」「誓いますとも。この身にかけて決して違背は致しません」とパーシバルは誓った。その時早く、腰に佩びた剣が、鞘を抜けて、するすると辷り落ちた。剣の柄先には、赤い十字の印が刻まれて、十字架上のキリストの姿が、鮮やかにあらわされている。その姿がちらと目に映ると、パーシバルは我れにもあらず、額の前で十字を切った。と見る間に、今まで坐っていた天幕はふっと消えて、煙のように空に靡いた。同時に、吹き降ろす一陣の風とともに、女は恐ろしい喚き声をたてて、船の方へ翔って行く。その風の唸りを立てて通り過ぎた跡では、海の水は逆巻き、波は焔を立てて燃え上がった。パーシバルは思わず地にひれ伏して、神のみ名を呼んだ。「主よ、護り給へ、弱いあなたの僕をお恵みください、すんでのところで、この身は滅びるところでした」パーシバルは危うく悪魔の誘惑から免れて、もう一度、勇気を取り返し、神聖な冒険の旅にのぼった。
サー・ボホルト
サー・ボホルトはカメロットを出発すると、間もなく、驢馬に乗った一人の僧と道連れになった。僧はサー・ボホルトに向かって、「貴殿はどこへ行かれるのか?」と訊ねるので、「某は聖杯を捜しに行く者です、どうぞあなたの御助言を承りたい」と言うと、僧は何の答えもなく、無言でろばを歩ませて行く。二人は時期にとある庵へ着いた。僧はサー・ボホルトに向かって、「今宵はここへお泊りなさい」と言って、驢馬から下りるので、ボホルトも馬からおりて、庵へ入った。僧は手伝ってボホルトの武具を脱がせた後、「では、あなたの懺悔を聞きましょう」と言った。サー・ボホルトは僧について、後ろの堂へ行き、神壇の前へ跪いて、懺悔をした。それが済むと二人は庵へ帰って、麵麭(ぱん)を喰い、水を飲んだ。その時、僧はボホルトに向かって、こう言った。「さあ、これで聖杯の卓へ着くまでは、何も食べてはいけません」サー・ボホルトは驚いて、「あなたにはどうしてそれがお分かりになります?」と訊くと、「はい、私にはよくわかっている。ですが、そこへ行けるものは、幾人もありますまい」と僧は答えた。僧はサー・ボホルトの懺悔のうちに、この騎士の浄い生涯と堅い信仰を見抜いたのであった。ボホルトは僧の助言を深く喜んで、「いかにもお言葉に従いましょう」と約束して、一夜を庵の中に明かした。翌朝早く僧に別れて、サー・ボホルトは庵を出立し、昼頃になって、とある林へ差し掛かると、彼は思わず馬を留めた。ふと見ると、道の二つに分かれるところで、一方の道から、二人の騎士が、一人の騎士を馬の背に縛って、進んで来た。縛られた騎士は、赤裸体で、胸の上へ両手を重ね、二人の騎士に、茨の鞭で打たれながら、全身血だらけになっているが、じっと苦痛を忍んで、黙然と、目をつぶっている。よく見るとそれは兄のサー・ライオネルであった。サー・ボホルトは、兄を救おうと思って、身支度をした。その時、もう一つの道から、一人の騎士が、一人の貴女を鞍の前へ縛って、駈けてくる姿を認めた。貴女は馬の上から悲鳴を上げて、「聖母マリア様、あなたの侍女をお助け下さい」と祈っていたが、サー・ボホルトの姿を見ると、声を上げて、「騎士の誓いにかけて、私を助けて下さい」と言った。これを聞くと、サー・ボホルトは胸の内ではたと当惑した。「もし兄をあのままにしておいたら、きっと殺されてしまうだろう、兄を見殺しにすることは、自分にはどうあってもできない、といって、あの女を救わなかったら、騎士の名が廃るだろう」こう思って、彼は天を仰いで、涙を流しながら、こう祈った。「美しき主よ、どうぞ、兄のサー・ライオネルの身をお守り下さい、私が助けにまいりますまで、あの二人の騎士の手で殺されないように、お守りください。あなたの御心を汲んで、聖母マリヤのために、私はこの少女を救います」と言うや否や、彼は騎士に向かって、こう呼びかけた。「騎士殿、その少女をお離しなさい、命が惜しかったら」すると騎士は、女を地へ卸して、楯と剣を取り直して、サー・ボホルトに向かって来た。ボホルトは心得たりと、槍を構えて、騎士の楯と鎖衣を貫いて、左の肩先へ突き込んだので、騎士は真っ逆さまに馬から落ちた。そこでサー・ボホルトは女に向かって、「ご安心なさい、もう大丈夫です」と言うと、少女は嬉しそうに、「では、どうぞ、父の城まで私をお送りくださいませ」と言うので、サー・ボホルトは、「いかにも、承知いたしました」と言いながら、負傷した騎士の馬へ女を乗せて、望みの場所まで送って行く。途中で、この少女を捜しに来た十二人の騎士に邂逅した。女は人々に向かって、サー・ボホルトに救われた一部始終を話すと、一同は大喜びで、ボホルトに対して、厚く礼を述べ、「是非城までご同行ください。お父上の城主にも、さぞ満足に思召されることでしょうから」と言ったが、サー・ボホルトは、「いや、そうしてはおられません。実はまだほかにせねばならぬ大事を控えておるのですから」と答えて、一同の無事を祈って、ここで訣別した。サー・ボホルトはすぐに引き返して、馬の足跡をたどりながら、兄のサー・ライオネルを捜しに行った。ややしばらく進むうちに、途中で一人の僧とも思おしい男にあった。男はボホルトに向かって、「騎士殿、何をお尋ねです?」と訊くので、サー・ボホルトは、「実は兄を尋ねておるのです。ちょっと前に、兄が二人の騎士に打たれて行くのを、私は確かに見かけたのです。」と言うと、男は気の毒そうに、「やれやれ、サー・ボホルトどの、もはやお尋ねになるには及びません、兄さんはもう死なれました」と言って、じき近くの藪の中に横たわっている死骸のところまで案内してくれた。見ると、その死骸は確かに兄に相違ないので、サー・ボホルトは悲嘆の余り、しばらくは気が遠くなって、草の上に倒れていた。やがて正気に返ると、サー・ボホルトは兄の死骸をかき抱いて、「兄上、力と頼むあなたとお別れした上は、もう今日から、何の楽しみもありません。ただ主と頼む神のお助けを待つばかりです。」と嘆き悲しみながら、その死骸を馬に乗せて、傍の僧に向かって、「この辺にお寺がありましたら、その道を教えてください。この死骸を葬りたいと思いますから」と尋ねた。僧は快く引き受けて、「では、こちらへおいでなさい、じきにあそこにありますから」と言って、先へ立って案内するうちに、一つの立派な城の見えるところまで来た。その近くにお寺があったので、二人は馬からおりて、中へ入り、死骸を大理石の墓の中へ埋葬した。そこでサー・ボホルトは親切な僧にわかれを告げて、ここを出立したが、その日の暮れ方に、ある家に着いて、一夜の宿を求めると、一人の老女が出迎えて、懇ろに世話をしてくれた。翌朝ここを立って、かなたの谷間に見える城を指さして進んで行くと、途中で一人の郷士にあった。「ちとものを承りたいが、何かこの辺に面白い力試しはありませんか?」と訪ねると、郷士は答えて、「左様。この城の外で、不思議な試合が始まるという噂がありますよ」と言った。それを聞いて、サー・ボホルトは心の中に、「では、ことによると、聖杯を捜しに出た同僚の誰かに会えるかもしれない」と思ったので、道を転じて、じき近くの林の縁にある庵をさして、馬を進めた。やがて庵の前で馬から下りて、中へ入ろうとすると、入口で、思いがけもなく、死んだと思った兄のサー・ライオネルに会った。兄は武具に身を堅めて、庵室の扉口に立って居た。サー・ボホルトは兄の無事な姿を見ると、躍り上がらないばかりに喜んで、「兄上、ここへはいつお出でになりました?」と訪ねると、兄は弟の顔をきっと睨んで、「おい、ボホルト、口先でごまかそうと思ったって駄目だぞ。貴様のために、俺はもう少しで殺されるところだった。貴様は俺を見殺しにして、女を助けに行っちまったろう。さあ、貴様はもう助けておける奴ではない。貴様の命を取ってやるから、覚悟をしろ」と叫んだ。兄の立腹の様子を見て、サー・ボホルトはその前へ跪いて、両手を天へ差し上げながら、「兄上の御立腹はもっともですが、どうぞ堪忍してください」と神の名を呼んで、慈悲を祈ったが、サー・ライオネルは、どうしても赦そうとは言わない。「いや、ならぬ、貴様の命を貰わなくては木が済まぬ。さあ、馬へ乗って、勝負をしろ、俺が買ったら、貴様の命はないぞ。さあ、早く用意しろ、もし貴様がどうしても拒むなら、そのままで貴様を殺してやる。私の恥になろうと、貴様が犬死をしようと、もう構わん」とサー・ライオネルは馬に跳び乗って、槍を構えて、詰め寄った。サー・ボホルトは、兄と戦うか、このまま殺されるか、二つに一つを選ばねばならぬ場合に迫って、ほとんど当惑してしまった。しかしサー・ライオネルは兄である。どこまでも尊敬せねばならない人である。兄を相手に戦うことは、真でもできないと思うと、サー・ボホルトはもう一度兄の馬の前に跪いて、許しを願った。「兄上、どうぞ、お慈悲に、私の罪をお許しください」けれどもサー・ライオネルの心には、悪魔がとっついていたので、弟の言葉なぞは耳にも入らなかった。サー・ボホルトがどうしても立ち上がって、勝負をしないと見ると、馬を躍らせて、地に跪いている弟を踏みにじった。ボホルトは馬蹄の下に、気を失って倒れ伏した。サー・ライオネルは、それを見ると、馬から下りて、弟の首を斬ろうとして、兜へ手をかけた。そのおりしも、神の助けか、やはり円卓の騎士の一人が、この場に来合わせて、この様子を見て、留めに入った。悪魔に魅入られたサー・ライオネルは邪魔が入ったと見ると、かっと怒って、いきなり留めに入った騎士に突きかかった。二人の間には、たちまち激しい決闘が始まった。この時、サー・ボホルトはようよう正気に返って、二人の戦いを眺めながら、一人で気を揉んでいた。どっちが勝っても、どっちが負けても、サー・ボホルトには、同じように苦しみの種子であった。彼は立って、二人を引き分けようと思ったが、先刻の手傷で、立つ力がなかった。そのうちに、サー・ライオネルは、しだいに相手を突きまくって、数個所の傷を負わせた。留めに入った騎士は、サー・ボホルトの方を見かえって、「おお、ボホルト、俺は貴殿のために戦っているのに、貴殿はなぜ助けてくれないのか?」と言ううちに、サー・ライオネルの打ち下ろす剣で、兜の鉢を割られて、ぱったりと地に倒れた。邪魔を払ったと見ると、サー・ライオネルは、悪鬼のように、弟の方へ跳びかかって来た。けれどもあくまでも謙遜な心を持ったサー・ボホルトはなおも、身を屈めて兄をなだめようとした。「兄上、神の御名によって、この戦いをおやめください。あなたが私を殺しても、また私があなたを殺しても、我らは神の前に罪を負わねばなりません」と言う言葉も、鬼になった兄の心には、入らなかった。「さあ、立て、いくら慈悲を願っても、無駄なことだ」と言う兄の言葉を聞いて、サー・ボホルトもとうとう涙を揮って剣を抜いた。「神よ、願わくは慈悲を垂れて兄に刃向かった私の罪をお許しください」と言いながら、剣を揮って、真っ向から兄を打とうとした時、いずこともなく声があって、「やめよ、サー・ボホルト、剣を引け!」と言ったと思ううちに、たちまち火のような雲が天から下って、二人の間をかけ隔てたので、二人は気を失って、地に倒れ、やや久しく草の上に横たわっていた。ややあって、二人が我に返った時、サー・ボホルトは、兄が神の懲罰をも受けず、無事に自分の側に横たわっているのを見て、非常に喜んだ。その時、サー・ライオネルは夢から覚めたように、弟の方を眺めて、「弟よ、神のために、私の罪を赦してくれ、私はお前に済まないことをした」と言うので、サー・ボホルトもそれに答えて、「神はきっと赦して下さるでしょう、私は何とも思ってはおりません」と言った。この言葉の終わるや否やサー・ボホルトの耳にはまたも不思議の声が聞こえた。「サー・ボホルトよ、すぐに海の方へ行け、サー・パーシバルがお前を待っているから」そこでサー・ボホルトは兄に別れて、真直ぐに海を指して馬を進めて行くうちに、海のほとりにある一つの僧院に着いて、その夜はここに足を休めた。夢の内に「サー・ボホルトよ、海の岸へ行け」と命じる声を聞いて、ふと目を覚ました。彼は跳び起きて、額に十字の印を書き、鎧を投げかけて、馬に跳び乗るより早く、壁の破れを越えて、海の岸へ出た。渚に近く、真っ白な絹で包まれた一艘の舟がやってきた。彼は馬を乗り棄てて、舟へ入った。おりしも闇はあたりを籠めて、我より他に人ありとも見えなかったので、彼はそこへ横たわって、夜の明けるまで眠った。目が覚めてみると、舟の中ほどに、全身を武具で固めた一人の騎士が坐っていた。兜だけ脱いでいるので、すぐにそれがサー・パーシバルだと知れた。二人は顔を見合わせて、思いがけない差異化を喜び合った。その時、サー・パーシバルは、「さあ、これであの善良なサー・ガラハットさえ来れば、みんな揃うのだ」と言って、ともどもにガラハッドの到着を待っていた。
サー・ガラハット
さてサー・ガラハットは、十二人の野騎士の手からサー・パーシバルを救った後、敵の跡を追うて、果てしも知れぬ森の奥に迷い込んだが、行けども、行けども、路は小暗い木立に塞がれて、ほとんど昼夜の別さえわからなかった。幾日か過ぎて、彼は揚々とある聖者の庵にたどり着いた。聖者は快くこの修業者を迎えて、一夜の宿りを貸した。その夜、二人が寝に就いてから、ほとほとと草の扉を叩いて、案内を乞う者があった。それは確かに若い女の声であった。聖者はすぐに起って、その来意を正すと、女はしとやかにこう答えた。「今宵おとまりの騎士に、申し上げたい筋があって、まいりました」それを聞いて、サー・ガラハッドは立出て、その用事を訊くと、女は言葉を改めて、「サー・ガラハットどの、さあすぐに武具を着け、馬に乗って、わたくしと一緒にいらしてください。私はこの世の騎士に許された最上の冒険をおさせ申すために、ご案内にまいりました」と言った。そこでガラハットはすぐに甲冑を着け、神の恵みを願った後、女に向かって、「では、ご案内ください。どこへでもお伴をいたしましょう」と言った。女は馬に乗って、先に立った。女の馬は飛ぶように走って行く。サー・ガラハットは遅れまいと女のあとについて行くうちに、間もなく海のはたへ出た。岸に近く一艘の舟がもやっている。それはサー・ボホルトとサー・パーシバルの乗った舟であった。二人は舟の中から、声を上げて、「サー・ガラハット、いざ、我らはここで貴殿のお出でを待っていたのだ」と言うのを聞いて、サー・ガラハッドは不審そうに、女に向かって、「あれはどういう方々か」と訊ねたが、女はそれには答えず、ただ、「では、ここで馬からお降り下さい。私も馬を棄てて、ご一緒に、あの人々の仲間へ入りましょう。」と促すのであった。二人は馬からおりて、舟へ乗った。そこでガラハットは二人の同僚に迎えられて、互いに再開を喜んだ。サー・ガラハットはここで初めて、自分を案内した女は、サー・パーシバルの妹であったことを知った。その時、舟は順風に乗って、沖へと走り出した。その日も、その翌日も、舟は矢のように走って、不思議な大岩の左右からそそり立ったところまで来た。船はそこで止まったが、岩の近くには水が大渦を巻いて、陸に近寄ることはできなかったが、じき近くに一艘の舟があって、そこへは何の危険もなしに乗り移れそうに思われた。女はその舟を指して、「さあ、みんなしてあれへ乗りましょう。我々の冒険はあの中にある、これが我が主の御心です。」と言った。サー・ガラハッドはそれを聞くと、まず十字を切って、真っ先に乗り移った。続いて女が乗り、次にサー・ボホルトとサー・パーシバルが乗った。舟の上には、銀のテーブルの上に赤い絹に包まれた聖杯が安置されていた。一同は神の威に打たれて、その前にひれ伏した時、サー・ガラハッドはやや久しく神に祈りを籠めた。「この世を棄てたいと思う時には、いつでもそうできる力をお授け下さい」と彼は心の底で黙祷した。ややあって、彼の耳には「ガラハットよ、汝の願いは許された。肉体の死を願う時には、その願いは許され、その時、汝は霊魂の生命に入るであろう」という声が聞こえた。じきにまた風が出て、舟は一同を乗せたまま、海を越えて、サラス(Sarras)の市へ吹き寄せられた。一同は銀の卓を荷って、舟から上がり、サー・パーシバルとサー・ボホルトを前に、サー・ガラハッドは後について、市を指して進んで行った。市の入口で、一人の腰の立たぬ老人にあった。ガラハットは老人に向かって、「さあ、お前も手伝って、この荷物を担ってくれ」と言うと、老人は答えて、「私はもう十年前からk、この通り不具になって、撞木杖をはなしては、一歩も前へは出られません」と言った。サー・ガラハットは重ねて、「いや、気遣うには及ばぬ、まあ、起ってご覧、気前を見せるんだ」と励ましたので、老人はうんと力を入れて、起ってみると、不思議や、腰は昔のようにしゃんと立った。老人はすぐに卓の方へ走り芳、サー・ガラハッドと一緒に卓の一方を担って行った。一同が市へ入った時には、ちょうどこの国の王が死んで、市民は落胆のあまり、新王の候補も定まらずにいた。そこで市民が集まって評議を開いていると、たちまち空に声あって、「市に到着した三人の騎士のうち、一番年少な者を王に選べ」と命じたので、たちまち衆議一決して、三人のうちで一番年少なサー・ガラハッドをこの市の王に選んだのである。サー・ガラハットはサラス市の王に選ばれると、まず第一に黄金と宝石の櫃(はこ)を造って、聖杯を納め、三人の騎士は日毎にその前に集まって、祈禱した。一年は早くも過ぎて、サー・ガラハットが王冠を受けた日が、もう一度巡って来た。ガラハッドは早く起きて、仲間の騎士と共に、聖杯を安置した室へ行った。その時、人々は一群の天使に取り巻かれて、その前に跪いている人の姿を認めた。その人はサー・ガラハッドを呼んで、こう言った。「いざ、主の僕よ、ここへ来て、おまえの日頃願ったものを見るがよい」サー・ガラハッドは霊界の姿を目の当たりに眺めた時、彼の肉体は激しく打ち震えた。その時、聖者はガラハッドに向かって、「お前は私を知っているかな?」と訊ねるので、ガラハッドは、「いいえ」と答えると、その人は「私はアリマテアのヨセフだ、主の仰せを受けて、お前を迎えに来たのだ」と言った。これを聞いて、サー・ガラハッドは両手を天にあげて、「我が主よ、今こそ、御心のままに、わたくしはおそばへまいりとうございます」と言ったが、そのままサー・パーシバルとサー・ボホルトの側へ寄って、一々に接吻して、別れを告げた。それが済むと、彼は卓の前に、ひれ伏して、熱心に祈った。その時、ふいに、彼の霊魂はその身を離れて、天使の群に運ばれつつ、天に昇って行く姿が、二人の友の目にも、ありありと見えた。二人はまた一本の腕が、天から下って、聖杯を引き上げてゆくのを見たが、その体は少しも見えなかった。これより後は、もはやこの地上で聖杯を見たという者は、絶えてなかった。
解釈
当時のイングランドでは弱きを扶け強気を挫くということが流行っていたが、ここではサー・ガラハッドによって、運命を変更するようなことが辞めさせられている。このことが決定的に聖杯と関係していると考えらえれる。聖杯は本来アンブロシアを注ぐものだろうか。それはヨセフの時代からあったと考えられるが、ヨセフはベンヤミンに聖杯を持たせたが、これはその永遠の命を呑んだことを知らせたのか。
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サー・アグリベーンの密告
サー・パーシバルとサー・ボホルトが、目の当たりサー・ガラハッドの死を見た時の悲しみは、ほとんど形容の言葉もないくらいであった。もし二人が善良な騎士でなかったら、絶望の底に陥ったかもしれない。しかしサー・パーシバルはサー・ガラハッドの葬儀をすますや否や、城外に庵を結んで、僧の衣を身にまとった。サー・ボホルトも同じ庵に退いたが、しかしこれは出家にはならなかった、もう一度ロエグリヤの国へ帰ろうという心があったからである。こうして一年と二カ月の間、サー・パーシバルは、この庵で、聖い生活を送った後、妹と相談してこの世を去ったので、サー・ボホルトは再び甲冑を着けて、サラスの市を立ち、舟に乗って、ロエグリヤの王国に向かい、間もなく、無事にカメロットの都へ着いた。その時、おりよく王も館におられたので、館の人々は、サー・ボホルトの思いがけない帰国を喜び合った。人々は彼も二人の同僚とともに、亡き人の数に入ったものと諦めかけたいた所だった。そこで王は大勢の書記に命じて、善良な騎士の崇高な冒険を記録に留めさせた。サー・ボホルトは、自分と他の二人の同僚の上に起こった冒険の一部始終を物語った。するとサー・ランスロットも自分の目に触れた聖杯の物語をしたので、それらの記録は厖大な書物となって、永くソールズベリの聖院に保存された。かくてアーサー王と妃ギニバーとは、命を全うして館に立ち祇った騎士たちを心から歓迎したが、わけても王と妃を喜ばせたのは、サー・ランスロットとサー・ボホルトの無事な姿であった。とかくするうちに、サー・ランスロットの心には聖杯探索の間に誓った約束がいつともなく薄らいで、またしても妃ギニバーとの語らいが、多くの人の目を引くようになった。館の騎士がとりどりに噂し合う中に、別けても口数の多いのは、サー・ガエーンの弟のサー・アグリベーンであった。ある日、サー・ガエーンの兄弟がアーサー王の居間に集まっていた時のことであった。サー・アグリベーンは、一同の前をも憚らず、口を開いて、「私はアーサー王ほどの高貴な騎士が、サー・ランスロットと妃のために恥辱を受けているのを知りながら、見て見ぬふりをしている皆の気が知れない。」と言い出した。それを聞くと、サー・ガエーンは弟をたしなめて、「サー・アグリベーンよ、お前にきっと言っておくが、私の前でそのようなことを、二度と言いだしてはならんぞ。私は決してお前の相談にはのらんから」するとサー・ガヘリスとサー・ガレスが口をそろえて、「我々も相談には乗らんよ」と言った。その後について、サー・モードレッドも、「私もそうだ」と言った。サー・ガエーンはなおも弟に向かい、「私は普段からお前の癖をよく知っている。だが、それだけは是非やめてもらいたいものだ。それがどうなるか、私にはよくわかっているから」と誡めたが、サー・アグリベーンは、「どうなろうとあるがままよ、私はあれを王のお耳へ入れるつもりだ」と言って聞かなかった。そこへ王が入って来た。それを見て、サー・ガエーンは一同に向かい、「さあ、お前たちは何も申し上げてはいかんよ」と念を押したが、サー・アグリベーンは、「俺は嫌だ」と強情を張るので、サー・ガエーンは、「私はお前の話も聞かなければ、お前の相談にも乗らないぞ」と言って、立ち上がると、サー・ガヘリスとサー・ガレスも口々に、「私もそうだ」と言って、サー・ガエーンとともども、悲しそうにこの室を立ち去った。その後で、サー・アグリベーンは、王の前に出て、サー・ランスロットと妃の行いについて、みんなの噂をいちいち申し上げた、王はそれを聞いて、深く胸を悩ましたが、しかし証拠を見るまでは、王もさすがに信じ切れぬ様子だった。そこでサー・アグリベーンは、サー・ランスロットと妃を罠にかけて、二人の密会の現場をおさえる計略を巡らし、サー・モードレッドとサー・アグリベーンは、人々を案内してその場に踏み込んだが、サー・ランスロットは、早くも、サー・アグリベーンを殺し、サー・モードレッドに傷を負わせて、その場を逃げ去った。サー・ランスロットはすぐに親しい人々を集めて、一部始終を語って、ともどもに林の中に立て籠ったが、一二の味方をあとに残して、絶えず館の消息を通じさせた。サー・ランスロットは首尾よく逃げたが、妃は王の手に捕えられていた。アーサー王の目にはもはや妃の罪を疑う余地はなかった。その頃の法律では、不義の罪を犯した者は、身分や地位のいかんを問わず、火炙りの刑と定まっていたので、妃ギニバーも火あぶりの宣告を受けることになった。そいこでアーサー王は、サー・ガエーンを召してこう言った。「すぐに武装を整えて、御身の第二弟サー・ガヘリスおよびサー・ガレスとともに、妃を刑場に曳き出し、火刑に処する用意をせよ」と言った。それを聞いて、サー・ガエーンは「あ、いや、我が君、その役目は、どうぞ他の人にお命じ下さいませ。私には、とても妃の御最期を見届けるわけにはまいりません。また私は妃の御処刑に賛成したと言われたくありません。」と答えたので、王は更に、サー・ガヘリスとサー・ガレスに、この役目を仰せつけられた。二人はかしこまって、「いかにも仰せに従いましょう、しかしただこのままで、武装をせずにまいりとうございます」と答えるのであった。そこで妃は刑場に曳き出され、最後の懺悔を聞くために、懺悔僧は妃の前に進んだ。そこに集まった多くの貴族や貴女の口からは、号泣と嗚咽に声が洩れた。その時、一人の間者は、林に走って、サー・ランスロットに妃が今刑場に曳き出されたことを通じた。それを聞くと、サー・ランスロットは味方の騎士を連れて、咄嗟に刑場に駆け込んで、護衛の騎士を蹴散らし、手向かう者は、一人残らず斬り殺した。サー・ガヘリスとサー・ガレスは、何の武装も泣く、身を護る武器も持たなかったので、この混戦のうちに、あえなく命を落とした。サー・ランスロットは、妃を奪って、自分の城へ引き上げて行った。その場にいた一人は、サー・ガエーンの許に馳せ帰って、サー・ランスロットが護衛の騎士を殺して、妃を奪い去ったことを知らせた。サー・ガエーンはこれを聞くと、思わず天を仰いで、「おお、主よ、弟たちをお守りください」と祈ったが、その人は更に言葉を継いで、「実は、サー・ガレスどのも、サー・ガヘリスどのも、あえない御最期をお遂げ遊ばしました」と言うと、サー・ガエーンは、「ああ、私の悦びは消えた」と叫ぶや否や、うんと言って倒れたまま、永い間、気を失っていた。暫くして、我に返った時、サー・ガエーンは、「王よ、伯父御よ、弟は最後を遂げました」と叫びながら、王の居間へとび込んで行った。そして愁然として涙を流す王の姿を見て、彼もいっしょに泣いた。「王よ、我が君よ、伯父御よ」とサー・ガエーンはまた叫んだ。「私は騎士道にかけて、きっと誓います、今から、必ずサー・ランスロットを捜して、勝負を決する覚悟です。たとえ七つの王国を隈なく尋ねても、きっと見つけ出して、彼我れを殺すか、我れ彼に殺されるか、二つに一つの勝負を決せずにはおきません」王はそれを聞いて、「いや、捜すまでもないであろう。聞くところによると、サー・ランスロットは、ジョユース・ガルドにおいて、私とお前を待っているはずだ。多くの者どもが、彼の味方に馳せ参じたとも聞き及んでいる」と言った。サー・ガエーンは一人うなずきながら、「さもあろうかと存じます。しかし我が君にはお味方の騎士を思し召し遊ばしませ、私もすぐに味方を集めて、この敵に向かいましょう」と答えたので、王は、「もちろんそう致さねばなるまい」と言って、即座にイギリス全国に布令を回して、国中の騎士を招集した。間もなく、アーサー王に従う全国の騎士と公伯とは、続々と王の館に馳せ参じた。サー・ランスロットも、これを聞いて、人数を集めたので、多くの騎士は、サー・ランスロットの味方として、または妃の味方となって、ジョユース・ガルドの城に入った。けれどもアーサー王の大軍に比べては、サー・ランスロットの軍勢はいかにも微弱であったばかりでなく、サーランスロットは王に対して戦う心は露ばかりも持たなかったので、糧食を集めて、自分の城に籠ることになった。直きにアーサー王とサー・ガエーンとは、軍を進めて、ジョユース・ガルドの城と市とを包囲した。けれどもサー・ランスロットは幾日たっても、自分で城を出て戦わないばかりか、味方の騎士にも、戦うことを許さなかった。そのうちに秋が来た。ある日、サー・ランスロットは城壁の上にあらわれて、アーサー王とサー・ガエーンに向かって、こう呼ばわった。「お二方に物申す、由なき包囲を続けられても、お二方の恥辱にこそなれ、決して御名誉になることはありますまい。拙者が城を出てお相手になろうとさえ思えば、今日にもこの戦争をやめさせることができるでしょう」その時、王は陣頭に進んで、「出られるなら、出てまいれ。いかにも、この城外の平野で、私が相手をして遣わそう」と言ったが、サー・ランスロットが、「とんでもない、この身を騎士にして下さった、世にも貴い王に向かって、どうして刃が向けられましょう」と答えるのを聞いて、王は更に、「口先の仁義は片腹痛い。汝の胸に覚えがあろう、汝は不倶戴天の敵であるぞ、予が終生の敵であるぞ」と罵った。サー・ガエーンも王のあとに続いて、「御身は何の遺憾あって、拙者の二弟を殺したか、御身に対して、何の武器も取らなかったサー・ガヘリスを、また御身から騎士の資格を授けられた恩竉を思って、誰よりも深く御身を愛していたサー・ガレスを?この一事によって、拙者が生の続く限り、御身を敵として戦う覚悟だ」この時、サー・ボホルト、サー・ヘクトル・ド・マリス、サー・ライオネルの三人が場内からこの騒ぎを聞いて、サー・パラメデスとその弟サー・サファイヤ、サー・ラエーン以下の騎士を引き連れて、サー・ランスロットのまわりへ集まって来た。一同は口々に、ランスロットに向かって、「我が君、サー・ランスロットどの、どうぞ、我々の願いを容れて、城から出して、花々しく戦わせていただきたい。あなたの立派な言葉も、あなたの強い忍耐も、もはや何の甲斐もないことが分かっているではありませんか」と勧めたが、ランスロットは、「ああ、しかし私にはどうしても馬を乗り出して、戦争をする気になれない」と言って、なおも王とガエーンに向かい、この戦争をやめるようにと懇願した。けれども王とサー・ガエーンは、一向に取り合わなかったので、サー・ランスロットもついに意を決して、部下の騎士を率い、城を出ることになった。それでもランスロットはくれぐれも味方の騎士を誠めて、アーサー王とサー・ガエーンには、決して傷をつけてはならないと言いつけた。その時、王の軍中からは、サー・ガエーンが真っ先に進んで、一騎打ちの勝負を挑むと、城兵の中からサー・ライオネルが出て、それに応じた。敵も味方も、固唾をのんで、勝負いかんと眺めるうちに、サー・ガエーンの吐き出す槍に、サー・ライオネルは、胸を刺されて、馬からどうと地に落ちた。これを手始めにして、両軍の騎士は入り乱れて戦ううちに、両方とも多くの死者を出した。けれどもサー・ランスロットは、いつでも敵方の騎士に怪我の内容に心を用いていた。その間も、王はサー・ランスロットのあとを追い回して、幾たびか槍を蹴ったが、ランスロットはじっと耐えて、一度も手向かいをしなかった。そのうちに、サー・ボホルトがアーサー王と槍を交えて、王を馬から突き落とした。ボホルトはすぐに馬から下りて、剣を抜きながら、ランスロットの方を振り向いて、「拙者がこの戦争の根を絶ちましょう」と尋ねた。その心は、アーサー王を殺しても、いいかというのであった。しかしサー・ランスロットは慌ててボホルトを押し止めた。「それはいかん、やめたやmて、私は大恩ある王の殺されるのも、辱められるのも、見逃しはしないぞ」と言いながら、サー・ランスロットは馬から降りて、王を抱き上げ、もう一度馬に乗せて、こう言った。「我が君アーサー王よ、神の愛にかけて、この戦争をおやめください」アーサー王はサー・ランスロットの顔を見ると、涙は滝のように流れ落ちた。王は胸の内に、他の何人にも増して義に厚いランスロットの心を深く感じたのであった。王はそのまま馬を返して、陣中へ引き返した。両軍はじきに戦をやめて、互いに死者を葬った。しかし戦争はこの後も続いていた。このうわさは時期にキリスト教の諸国に広まって、ついに法王の耳にも入った。法王はかねてから、アーサー王とサー・ランスロットを立派な騎士だと知っていたので、二人の不和を深く悲しんで、急に一人の高僧に命じて、和睦をはからせることになった。その高僧はロシェスターの主教として、おりからその寺領にいたが、法王はこの主教をアーサー王の館に派遣して、「妃ギニバーを元通りにして、サー・ランスロットと和睦せよ」と勧告させた。そこで主教の計らいで、王とランスロットの間に、一年間の休戦の約束がまとまり、アーサー王はランスロットの手から妃を受け取り、サー・ランスロットは味方の騎士を連れて、イギリスの王国を去り、本国へ立ち帰ることになった。そこでサー・ランスロットをはじめ一同の騎士は、カージフから船に乗って、ベンイックの港へ着く。この港は、人によると、バヨンヌとも言っている。サー・ランスロットはこの地の住民から、非常な歓迎を受けて、やがてその周りに多くの街や城を造り、サー・ライオネル、サー・ボホルト、サー・ヘクトル・ド・マリス、サー・ブラモア、サー・ラエーンをはじめ一同の騎士に、それぞれ領地を分け、各々一城の主として、この地に住まわせることになった。しかし一年の休戦の器官が過ぎると、アーサー王とサー・ガエーンは、大軍を集めて、サー・ランスロットの国へ攻め寄せて来た。王の軍は舟から上がると、町を焼き、野を荒らして、進んで来た。この時、サー・ボホルトはサー・ランスロットに向かって、「我が君、サー・ランスロットどの、すぐに城を出て、敵に一泡吹かせてやりましょう、そうしたら彼らもこの国へ上陸したことを後悔して、そこそこに逃げ帰るでしょうから」と勧めたが、サー・ランスロットは首を振って、「いやいや、私は城を出て、キリスト教の血を注ぐに忍びない。それよりも今しばらくこの城に籠城して、その間に、我が君アーサー王の許へ使者を送り、和議を結ぶことにしよう。どんな場合にも、平和は戦争よりもましだから」と言った。そこでランスロットは一人の貴女に侏儒を添えて、アーサー王の陣へ差し向けた。貴女は一等の馬に乗り、侏儒は馬と並んで走りながら、城門をでて行った。やがて王の天幕へとつくと、貴女は馬から降りた。その時、膳部係りの騎士サー・リュカンがその姿を認めて、「あなたは湖のサー・ランスロットどのからのお使者ですか」と訊ねるので、貴女は、「はい、騎士殿、どうぞ王様にお取次ぎを願います」と答えた。サー・リュカンはそれを聞いて、「やれやれ我が君アーサー王には、サー・ランスロットどのと和睦するおつもりでも、サー・ガエーンどのはとてもお聞き入れになりますまい」と言いながら、貴女を案内して、王の前へ行った。その時、王はサー・ガエーンと席を並べて、貴女の話を聞き取った。貴女がサー・ランスロットの口上を語り出すと、王は目に涙を浮かべて、黙ってその話を聞いていた。貴女が語り終わった時、多くの貴族らは、口をそろえて王にサー・ランスロットとの和議を進めたが、ただサー・ガエーンだけは、それに反対して、「我が君よ、伯父御よ、なんとなされます?あなたはここまで来て、むざむざと国へお帰りになりますか?もしそんなことをなさったら、ただ世間の物笑いとなるばかりでしょう」と言った。王はこの言葉を聞いて、「いかにも、私はお前の意見に従おう。しかしこの貴女には、お前から返事をしてやってくれ、私には気の毒で、とても返事ができないから」と答えた。そこでサー・ガエーンは貴女に向かって、「貴女よ、サー・ランスロットに伝えてもらいたい、私の伯父に、何ほど和睦を嘆願しても、無駄なことだと。また私が、サー・ガエーンが、こう言ったと言ってもらいたい、神から授けられた信仰にかけて、また騎士道にかけて、彼が私を殺すか、私が彼を殺すかするまでは、決してここを去らないからと」そこで貴女は城へ帰って行った。貴女の口からこの返事を聞くうちに、サー・ランスロットの両眼から、涙が頬を伝わって流れ落ちた。そのうちに、ある日、サー・ガエーンは、全身隈なく武装して、城に進み、門前に馬を立てて、声を上げて、こう叫んだ。「逆賊、サー・ランスロット、いずこにある?汝はなぜに穴の中に、城壁の中に、卑怯者のごとく身を隠しておるのか?出でよ、汝、叛逆騎士よ、俺は汝の身に二人の弟の仇を報いなくてはならないのだ」この言葉は、サー・ランスロットをはじめ列座の騎士の耳に、はっきりと聞き取れた。それを聞いた騎士の面々は、一同ランスロットに向かって、「サー・ランスロットどの、今こそ騎士らしくお身を護らねばなりません。でないと、いつまでも汚名を負うことになりましょう。目をつぶるにもほどがあります、辛抱もいい加減になさらねばなりません」と忠告したので、ランスロットも初めて人々の意見に従う気になった。そこで彼は城壁の上から、アーサー王に向かってこう言った。「我が君アーサー王よ、私は永い間じっと辛抱して、あなたとサー・ガエーンのなさることを黙って拝見しておりました。しかし今サー・ガエーンから逆賊と呼ばれてみると、もはや身の明かしを建てずにはおられません」言い終わって、サー・ランスロットは城壁を下り、武装を整えて、馬に乗った。やがてランスロットをはじめ騎士の面々が、城内から姿を現すと、城外の軍勢は間を隔てて、敵と相対した。そこで両軍の間に厳粛な誓約が取り交わされた。二人の騎士が戦っている間は、何人も二人の側へ寄らぬこと、またいよいよ勝負がついて、一方が死ぬるか、降参するまでは、何人も手出しをしないことと堅く約束した。やがて、サー・ランスロットとサー・ガエーンは、遥かに離れて、馬を立て、飛鳥のように駆け寄りながら、互いに楯の中央目掛けて、槍を当てた。どちらも馬上に踏みこたえたが、馬はあおりを食って、屛風(びょうぶ)のように地に倒れた。二人はすぐに馬を乗り棄てて、互いに剣を抜いた。サー・ガエーンはある聖者から不思議の力を授かっていた。朝から昼までは、彼の力は三倍の強さになるが、昼を過ぎると、元へ戻るのであった。サー・ランスロットはこの秘密を知っていたので、サー・ガエーンの力が増している三時間の間は、自分の楯で、身を掩って(おおって)、なるべく力を費やさないようにしていた。その間に、サー・ガエーンは怪力を揮って、幾たびか激しい打撃を試みた。並みいる騎士は、手に汗を握って、サー・ランスロットの身を危ぶんだ。そして誰も皆、ランスロットがガエーンの打撃に踏み堪えたのを不思議に思うくらいであった。やがて正午が過ぎて、サー・ガエーンの力が元へ戻った。サー・ランスロットは相手の力が弱ったのを見ると、急に楯の下から躍り出で、蓄えていた力を一時に出して、サー・ガエーンをたちまち地上に打倒した。しかしサー・ランスロットは相手を倒すと、すぐに引き下がって、重ねて打とうとはしなかった。サー・ガエーンは、その様子を見て、「逆賊よ、何で退くのか?さあ、立ち戻って、拙者を殺せ。もしこのままで行ってしまうなら、拙者が元の体にかえった時、もう一度貴殿と戦わずにはおれないぞ」と叫んだが、サー・ランスロットは「神の恵みによって、私は君をゆるしておく。しかしサー・ガエーンよ、君も知る通り、私は倒れた騎士を打つことはしない」と答えて、そのまま市へ引き上げて行った。サー・ガエーンは傷の手当をするために、アーサー王の天幕へ運ばれて行った。こんな風で、城の包囲はなお続いた。サー・ガエーンはそれから一月ばかりは、どっと床についていたが、その負傷が快方に向かった時、思いがけない報告によって、アーサー王は全軍をあげて、イギリスへ帰ることになった。
解釈
ひとつわからないことはギニバーをなぜそこまでして守り、またこの記述上ではそのランスロットの行為が神の承認を得ているかのようであること。しかし、イギリス特有の家の力も否めないのではあるが、アーサー王においては確かに自身の家族の問題としてこの事態を防げなかった事実がある。それがギニバーのせいであれ、またガエーンら家臣やアーサー王自身の潜在性にあるのかは定かではない。ただ確かなこととしては、聖杯についての事績においてのみ王権は建てられたということであろう。そしてその事績の全うを持ってバランスが崩れている。一つ踏み込むならば、ギニバーがランスロットの運命の相手であり、聖杯の事業においてのみそれを打ち明けアーサー王からギニバーを賜るにいたらなかったランスロットという側面は否めない。ランスロットも聖杯の事績後であったゆえにこの行為に及んでいる感じはある。
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アーサー王の死
アーサー王の出征中、サー・モードレットは王に代ってイギリスの政治を執っていたが、その間に、彼は偽りの報告を造って、アーサー王の戦死を全国に触れ、すぐに議会を招集して、自分を王に選ばせた。モードレッドは、同時に、妃ギニバーを捕えて、理不尽に妻になれと迫ったが、妃は逃れてロンドン塔に避難した。サー・モードレッドはただちにロンドン塔を包囲して、幾たびか猛襲を加えたが、どうしても落とすことができなかった。とかくする間に、アーサー王がサー・ランスロットの囲みを解いて、帰国の途に着いたという報告が、サー・モードレッドの耳に達した。そこでサー・モードレッドは全国の貴族に令状を廻して、我が味方になれと命じたので、多数の騎士はたちまちモードレッドの味方に馳せ参じて、善悪共に、彼を擁護しようと誓約した。サー・モードレッドは大軍を率いて、ドーバーの港に向かい、アーサー王の軍を迎え撃つ用意をした。アーサー王が多数の船舶をもって、ドーバーの港へ着いた時には、サー・モードレッドの大軍は、陸上に陣を張って、王の上陸を待ち構えていた。王の軍勢が陸に近づいたと見ると、サー・モードレッドは多数の大船、小船に、騎士を満載して、王の船舶を襲い、一人も陸へ上げまいとした。そこで船の中で激戦が始まり、双方ともに、多数の騎士を失ったが、モードレッドはついにアーサー王の上陸を遮ることはできなかった。この時、王は先頭に立って奮戦し、海岸の敵を逐い払って、堂々とイギリスの岸に上がったので、モードレッドの軍は内地を指して退却した。海岸の戦いが終わると、アーサー王は全軍に令して、味方の戦死者を収容させた。その時、船中で、端なくサー・ガエーンが、瀕死の状態で横臥(おうが)しているのを発見した。アーサー王はこの知らせを聞くと、驚いてサー・ガエーンの天幕へ行き、その手を取って、深く悲しんだ。サー・ガエーンは王の顔を見上げて、「伯父御よ、私の死期は近づきました。私の粗怱と我儘から、自ら求めたものでございます。サー・ランスロットと戦った時の古傷の上を打たれたのですから、もはや快復の見込みはありません。思えばサー・ランスロットがここに下りましたら、この度の戦争も起こらなかったでしょう、かえすがえすも私の不覚から起こったことでございます。」と言って、なおくれぐれも王に対して、すぐにサー・ランスロットをこの国に呼び戻し、ほかの騎士よりも重くお用いになるようにと勧めたが、その日の昼とともに、サー・ガエーンの玉の緒はふっと絶えた。王は暫く悲嘆の涙にくれたが、命じて、その遺骸をドーバー城内の礼拝堂に運び、厚く葬らせた。サー・ガエーンの髑髏は、永くこの堂内に安置されて、人々の目に触れたが、それにはサー・ランスロットと戦って受けた剣の疵(きず)が、明らかに認められたという。その時、王はサー・モードレッドがバレンダウンに陣を張ったと聞き、軍を進めて、敵に向かい、両軍の間に激しい戦いが開かれたが、戦いは王軍の勝となって、モードレッドはカンターべりに退却した。やがてアーサー王とサー・モードレッドは、日を期して、サリスベリの傍らなる、海岸に近いある高原で、再度の戦いを交えることになった。一夜、王はうとうとと眠ったかと思うと、不思議な夢を見た。サー・ガエーンが数人の美女に取りまかれて王の前にあらわれた。アーサー王はサー・ガエーンの姿を見て、「甥よ、ようまいった。私はお前が死んだとばかり思っていたが、今達者な顔を見て悦びに堪えない。だが、甥よ、お前に同伴したその貴女たちは、どういう人々か?」と尋ねる。サー・ガエーンは答えて、「伯父上、これなる貴女たちは、みんな私が存生の折、一臂(いっぴ)の力をいたした人々です。私はこの人々のためにいささか正義の戦いをいたしたことがありますので、その報いに、伯父上に大事を告げるため、今晩私をここへ案内してくれたのです。もし明日サー・モードレッドと戦争をなさったら、伯父上の身に大難があります。ですから、この際は一時的と商議して、寛大な条件で、一か月の休戦を提議なさいませ、一か月のうちには、サー・ランスロットは部下の騎士を引き連れて、必ず加勢にまいり、サー・モードレッドをはじめ、一味の者どもを、残らず、討ち果たすでございましょう」と言ったかと思うと、サー・ガエーンも貴女らの姿もふっと消えた。王はすぐに命じて、貴族と高僧を呼び集め、一同に向かって、夢の内の不思議を語り、サー・ガエーンの言ったことを告げて、相談した後、膳部係りのサー・リュカンとサー・ベジビールに二人の高僧を添えて敵陣に送り、サー・モードレッドに一か月と一日の休戦を申し込ませた。一同は王の陣を出て、サー・モードレッドの陣に向かい、いろいろと商議した結果、サー・モードレッドは、アーサー王存生中はコーンウォールとケントを領し、王の死後はイギリス全国を領有するという条件で、この休戦に同意することになった。そこでアーサー王とサー・モードレッドは、双方の軍隊の中間で、会見して、この条約に著名することになり、同伴する騎士の数も、それぞれ十四人と定められた。アーサー王と十四人の騎士が、会合の場所に赴くに先立って、王は一同に向かって、こう誡めた。「あの逆賊サー・モードレッドに心を許してはならぬ、もし敵の内に剣を抜く者があったら、すぐに打ちかかって、抵抗する者は一人残らず殺すがいい」サー・モードレッドも、部下の騎士に、同じような警告を与えた。会見は無事に進んで、休戦の約束は滞りなく済んだ。そこで酒を運ばせて、互いに祝杯を挙げる。丁度この時であった。一頭の毒蛇が、傍らの藪から這い出して、一人の騎士の足を噛んだ。騎士ははっと思って、足許を見下ろした刹那蛇の姿が目に映ったので、我知らず剣を抜いた。もとより蛇を斬るほかに、何の考えもあったわけではない。しかし一人の騎士が剣を抜いたと見ると、双方の陣では、一時に、喇叭や角笛を吹き始めた。それは開戦の合図である。アーサー王はそれを見ると、「ああ、災いの日よ」と嘆声を洩らしたが、即座に馬に跳び乗って、陣中へ引き返す。サー・モードレッドも同じく我が陣へ退いた。そこでキリスト教国にまたと比類なき悲惨な戦いが始まった。アーサー王は高貴な王に相応しい立派な態度を見せて、絶えず馬を乗り廻して指揮を執った。サー・モードレッドも、大将たる本分を尽くして、危険の中に身を曝した。戦いは終日にわたった。双方の騎士は、重なり合って戦場に屍を曝した。今はもう王の騎士も、残りなく戦死して、左右に従う者は、サー・リュカン、サー・ベジビールの兄弟二人よりほかにはなかった。二人ももう全身に数個所の痛手を負っている。その時、アーサー王は遥かに敵陣を見渡して、サー・モードレッドが剣を杖にして、死骸の山を見下ろしている姿を認めた。「槍を出せ」と王はサー・リュカンを見て言った。「あそこに逆賊がおる、あれこそこの災いの根をつくった奴だ」サー・リュカンは答えて、「陛下、お見逃し遊ばせ。今日の悪日さえ過ぎれば、天の報いは彼の上に下りましょう。サー・ガエーンの亡霊が申し上げた言葉をお忘れになってはいけません。戦いが勝ちと決まった上は、この辺でおやめ遊ばせ、これでやめて大きに馴れあb、宿命の日は過ぎるでしょう」と言ったが、王はきかなかった。「生も来れ、死も来れ。彼を手にかけずにおくか」と言いながら、王は両手に槍を握って、サー・モードレッドを目掛けて馬を進め、「逆賊、我が槍を受けよ」と叫んで突きかかった。槍は楯を通して、モードレッドの身にぐさと刺さる。その時速く、モードレッドが死力を籠めて横に払った剣は、発矢(はっし)とばかり、王の兜の鉢へ斬り込んだ。兜の鉢は割れて、王はうんとばかりに地に倒れた。サー・モードレッドは、それを見て、最期の息を引いた。サー・リュカンとサー・ベジビールは、駆け寄って、王を抱き起し、左右から支えながら、海のほとりにあるささやかな礼拝堂の中にそっと寝かした。堂に入ると、王はたちまち実の苦痛を忘れたような気がした。その時、戦場の方から大勢の叫ぶ声が聞こえて来た。サー・リュカンは何事が起ったかと怪しんで、堂の外に立ち出でて見ると、隈なく照らす月光の下に、剽盗(ひょうとう)の群が戦場を駆け回って、戦死した騎士の鎧をはぎ取っていた。サー・リュカンは堂の中へ引き返すと、王に向かって、その様子を語り、「ここは安全の場所ではありません。近くの町までお伴いたしましょう」と勧めたので、王も、「さもあろう」と答えて、立とうとしたが、気が遠くなって、ばったりと倒れた。それを見て、サー・リュカンはサー・ベジビールとともに、王を担って堂の外へ運び出そうとしたが、サー・リュカンもまた傷の痛みでよろよろと後ろへ倒れると、そのまま気を失ってしまった。その時、王はようよう気が付いて、目を開いたが、サー・リュカンが倒れたまま、口から泡を吹いて、死んだようになっているのを見ると、「ああ、なんという痛ましいことか、私のために、この立派な貴人を死なせるとは!彼は私よりも危殆に迫っておりながら、ひと言の苦痛も訴えず、身を忘れて、私を介抱しようとしていたのだ。」と感じ嘆いた。傍で聞いていたサー・ベジビールも思わず兄のために涙を流した。王はそれを見て、「いや、泣くまい、嘆くまい、私がこのまま生き残ったら、サー・リュカンの死は、予が終生のの悲嘆の種になったでもあろう。しかし私の時も刻々に近づいておる。さればサー・ベジビールよ、汝はこのエスカリバーの宝剣を持って、向こうの湖のほとりに急げ、そこに着かば、この剣を水の底に沈め、すぐに引き返して、汝の見た通りを私に話してくれ」と言いつける。サー・ベジビールは王の前に進んで、「我が君、仰せに従いましょう」と答えるや否や、王の授ける剣を執って、堂の外へ出て行った。ベジビールは、湖のほとりをさして急ぎながらも、王が昔湖の精から授かったと聞く稀代の宝剣にふと目を落とした。柄から覇頭にかけて、一面に鏤めた無数の宝石が、照り渡る月光の下に、きらきらと閃いた時、彼の心には、愛惜の念がむらむらと湧いた。「今この稀代の宝剣を水の底に沈めたら、この得難い宝は末の世までも再び現れることはないであろう。さすれば、今王の命に従うのは、世の損失にこそなれ、何の利益にもならないことである」ベジビールは、こう思うと、どうしても剣を沈める気にはなれなかった。「よし、そうしようそうしよう」と胸に問い、胸に答えて、彼は王から受けた宝剣をとある木の根元に隠して、急ぎ足に、王の許へ帰って来た。王はベジビールが帰ったと見ると、「サー・ベジビールよ、なんぞ見えたか?」と訊ねる。サーベジビールが
答えて、「はい、何も…」と口ごもるのを聞いて、王はきっとした声音で、「ああ!汝は詐りを申しおるな!さ、もう一度行け、私を愛する心があらば、きっとあの件を水に沈めねばならぬぞ」と命じる。サー・ベジビールは返す言葉もなく再び王の前を去った。けれども剣を取り上げて、水へ投げ込もうとすると、またもや目に見えぬ力あって、うしろから支えるように、「これほどの宝剣を水に沈めるのは、罪である、恥辱である」と囁くので、彼はもう一度剣を木の根に隠して、王の許に帰って行った。「仰せの通り、剣を水に沈めましてございます」と言うベジビールの言葉を聞いて、王は顔を上げて「なんぞ見えたか?」と訊ねる。サー・ベジビールが、「はい、黒ずんだ水と物凄い波の他には、何も…」と口ごもるのを聞いて、王は声を励まして、こう言った。「ああ、不忠者めが!汝は二度までも私を欺そうとした。それでも騎士の名に恥じぬか、私の親友と言われるのか?さ、もう一度行け、そして私の命ずる通りにせよ、汝が猶予する間は、私は死ぬにも死なれないのだ」サー・ベジビールは三度剣を隠した場所へ行き、すぐに手に執って、湖のほとりに降った。彼は剣の帯をぐるぐると柄に巻き、満身の力を籠めて、水上遥かに抛った。剣は半円を描いて、湖心を指して落ちて行く、その時早く、一本の腕がぬっと水から現れて、剣の柄を掴むと見ると、三度湖上に振り回して、そのまま剣とともに水底に沈んでしまった。サー・ベジビールはもう一尾王の許に帰って、見た通りを申し上げた。王はつくづくとそれを聞いて、「私を連れていけ、いつまでもこうしてはおられぬから」と言った。サー・ベジビールは王を背に負うて、湖の畔まで降りて行った。その時、岸に近く、一艘の船が漂っていた。船の中には一人の王女を取り囲んで、数人の美しい貴女が乗っている。いずれも真っ黒な頭巾で、顔を被うていたが、アーサー王の近づくのを見ると、悲しい声をあげて、泣いた。「私をあの船へ乗せてくれ」と王が命じる。三人の女は泣きながら、王を受け取って、そのうちの一人が、膝の上にそっと王の顔を乗せた。その時、王女は王に向かって、「ああ、兄上、どうしてこんなにお手間が取れましたの?あら!お頭の傷がこんなに冷えておりますこと」と言ったかと思うと、船は岸を離れて、湖の上へ漕ぎ出した。サー・ベジビールは船のあとを見送りながら、声を上げて、「ああ我が君よ、アーサー王よ、あなたはここへ、敵の中へ、私を取り残しておいでになるのでっすか?」と呼ばわると、王は船の中から答えて、「安心せよ、私の命数は尽きた、私はアバロンの島へ行って、この痛ましい手傷を癒すのだ」と言う。やがて船は霧に隠れて見えなくなった。サー・ベジビールは涙を払って、岸を去ると、林へ踏み入って、夜一夜歩き続けた。朝になって、かなたに近く、ささやかな礼拝堂と庵室が見えた。サー・ベジビールはその方に進んで、堂の前まで来ると、そこには隠者が、新しく造った墓の前に跪いて、熱心に祈っていた。サー・ベジビールはそばへ立ち寄って、「聖僧よ、いかなる人のために、あなたはここで祈ってらっしゃるのっです?」と訊くと、隠者は答えて、「我が子よ、私はいかなる人とも知らんのだが、昨夜数人の貴女が、一つの死骸を運んできて、埋葬を頼んで行ったのです」と言う。「ああ、それこそ、我が君アーサー王の遺骸です」と言うや否やサー・ベジビールはその場へ倒れて、暫く気を失っていたが、やがて我に返ると、隠者に向かって、「ここに止まって、断食と祈禱の生活を送らせてもらいたい」と懇願した。「お望みに従いましょう。」と隠者は快く承諾した。そこでサー・ベジビールは、その日から、この庵室に足をとめて、粗末な衣を身にまとい、隠者の教えに従って、断食と祈禱に日を送っていた。
アーサー王に関しては、これ以上、なんらの正確な記録も伝わらねば、王の死についても、これ以上確かなことはわからない。しかし王を迎えた船のうちには、三人の女王が乗っていた。第一はアーサー王の妹なるフェイの妃モルガン、第二は湖の夫人ビビアン、第三はノース・ガリスの女王であった。この物語は円卓の騎士の一人なるサー・ベジビールの話によって、記録に残されたものである。なおある人々の言うところによると、アーサー王は死んだのではなく、ただある地に身を隠したばかりである。いつか王が再び世にあらわれて、イギリス全国を支配する時が来ると、その人々は言っている。しかし多くの人の言い伝えによると、王の墓の上には、次の銘が誌されていたという。「ここにアーサー王は眠る、一たび王であり、更にまた王たるべき」さてアーサー王は死んだが、妃ギニバーと湖のサー・ランスロットはどうなったか?妃ギニバーは、アーサー王が殺されて、すべての騎士も王に殉じたことを知ると、五人の侍女と共に、人知れず館を逃れ、アームズベリの聖院に籠って、尼となり、白と黒の衣を身にまとい、罪深き女のする通りの苦行を重ね、断食と祈禱と施物に日を送った。妃はこの尼院の長として、多くの尼の上に立っていた。ここで妃の上から眼を転じて、湖のサー・ランスロットのことを語らねばならない。サー・ランスロットは、その国に居て、サー・モードレッドがイギリスの王冠を頂いて、伯父なるアーサー王に対して、戦争を始めたという知らせを聞くと、烈火のごとく憤って、近親の人々に向かって、こう言った。「ああ、大逆無道なるサー・モードレッド!あの時取り逃がしたのが、今思うと残念でならない」そこでサー・ランスロットは、部下に命じて、急に船の用意をさせ、イギリスに向かって出発した。海路恙なくドーバーの港に着いて、そこに大軍を上陸させた時、サー・ランスロットは始めてアーサー王の殺されたという知らせを聞いた。「ああ、なんということだ!私はまだこんな悲しい知らせを聞かなかった。」と叫んで、サー・ランスロットは、部下の王公と騎士とを尽く集めて、一同に告げた。「我が貴族らよ、某とともにこの国へ渡られた卿(けい)らの好意を私は深く感謝するが、残念なことに、遅かった、某が一生の不覚であった。で、この上は、私はともかく西の方へ落ちたという噂を頼りに、我が妃ギニバーを尋ねださなくてはならない。今から十五日の間ここで私の帰るのを待っていてもらいたい、もしその日が過ぎて、私がなお帰らなかった節は、構わず船と軍勢をまとめて、本国へ引き上げていただきたい」そこでサー・ランスロットは、そこを出立して、西を指して馬を進めた。幾日か捜索した末、とうとう妃の籠った尼寺へ来た。サー・ランスロットが尼寺の中へ入って、あちらこちらと捜しまわっている間に、妃ギニバーは目早くその姿を認めた。一時はびっくりして正気を失ったくらいであったが、やがて我に返ると、妃は左右の者に命じて、ランスロットを呼び迎えさせた。サー・ランスロットが妃の前へ案内された時、妃は容を改めてこう言った。「サー・ランスロットよ、二人の中にまつわった愛にかけて、どうぞ私の願いを聞いてください。二人が顔を合わせるのも、これを最後として、あなたはご自分の国へ帰って、妻を迎え、幸福な世を送ってください、そしてわたしのためには、魂の悩みが癒えるように、主にお祈りをしてください。これが私のお頼みです。」「いや、お妃」とサー・ランスロットはきっとした声で答えた。「私の心持ちは、あなたがよくご承知のはずです。あなたのお選びになった運命よりほかに、私の行くべき道はありません。神の御心に従い、神の僕として、世を終わりたいと思います。」かくして二人は、涙と嘆きのうちに、互いに別れを告げた。妃は侍女らに扶けられて居間にかえり、サー・ランスロットは馬に乗って、涙の内に、この尼院を立ち去ったのである。往くうちに、サー・ランスロットはとある庵室とささやかなる礼拝堂を前方に望んだ。堂の中からは弥撒(みさ)の鐘の音がかすかに聞こえて来た。彼は馬から降りて、馬の手綱を門の柱に繋いで、弥撒の歌に耳を傾けた。弥撒の歌を歌っているのは、サー・ベジビールが師と頼んだ隠者であった。その時、サー・ベジビールは堂の中からサー・ランスロットの姿を認めて、弥撒が終わるや否や、近寄って言葉をかけた。サー・ベジビールの物語を聞くうちに、サー・ランスロットの心は悲しみに破れるかと思われるばかりであった。やがて彼は隠者の前に跪いて、「どうぞwたくしの懺悔を聞いて、お弟子に加えていただきたい」と願った。隠者は、「いかにも、お望みに従いましょう」と答えて、すぐにサー・ランスロットに隠者の衣を着せた。この時から、サー・ランスロットは、日夜神に仕えて、祈禱と断食に日を送っていた。一方ドーバーの港に滞在していた軍勢は、約束の十五日が過ぎるまで、サー・ランスロットの帰りを待っていたが、やがてその日が過ぎると、サー・ボホルトは一同を本国へ帰し、自分はサー・ヘクトル・ド・マリス、サー・ブラモーア以下の騎士と手を分けて、サー・ランスロットの捜索に出かけたのである。間もなく、サー・ボホルトは、仕合せよく、サー・ランスロットの足を留めた会堂へ着いたが、尋ねるランスロットが隠者の衣を纏っている姿を見ると、自分も同じように弟子のひとりに加えてもらいたいと頼んだので、隠者は快くその望みを許して、僧の衣を着せ、断食と祈禱の生活に入らせた。その後半年ばかりの内に、他の騎士たちもだんだんここへ集まって来て、サー・ランスロット、サー・ボホルトの二人と同じ姿となった。こうして一同はそれから六年の間ここで苦行を続けていたのであった。一夜、サー・ランスロットは、夢の内に、不思議の声を聞いた。「サー・ランスロットよ、大急ぎでアームズベリに行け、しかし汝が行くときには、妃ギニバーはもう死んでいるだろう」サー・ランスロットは早朝に起きて、このことを隠者に話すと、隠者は、「その夢の告げに背いてはなりません」と言ったので、サー・ランスロットはすぐに七人の仲間を伴って、グラストンベリを出立し、三十哩(マイル)以上の道を歩いて、アームズベリへ向かった。そしてアームズベリへ到着した時には、妃ギニバーはその半時間前に息を引き取ったところであった。妃の変わり果てた面影を眺めた時、サー・ランスロットはもう泣かなかった、ただ胸の底から深い溜息を洩らすばかりであった。そこで一同は妃のために死後の冥福を祈り、夜は哀歌を歌い、朝は弥撒の歌をうたって、幾日かを過ごした後、馬輿を造り、サー・ランスロット以下一同は、徒歩で棺のあとに従い、アームズベリを立って、再びグラストンベリへ帰って来た。そこで人々は、蝋を引いた屍衣(しい)で妃の身を包んで、大理石の柩に納めた。やがて妃の遺骸が土に埋められた時、サー・ランスロットはたちまち気絶して、永い間死んだ者のように横たわっていた。この時から、サー・ランスロットは食を断って、哀悼を続けていたが、六週間の後には、病床に着くようになった。彼は師の僧と忠実な仲間を枕頭に迎えて言った。「師の僧よ、今生の願いに、どうぞ、キリスト教徒に許されているすべての力を私にお授け下さい」隠者をはじめ、人々はこの言葉を聞いて、「そんなつまらぬことをお考えになってはいけません。みんな御病気の加減に違いありません。明朝はきっとご気分も治りましょう」と言って慰めたが、サー・ランスロットはなおも言葉を続けて、「方々、私の悩みに充ちたこの肉体は地を慕っている。口には言えないが、虫の知らせで私はよく知っている。ですから是非私に力を授けて下さい」と言った。そこで聖僧もランスロットの望みに従って、彼に臨終の油を塗り、キリスト教徒に許されたものを全て授けると、サー・ランスロットは隠者に向かって、死後のことを托し、自分の死骸は仲間の人々の手で、ジョユース・ガルドの城へ送らせてもらいたいと懇望した。(この城の所在については、ある人はアルンイックだと言い、ある人はバンモローだと言っている)彼はまた人々に向かって、「今になって後悔するが、私は以前、ジョユース・ガルドの土になろうと誓ったことがあるのです」と言った。「これを聞いて、一同は手を揉み絞って泣いた。この夜、サー・ランスロットは死んだ。サー・ボホルトをはじめ一同は、翌朝彼の側へ来て、初めて彼の死んでいるのを知った。その顔には安らかな微笑を浮かべ、その死骸の周りには、人々のかつて経験しない美妙な香気が漂っていた。そこで人々は、妃ギニバーの時に使った同じ馬輿にサー・ランスロットの死骸を入れ、隠者をはじめ、一同はその後について、ジョユース・ガルドへ送って行った。やがて城へ着くと、人々は死骸のまわりを取巻いて、口々に讃美歌を歌い、祈禱文を読んだ。その間も、彼の顔には何のおおいもせず、誰にでも見えるようにしておいた。一同が、こうして使者の冥福を祈っているところへ、思いがけなくサー・ヘクトル・ド・マリスが到着した。サー・ヘクトルは七年の間、兄の行方を尋ねて、イングランド、スコットランド、ウェールスの処方を遍歴した後、ちょうどこの城へ来ると、礼拝堂の中から人々の祈禱の声が聞こえて来たので、馬から降りて、ゆくりなくも、ここへ入って来たのであった。一同はすぐにサー・ヘクトルだと知った。そこでサー・ボホルトはヘクトルを迎えて、兄のサー・ランスロットの最期の有様を物語った。それを聞いたサー・ヘクトルは、いきなり楯と剣と兜をかなぐり棄てて、堂の中へ跳びこみ、サー・ランスロットの顔を見るや否や、胸に溢れる悲しみは、火のような言葉となって、吐き出された。「ああ、サー・ランスロットよ!御身はここに横たわっている。私は今こそ言うが、世にある騎士のうちで、御身に匹敵する者は、一人もなかった。御身は楯を持った騎士のうちで、誰よりも礼儀に厚い人であった。御身は御身を敬愛する騎士にとっては、真実の友であった。御身はかつて婦人を愛した罪深き男子のうちで、誰よりも信実な恋人であった。またかつて剣をもって闘った者のうちでは、最も情ある騎士であった。御身は騎士の群れに交じっては、最も善良な人であり、館の饗宴の席で貴女らの間にあっては、誰よりも謙遜な、また誰よりも柔和な人であった。しかも一たび不倶戴天の敵に対して槍を構えたりといえば、御身は何人よりも怖ろしい騎士であった」この言葉を聞いて、一同は限りなく悲哀に打たれ、思わず声を上げて泣いた。かくてサー・ランスロットの遺骸は、十五日の間堂の中に置かれた後、懇ろに埋葬された。サー・ランスロットの埋葬が済むと、一同は再び隠者に従って、その庵に帰って行った。サー・ベジビールは、その後もこの庵に止まって、身を終わるまで隠者の生涯を送ったが、サー・ボホルト、サー・ヘクトル、サー・ブスモーア、サー・ブレオベリスの四人は、間もなく聖地を指して出発した。四人はトルコ族の異端を敵として、諸方で戦った後、神の御心に従い、主の受難の日(グード・フライデー)をもってめでたくこの世を去った。
以上はイギリスにおけるアーサー伝説の集成者と称せられるサー・トマス・マローリ(Sir Thomas Mallory)の名著「Marte d'Arthur(アーサー王の死)」によって、その大意を述べたものである。この書はその頃フランスに行われた同名の書を翻訳したもので、全編を二十一巻に分かち、1485年にカクストン(Caxton)の印刷所で初めて印刷され、英国の上下に愛読されたものである。アーサー王の伝説は、イギリスの原住民なるブリテン人の間にその起源を有し、アングロ・サクソン人が海を越えて、イギリスに移住した後は、ブリテン人とともに、南遷(なんせん)して、ウェールス地方に保存されていた。この伝説はその後ウェールスから対岸のブリタニー地方に伝播し、最初は単にサクソン人に対して勇敢に戦ったウェールス地方の一酋長に過ぎなかったアーサー王の武勇譚(ぶゆうばなし)が、時と共に次第に誇張されて、後には偉大なる国民的英雄の伝説にまで進化した。十二世紀以後、この伝説は特に弾唱詩人の口に吟誦せられた関係上、いわゆる韻文ロマンス(Metrical Romance)として、詩の形で綴られていたが、十三世紀の末頃からしだいに読物として散文の形式をとるようになった。マローリの「Morte d'Arthur」はこれらの散文ロマンスの代表的作物と見ることができる。しかしアーサー王および円卓騎士の伝説の原型がウェールス人の口碑のうちに存在することは、早くスコット(Sir Walter Scott)サウジー(Sauthey)の時代から、一部好事家の間に認められ、ウェールスの民間説話を集めた「マビノギオン(Mabinogeon)」と題する第十四世紀頃の写本の存在することも知られていた。ところがウェールスの古語に通じた適当な翻訳者の得難いために、この貴重な原本もいたずらに名のみ伝わって、その内容は久しく一般に紹介される機会を得なかったが、近年シャロット・ゲスト女史(Lady Charlotte Guest)の苦心によって、初めて完全な翻訳が出版され、イギリス人の多年の希望はここに充たされることとなった。次にこのウェールス説話の一斑を紹介して、アーサー王と円卓騎士の伝説の源泉を示すことにする。
解釈
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アーサー王伝説の源泉
リスト
神名・人物名リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| ユーリーン(Urien) | 2 | |
| オーエン(Owain) | 2 | ユーリーンの子 |
| クライドノ(Clydno) | 2 | |
| キノン(Kynon) | 2 | クライドノの子 |
| キナー(Kyner) | 2 | |
| ケイ(Kay) | 2 | キナーの子 |
| リューネッド(Luned) | 3 | オーエンをかくまった女。泉の伯爵夫人と呼ばれる女に仕えている。 |
| ターゲダーン(Turgadarn) | 5 | |
| マドック(Madoc) | 5 | ディーンの林の山廻りの者、ターゲダーンの子。白い鹿を見かけたことをアーサーに報告する。 |
| アリーフューエリス(Arryfuerys) | 5 | 主猟頭 |
| アールリブリー(Arelivri) | 5 | 扈従頭 |
| ガンツイー(Gandwy) | 5 | |
| カジルナース(Cadyrnerth) | 5 | | ガンツイーの子、アーサーの夜番の家来 |
| ベズオール(Bedwor) | 5 | |
| アンブリュー(Ambrew) | 5 | ベズオールの子、アーサーの夜番の家来 |
| アムハール(Amhar) | 5 | アーサーの子、アーサーの夜番の家来 |
| カステナン(Custennin) | 5 | |
| ゴリュー(Gorew) | 5 | カステナンの子、アーサーの夜番の家来 |
| ナッド(Nudd) | 5 | |
| エデイルン(Edeyrn) | 5 | ナッドの子、ギニバーの侍女を連れの矮人が鞭で打ち、ゲレーントに鷂の試合で勝負をかけられる。 |
| ゲレーント(Geraint) | 5 | エルビンの子、エニードを鷂の試合で妻にする。 |
| イニュール(Ynywl) | 5 | エニードの父 |
| カボール(Cavall) | 6 | アーサー王の御竉愛の犬。 |
| コウ(Caw) | 6 | |
| ギルダス(Gildas) | 6 | コウの子 |
| エニード(Enid) | 6 | イニュール夫妻の子。ゲレーントの妻 |
| グワイアル(Gwyar) | 6 | ガエーンの父 |
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国・地名・建物リスト
| 名前 | 登場個所 | 説明 |
| ウスク河(Usk) | 2 | |
| カーリオン(Caerleon) | 2 | |
| ディーンの林(Dean) | | |
| セバーン河(The Severn) | 6 | |
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道具・生物等リスト
ブリテン人
ブリテン(Britain)の原住民は、ケルト民族(Celts)と総称される一大民族の分派であったと推定されている。ウェールス(Wales)は古来カンブリヤ(Camblia)の国と呼ばれているが、この名はキムリ(Cymri)の国の意で、キムリとは、ウェールス語で近隣の大陸からこの島へ渡って来た移住民を指したものだと言われている。この名はまた古代のギリシアおよびローマ人の史家が、国会の北からヨーロッパ大陸の西北部にかけて拡がっていた野蛮民族を総称したキムメリア人(Cimmerians)およびキムブリ(Cimbri)の語と同一視されている。ウェールス(Wales)およびウェルシュ(Welsh)という名の起源についても、種々の説が建てられた。ある人は、ギール(Geal)またはゴール(Gaul)から出たもので、「森の住民」の意だと言い、他の人は、北欧語で「異民族」を指すウォルシュ(Wlosh)から出たもので、後にこの島に侵入して、その大部を占領したサクソン人(Saxons)およびアングル人(Angles)が、この島の原住民、すなわちブリテン人を指して、かく呼んだものだと言っている。ローマ人はユリウス・ケーザル(Iulius Caesar)の侵入後、紀元420年まで、約500年の間、この島を領有していた。この間にローマの文物制度は、全島の住民の間に拡まったにちがいない。今に残存する道路や都邑や城砦のあとを見ても、ローマ人がいかにこの国の改良と進歩に多くの貢献をしたかが伺われる。同時にその邸宅や城廓の遺跡によって、ローマの移住者が、多くの富を持ち、美しい装飾を愛していたかが伺われる。しかし一方から言うと、ローマ人の統治は、主として軍隊の力で支持され、またその勢力はこの島の全部に及んではいなかった。北部、すなわち今のスコットランド(Scotland)は全く独立し、また西部すなわちウェールスおよびコーンウォール(Cornwall)はただ名義上でローマに属していたに過ぎなかった。これは一人ローマ人ばかりでなく、その後の侵入者においても同様であった。すなわち紀元449年ヘンギスト(Hengist)ホルサ(Horsa)の率いたサクソン人が、この島を占領した後も、ブリテン島の西海岸は、全部原住民の手に残り、絶えず侵入者との間に抗争を続けていたのである。さればウェールスおよびコーンウォールの住民の誇りは、固有のブリテン人の血統が、純粋に伝わっているのは、自分らの国ばかりだということにあった。我々はしばしばイギリスの詩歌のうちに、こういう思想の閃きを見ることができる。例えばグレー(Gray)がその「The Bard」のうちに、エリザベス女王(Queen Elizabeth)を讃美して、「彼女の眼はブリテン人の血統を語る」と歌い、またチュードル(Tudor)王朝の諸王をノルマン(Norman)王朝の諸王に対照して、「さきくあれ、ブリタニアの流れを汲んだ醇なる諸王よ、さきくあれ!」と歌っている類である。エリザベス女王をはじめ、チュードル王朝の諸王はいずれもウェールス出の人々であった。
解釈
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泉の女
キノンの冒険
アーサー王はウスク(Usk)河上のカーリオン(Caerleon)にいた。ある日、王は館の一室に座を占めた。王の側には、ユーリーンの子なるオーエン、クライドノの子なるキノン、キナーの子なるケイおよび妃ギニバーがいた。妃の侍女たちは窓際で針仕事にいそしんでいた。室の中央には、アーサー王が、青い藺草の椅子に、燃え立つばかりの紅の繻子の上被を広げ、赤い繻子のクッションに臂をかけて、坐っていた。その時、アーサーは、人々に向かって言った。「ゆるしてくれ、私は食事を待つ間、ひと眠りしたいと思う。御身たちは話でもして時を過ごしていたらよいであろう。またケイに言うて、一瓶の蜜酒と何か肉でももらったらよいであろう。」こう言って、王は眠りに就いた。そこでクライドノの子キノンは、ケイに向かって、王の仰せのものを求めると、ケイはそれに答えて、「私も王の仰せられた面白い話でも承りたいものだ」と言う。しかしキノンは押して、「いや、貴殿はまず王の命令をお果たしなさい、そのうえで我々はめいめいの存じている取って置きの話をいたすことにしよう」と言ったので、ケイもしぶしぶ立ち上がって、厨房(くりや)に行き、また酒倉へ行って、一瓶の蜜酒と金の杯と焙った肉の小片をさした串を一握り持って、引き返して来た。そこで一同はその焼肉を食い、蜜酒を飲み始めた。「さあさあ約束の話を始めたり始めたり」とやがてケイが催促するので、オーエンはキノンに向かって、「キノン、貴殿の負債になっている話をケイにお払いなさい」と言う。「いかにも、承知いたした」と答えて、キノンは次の話を語り出した。「某の母と父との間には、某のほかに子という者がなかったのです。で、某は人並み外れた高慢な、そして恐ろしく無鉄砲な男になりました。この世界に某の力でできないことはない、とまで考えていたのです。そこで自分の国内にある冒険を一つ残らずやってしまうと、旅袋を調えて、無人の荒野を越え、遠い国々を指して、旅に出ました。そのうちに、とうとう、世にも美しい、とある谷間へかかりました。谷の中には、高さのそろった木がすくすくと立ち並び、一筋の河が谷を貫いて流れ、その河の縁に沿って一筋の道が通じております。某はこの道について、昼頃まで歩き続けて、それから夕刻までなおも谷に沿って進むうちに、とうとう平地の一端にあるきらきらと光った、大きな、城の前へ出たのです。城の下には、一筋の急流が奔っておりました。そこで某はずんずん城に近寄って行くと、金色の縮れ毛をだらりと垂らした二人の青年に会いました。二人とも頭には、黄金の鉢巻をつけ、黄色の朱子(しゅす)の上衣を着て、靴の甲は、黄金の留金でとめております。二人は手に象牙の弓を携えておりましたが、その弓には、鹿の腿(すじ)を張り、箭(や)は鯨の骨で造り、箭羽には孔雀の羽がはいでありました。また二人の腰につけた短剣は、黄金の身に、鯨骨の柄がついていた。二人は的に向かって、箭を射かけているところでした。二人のじき近くには、牡羊の男が立っておりました。男は髯を綺麗に剪んで、黄色の朱子の上衣に、同じ物で作った外套をはおり、外套の上の方は黄金の紐で結んでいた。足には斑色の革で造り、二つの黄金のボタンでとめた靴を履いていました。某が男の側へよって、挨拶すると、男はすぐに頭を下げて、丁寧に礼を返し、某の先へ立って、城の方へ案内するのでした。城へはいると、一つの広間の中に、二十四人の女が、窓際で、朱子の布へ刺繍をしていたが、このほかには、別に住む人もない様子でした。ケイ、君に言っておくが、この女たちの美しいことといっては、そのうちの一等美しくない者でも、君がこのブリテンの島で見た、一等美しい乙女よりは、ずっと美しいくらいだった。その上、その愛くるしさといったら、そのうちの一等愛嬌のないものでも、復活祭の夜会で見る、アーサー王のお妃ギニバーどのよりもずっと愛くるしいくらいだったよ。某が入って行くと、みんな一度に立って来て、六人の乙女が、某を馬から下ろして、鎧を脱がせてくれる間に、他の六人は、某の武器を持って行って、桶の中で綺麗に洗って、ぴかぴかと光らせる、とまた、他の六人は食卓に布を広げて、食事の支度をする。あとに残った六人の乙女は、某の汚れた着物を脱がせて、襯衣(はだぎ)ど綺麗な麻の上衣と長上衣と羽織と幅の広い黄金の紐のついた黄色い朱子の外套を持って来て、すっかり着替えさせてくれました。そして某の下へも左右へも、沢山のクッションを並べ、それに赤い麻の上被(おおい)をかけた。某がそこへ坐ると、六人の乙女は、このブリテン島の第一等の従士がする通りに、某の馬から馬具を外して、曳いて行きました。そのうちに、乙女たちは、水を盛った銀の鉢と緑だの白だの、幾枚かの麻のタオルを持って来てくれたので、某はそれで手足を洗った。暫くすると、主人は食卓に坐った。某は主人の隣に坐り、その下には、給仕をしない女たちがずらりと並んだ。食事は銀で、それにかけた布は麻でした。また食卓に並んだ器は、残らず、金や銀や水牛の角でできていた。やがて食事が運び出された。ケイよ、実際、料理でも、酒でも、何一つ備わらないものはないくらいでしたが、しかしその料理や酒を取り分けてくれる女たちの手際はまた格別で、こればかりは、とても他の場所では及びもつかないくらいでしたよ。食事が半ばすむまでは、主人も、女たちも、誰一人、某に話しかけるものもなかったが、そのうちに、某が大分満腹して、そろそろ話相手が欲しくなったとみると、主人は初めて口を開いて、某の素姓をたずねました。そこで某は自分の身分と、この旅の旅行の理由を話して、自分よりも立ち優れた手際の者があるかどうか、またこの世界に自分より強い者は一人もないかどうかを試してみるつもりで、相手を捜しに出かけて来たのだと言いました。すると男は、某の顔を眺めて、にやりと笑って、こう言いました。『お差支えがなくば、私は貴殿の捜しておいでになるその相手をお教え申しましょう』そこで某は遠慮なく話してもらいたいと言うと、男はこう言いました。『今宵はここでおやすみになって、明朝お目覚めになったら、すぐにこの谷について、上へ上へとお上りになると、林がございます。その林へはいって、暫くお進みになると、一筋の広い道があって、その中ほどに小高い丘があります。丘の上でご覧になると、非常に背の高い黒人が、お目にとまりましょう。その黒人は一本足で、目は額の真ん中に一つしかありません。それはその林の番人なのです。そして黒人のまわりには、千匹の野獣が草を食べておるのがお目にとまります。そこであなたはその男に向かって、路を尋ねるのです。すると男は手短な言葉で路を教えてくれますが、その通りに行けば、あなたのお求めになるものが見つかります』某は夜の明けるのが待ち遠しいくらいだった。で、夜が明けると、すぐに跳び起きて、身支度をして、馬に跳び乗りました。そして谷をまっすぐにのぼって行くと、じきに林があって、とうとう林の中の道へ出ました。例の黒人は丘の天辺に坐っていましたが、そのまわりにいる野獣の数は、放しに聞いた三倍もあろうかと思われるくらいでした。そこで某が路をたずねると、黒人は荒々しい声を立てて、『どこへ行くんだ?』とききかえしました。で、某が自分の身分と目的を話すと、黒人はこう答えました。『その路について、ずんずん登って行くと、大きな谷かと思われるような、ぱっとした所があって、その真ん中に一本の大木が立っている。木の下には、一つの泉があって、泉のそばに大理石の平石がある。石の上には、銀の椀が一つ載せてあるが、人に盗まれないように、銀の鎖で、しっかりと石に結び付けてある。その椀をとって、一杯の水を平石の上へぶちまけろ。で、お前が苦も無くその冒険をやって抜けるようだったら、お前はもう一生涯冒険を捜すには及ばないぞ』そこで某は峠の頭上に達するまで、ずんずんと登って行った。行ってみると、何もかも、黒人の言った通りでした。某は木の側まで行くと、果たして泉があって、泉の側には、大理石の平石と鎖のついた銀の椀があった。そこで某はいきなり椀を取って、一杯の水を平石の上へぶちまけた。と、たちまち恐ろしい雷鳴が起って、天地も裂けるかと思われた。雷鳴に続いて、夕立が起こった。ケイよ、実際の話だが、その夕立の凄まじさといったら、人でも、獣でも、生命が続こうとは思われないくらいでした。某は馬の脇腹を夕立の方へ向けて、楯の尖をその頭と頸へのせ、上の半分を自分の頸の上へかざした。こんなふうにして夕立のやむのを待っていたのです。間もなく、空はからりと晴れた。するとどうでしょう、木の上へは鳥がとまって、歌を歌いだした。ケイ、本当に、その鳥の声といったら、某は後にも、前にも、あんないい声を聞いたことはなかったよ。で、某が鳥の声に聞き惚れていると、不意に、何人もしれず、こう罵る声が耳に入って来た。『こら、騎士殿、ここへは何しに来られた?某に何の恨みがあって、貴殿は今日某に対して、また某の所有物に対して、こんな悪戯をなされるのか?貴殿は某の領内に住む人でも、獣でも、今の夕立にあった者は、残らず生命を失ったことをご存じないのか?』同時に、真っ黒な馬に跨り、墨のようなビロードの装束を着け、黒い私の外套を羽織った一人の騎士が、忽然として現れた。そこで我々は互いに試合を挑んで、双方から火のように突きかかって行ったが、某は時期に倒されてしまった。するとその騎士は、某の馬の手綱へ槍の先を突き刺して、某をその場へ残したまま、二匹の馬を連れて、とっとっと走り去った。某は立ち上がって、元来た道を引き返して行った。やがて例の黒人のいるところまで来ると、ケイ、某は君に白状するが、よくもこの身がとろけて、水にならなかったと思われるぐらい、某は、黒人の口から、言いようもない辱めを受けた。で、その夜、某は前夜泊った例の城へ行った。そこでは前夜にもまして、一層の歓待を受けた。某は城の人たちと、心おきなく話し合ったが、誰一人、あの泉の冒険について、尋ねる者もなかったので、某もとうとうそのことは誰にも話さなかったのです。その晩はそこで泊って、翌朝起きて見ると、朱のような鼻孔をした立派な黒鹿毛(くろかげ)の乗馬に鞍をおいて、ちゃんと出立の用意ができておりました。そこで某は甲冑を着けると、城の人たちに別れを告げて、この館へ立ち帰りました。その時の馬は今でも大事にして、あちらの厩へ繋いであるが、このブリテンの島では第一等の馬だから、某はいつまでも手放さずにおこうと存じておるのです。さて、ケイよ、某はまだ何人の口からも、これほど不面目な冒険の物語を聞いたことがない。また不思議なことには、後にも、前にも、誰一人、この冒険を知っているという者に出会ったことがない。いや、現にアーサー王の領地のうちにありながら、某より他には、誰もこの冒険に出くわさないというのは、実に不思議な話です」
泉の女(続き)
その時、オーエンが言った。「では、一つ出かけて行って、その場所を捜したらいいではないか?」するとケイは、「これはしたり、貴殿はよく実行もできないことを、口に出して申されるお人だ」と言ったので、ギニバーはそばから、「ほんに、ケイ、そのようなことをオーエンどのに向かって申したら、そなたの命はないぞよ」とたしなめる。「これはしたり、お妃さま。オーエンをほめることにおきましては、拙者とて、あなた様に優るとも、劣ることはござりません」とケイは言いつくろった。その時、ちょうどアーサーは目を覚まして、「私は、ちょっとの間、眠ったように思うが?」とお訊ねになった。「はい、我が君、暫く、御寝になりました」とオーエンが答える。「もはや食事の時刻かな?」と王は重ねて訊く。「左様でございます、我が君」とオーエンが答えた。その時、手を洗う合図の角笛が鳴ったので、王を始め一同は食卓に着いた。やがて食事が終わると、オーエンは自分の部屋へさがって、馬と武器の用意をした。食麻早くオーエンは甲冑を着て、馬に跳び乗り、遠い国々を渡り、人気もない山々を越えて、旅を続けるうちに、とうとうキノンから聞いたような谷へ到着して、それが目指して来た谷に違いないことを確かめた。そこでオーエンは谷河の流れについて、その谷を進むうちに、一つの平野へ出て、目の前に例の城が見えて来た。城の近くまで行くと、キノンの話に聞いたあたりに、二人の青年が弓をひいている。その傍には黄色い服装をしたこの城の主人が、立っていた。オーエンがこの黄色い男に挨拶をすると、先方でもすぐに礼を返した。それから彼は城へ行くと、礼の部屋があった。部屋へ入る時に、女たちが黄金の鎖で、朱子の布へ刺繍をしているのが見えた。その女たちの美しさと、愛くるしさは、キノンの話に聞いたよりも遥かに優れているように思われた。女たちは一度に立ち上がって、オーエンを迎え、キノンにした通りのことを、オーエンにもした。そして彼の前に運び出された食事は、キノンが感じたよりも一層多くの満足をオーエンに与えた。食事半に、黄色い男は、オーエンに向かって、彼の旅行の目的を訊いた。で、オーエンがそれを話してこう言った。「某はその泉を護っている騎士を探しにまいったのです」それを聞いて、黄色い男は、にっと笑って、キノンの時にもそうであったが、この冒険を教えるのは、自分の好まないところであると言った。そう前置きをした後で、それでも残らずオーエンに話した。それからみんな寝室へ退いた。翌朝、オーエンが起きて見ると、女たちの手で馬の支度がすっかりできていた。彼は城を出て、礼の黒人のいる林の中の道へ着いた。黒人の背の高さは、キノンの話に聞いたよりも、一層オーエンをびっくりさせた。オーエンが路を尋ねると、彼はすぐに教えてくれた。そこでオーエンはその道について、大木のところまで行くと、木の下に泉があって、泉の側に平石があり、平石の上には椀がのってあった。オーエンは椀をとって、一杯の水を平石の上へぶちまけた。見る間に、雷鳴が聞こえ、雷鳴に続いて、夕立が起こった。夕立はキノンの行ったよりは一層凄まじかったが、間もなくやむと、空がからりと晴れた。時期に鳥が来て、木にとまって歌を歌いだした。オーエンが鳥の歌を聞いて、いい心持ちになった時、谷の方から近づいて来る騎士の姿が見えた。そこでオーエンは岸を迎える支度をして、激しく双方から駆け寄った。双方とも槍を折ったので、剣を抜いて互いに白刃を交えた。そのうちに、オーエンの打ち下ろした剣は、岸の冑(かぶと)に当って、鉢金と瞼甲(まぶたおおい)を砕き、皮と肉と骨を破って、脳髄にまで斬り込んだ。その時、黒色の騎士は、致命の傷を受けたと知るや、馬を返して、一目散に逃げだした。オーエンはすぐにその後を追った。オーエンは敵のあとに続いて馬を走らせたが、剣の届くほどには近寄れなかった。やがてオーエンは、大きな、立派な城を目の前に見た。二人が城の門へ着くと、黒色の騎士はすぐに中へ入ったが、オーエンが続いて入ろうとすると、落とし格子がぱたりとオーエンの上に落ちかかった。格子は鞍のすぐ後ろへ当たって、馬を両断し、オーエンの踵についていた拍車の花車を切り取って、真直ぐに床へ落ちた。そこで、拍車の花車と馬の後半部は門の外に残り、オーエンと馬の前半部は、二つの門の間に閉じ込められた。中の門はぴったりとしまっているので、オーエンはもう前へも後ろへも出ることはできなくなった。こうして立ち往生している間に、オーエンは門の隙間からのぞくと、すぐ前に大通りがあって、両側にはぴっしりと家が並んでいるのが見えた。その時、彼は目の前に黄色い縮毛を垂れた一人の女の姿を見た。少女は黄色い朱子の上衣を着て、足には斑色の皮の靴を履いていた。女は門に近寄って、開けて下さいと言った。オーエンは中からそれを見て、「ああ、お嬢さん、私の力でこちらから開けることもできない通り、あなたのお力で私を出して下さることもできないのです」と言って、自分の名を素性を名乗った。すると女は「本当に、まあ、お気の毒ですね。どんな女でもあなたを御救い申さねばならないのに、わたくしはあなたほど女に親切な方はないことをよう存じております」と言ったが、さらに語をついで言った。「ですから、わたくしの力でできることなら、どんなことでもいたしますわ。この指輪をお取りになって、石があなたの手の平へあたるように、おはめになって、ぎゅっと手をお握りなさい。あなたが手を握っていらっしゃる間は、あなたの姿は誰の目にも見えません。今にみんながあなたを捕まえにきても、あなたの姿が見えないので、みんながっかりするでしょう。わたくしはあそこの馬乗り台の上で、あなたを待っております。わたくしには見えなくても、あなたの方からはよくお見えになりますから、わたくしの肩へ手をかけて、あなたがそばにおいでになることを知らせて下さい。そしてわたくしのまいる方へついていらっしゃってください。」こう言って、女はオーエンの側を離れて、約束した場所へ行った。そのうちに城の人々は、オーエンを捕えて死刑にするつもりで、捜しに来たが、馬の前半分よりほかには、何も見えないのでがっかりしてしまった。そこでオーエンは人々の間をぬけて、女の側へ行き、肩の上へ手を乗せた。すると女はそろそろと歩き出したので、オーエンはその後について行くと、とある大きな、美しい部屋の扉口に着いた。女は扉をあけて、二人はすっと中へ入った。オーエンは部屋の中を見回すと、釘と言う釘は、一つ残らず美しい色で塗られ、四方の鏡板には、さまざまの像が、残らず金で描かれている。女は火を焚きつけ、銀の鉢に水を盛って、オーエンに手足を注がせた。それから彼の前に金で象眼した銀の卓を据え、その上に黄色い麻の布を広げて、食事を運んで来た。その食事はあらゆる種類のものを網羅している上に、何もかも多量に盛り上げられていた。しかしその料理の仕方に至っては、他ではとても味わえないくらいであった。またその食事を取り分けてくれる器は一つとして金か銀で造ってないものはなかった。オーエンは昼が過ぎて、ずっとあとまで飲み食いしていたが、その時、ふいに、城の中で、大勢の人の騒ぐ声が耳についた。オーエンは女に向かって、あれは何事かと訪ねると、女はこう言った。「あれは今この城の主人のために、臨終の塗油式(とゆしき)をしているのです」それから女はオーエンのために、アーサー王にもふさわしい立派な寝床をこしらえてくれたので、オーエンはじきに眠りに就いた。日が昇ってから、しばらくすると、彼は大勢の人ががやがやと騒いだり、泣きわめいたりする声を聞いた。で、あれは何事かときくと、女はこう答えた。「みんながこの城の主であった貴人の遺骸をお寺へ送って行くのです。」そこでオーエンは起きて、衣服を着替え、部屋の窓をあけて、城の方をながめた。見ると、街という街は、人で埋まっていた。その人たちはみんな十分に武装していたが、その中にまじって、大勢の女が、馬だの徒歩だので、練って来る。また市中のお坊さんが何か歌いながら、その行列に加わっていた。この群衆の真ん中に、白い麻の布で被われた柩があって、柩のまわりには、たくさんの蝋燭が灯されていた。そしてこの柩をかついでいるのは、みんな身分の高い貴族たちであった。オーエンはこれまでこんな華美を極めた絹や朱子ずくめの行列を見たことがなかった。この行列の中に、彼は黄色い頭髪を振り乱し、血だらけになった一人の貴女を認めた。女は、ずたずたに避けた黄色い衣服をまとい、足には斑色の皮靴をはいていた。そして指の先があざになりはしまいかと思われるくらい、両方の手を激しく振り絞っていた。もしこの女が人並みの服装をしていたら、これほど美しい女は世の中にあるまいと思われた。女の泣き叫ぶ声は、人々の喚き声や喇叭の音にも消されなかった。この女を見た瞬間に、オーエンの胸は愛の炎に燃えて、たちまち魂を奪われてしまった。その時、彼はそばにいる女に向かって、あの貴女はどういう人かと訊ねた。すると女はこう答えた。「まあ、女という女のうちでも、あの方ぐらい美しい、操(みさお)の田足井、物惜しみをなさらない、気高いお方は、どこにもありはいたしません。あの方は私の御主人で、泉の伯爵夫人と申し上げ、昨日あなたがおうち遊ばした方の奥方でいらせられます」こう聞いて、オーエンは「まことに、あれこそは、某の最も愛する婦人です」と言った。女は「本当に」と答えた。「あの方も、きっとあなた様をいとしいとお思いになるでしょう」そこで女はオーエンのために食事の支度をした。全くオーエンは、今までに、こんな旨い物を食べたこともなければ、こんな行き届いた給仕を受けたこともないと思うくらいだった。食事が済むと、女は部屋を出て、城の方へ行った。城へ行ってみると、誰も、彼も、悲嘆に暮れていた。中でも、伯爵夫人は、人に顔を合わせるのも厭わしいとばかりに、一人居間に閉じ籠っていた。リューネッド(Luned)―これが女の名であった。―は、主人の前へ行って挨拶をしたが、伯爵夫人は返事もしなかった。そこで女は主人の前へ身を屈めて、「どう遊ばしました、今日にかぎって御返事もなさらないなんて?」と訊ねると、夫人は女の顔を見て、「リューネッド、何かかわったことでもありましたか。私がこんなに嘆いているのに、尋ねてもくれないなんて?それはお前の方が間違っているのです、私がこれほど胸を痛めているのが分からないんですか」と答えた。「まあ、本当に」とリューネっとが言った。「わたくしはあなた様がもう少し御分別のある方かと存じておりました。あのお方様のことや、何と言っても取り返しのつかないことを、そんなにくよくよお思いになったところで何になりましょう?」「わたしは天に誓って、あの方に比べられるような人は、世界中に、一人もないと言いましょう」と奥方の言うのを聞いて、リューネッドは、「いいえ、そんなことはありません。たとえ醜い姿をした人でも、あのくらいな方はいくらもございます、いいえ、あの方に優った人がいくらもございます」と言った。伯爵夫人はそれを聞くと、腹立たしそうに、「まあ、言うにも事欠いて、そんなことをお言いだったら、わたしはたとえ自分の手で育てた者でも、殺しても、飽き足らないような気がします。死刑にしないまでも、追放ぐらいにはするでしょう」と言った。「結構でございますとも」とリューネッドは答えた。「あなた様がご自分のおためになることをご存じないとすれば、わたくしはこうしてあなた様には御奉公いたしますよりも、いっそ御奉公をせずに済む方が結構でございます。まあ、今に何かあると、どちらが先に、仲直りをしようと言い出すか、見ていらっしゃいませ。わたくしの方から、あなた様にお目にかかりたいと申出ますか、それとも、あなた様の方から、わたくしをお呼び出しになりますか」こう言って、リューネッドはその場を立去った。伯爵夫人は立って、部屋の扉口までついて来たが、急に大きな咳払いをはじめた。で、リューネッドが後ろを振り向くのを見て、奥方は手招きした。そしてリューネッドが立ち返ると、奥方はこう言った。「本当に、意地の悪い人ですね、私のためになることを知っておいでなら、言っておくれならいいのに」「では申し上げましょう」とリューネッドは答えた。「あなた様の領地をこのまま持ちこたえてゆくには、戦争と武器よりほかにないことは、ようご存じのはずではございませんか。ですから、一刻も早く、御料地を守る人をお探しにならなくてはなるまいかと存じます」「では、どうしたらいいのです?」と伯爵夫人が言った。「わたくしの申し上げることをお聞きください」とリューネッドが答える。「あなた様の御領地を持ちこたえてまいりますには、あの泉を守ってゆかなくてはなりません。しかしあの泉を守護するものは、アーサー王の館の騎士よりほかにはございません。ですから、私はアーサー王のお館へまいりましょう、そして、どんな事があろうとも、誓って、これまであれを守護しておいでになった、あの方のような、いや、あの方よりも一層立優れた勇士を一人連れてまいりたいと存じます」「それはずいぶん難しい仕事でしょう」と伯爵夫人は言った。「ですが、まあ、行って、おまえのお言いの通りになるかどうか、見せて下さい」そこでリューネッドはアーサー王の館へ行って、帰ってくるまでの旅の日数を計って、その間じっと邸のうちに引込んでいた。で、定めの日数が過ぎると、彼女は美々しく装って、伯爵夫人の前へ出た。伯爵夫人は、その姿を見ると、非常に喜んで、館の消息を何くれとなく問いただした。リューネッドはそれに答えてこう言った。「よいお消息(たより)をお耳に入れます、わたくしの役目は滞りなく勤まりました。お気に召しました時に、わたくしの連れてまいりました将軍を、御引き合わせいたしましょう」「では、明日、その方と同伴して、わたくしに会わせて下さい」と伯爵夫人が言った。「その時刻に、街の者をみんなここへ呼び集めておきますから」リューネッドは邸へ帰って来た。そして翌日の正午頃になると、オーエンは上衣の上へ陣羽織を重ね、幅の広い黄金の打ち紐をつけた黄色い朱子の外套をはおり、足には獅子の形をした黄金の留め金でとめた斑色の皮靴をはいた。そして二人は打ち連れて伯爵夫人の部屋へ行った。伯爵夫人は喜んで二人を迎えた。そしてじっとオーエンの顔を打ち眺めて、こう言った。「リューネッドよ、この騎士は旅の方とは思われない」「奥方様、それがどうだとおっしゃいますのですか?」とリューネッドは訊き返した。「確かに」と伯爵夫人は言った。「わが夫を討ったのはこの人に違いない」「それならばなおさらよろしいではございませんか」とリューネッドは答えた。「殿さまより強ければこそ、あの方をお果たし申すこともできたのでございましょう。過ぎたことはもうとりかえしようもございません、物はなるようにしかなりませぬ」「では一旦邸へお帰りなさい」と伯爵夫人が言った。「みんなと相談をしてみるから」その翌日、伯爵夫人は一同の家来を集めて、会議を開いた。そしてこの国が保護者を失った上は、ほかに馬と武器と武術を持って、この領土を守るものを見つけなくてはならないことを告げて、更にこう言った。「ですから、私は今それについて一同の意見を聞きたいのです。このうちの一人が、私の夫になって、この領地を守ってくれるか、さもなくば、私が他国から夫を迎えることに同意してくれるか、二つに一つを選んでもらいたいのです」一同は、評議の結果、他国から来た者に結婚を許す方がいいということに決まった。そこで伯爵夫人は主教や大主教を城へ呼んで、めでたくオーエンと結婚の式をあげた。そしてこの国の臣民は、一同オーエンの前に忠誠の誓いを立てた。この日から、オーエンはその剣と槍をもって、泉を守護した。彼はいつも、こんなふうにして泉を守護した。どんな騎士でも、この泉に近づいた者があると、彼はたちまち突き倒して、十分の賠償金を払わせた。そしてその金は残らず部下の貴族と騎士に分配するので、この国の臣民が彼を愛敬することは、全世界に類のない程であった。オーエンはこうして三年の月日をこの国で送った。
泉の女(続き)
ガエーンの冒険
ある日ガエーンは、アーサー王に従って、館を立出でた。その途々、ガエーンは王がいつになく打ち沈んで、悲しそうな様子をしているのに気が付いて、心配でたまらなくなって、こうたずねた。「おお、わが君、いかがなされました?」するとアーサーは答えて、「実はガエーンよ、私は、オーエンのことが気になってならないのだ、ここを立ってからもう三年になる。もし四年経っても、探し出すことができないようだったら、私はきっと死んでしまうだろう。今思うと、オーエンのここを立去ったのは、クライドノの子なるキノンが放した物語が原因になったに違いない」と言った。ガエーンはそれを聞いて、「ですが、そのくらいなことで、何も全国の兵を集めるほどのこともありますまい。あなた様と、館の騎士だけでも、もしオーエンが殺されたとすれば、彼の仇を討ち、また捕られているとすれば、彼を牢獄から救い出し、そして生存しておりましたらともどもに連れて帰ることもできようと存じます。」と言ったので、王もガエーンの言葉に従って、オーエンの捜索に出かけることになった。その日から、アーサーとその館の人々はオーエンを探しに行く支度にかかった。そしてクライドノの子キノンが一同の案内者となった。やがてアーサーはキノンが以前に来たことのある例の城へ着いた。城の近くまで来ると、二人の青年が以前と同じ場所で、弓をひいていた。二人の側には、黄衣(こうい)の男が立っている。黄衣の男はアーサーを見ると、丁寧に会釈して、城へ導いた。そこでアーサーは彼の好意に従って、一同と共に城へ入った。王の供廻りの人数は、よほど大勢であったが、城へ入ると、どこへどう入ったのかほとんどわからないくらい城の中は広かった。すると侍女たちが立って来て、一同を迎え、何くれとなく世話をしてくれた。その世話の行き届いたことといっては、これまでどこへ行っても、これほどのもてなしを受けたことはなかった。馬の世話を受け持っている扈従(こじゅう)ですら、その晩は、アーサー王がその王宮の中でうけているほどの手厚い給仕を受けた。翌朝アーサーは、キノンを案内者として、城を出発し、例の黒人のいるところまで来た。黒人の巨大なことは、話に聞いたよりも大きいので、一層アーサーをびっくりさせた。それから木の茂った険路の頂上に着き、谷を横ぎって、青々とした大木のところへ行くと、その下に泉があって、泉のそばに椀と平石があった。そこでケイはアーサーの前へ進んで、こう申し上げた。「わが君、わたくしはこの意味をよく存じております。どうぞこの平石の上へ水をあけて、それに続いて起こる第一の冒険を迎えることをお許しくださいませ」で、アーサーはケイの願いを許した。ケイは椀一杯の水を平石の上へぶちまけるや否や、たちまち雷鳴が轟き、雷鳴に続いて夕立が起こった。こんな凄まじい雷雨には誰もまだであったことがなかった。夕立がやむと、空がからりと晴れた。木の上を見上げると一枚の葉も残ってはいなかった。そのうちに、一群の小鳥が木へ舞い下った。そしてその小鳥は、これまで誰も聞いたこともないくらいいい声で歌いだした。その時、真っ黒な馬に跨り、黒い朱子の扮装(いでたち)をした一人の騎士が現れて、風のように駆け寄って来た。ケイはすぐに迎えて戦ったが、見る間に突き倒されてしまった。騎士はそのまま引き上げたので、アーサーをはじめ一同は、天幕を張って夜を明かした。翌朝一同が起き上がると、前日の騎士はもう槍を上げて、試合の合図をした。そこでアーサーの館の騎士は、変わるがわる出て、槍を合わせたが、残らず突き倒されてしまって、あとにはアーサーとガエーンの二人だけになった。そこでアーサーは槍を取って、騎士に突いてかかろうと、ガエーンが王を引き留めて、こう言った。「おお、わが君、どうぞわたくしにまず戦うことをお許しください」王はガエーンの願いを許した。彼はランギール(Rhangyr)伯の娘から贈られた名誉ある朱子の上衣で、その身と馬とを装ったので、仲間の騎士も彼を見分けることはできなかった。二人は互いに戦を挑んで、日の暮れまで戦いを続けたが、いずれも相手を馬から突き落とすことはできなかった。翌日も同じように戦った。二人は互いに突き合って、どちらも槍を折ったがやはり勝負はつかなかった。三日目に、二人は非常に丈夫な槍をとって、戦った。互いに心は怒りに燃えて、正午まで火のように戦った。激しい突撃で双方ともに馬の腹帯が切れて、馬の尻がいを越えて、もんどり打って地に落ちた。そして起き上がるや否や、剣を抜いて、戦いを続けた。二人の戦いを目撃したものは、誰でもまだ、これほど勇猛な、またこれほど力の続く二人の騎士を見たことがないと思うくらいであった。剣の間から飛び散る火花は、たとえ真夜中でも、あたりを明るく照らし出したろうと思われた。そのうちに相手の騎士が打ちおろした剣で、ガエーンの冑が脱げて、相手の騎士は初めてガエーンの顔を認めた。「ガエーンどの、某は貴殿の身を包んだその名誉の上衣のために、従弟とは知る由もなかった。さあ、某の剣と手をおとりなさい」とオーエンが言った。「オーエンよ」とガエーンが答えた。「貴殿が勝利者だ、某の剣をお取りなさい」その時、アーサーは二人が話す声を聞いて、つと二人の方へ進んだ。「我が君、アーサーよ」とガエーンが言う。「オーエンです、彼は拙者に勝ながら、拙者の武器を取ろうと言いません」「我が君」とオーエンが言う。「勝ったのは彼です、それでも拙者の剣を受け取ろうとはしないのです」「では、その剣は二つとも私がもらいましょう」とアーサーが言った。「さすればどちらも負けたことにはならぬであろう」そこでオーエンは、アーサーの首へ双の腕をまいて、互いに抱擁した。すると一同が、オーエンに会って、めいめいに抱擁するために、駆け寄って来た。オーエンは大勢に抱きしめられて、ほとんど息が止まるくらいであった。そこで一同は、ここで夜を明かした。その翌日アーサーは出立の用意にかかった。それを見て、オーエンは言った。「我が君、それはいけません。私はお別れ申してから三年になりますが、その間、今日が日までも、わが君のお出でを、心待ちに待って、始終饗宴の用意をいたさせておきました。ですから、どうぞ、御家来衆の旅の疲労がすっかり回復して、さっぱりと油をお塗になるまで、こちらに御逗留くださいませ。」そこで一同は、泉の伯爵夫人の城へ行った。そして三年がかりで用意したご馳走も、三日の間に残らずおしまいになった。しかしみんながまだこれほど結構な、またこれほど気持ちのいい饗宴に列したことはなかった。そこでアーサーは出立の支度にかかった。その時、王は伯爵夫人に使いをやって、久しぶりでブリテン島の貴族らや貴女らにオーエンの無事な顔を見せたいと思うから、三カ月の間、オーエンをかしてもらいたいと申し入れた。伯爵夫人は一刻もオーエンと離れたくはなかったが、王の懇望もだし難く、胸の苦しみを忍んで、仰せに従った。かくてオーエンはアーサーとともにブリテン島へ帰って来た。そして再び親戚や故旧のうちに交じっているうちに、三カ月の起源は早くも過ぎて、いつか三年の月日が経った。
獅子の冒険
ある日、オーエンはウスク河上のカーレオンの市で、食卓に向かっていると、紅鹿毛の馬に跨った一人の貴女が、館へ入って来た。馬は鬣を縮らせ、口から一杯泡を吹いている。その馬具は手綱も、鞍も、すっかり黄金であった。貴女は黄色い朱子の上衣を身にまとっていたが、つとオーエンの前へ進むと、いきなり彼の手から指輪を抜き取った。「これが、女たらしの、謀反人の、不実者の、恥知らずの、腰抜けの、見せしめです」こう言い棄てて、女は馬の頭を立て直すと、そのまま出て行ってしまった。その時、オーエンは過ぎし日の冒険を思い出して、胸のつぶれるような気持ちがした。で、食事をすまして、自分の宿へ帰ると、その晩のうちに支度をして、翌朝、起き上がると、館へも行かず、また泉の婦人の所へも帰らず、ただ一人飄然と、遠い国を指して、人跡のない山の中へ、踏み込んで行った。こうして彼は衣服もぼろぼろになり、体も疲れ果てて、髪は蓬のように伸びるまで、漂泊をつづけていた。その間彼は野獣を友として、ともに歩き、ともに食っていたので、終いには野獣もみんな彼になつくようになった。そのうちに、彼はだんだんと弱って、もうどうしても野獣の仲間になってはいられないくらいになった。そこで山をおりて、谷へ来た。そこには、ある慈悲深い貴女の所有になっている世にも美しい遊園があった。ある日、貴女は多くの侍女と共に、この遊園の中央にある湖の畔を逍遥していると、はからずも、死んだように横たわっている一人の男の姿が目についた。みんなはそれを見てぎょっとしたが、それでもこわごわ近寄って、触ってみると、まだ息が通っているのが分かった。そこで貴女は城へ帰って、貴い油を入れた一つの瓶を出して、一人の侍女に渡して、こう言いつけた。「さあ、これをもっておいでなさい。それから別にあそこにある馬と衣服を持って行って、今の男のそばへおくのです。そしてこの油をあの人の乳の下へ塗っておやりなさ。もし生命があれば、この油の利目で、生き返るでしょう。そうしたら、よく気を付けて、あの人のすることを見届けるのです。」そこで侍女は、主人の前をさがって、前の場所へ戻り、オーエンの胸へ油を塗り、馬と衣服をそばへおいて、自分では少し離れたところへ身を隠して、様子を伺っていた。暫くすると、男は動き始めた。そして起き上がって、じっと自分の体を眺め、わが身の見苦しい姿を恥じらう様子であった。やがて彼は馬と衣服がじき側においてあるのに気が付いた。そこで自分でその衣服を着て、やっとのことで馬に乗った。その時、女は物陰から現れて、彼に会釈した。そして男を案内して城にかえり、さっぱりした部屋へ導き、火を焚きつけて置いて、出て行った。それから三カ月の間この城に逗留しているうちに、彼はすっかり元の姿になり、前よりも一層美しいくらいになった。そのうちに、この貴女と近隣の大きな領主との間に紛争が起こった時、彼は貴女のために天晴れな働きをして、貴女から受けた厚意に対して、十二分の恩返しをした後、暇を告げてこの城を立去った。行くうちに、林の中から恐ろしい吼え声が聞こえて来た。彼は二度、三度と、繰り返してその声を聞いた。そこでオーエンは声の来る方に進んで行くと、林の中ほどに大きな岩山があって、その横腹に、一つの灰色の岩が見えた。岩には一つの割れ目があって、割れ目の中には、一匹の大蛇が潜んでいた。その岩の近くに一頭の黒獅子が立っていたが、獅子が岩へ登ろうとするたびに、大蛇は穴から跳び出して、襲い掛かるのであった。それを見たオーエンは剣の鞘を払って、岩に近寄り、大蛇が跳び出すや否や、剣を揮って、両断した。彼は剣の血を拭って、元の道へ引き返して来た。しかし獅子は、なんと思ったか、彼のあとについて来て、まるで飼いならした猟犬かなんぞのように、彼の周りを跳び回った。こうしてオーエンは獅子と一緒に終日旅を続けて、とうとう夕方になった。いよいよ寝る時刻になったので、オーエンは馬から降りて、馬を木立のある平地へ放し、枯木を集め火を焚き始めた。火が燃え尽きた時分に、獅子は三晩くらいは十分あるほどの薪木を運んで来た。そして獅子はどこへか行ってしまったが、じきにまた立派な大鹿をもって帰って来た。獅子は鹿をもって、火の側まで来ると、それをオーエンの前へ投げ出した。オーエンは鹿を取って、皮を剥ぎ、肉を細かく刻んで、串にさして火のまわりへ並べた。その残りは獅子にやって食べさせた。彼がこんなことをしている間に、じき近くで、深いうめき声が聞こえた。それが二度、三度続いた。呻き声は近くの岩の洞穴から来るのであった。で、オーエンは洞に近寄って、悲しそうに呻いているのは、いかなる人かと呼び掛けた。すると洞の中からこう答える声が聞こえた。「わたしは泉の伯爵夫人の侍女で、リューネッドと申す者です。」「では、そこで何をしていらっしゃるのです?」と彼が訊くと、女はこう言った。「私は縛られているのです。それはアーサーの館から来て、奥方様の配遇(おつれあい)になった騎士のことから起こったのです。その騎士は、しばしの間、奥方様と御一緒にいるうちに、アーサーの館へ行くと言って、出立したきり、帰ってまいりません。それで奥方様のお傍にいる二人の扈従が、その騎士を女たらしだと罵りました。私はもう程なく戻って来るに違いないと言って、二人の者を向こうに回して、彼の弁護をいたしましたために、この洞へ押し込められました。そして定めの日限のうちに、彼が私を救い出しに来なかったら、死刑に去れることになっているのです。その日もいよいよ明日に迫っておりますが、私のために彼を探しに行ってくれる人がありません。ユーリーンの子のオーエンと申すのが、その騎士の名です。」「では、その騎士がこの事を知りさえすれば、きっと救いに来ると思いますか?」とオーエンは訊いた。「きっと来てくれます」と女は答えた。そのうちに鹿の肉が焼けたので、オーエンはそれを二つに分けて、半分は自分で食い、半分は女にやった。それからオーエンは横になって、眠った。獅子は夜通しオーエンの側について、どんな番兵でも、これほど厳格に主君の見張りはできまいと思われるくらいじっと見張っていた。すると翌日、二人の扈従が、大勢の従者をつけて、リューネッドを洞から引き出して、死刑を執行するためにやって来た。で、オーエンは二人に向かって、何の科(とが)があって、女を殺すかと訊ねた。すると二人は、女との間の契約を話した。それは前夜女から聞いた通りであった。「で」と二人は言葉を続けた。「オーエンは女を見捨てたのです。ですからわれわれはあの女を連れて行って、焼き殺そうというのです」「いかにも」とオーエンは言った。「彼は立派な騎士です。もし女がこれほどの危急に迫っていると知ったら、救いに来ないはずはありません。しかしお差支えなくば、某が彼に代って、お二方と勝負を争いましょう:「いかにも」と二人が答えた。そこで二人は槍をそろえて突きかかったので、オーエンは委託も攻め立てられた。それを見て、獅子はオーエンの加勢に出たので、二人の青年は負けそうになった。すると二人はオーエンに向かって、叫び出した。「大将、貴殿一人だけで勝負する約束ではなかったのですか。あれなる動物に出られては、貴殿と戦うよりも骨が折れます」そこでオーエンは獅子をリューネッドの押し込められている洞の中に入れ、石で入口をふさいでしまった。そして前の通り二人の青年と勝負を続けた。しかしオーエンはいつもほどの力が出なかったので、とかく二人の相手に悩まされた。すると獅子は洞の中からオーエンの難儀を見て、絶えず吠えたてていたが、とうとう壁を搔き破って、出口を作り、いきなり二人に跳びかかって、見る間に嚙み殺してしまった。こうしてリューネッドは辛くも火刑から救い出された。そこでオーエンはリューネッドとともに、泉の夫人の城へ帰って行った。その後間もなく彼は伯爵夫人を伴って、アーサーの館へ帰り、彼女はオーエンの妻として一生を終わった。
解釈
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エルビンの子ゲレーント
アーサーはウスク河上のカーレオンに、その宮廷を置いて、天下の政を聴くのが例であった。王はここで四たびの復活祭を迎え、五度の降誕祭を送った。ある年、王は聖霊降誕節を期して、この地に宮廷を開いた。カーレオンは王の領内で、海陸ともに、交通の要地に当っていた。王の配下にある九人の王とあまたの伯爵および男爵とは、いずれもここへ招集された。これらの王侯はあらゆる祝典には、余儀なき故障のないかぎりは、賓客として招かれるのが例であった。王はカーレオンに宮廷を開くときには、十三の会堂で、それぞれ弥撒(みさ)の式を挙げた。その順序はこうであった。第一の会堂では、アーサーと諸王と賓客のために、第二の会堂ではギニバーとその貴女らのために、第三の会堂では、館の執事と訴訟者のために、第四の会堂では、フランク人そのほかの役人のために、以下九つの会堂では、館の九人の頭領のために、それぞれ弥撒の礼を行った。館の九人の頭領の中でも、その武勲において、門地において、一同の主位に立つのは、ガエーンであった。まあこういった順序で、十三の会堂が割り当てられるのであった。やがて聖霊降誕祭の当日、王が饗宴の席に着いた時、背のすらりとした金髪の青年が、身に朱子の上衣と同じ外套を纏い、首には黄金の柄をつけた剣をかけ、踵の低い皮の靴をはいて、館の中にあらわれた。彼はつかつかと進んで、王の前にと立った。「我が君、万歳」と青年は言った。「卿(おんみ)にも幸あれ」と王は答えた。「ようこそ見えられた。とにかく、卿の用向を承ろう」「かしこまりました、わが君」と青年は言った。「某ディーンの林に下りまする山廻りの者で、名をターゲダーン(Turgadarn)の子マドック(Madoc)と申します。林中において、某はいまだかつて見たこともない一頭の鹿を認めました」「卿がかつてみたことのないと言わるる、その鹿は、いかなる様であったか?」と王はお訊ねになる。「我が君よ、その鹿は全身雪のごとく白く、その気高き風情と誇りに充ちた挙動とは、実に王者のそれのごとく、他の獣類の群を抜いております。で、某は我が君の御意を承ろうために、推参いたしました」と青年は答えた。「では、明朝早く、私はその獣を狩りに行くことにしよう、そして今宵のうちに、この宮廷に集まった一同の者に、隈なく触れ知らするであろう」とアーサーは言った。この時、アーサー王の主猟頭(しゅりょうがしら)はアリーヒューエリス(Arryfuerys)と言い、扈従頭(こしょうがしら)はアールリブリー(Arelivri)と言った。この二人をはじめ、すべての家来にこの由が布告されて、その夜のうちにすべての準備が整った。その時、ギニバーは、王に向かって、こう言った。「我が君、ただ今の若者が申し上げましたその鹿狩りの様子を拝見するために、明日わたくしにもお供をお許し下さいましょうか?」「私は喜んで御身の望みに従おう」とアーサーは答える。と、ガエーンもまた王の前に進んで、「我が君、もし御意に召しましたら、明日、その鹿が何人の手に入りましょうと、その者が、騎士であると、徒歩(かち)であるとを問わず、ただちにその獲物の首を斬って、その者の愛する貴女になり、またはその者の友人の貴女になり、その者の心にかなった婦人に与えることをお許し願いたいと存じます」と言った。「私は喜んで卿の望を許すであろう」と王は答えた。「そしてもし、明日、狩猟のことに関して、手落ちでもあった節には、きっと館の執事を懲罰に付するであろう」そこで一同は、歌と気晴らしと談話と豊かな饗応に一夜を過ごした。やがて眠るべき時刻が来ると、一同は眠りに着いた。翌日、夜が明けると、一同は眠りから覚めた。アーサー王は夜番の家来を呼んだ。王の側には、四人の扈従が侍していた。その名はガンツイー(Gandwy)の子カジルナース(Cadyrnerth)、ベズオール(Bedwor)の子アンブリュー(Ambrew)、アーサー(Arthur)の子アムハール(Amhar)、カステナン(Custennin)の子ゴリュー(Gorew)であった。四人の扈従は、アーサーの前に進んで、敬礼し、王に御衣をすすめた。アーサーはギニバーが目を覚まさせないのを、不思議に思ったが、家来たちが起こそうと言うのを遮って、「棄てておけ、狩を見物に行くよりは眠っておる方がましであろう」そこでアーサーは館を出発した。その時もう二つの角笛の音が聞こえて来た。一つは狩繩頭の宿所の辺から、一つは扈従頭の宿所の近くからであった。それともに、ここに集った者は残らずアーサーの前へ来て、ともどもに林に向かって出発した。アーサー達が出発したあとで、ギニバーと目を覚まして、侍女を呼んで着物を着換えた。妃はやがて侍女に向かってこう言った。「私は夕べ、狩を見にゆくお許しを得ておいたから、お前たちのうち、誰か、厩へ行って、女の乗れそうな馬を曳かせておいで」そこで侍女の一人が行ってみると、厩にはただ二頭の馬が残っているばかりだった。そこでギニバーと一人の侍女がそれへ乗って、ウスク河を渡り、人や馬が残っているばかりだった。そこでギニバーと一人の侍女がそれへ乗って、ウスク河を渡り、人や馬の足跡をたどって、ついて行った。しばらく行くと、後ろの方から音を立て、進んでくる物音が聞こえるので、振り返って見ると、ひとりの騎士が、大ぶりな当歳の狩り馬を急がせて来る姿が見えた。馬に乗ったのは、王子らしい風采をした、金髪の青年で、赤脚(すあし)で、黄金の柄の剣を腰に佩び、朱子の上衣と同じ外套を身にまとい、足には踵の低い皮の靴を履いている。そして肩のまわりには、四隅に黄金の林檎をつけた水色がかった紫の肩掛を翻していた。青年は堂々と馬を歩ませて、足速く、誇らかに近づいてきたが、じきにギニバーに追いついて、その前に頭を下げた。それを見て、妃はこう声をかけた。「ゲレーントよ、御身に幸あれ。したが、御身はなぜ、狩のお供をせなんだのか?」「私はいつご出発になったか、つい存じませんでした。」と青年は答えた。「わたしも実は私に御沙汰もなく、御立ちになったのを不思議に思っているのです。だが、国中を探したって、お前ぐらいいい道連れはありません。多分今日の狩りで一番運のいいのは、わたしでしょう。お前と二人で、角笛の音も聞ければ、犬を放した時分には、犬の吠える声も聴けるでしょうから」そこで一同は林の緑まで行って、そこに立っていた。「ここにいれば、犬が放されると、すぐにその声が聞こえるでしょう」と妃は言った。こう言っているうちに、高い足音が聞こえて来たので、その音のする方を見ると、ひとりの矮人が丈夫な、疳強い馬に乗って、堂々と、威勢よく躍らせながら駈けて来る。矮人は手に一本の鞭を持っていた。そして矮人のうしろには、一人の貴女が、美しい白馬に乗って堂々と歩いて来る。女は身に金襴の上衣を纏っていた。貴女の後からは、偉大な軍馬に跨り、きらきらと輝く重い武具で、身も馬も包んだ一人の騎士が、続いた。そして人でも、馬でも、また鎧でも、こんな大きなものは、本当に誰もまだ見たことがないくらいであった。その時、ギニバーは青年に向かって、「ゲレーントよ、お前はあの大きな騎士の名を知っておいでかえ?」と訊く。「いいえ、存じません。」と青年は答える。「それにあの奇妙な鎧で、顔も、容もさっぱり見えません。」ギニバーはそこで侍女に向かって、「おまえ、行って、あの矮人にあの騎士は何という人か訊ねておいで」と命じた。そこで侍女は矮人のそばへよって、騎士のことを矮人に訊ねてみた。すると矮人はこう答えた。「私は、言わんよ、おまえは礼儀を知らんから」「ではじかにあの方に伺ってみましょう」と侍女が言うと、「そんなことをしてはいかんよ」と矮人が言った。「なぜいけませんの?」と侍女が訊くと、矮人は重ねて、「おまえなんぞは、私の主人に口を聞く身分ではないからな」と答えた。それにもかまわず、侍女は、騎士の方へ馬の頭を向けた。すると矮人はいきなり手に持った鞭で、横ざまに彼女の顔をはらったので、さっと血が流れた。そこで侍女は、ギニバーのところへ帰って、その障害を訴えた。ゲレーントはそれを聞いて、「あの矮人は本当に乱暴なことをする奴だ」と言って、剣の柄へ手をかけがが、また考えて見ると、あの矮人を殺したところが、武装もないこの身で、あの武装した騎士に打ちかかられたら、何の復讐にもなりはしないと思い直して、差し控えた。そこで彼は「お妃、お許しが得られますようなら、わたくしは、あの騎士のあとをつけてみたいと存じます。そのうちにはきっと、どこか人家のあるところへ出ましょうから、借りるなり、どうなりして、武具を手に入れましょう、そうすればあの騎士と勝負することもできようかと思います。」と願った。「おいでなさい」と妃は答えた。「ですが、いい武具が手に入るまでは、あの騎士に向かってはなりませんよ。おまえの便りを聞くまでは、私はお前のことが心配でなりませんから」「いやわたくしが生きてさえおれば」と青年は言った。「明日の午後には、わたくしの便りがお耳に入りましょう」こう言って、青年は立ち別れて行った。道はカーレオンの館の下を通り、ウスク河の渡しを越した。それから美しい、平らな、畝に沿うて行くうちに、とうとう一つの町へ来た。町の一端には、一つの砦と城が見える。そして騎士がこの町を通ると、街中の人は皆起って、頭を下げて、彼を迎えた。ゲレーントは町へ入ると、誰か見知った者でもないかと思って、一軒ごとにのぞき込んで行った。しかし彼の方でも一人として知った顔もなく、また街の者も誰とて彼を知った者もなかったので、武具を借りようにも言寄る術を知らなかった。しかもどこの家もみんな、人と武具と馬がいっぱいになっていて、その中で人々は楯を磨いたり、剣を研いだり、甲冑を洗ったり、馬に鉄を打ったりしていた。騎士と貴女と矮人は、城を指して乗り込んで行く。城の中では、だれも皆喜ばしそうに、狭間から、門の上から、争って顔を出して、三人の者に会釈して、歓迎の意を示そうとしている。ゲレーントは立ち止まって、騎士が城に留まるかどうか見定めようとした。そしていよいよ城に留まると見極めがついたので、あたりを見回した。すると町から少し離れたところに、荒れ果てた古御所があって、その中には、崩れかけた館も見えた。彼は町中に知った者も見当たらないので、余儀なくこの古御所を指して馬を進めた。御所のそばまで行くと、ぼろぼろな衣服を着て、そこに立っている一人の白髪の老人に会った。ゲレーントはじっと老人の顔を見つめた。すると老人は彼に向かって、こう言った。「若いお人、何をそう思案に暮れていらっしゃるのです?」「某は今宵の宿を定めかねて、思案に暮れておるのです。」と彼は答えた。「では、あそこまでお出でになれば、よいお宿が見つかりましょう」と老人は言った。そこでゲレーントは馬を進めると、老人は先へ立って彼を館へ案内した。館へ着くと、彼は馬から降りて、馬を繋ぎ、老人に伴われて、上の部屋へのぼった。そこには、古い、襤褸(つづれ)にくるまった老婆と一人の娘がいた。女もやはり破れかけた着物に古いベールを纏っていたが、こんな美しい、しとやかな娘は、見たことがないと思うくらいであった。娘は老人の言いつけに従って、客人の着物を脱がせたり、馬に飼葉(かいば)を与えたりした後、街へ行って、肉やら、麺麭(ぱん)やら、酒やらを買って来た。そして食事の支度ができると、客人を老人夫婦の間へ坐らせて、かいがいしく給仕をした。やがて食事が終わると、ゲレーントは老人に向かって話しかけて、何よりも先に、この御所は誰の住居かと訊ねた。すると老人はこう語り出した。「実はこれを建てたのも私であれば、貴殿の見らるるあの町も、城も、みんな私のものでした。私はそれらの者と一緒に広い領地をも失ったのです。その訳はまあこうなのです。私には一人のお甥がありまして、私はその財産を管理していたのです。ところがこの甥が早くそれを自由にしたいと言うので、私に戦争を仕掛けて、とうとう私の手から、自分の財産ばかりでなく、この城だけ残して、私の領地までも、根こそぎもぎ取ってしまいました。」この話を聞いて、ゲレーントはこの老人の身の上を気の毒に思いながら、先刻の騎士のことと町で見た事柄について尋ねてみた。すると老人はそれに答えて、こう言った。「あれは明日若い伯爵が催す試合の支度をしておるのです。その次第を申しますと、この町にある牧場の真ん中へ二本の叉を立て、その上に、銀の棒を横たえ、棒の上に、一羽の鷂(はいたか)を据え、この鷂を賭物にして、試合が行われるのです。しかし最愛の貴女を連れた者でなくては、この試合に出ることはできません。で、貴殿が御覧になったあの騎士は、この二年の間続けて鷂を得たのですが、もしそれが三年続けば、その時から『鷂の騎士』という名をつけられることになるのです。」そこでゲレーントは、ギニバーの侍女が矮人から受けた侮辱の一部始終を放して、あの騎士と試合をしてみたいが、どんなものだろうと老人に相談をかけると、老人は答えて、「ただ今申し上げたような次第で、貴殿がお一人では、試合に出るわけにはまいりますまいが、しかし武具だけは、私が持っておりますから、間に合いましょう」と言うので、ゲレーントは、老人に向かって、「もし御異存なくば、あれなる娘子のために試合を申し込むことをお許し下さるまいか?某はきっとお約束しますが、もし某がこの試合に命を全うした節には、終生娘子を愛しましょう」と申し入れた。老人はそれを聞いて、「喜んでお望みに従いましょう」と答えたが、「で、そう事が決まりました上は、今宵のうちに、馬と武具の用意をして、明日は早朝に試合の場においでにならなくてはなりません。私ども三人も御同道いたしましょう」こう事が定まったので、その夜は一同眠りについた。そして夜の明ける前に起きて、一同衣服を調え、日の昇る頃に、四人はそろって牧場へ行った。その時、鷂の騎士は、場の中央に立って、声を張り上げてその愛する貴女のために、鷂を我が手に収めようと要求した。「いやそれはなりません」とゲレーントは声に応じて叫んだ。「ここに一層美しい、一層高貴な、一層愛らしい少女がおります、某はこの少女のためにそれを要求します。」これを聞いて、騎士は言った。「もし貴殿が鷂をその少女に相応しいと主張せらるるなら、進み出て、某と勝負をなさい」そこでゲレーントは、その身も、馬も、重い、錆の出た、不格好な鎧で包みながら、牧場の上方に進んだ。やがて双方互いに突撃して、まず第一の槍を祈り、続いて第二、第三の槍を折った。そのたびに、白髪の老人はゲレーントのために槍を供給し、矮人は鷂の騎士のために槍を供えた。最後にゲレーントは馬に拍車をあてて、遥か彼方から騎士の方に駆け寄りながら、気合をかけて、突きかかり、彼の持った楯の面を目掛けて、火のごとく突き込んだ槍は、見事に楯を二つに割って、鎧を裂き、馬の腹帯を断ったので、相手の騎士は、鞍もろともに、もんどり打って、馬の後ろへ倒れ落ちた。ゲレーントはすかさず馬から飛び降りて、いらって、金を抜いて、討ちかかる、相手の騎士も起き上がって、剣を抜いた、二人は徒歩立ちになり、互いに火花を散らして斬り合うほどに、顔に流れる血と汗とのために、互いに眼も眩むばかりになった。最後に、ゲレーントが、満身の力を籠めて、打ち下ろした剣の下に、相手の騎士は、冑の鉢を討ち割られて、皮を通し、肉を通して、深く骨まで斬り込まれた。その時、岸は膝を負って、手より剣を落とすや否や、ゲレーントに向かって、慈悲を乞うた。ゲレーントはそれを聞いて、「某はこの条件のもとに貴殿に恩恵を与えよう。貴殿はアーサー王の妃ギニバーの許に行って、妃の侍女が、貴殿の矮人から受けた侮辱の償いをなさい」と命じた。「喜んで仰せに従おう」と騎士は答えた。「して貴殿は何人でござる?」「某はエルビンの子ゲレーントでござる」と彼は言った。「して貴殿も名をお名乗りなさい」「某はナッドの子エデイルンでござる」と騎士は答えた。そこで騎士は馬に身を投げかけ、貴女と矮人に従われて、アーサーの館をさして、しおしおと乗り出して行った。その後で、若い伯爵はゲレーントを城内へ招待したが、彼は城主の招きを振り切って、老伯爵イニュール夫妻とその女と連れ立って、その古舘へ帰って行った。若い伯爵はすぐに多くの家来を遣わして、館の部屋々々を掃除させ、饗宴の支度をさせ、間もなく、自身で多くの騎士と今日の試合に招待した客人を従えて、この館へ乗り込んで来た。やがてこの館の広間でせいだ院饗宴が開かれ、ゲレーントを中心として、主従一同は食卓の周囲を囲み、賑やかな食事が終わると、めいめいにさまざまの引出物があった。それから一同は歓談に花を咲かした。その時、若い伯爵は、ゲレーントを城へ招待したいと言い出した。けれどもゲレーントはすげなく辞退して言った。「某はどうしてもまいられません。明日はこの少女を伴って、アーサー王の館へまいらねばなりません。イニュール伯がこの通り貧しくかつ困っている間は、某ももうこれで充分です。某は何よりも先にあの方を少しでも楽にしてあげたいと思うばかりです」それを聞いて、若い伯爵は言った。「ああ、首長よ、イニュール伯が財産を失くしたのは、私のせいではありません」「誓って、あの方はそのままではお出でになりますまい、生きてさえいらしたら」とゲレーントが言うのを聞いて、「おお、首長よ」と伯爵は言った。「私とイニュールの不和については、私は喜んで貴殿の御意見に従いましょう、二人の間のことは貴殿の正しい御裁決にまかせましょう」「某が貴殿に求めることは」とゲレーントは言った。「ただあの方の者をあの方に返し、またあの方が財産を失った時から、今日までに、受け取るはずの者を渡して下さればよいのです」「私は、貴殿のために、喜んで仰せの通りにいたしましょう」と伯爵は答えた。「しからば」とゲレーントは言った。「ここにおられる方々のうちで、イニュールに服従の義務をもつものは、進み出て、この場でそれを履行されたい」そこでその場に居合わせた人々は残らずイニュールの前に忠義の誓いを立てた。そして彼の城と町とすべての領地とは尽くイニュールの手に戻った。その上、彼の失った財産はごく些細な宝石に至るまで残らず取り戻したのである。その時、イニュール伯は、ゲレーントに向かって言った。「首長よ、貴殿がこれのために試合を申し込んでくださった女をお取りください、私は彼女を貴殿に差し上げます」「某と一緒に」とゲレーントが答えた。「アーサー王の館へ連れていきます。そして アーサーとギニバーの御意のままに、片をつけていただきましょう」そこで翌日二人はアーサー王の館に向かって出発した。以上はゲレーントについての話。
エルビンの子ゲレーント(続き)
さて次にアーサーの鹿狩りについて話そう。人と犬をいくつかの狩りの組に分けて、犬を例の鹿に向かって順々に放ってやる。最後に話されたのはアーサー王の御竉愛の犬で、名をカボール(Cavall)と呼んだ。この犬は他の犬どもを越えて、真っ先に鹿に向かい、二廻り目に、詩かをアーサーの組の方へ追い出した。そこでアーサーは鹿を討ちとめて、人より先に手ずからその首を斬り落とした。その時、人々は鹿を仕留めた合図の角笛を吹き鳴らしたので、一同はみんな集まって来た。すると梶リースがアーサーの前に進んで、こう申し上げた。「わが君、御覧じませ、あそこにギニバーさまがいらっしゃいます、ただ一人の侍女より他は、だれもお側にはおりません」「コウ(Caw)の子のギルダス(Gildas)と館の学者たちに命じて、ギニバーを館まで送らせるようにいたせ」と王は命じた。そこで一同は王の仰せ通りにした。やがて一同は狩場を出発したが、その道々互いに鹿の頭のことを話題にして、だれがあれを貰うだろうかと論じ合った。そのうちに、一同は館へ着いた。アーサーとギニバーjは、人々が鹿の頭について論じ合うのを聞くと、ギニバーはアーサーに向かって、こう注意した。「我が君、わたくしはあの鹿の頭については、エルビンの子ゲレーントが使命を果たして戻りますまで、だれにもやらずにおきたいと存じますが、いかがなものでしょう」こう言って、ギニバーはゲレーントの使命をアーサーに物語った。「いかにもそれがよいであろう」とアーサーは言った。そこでギニバーは城壁の上に見張りの者をおいて、ゲレーントの蛙のを見張らせた。すると正午を過ぎた頃、番兵は馬に乗った醜い矮人を先頭に、その後から、一人の貴女が、やはり馬上で従い、最後に偉大な体軀をした騎士が、身を屈め、悲しそうに頭を項垂れ、破れはてた鎧を着て進んでくる様を認めた。で、一同が門に近づかぬうちに、番兵の一人がギニバーの前へ行って、自分の見た通りの三人の人物と様子を申し上げて、「拙者には、どういう人々か、見分けられません」と言うと、ギニバーは答えて、「でも、私は知っています、それはゲレーントが迫って行った騎士に違いありません、きっと自分の考えでここへきたのではないでしょう。多分ゲレーントが追いついて、侍女が受けた侮辱を、思う存分仕返ししてくれたのでしょう」こう言っているところへ、門衛の一人が、ギニバーの前に進んで、言った。「奥方様、御門前へ一人の騎士がまいりました、私はまだあれほど憐れな様子をしたものを見たことがありません。身に着けた鎧は、情けないくらいに破れ、それに染まった血の色は、鎧の色よりも目に立つくらいです」「お前はその人の名を聞きました?」と妃が訊ねる。「はい、彼はナッドの子エデイルンと名乗りました」と門番が答える。それを聞いて妃は首をかしげて、「私は聞いたことがないね」と言った。そこでギニバーはその騎士に会うために、門まで行くと、騎士は門内へ入った。その姿を見ると、ギニバーは無礼な矮人が連れ立っているにもかかわらず、憐みを施さずにはいられなかった。その時、エデイルンはギニバーの前に身を屈めて、ゲレーントからの伝言を述べ、彼にあって、勝負を争った一部始終を物語って、妃の恩恵を願った。妃はとくとその話を聞いて、最後にこう訊ねた。「騎士殿、ゲレーントがいつ頃ここへ着くか、御存じですか?」「お妃さま、明日になりましょう、たぶん乙女を伴ってまいることと存じます」と騎士は答えた。そこへアーサーも来た。騎士はアーサーの前に敬礼すると、王は永い間じっと見つめて、驚いた様子で、「貴殿はナッドの子エデイルンではないか?」とお訊ねになる。「いかにも、わが君、拙者は様々の難儀に出会い、この通り重傷を負いました」と言って、騎士はアーサーに一部始終の物語をした。そこで王は妃に向かって、この騎士に慈悲をかけるようにと言いなだめた。「とにかく、生きるか、死ぬるか、見分けがつくまで、医者に命じて介抱をさせるがよい。で、もし命があった節は、館の人々の祭壇に従って、適当な償いをいたすであろう。もしまた死んだとしたら、エデイルンほどの若者が、侍女に侮辱を与えたくらいで命を失うたのを気の毒に思わねばならぬ」と王は言った。妃も王の言葉に異存はなかった。そこで騎士にはすぐに手厚い医療を加え、また騎士と連れ立った貴女は、暫くギニバーの手に預けることになった。翌日、ゲレーントは館を指して馬を進めた。番兵の一人は目早く城壁の上から、その姿を認めて、ギニバーに、ゲレーントが白衣の少女と連れ立って帰って来た由を報告する、ギニバーはすぐに館中の貴女を連れて、門の方へ降りて行った。やがてゲレーントはギニバーの立ったところまで来て、身を屈めて敬礼すると、妃は嬉し気に迎えて、無事の帰館を祝った。そこでゲレーントは同伴した少女を、ギニバーに引き合わせ、やがてともどもに館の中へ入って、馬から降りた。そこでゲレーントはアーサーの前にでて、敬礼すると、王はゲレーントの手柄を讃えた後、「さて卿(おんみ)がそのために試合を申し込んだと聞く、その少女はどこにおるか?」とお訊ねになる。そしてゲレーントが、妃の部屋にいると答えるのを聞いて、王は一同の家来を連れてその少女を見に行った。王を始め一同は少女の美しい姿を見て、深くその美に打たれ、館のうちに新しい花を添えたことを悦び合った。そこでアーサーはすぐに少女の手をゲレーントに握らせ、二人の間には夫婦の誓約が堅められた。やがて少女はギニバーの選んだ衣服に身を装った時、誰の目にも、一層の美しさとしとやかさが加わったように見えた。その日の昼から、夜にかけて、館の内は、弾唱詩人の群と酒の香りとさまざまの競技で賑わった。やがて寝る時刻が来ると、一同眠りについた。ゲレーントとエニードの寝床は、前にアーサーとギニバーの寝室に使った部屋へ用意された。この夜から少女は彼の妻となった。そして火を経るうちに少女はこの館の男女から深く愛敬されるようになった。そこでギニバーはある日、アーサーに向かって、こう言った。「私があの鹿の頸について、ゲレーントが戻るまでは、誰にもやらぬようにと申し上げましたのは、正しい裁断であったと存じます。8今こそあれを与えるべき時がまいりました。どうぞ、イニュールの女エニードにお与え下さいませ。館の人々は、誰一人彼女を愛し、彼女と親しまぬ者もございませんから、彼女に与えるのを惜しむ者もあるまいかと存じます。」これを聞いて、アーサーをはじめ一同は、異口同音に賛成した。そこで鹿野頭はエニードの手に与えられ、彼女の名誉はいよいよ加わって、彼女と親しむものは前よりも一層多くなった。そして後にはブリテンの島中で、エニードよりも深く愛敬された婦人はないと言われるくらいになった。またゲレーントは、この時からいよいよ狩と試合と激しい勝負が好きになり、後には誰一人彼に勝つ者もないようになった。こうして一年、二年、三年と年を重ねて、彼の名はあまねく全国に響き渡った。ある時、アーサーはウスク河上のカーレオンで宮廷を開いていた。その時、賢く、思慮深い、そして知識と雄弁とに充ちた使者が、王の前に進んで、敬礼した。「卿らに幸あれ」とアーサーはまず口を開いた。「して卿らはいずこよりまいられた?」「我が君、私共はコーンウォールからまいりました。陛下の伯父御に当らせらるるカステナンの子エルビンからの使節として、御前に差し遣わされましてございます。伯父御には、伯父が甥に対するように、また臣下が主君に対するように、陛下に対して、丁寧なご挨拶を申し上げよと仰せでございました」と使節は滔々(とうとう)と述べ立てた。そして使の趣旨は―私ももはや年をとって、国内の貴族らを抑えきれなくなった。どぞ我が子のゲレーントに本国へ帰って、コーンウォールの領土を守ることを許していただきたい―と言うのであった。そこで王は施設の労をねぎらい、館の内に部屋を与えて、休息をさせた。王の胸の内には、ゲレーントを手放すを惜しむ心と、年老いた伯父に代って、その領国を治めさせねばならないという心が、互いに戦っていた。それにも譲らずギニバーや館の貴女たちも、エニードに別れるのを深く惜しんだ。しかしアーサーはゲレーントにコーンウォールからの使節がもたらした使命の趣を語って、こう言った。「私は卿と分かれるのを深く惜しむとはいえ、卿に国へ帰って、領土を守ることを勧めずにはおられない。卿の親友の内から、好きなだけの人数を選ぶがよい、私はそれらの騎士に命じて、卿を本国まで送らせることにしよう」ゲレーントは喜んで王の仰せに従った。その夜は一同眠りに着いて、翌日、王は施設の一行に出発の許しを与え、ゲレーントを同行させることをも話した。第三日目にゲレーントはいよいよ出発した。グワイアルの子ガエーンをはじめ、名ある館の騎士が多く彼に同行した。道行く人は皆目を見張って、これまでセバーン河をさして旅をした騎士のうちでも、これほど美々しい行装の群を見たことはないと言った。ほどなくセバーン河の岸に着くと、対岸には、この報せを聞いて、出迎えに出たコーンウォールの貴族たちが、父のエルビンを先頭として、心からゲレーントを歓迎した。また館の女たちは、ゲレーントの母に導かれて、イニュールの女エニードを迎えに出ていた。そこで館のうちにも、コーンウォールの国内にも、歓びの声が満ち拡がった。やがて一同は館に着いた。館の中では盛んな饗宴が催され、国中の主だった人々を招いて、アーサーの館から贈って来た騎士たちともどもに、夜にかけて歓楽の限りを尽くしたのである。翌日、日が昇ると、エルビンは早く起きて、ゲレーントおよび同伴した貴族らを集め、一同の前で、ゲレーントに向かって、こう告げた。「私はもう年をとって、弱くなった。私がこの国を支配して行ける間は、そうして来たが、いよいよもう支えきれなくなった。卿は年も若く、今が力と若さの盛りだ。私は今卿の手にこの国を渡したいと思う。で、今日にも、卿の臣民から忠義の誓いを受けるがよい」その時、ガエーンはゲレーントに向かって言った。「今日はまず恩恵を求める人々に満足を与え、そして明日領内の臣民から誓いを受けたらよかろうかと思う」そこで臣民の内で恩恵を求める者を集め、一々その要求を聞いて、それぞれに恵を分かち、またその日の昼から夜にかけては、盛んな饗宴を開いて歓を尽くした。その翌日、全国に使を立てて、コーンウォールの人々に、忠誠の誓をするか否かを尋ねさせた。国内の臣民は、誰一人として、ゲレーントに臣礼をとるのを名誉と思わないものもなかったので、彼は順々に諸方をまわって、忠義誓いを受けた。それがすむと、アーサーの館から贈って来た騎士は、別れを告げて館へ立ち帰る。ゲレーントとエニードはまた一同とともに国境の近くまで、見送って行った。「ゲレーントよ、もし卿の力に余るようなことが起こった節には、いつにても我々に使を送られよ」と人々は、心から言った。「卿らに幸あれ」とゲレーントは答えた。「きっと承った」
エルビンの子ゲレーント(続き)
ゲレーントは、アーサーの館で、いつもしていた通り、国に帰ってからも、たびたび試合を催した。そしてこの国内で勇気と力に優れた人たちと、だんだんに馴染みになり、じきにこの国でも数々の手柄を表し、アーサーの館にいた時と同じように武勇のほまれを揚げた。彼は最上の馬と最上の武具と最上の価値をもった宝石を集めて、我が館を飾り、また同僚と貴族らにも分け与えたので、彼のほまれは時期に国中に響き渡った。しかしそこまで行くと、彼はもう自分の相手になるものは、この国には一人もないと思って、幾分か気が緩んだものか、にわかに安逸(あんいつ)と快楽に耽り出した。彼は深くその妻を愛し、また始終館の中に引込んで、楽人の歌と遊びに日を送るのが好きであった。それで彼はいつも妻の部屋にばかり閉じ籠って、他の楽しみにはとんと気を引かれないようになり、貴族との交わりをも絶ち、狩りやそのほかの娯楽をも棄ててしまったので、自然と館の人々の心を失うようになった。館の人々は今では、寄ると触ると、彼の蔭口をいい、女の側にばかりこびりついて、男の中へは顔も出さないと言って嘲っていた。この風評はじきにエルビンの耳にもはいった。エルビンはそれを聞くと、ある日エニードに向かって、ゲレーントをそんなふうにさせて、人民や家来たちのそばへやらないようにしたのは、お前がさせたのではないかと訊ねた。エニードはびっくりして、「なんで私がそんなことをいたしましょう、私はそういうことは大嫌いでございますもの」と言った。けれども彼女はどうしたらいいか途方に暮れた。まさかあからさまに、夫に言うわけにもゆかないが、と言って、それを言わなければ、老人の意見を無にすることになると思ったからであった。そんなことでエニードは一人胸を痛めていた。ある夏の麻のことであった。二人はまだ寝台の上にいた。ゲレーントは一方の端に横になっていたが、エニードは部屋の中で目を覚ましていた。太陽は硝子の窓を透して、寝台の上をぱっと照らしていた。ゲレーントは両方の腕と胸を開けはだけて、ぐっすりと眠っている。その時、エニードは不思議なほど美しい夫の寝顔をじっと見つめているうちに、思わず、口のうちで、こう呟いた。「ああ、ああ!この腕と胸が光を失ったのも、また一度は十分に持っていた武勇の誉れはうしなったのも、みんな私のせいだ」言ううちに、両方の目から涙が流れて、夫の胸の上に落ちた。その涙のしずくと彼女の呟いた言葉で、ゲレーントはふと目を覚ました。彼の目を覚まさせたには、もう一つ他のことがあった。彼は夢のように妻の言葉を聞いているうちに、妻の今の言葉は自分のことを考えて言っているのではなく、ほかに自分よりも愛しい人があって、それを思う心が口へ出たのだという考えが浮かんだ。彼はそう思って、目を覚ますと、ひとり胸を騒がした。やがて彼は従士を呼んだ。従士がこの部屋へ入ると、彼は、「すぐ行って、私の馬と甲冑の支度をして、すぐに出られるようにしておけ」と命じて置いて、今度はエニードに向かい、「おまえも起きて、支度をなさい、そしてお前の馬にも旅の支度をさせ、おまえはお前の持っているうちで一番悪い乗馬服を着るのだ」と言ったが、更に言葉を改めて、「で、お前が言う通り、私がすっかり力を失ったかどうかわかるまでは、もうここへは帰ることはならない。もし本当にお前の言う通りだったら、お前が胸に思っている人と一緒になるのも、造作はないだろう」と言った。それを聞いて、彼女は起って、夫の命令通り一番悪い衣服を着けた。「あなた、私には、何をおっしゃるのか、さっぱりわかりません」と彼女は言った。「今に分かるだろう」と彼は答えた。それからゲレーントは父のエルビンに会いに行った。「父上、私は廻国の旅に出てきたいと思います、いつ帰れますか、見定めも尽きません。ですから、どうぞ私の帰るまで、この領内のことをお願いいたします。」と言うのを聞いて、父は不思議な顔をして、「承知しました」と言った。「だが、そう急に立つというのは、ちと受け取れない。いったい誰を連れて行くつもりか、お前ひとりでこのロエギールの国を遍歴するのは、ちと危ないようだが?」「一人だけ連れてまいります」と彼は答えた。「ああ、わるいことは言わんから」と老人は言った。「もっと沢山の人をつれて行きなさい」それを聞き流して、ゲレーントは馬の繋いであるところまで行った。馬は重い、きらきら光った、見慣れない武具を着けられていた。そこで彼はエニードに向かって自分からずっと離れて、前へ行くようにと命じた。「そして私に関したことで、何を見ても、何を聞いても、決して後を振り返ってはならない。また私の方から話しかけなかったら、ひと言も口を聞いてはならない」と言った。こうして二人は旅にのぼった。しかし彼は楽な、人通りの多い道を取らずに、わざと盗賊や剽賊(おいはぎ)や猛獣の出そうな山道を選んで行った。そのうちに二人は広い道について、大きな林のみえるところまで行った。その時、林の中から四人の騎馬武者が現れて来た。騎士たちは二人の姿を見ると、互いにこう囁いた。「さあ、二頭の馬と甲冑と女が、一度に転げ込んで来たぞ。見なさい、あの騎士は何か考え込んで、ぐったりと首を垂れている、あんな者一人やっつけるに、手間暇はいらない」この話が、前に立ったエニードの耳に入った。夫から口を聞くなと言いつけられてはいるが、しかし夫の身を案じて見ると、どうしていいかわからなくなった。「ええ、どうなってもいい」と彼女はひとりで考えた。「他の者の手にかかるよりも、夫の手にかかって死ぬ方がましだ。殺されてもいいから、行ってしまおう、目の前で夫の死ぬのを見てはいられない」こう思って、彼女はそこへ立ち止まって、ゲレーントを待ち合わせていた。「あなた」と彼女が言った。「あの人たちがあなたのことを放しているのをお聞きになりましたか?」すると彼は顔を上げて、腹立たしそうに妻を睨んで、こう言った。「お前はだまってさえいればいいのだ、私の言いつけた通り。よけいな差し出口はよしてもらいたい。お前は私があの連中に負けて、殺されればいいと思っているだろうが、私は驚きはしない」その時、四人のうちで真っ先に立った一人が、槍を構えて、ゲレーントに突きかかって来た。彼はすぐにそれを受けた。突きは決して弱くはなかったが、彼は相手の槍を受け止めながら、敵の槍の中央を目掛けて突きかかった。槍は楯を破り、鎧を破り、二尺に近いゲレーントの槍の穂先は、ぐさとばかりに相手の胴を刺し貫いて、馬の尻がいから槍の長さもあろうと思われる地上へどうと突き落とした。同僚の殺されたのを見て、第二の騎士が、怒って突きかかって来た。しかしゲレーントはただ一突きに突き倒して、前と同じように殺してしまった。こうして四人の騎士をみんな殺すと、ゲレーントは馬から降りて、四人の甲冑をはいで鞍へつけ、四頭の馬の手綱を結び合わせて、エニードの手にわたした。「さあ、この馬を追って、私が命じた通りに前へ往くのだ。忘れても、私より先に口を聞いてはならんぞ」こう言われたので、エニードは夫の怒りの解けないのを心のうちに悲しみながら、か弱い手に馬の手綱をとって、命ぜられた通り、夫の前へ立って進んで行った。林へ入ると、もう日が暮れかかって来た。「ああ、これ」と彼が言った。「もう前へは進めそうもない」「はい」と彼女が言った。「では、どういたしましょう?」「ここで休んで、夜の明けるのを待って、旅を続けることにしよう」と彼は答えた。「では、そう致しましょう」と彼女は夫の言葉に従った。ゲレーントはまず馬から降りて、妻を馬から抱き下ろした。「私は疲れているから、眠らずにおるわけにはゆかない」と彼が言った。「だからお前は起きて、馬の見張りをしておいで」「はい、かしこまりました」と彼女は素直に答えた。そこでゲレーントは、鎧のままで、そこへ眠った。短い夏の夜は、じきに明けて、はや暁の色が空にあらわれた。彼女はもう夫が目を覚ます頃だと思って、あたりを見回すうちに、ゲレーントは目を覚ました。それから起き上がって、彼女にこう言った。「馬をつれて、出掛けなさい、そして昨日した通りにするんだ」やがて二人は林を抜けて、広い野原へ出た。野の一方には抹場(まぐさば)があって、大勢の草刈り男が草を刈っていた。二人は時期に皮の岸へ出た。そこで馬に水を飲ませた後、高い崖に沿うて、進んで行った。その途中で、抹場へ弁当を運んでくる一人の小者にあった。親切な小者は、二人の疲れた様子を見て、持って来た麺麭(ぱん)と肉と酒を出して、二人をもてなした。ゲレーントはそのお礼に、一頭の馬と一着の鎧を小者に与え、なお町へ行って宿をさがしてもらった。宿へ着いて、甲冑を脱ぐと、ゲレーントはエニードにこう命じた。「お前はあっちの隅へ行っておれ、私の側へ来てはならない。用があったら、この家の女を呼ぶがいい」「はいかしこまりました」と彼女は素直に答えた。宿の主人はゲレーントの前へ出て挨拶をし、やがて食事を運んで来た。食事をすむと、ゲレーントは眠ったので、エニードも眠った。日暮れ方に、この町の城主が、小者からゲレーントの話を聞いて、十二人の騎士を引き連れて、この宿へ尋ねて来た。ゲレーントは起って、一同を迎えた。城主の伯爵はゲレーントと話している間もじっとエニードの方へ目を着けていたが、そ美しさに心を引かれて、ゲレーントに向かって、「お差支え鳴くば、あちらの隅におるあの婦人と話してみたいと思うが?」と訊ねた。そしてゲレーントが、「御随意に」と答えるのを聞いて、伯爵はエニードの側へ来た。そしてエニードに優しい言葉をかけて、彼女の心を自分の方へ引き寄せようとしたが、エニードがどうしても心を動かさないのを見ると、伯爵はこう言った。「それはあなたが間違っている。もし私があの男を殺して、あなたを私のものにした場合には、私の好きな間だけそばへおいて、いやになれば、いつでも棄てることができる。だが、あなたが得心して、私のところへ来るならば、私は一生涯あなたを妻にしましょう」これを聞いて、エニードは胸の内に、「これはうまく言い繕って、ここを逃れるより他はない」と思ったので、「では、わたくしに悪名のかからないようになさって下さい。明日、おいでになって、私は何もしらないようなふうにして、連れていらして下さい」と答えた。伯爵は彼女の言葉に従い、そのまま別れを告げて、家来を連れて帰って行った。彼女はこのことについては、ゲレーントに何も言わなかった。なまじい話をしたら、夫の腹を立たせて、不安と心配をかけるばかりだと思ったからであった。それから時刻が来ると、二人は眠りについた。宵のうち、エニードは暫く眠った。そして夜が更ける頃、起きて、ゲレーントの武具を、すぐに着られるように用意しておいた。やがて彼女は恐る恐るゲレーントの寝台の側へ寄って、そっとこう言った。「あなた、起きてお支度をなさって下さい。あの伯爵はこうこう申しておりましたから」そして昨日の伯爵との話を残らず夫に話した。で、ゲレーントは心に怒りながらも、妻の言う通りになって、身支度をした。彼女は蝋燭に火を点して、夫の手許を明るくした。「蝋燭をそこへおいて、この家の主人を呼んでおいで」と彼は命じた。彼女はすぐに言って、主人を呼んで来た。ゲレーントは主人を見て、こう訊ねた。「いかほど差し上げたらよろしいのです?」「いいえ、何ほどもかかりは致しません」と主人は答えた。「では、あの三頭の馬と三組の鎧をとっておいてください」「ありがとうございます」と主人は言った。「ですが、一頭の馬と一組の鎧だけでも、余るくらいです」「それなら」と彼は言った。「まあ儲かるからいいだろう。そこで町の外まで私を案内してくれまいか?」「かしこまりました」と主人は答えた。「で、どちらの方へいらっしゃいます?」「私は来た道と別な方へ行きたいのだ」そこで宿の主人は前に立って案内して行った。暫くすると、ゲレーントは妻に、前へ立って行けと命じたので、彼女はその通りにした。宿の主人はそこから引き返して行った。ゲレーントと妻は、広い道について行くうちに、ふと道端から人の泣く声が聞こえて来た。「ちょっと待て」と彼は言った。「私は行って、何で鳴くのか見て来るから」「はい」と言って、エニードは馬を止めた。そこでゲレーントは、往来の近くにある草原へ進んで行った。原の中には、二頭の馬があって、一頭には男の鞍をのせ、一頭には女の鞍が乗っていた。見ると、そこは一人の騎士が甲冑を着けたまま血に染まって倒れている側に、乗馬服を着た若い女が鳴きながら立っていた。「ああ、奥さん、どうなすったのです?」と彼は訊いた。「ご覧下さい」と女は答えた。「私はここに下ります夫と二人で、ここを通りかかりますと、不意に三人の大男が現れて、何の咎もない夫を殺したのでございます」「その大男はどっちの方へ行きました?」とゲレーントが訊ねると、女は一方を指さして、「その道をあちらへ」と答えた。そこでゲレーントはエニードのそばへ来てこう言った。「お前はあそこで泣いている婦人の所へ行って、私が帰るまで待っておいで」それを聞いた時には、エニードは、これが夫との別れになるような気がして、悲しかった。それでも素直に夫の言葉に従って、婦人の側へ行った。そうこうするうちに、ゲレーントは大男の後を追い掛けて、じきに追いついた、見ると三人が三人とも、普通の人間の三倍もありそうな大きな体をして、片には素晴らしい大きな棍棒を担いでいる。その時彼は、いきなり、そのうちの一人に突きかかって、ぐさとばかりに胴へ突き落した槍を、引き抜くが早いか、次なる大男を目掛けて、同じように刺し通した。それを見て、第三の大男は、振り返って、手に持った棍棒で、彼を打った。棍棒は楯を裂いて彼の方を砕いた。その時速くゲレーントは剣を抜いて、大男の頭蓋骨に火のような一撃を与えたので、頭から頸まで二つに裂いて、だらりと両方の方へ垂れ下がった。大男の地に横たわって、息が絶えた。そこでゲレーントは三人の死骸を残して、エニードのところへ帰って来た。来るや否や、彼は死んだようになって、馬から下へ倒れ落ちた。それを見ると、エニードは思わず、胸を裂くような、鋭い、高い悲鳴を上げて、彼の倒れたところへ駆け寄った。彼女の悲鳴はちょうど大勢の供を連れて、ここを通りかかったリムールスの伯爵の耳に入った。伯爵は声をたよりにこの場へ来て、エニードに向かい、「ああ、奥さん、何ができたのです?」と訊ねる。「ああ、わたくしの杖とも柱とも思うただ一人の人が、殺されました」と彼女は答える。その時、伯爵はもう一人の婦人に向かって、「で、あなたは何をそう嘆いているのです?」と訊くので、「わたくしの最愛の夫も殺されました」と婦人は答えた。「全体、殺した者は誰なんです?」と伯爵が訊ねるのを聞いて、婦人はこう言った。「大男が私の夫を殺しました、それでこの騎士が迫って行ったのですが、この通りの有様で帰って来たのです」伯爵は家来に命じて、死んだ騎士をそこへ埋葬させたが、ゲレーントにはまだ幾分の生命があるように思ったので、生き返るかどうかと思って、とにかく楯の窪みへのせて、棺台(かんだい)の上へかきのせ、二人の婦人を連れて自分の館へ帰って行った。そして館へ着くや否や、ゲレーントを広間の中で、食卓の前に据えられた小さな寝椅子の上へ横たえた。それから一同は旅装を解いた。伯爵はエニードにも着物を着更えるようにすすめたが、彼女はどうしても聞かないので、「ああ、奥さん、そんなにお嘆きになってはよろしくない」と言って慰めた。しかし彼女が、「それでもどうして嘆かずにいられましょう」と言うのを聞いて、伯爵はこう言った。「あの騎士が生きるにしても、死ぬにしても、あんたに嘆きをかけないような風に私がしてあげる。この私の領地を、私と一緒に、あんたに差し上げることにしよう、だからまあ愉快におなりなさい」「決して、わたくしは」と彼女は言った。「生命のある間は愉快にはならないでしょう」「さあ、ここへ来て、何かおあがりなさい」と伯爵は言ったが、「いいえ、何もほしくはありません」と彼女は答えた。「欲しくなくも、まあおあがりなさい」と言って、伯爵は無理に彼女を食卓の前に据えて、言葉をつくして、食事を勧めた。「誓ってわたくしは」と彼女が言った。「あそこの棺台に乗っている夫がいただくまでは、わたくしもいただきません」「それはできない相談というものだ」と伯爵は言った。「あの男はもう死んでいる」「私はきっとその証拠をお目にかけましょう」と彼女は答えた。その時、伯爵は酒杯をエニードの前において、「まあ一杯おあがりなさい。そうすれば、きっとあんたの気がかわるでしょう」と言ったが、彼女は、「なんとおっしゃっても、あの人が飲むまでは、わたくしもいただきません」と答えた。それを聞くと伯爵は顔色を変えた。「よし、優しく言って、利目がなければ、こうだ」と言いながら、伯爵はいきなりエニードの頬をぴしゃりと打った。その時、彼女は大きな、鋭い泣き声を立てた。ゲレーントが生きていても、こんなに打つようなことはなさらなかったろうと思うと、彼女の嘆きは一層強くなった。しかし彼女の泣き声は、ゲレーントの耳にはいって、彼はふと気が付いた。そして棺台の上に起きなおると、そばにあった険を取って、伯爵の前へ進むや否や、微塵になれと打ち下ろした。剣は頭の鉢を割って、伯爵の身を両断し、切っ先は余って食卓へ斬り込んだ。その時食卓に居残った者は、一度にわっと逃げ出した。それはゲレーントの力を怖れたばかりではなかった。人々はただ使者が起き上がって、みんなを殺しに来たと思ったのであった。ゲレーントはエニードの顔を見た。その顔には血の色が失せて、日頃の様子もなかった。それを見ると、彼の心は悲しかった。その上彼はこの時始めて、彼女の心の正しかったことを知った。「おまえ」と彼は言った。「馬はどこにあるか、知ってるか?」「あなた、あなたの馬のあるところは存じております」と彼女は答えた。「ですが、もう一つの方は、よくわかりません。あなたの馬はあそこの家の中におります」そこで彼はその家へ行って、馬を曳き出して、まず自分が乗り、次にエニードを抱き上げて、自分の馬へのせて、城を出て行った。やがて道は、二つの生垣で挟まれたところへ差し掛かった。その時には、もう日が暮れかかっていた。すると不意に、後の方で、馬の足音が聞こえて、沢山の槍の穂先が、空際へ浮き出した。人馬の声は次第に近づいて来た。「誰か迫ってくるようだ」と彼は言った。「お前はこの生垣の向こうへ隠れているがいい」こう言って、ゲレーントはエニードをそっと生垣の蔭へかくした。その時、一人の騎士が、馬に拍車を当てて、槍を構えながら、彼に向かって進んで来た。エニードはそれを見ると、思わず声を上げて、こう言った。「おお、首長、どういう方か存じませんが、死んだ者を殺して、何のお手柄になると思し召しますか?」それを聞くと、騎士はこう言った。「や、あぶなかった。ではゲレーントか?」「本当に、そうなんです」と彼女が言った。「そして、あなたはどなたです?」「某はグイッフェル・プチーと申す。御身の夫の味方の者です。御身たちの難儀を聞いて、加勢にまいった。某の妹の養子の城が、この近くにありますから、某とともに、そこまでおいで下さい。御身たちは、この国で充分の御療養をなさらねばなりません。」と騎士は言った。「喜んで御意に従いましょう」とゲレーントが答えた。そこでエニードはぐいっふぇるの従士の馬に乗せられ、一同は男爵の城を指して、馬を進めた。やがて城に着くと、一同は心から歓迎され、手厚いもてなしを受けた。翌日、人々は医者を見つけに出かけて行った。間もなく医者が来た。そして一同はゲレーントの傷が、すっかり癒えるまでそばについて介抱した。ゲレーントが医者の療治を受けている間に、ぐいっふぇるはゲレーントの甲冑を修繕して、すっかり元の通りにした。人々は一月と二週間の間、この城に逗留していた。で、その時期が過ぎると、互いに別れを告げて、ここを出発した。ゲレーントはそれから自分の国へ立ち帰った。そしてその後はもう何の障りもなくその国を支配して、ますます繁栄を続けていった。この時からゲレーントの武名はいよいよ揚り、彼とエニードに対する国民の尊敬と愛慕(あいぼ)とは、その国の光栄とともに永く続いた。
解釈
ゲレーントは非常に「女性の子」として典型的に思う。彼は正しさを女から見出した、すなわち母性からの継承を強く印象づける非常に良い例だ。まず、アーサー王の狩りに参加せず、ギニバーと合っている点、ギニバーの貴女に対する矮人の無礼に対して、強すぎる復讐心を持つ。後にこれはアーサー王によって相手の騎士であるエデイルンが「これほどの騎士」と形容されているが、ゲレーントはギニバーへ騎士の討伐の許可を得てそのための助言を受けている。さらには、ギニバーはエデイルンがアーサーによって知られている節を夫婦の絆からか察している側面もある。しかし、ギニバー自身がその騎士の討伐を許している点で、ギニバーも騎士の力についてアーサー王程はわかってはいないと思われる。またゲレーントのわずかながらの見境の過ちはイニュール伯爵とその甥の若い伯爵の関係にも投影されている。この投影に優るためにこの騎士と戦いを行い、更にはその目的がエニードと結ばれるためであり、それはまさにギニバーの読みするところの感の当たるゆえであり、その結果この騎士に対しては罪はないという見方に向かうことになっていると結論付けられるであろう。また、ゲレーントはこのわずかな見境のなさゆえに、そしてエニード自身も心配性な慣性を持っているゆえに快楽に溺れるのであるが、ゲレーントはそれを自ら克服することができた。最後の冒険では、まず現れた騎士はゲレーントが俯いていたのを見て襲って来た。これはまずゲレーントが知らずに犯した罪を象徴しているようにも思われるが、宿での出来事ではエニードが城主の伯爵に言い迫られる。ここでゲレーントはエニードに話しかけることを許している。これはおそらく最初に襲って来た騎士の人の弱みに付け込んだ代償とでもいうべき報いが現れている。それを許してからの、夫を殺された婦人との出会いである。この出会いには明らかにエニードの落ち度が投影されている。それはエニードの不安がゲレーントを追い込むことになっているゆえである。事実、この愛の物語ではエニードの不安が原因でゲレーントは母を信じるほかにないという、自律不完全による両親への執着を余儀なくされる心性を催している。このため、最初の矮人の無礼を極端に攻める結果となっている。女の落ち度の象徴はつまりゲレーントがその婦人とエニードを置き去りにすることから見て取れる。そしてゲレーントは騎士を倒して自分も深手を負う。この象徴はこの問題が女に帰属するということを示している。なぜなら、その次にはある伯爵が来て、ゲレーントを死んだ者とみなし、エニードの不安による願望は成就されたことになっている。しかし、エニードの本当の望みが異なっていることを証明させられている。すなわち、伯爵に欲望を見せられるのである。ここで初めてエニードは自分の不安に打ち勝ち、それゆえにゲレーントは目を覚ました。ここには確かに愛ゆえに生命、愛無き者には死という矛盾的自己同一が現れている。しかし精神は死を否定した。そしてエニードにはこの話の筋が分かったように最後、「死んだ者を殺して」と言う表現を用いている。つまり、エニードのナラティブでは「夫が殺された」ということが重要であった。それは、エニードの空想、おそらくはイニュール夫妻との貧しかった生活ゆえに見たアニムスとゲレーントを重ねていたゆえで、エニードは確かに精神、または神によって、そのアニムスによる想像を捨て去る(すなわち殺す)ように言われていたのである。それが原因となりゲレーントに死を投影していたので、そのようにゲレーントはやつれたのである。ここに愛の夢が真実の愛を疎外する原因があり、またそれが真の愛すべき異性とであれど、このようにして、現実へ向き合わせられるように元型は向かわせるものである。しかし、おそらくはゲレーントとエニードは苦労ゆえに愛より先に死の先駆を見ていたと考えられる。この事が愛の夢を意志を持ってみることゆえにノスタルジアと矛盾する、すなわち決して実現不可能である夢を実現しなければならない夢として見ている、と言うことができる。しかし愛を先に成就させることは、この矛盾を元型化せずに済む、すなわち単なる妄想と言うだけで、周囲に迷惑がかからなくて済むということができるのである。ここに愛と平和の差異と関係を見出す一歩を見出せるであろう。
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